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10.このまま抱かれたい

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 リオルは屋敷の二階にある、一室に連れ込まれた。

「あっ……! シグルドっ!」

 部屋に入り、扉が閉まるなり、シグルドがリオルの背中を壁に打ちつけてきた。

「おいリオル。さっきのは俺が止めに入らなかったらあんな間男と闇夜に消えるつもりだったのかっ?」

 シグルドの目が怖い。暗がりの部屋の中、蒼翠色の瞳の奥がキラリと光った。綺麗な顔をしている人が本気で怒るとこんなに迫力があるものかと恐ろしくなった。


「ごめんなさいっ、シグルド……」
「そんなことを許すわけがないだろう? リオルは俺のものだ。どこの馬の骨かもわからない男におめおめとリオルを差し出すわけがない」

 リオルの肩を壁に押さえつけるためのシグルドの力が強すぎる。痛くて放してもらいたいのに、シグルドが怖くてそんなことは言い出せない。

「まさか、あの男を警備兵として雇って家に入れ、あいつとヒートのときに交わり、できた子どもを俺の子だって言って契約金をふんだくろうとしたんじゃないだろうな?」
「けっ、決してそんなことは……」

 シグルドに思ってもみないことを言われて涙が溢れそうになる。そんなこと考えたこともなかったのに、ひどい疑いだ。

「あんな男を家に入れるくらいなら、俺に抱かれろよ、この浮気者が!」
「浮気なんて、そんなんじゃな……あぁっ……!」

 シグルドがリオルの首筋に歯を立ててきた。噛みつく寸前のような仕草に、リオルはゾクゾクした。そこはオメガのうなじに近い場所だったからだ。


「お前があんまり悪さをすると、俺も歯止めが効かなくなる」
「あっ……」

 シグルドの大きな手がリオルの服を乱していく。ベストのボタンを器用に片手で外しながら、もう一方の手はリオルの服の中へと伸びてくる。

「だめ。こんなところで……っ」
「ここは俺の部屋だ。なんの問題もなかろう?」

 言われて薄明かりの中、部屋の奥を見れば、ずらりと並んだ勲章の数々も、賢そうな本棚も、たしかにシグルドの部屋に違いない。この部屋には、婚約の顔合わせの際に一度だけシグルドに通された記憶がある。
 だが今は誕生日パーティーの最中だ。いつ誰がシグルドを呼びに来るかもわからないのに。



「うわぁっ!」

 シグルドに足を掬われ、横抱きにされたかと思うのも束の間、ベッドのうえに乱雑に放り投げられた。

「あんな男に妻を寝取られるくらいなら俺が……っ!」

 シグルドがリオルの上に馬乗りになってリオルの身体を弄ぶ。

「あぁ…ん……待って……っ、心づもりが……!」
「そんなもの要らんっ」

 シグルドはリオルの腰ベルトにカチャカチャと手をかけて、下に履いているものをすべて奪い去ろうとする。

「えっ……? 嘘でしょっ?」

 あのシグルドがリオルに手を出してくるとは信じられない。ヒートの前に恥を捨てて抱いてほしいとお願いしても、呆気なく断わられたのに。

 どうしよう。抱いてくれるならこのままシグルドに抱かれてしまおうか。
 でも、どうもシグルドの様子がおかしい。ヤケをおこしているような感じだ。浮気をされて変な噂を立てられるくらいなら、浮気防止のために、俺がオメガの性欲を発散させてやるとでも思ったのだろうか。

 そんな真似をシグルドにさせてもいいのだろうか。これではまるでシグルドを煽るためにセナを雇おうとしたみたいになっている。
 こんな形で抱かれてもきっとあとから辛くなる。シグルドとの関係がさらに拗れてしまう。


「あっ……あぁ……っ!」

 シグルドの熱い手がリオルの肌に触れる。恐ろしいくらいの美形が、欲情的な表情を浮かべながらリオルを求めてくる。

 ダメだ。この魅惑的な人に抗えるわけがない。

 どんな歪んだ形でもいい。
 シグルドに抱いてもらえるなら。いっそこのまま——。

「シグルドっ、あぁ……そこ、だめぇ……」

 シグルドの手がついにリオルの下半身に触れたとき、リオルは思わず身体をビクッと震わせる。
 恥ずかしさのあまりに、リオルがジタバタと抵抗すると、シグルドの手が止んだ。

 どうしたのかとシグルドのほうを見ると、シグルドはリオルから身体を離し、手のひらで顔を覆い隠すようにしながらうなだれている。
 シグルドの指の隙間から垣間見える表情は、ひどく辛そうだった。


「ごめん、リオル……バカなことをした。嫉妬に駆られたんだ。頼むから、俺のことを嫌いにならないでくれ……」

 我に返ったようにシグルドはリオルに謝罪し、さっき乱したリオルの服を整え始めた。

 アルファは嫉妬深い性だ。それが部屋の片隅に置かれて忘れられた人形だったとしても、自分の所有物を取られることは許せないのだろう。

「ごめんな、ごめん……俺はいつもリオルを怖がらせてばかり。どうしてうまく愛してやれないんだ……」
「シグルド……」

 そうか。シグルドはシグルドなりに、政略結婚の妻でも愛そうと努力してくれていたようだ。

 でも、努力だけではどうしようもないことがある。

 やっぱり抱けないものは抱けなかったのだろう。男たるもの、愛することのできない相手に対して勃たないことは仕方がないことだ。
 可愛くない、興味のない妻にはつい冷たく接してしまうものだ。それだってシグルドはリオルを無視しないだけ、まともな夫なのかもしれない。


「いいよ、シグルド。僕はこのくらい気にしないから」

 リオルは服を整え、ベッドから降りた。そして立ち尽くしたままのシグルドに静かに近づいていく。



「嫌いになんかならないよ」

 シグルドを見上げると、そこには綺麗な蒼翠色の瞳を潤ませて、不安げな表情の美しい顔があった。

「シグルドのために、頑張って偽りの妻を演じます」

 リオルはシグルドに抱きついた。
 シグルドに嫌がられるかと思ったのに、意外にもシグルドは逃げなかった。

「リオル……ありがとう……」

 シグルドはリオルの身体を遠慮がちに抱き締め返してきた。その弱々しさに胸が苦しくなる。


 シグルドだって被害者だ。
 家のために自分を犠牲にしている。平民の子息だと見下されながらも王立騎士団で立派な成果を上げるように努力し、結婚相手だって好きな人を選びたかっただろうに父親の決めた相手と結婚した。

 政略結婚だったのに、夫として慣れない贈り物をしたり、気遣ったり、忙しい中シグルドなりに精一杯やってくれているのではないか。
 

 変な夫夫だけれど、シグルドはたったひとりのリオルの夫だ。シグルドの役に立ちたいと思うし、妻として支えたい。

 シグルドに好きになってもらえなくても、抱いてもらえなくても、シグルドのそばにいて支えてあげたいと思う。
 やっぱりシグルドのことは、好きだ。
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