10 / 30
10.このまま抱かれたい
しおりを挟む
リオルは屋敷の二階にある、一室に連れ込まれた。
「あっ……! シグルドっ!」
部屋に入り、扉が閉まるなり、シグルドがリオルの背中を壁に打ちつけてきた。
「おいリオル。さっきのは俺が止めに入らなかったらあんな間男と闇夜に消えるつもりだったのかっ?」
シグルドの目が怖い。暗がりの部屋の中、蒼翠色の瞳の奥がキラリと光った。綺麗な顔をしている人が本気で怒るとこんなに迫力があるものかと恐ろしくなった。
「ごめんなさいっ、シグルド……」
「そんなことを許すわけがないだろう? リオルは俺のものだ。どこの馬の骨かもわからない男におめおめとリオルを差し出すわけがない」
リオルの肩を壁に押さえつけるためのシグルドの力が強すぎる。痛くて放してもらいたいのに、シグルドが怖くてそんなことは言い出せない。
「まさか、あの男を警備兵として雇って家に入れ、あいつとヒートのときに交わり、できた子どもを俺の子だって言って契約金をふんだくろうとしたんじゃないだろうな?」
「けっ、決してそんなことは……」
シグルドに思ってもみないことを言われて涙が溢れそうになる。そんなこと考えたこともなかったのに、ひどい疑いだ。
「あんな男を家に入れるくらいなら、俺に抱かれろよ、この浮気者が!」
「浮気なんて、そんなんじゃな……あぁっ……!」
シグルドがリオルの首筋に歯を立ててきた。噛みつく寸前のような仕草に、リオルはゾクゾクした。そこはオメガのうなじに近い場所だったからだ。
「お前があんまり悪さをすると、俺も歯止めが効かなくなる」
「あっ……」
シグルドの大きな手がリオルの服を乱していく。ベストのボタンを器用に片手で外しながら、もう一方の手はリオルの服の中へと伸びてくる。
「だめ。こんなところで……っ」
「ここは俺の部屋だ。なんの問題もなかろう?」
言われて薄明かりの中、部屋の奥を見れば、ずらりと並んだ勲章の数々も、賢そうな本棚も、たしかにシグルドの部屋に違いない。この部屋には、婚約の顔合わせの際に一度だけシグルドに通された記憶がある。
だが今は誕生日パーティーの最中だ。いつ誰がシグルドを呼びに来るかもわからないのに。
「うわぁっ!」
シグルドに足を掬われ、横抱きにされたかと思うのも束の間、ベッドのうえに乱雑に放り投げられた。
「あんな男に妻を寝取られるくらいなら俺が……っ!」
シグルドがリオルの上に馬乗りになってリオルの身体を弄ぶ。
「あぁ…ん……待って……っ、心づもりが……!」
「そんなもの要らんっ」
シグルドはリオルの腰ベルトにカチャカチャと手をかけて、下に履いているものをすべて奪い去ろうとする。
「えっ……? 嘘でしょっ?」
あのシグルドがリオルに手を出してくるとは信じられない。ヒートの前に恥を捨てて抱いてほしいとお願いしても、呆気なく断わられたのに。
どうしよう。抱いてくれるならこのままシグルドに抱かれてしまおうか。
でも、どうもシグルドの様子がおかしい。ヤケをおこしているような感じだ。浮気をされて変な噂を立てられるくらいなら、浮気防止のために、俺がオメガの性欲を発散させてやるとでも思ったのだろうか。
そんな真似をシグルドにさせてもいいのだろうか。これではまるでシグルドを煽るためにセナを雇おうとしたみたいになっている。
こんな形で抱かれてもきっとあとから辛くなる。シグルドとの関係がさらに拗れてしまう。
「あっ……あぁ……っ!」
シグルドの熱い手がリオルの肌に触れる。恐ろしいくらいの美形が、欲情的な表情を浮かべながらリオルを求めてくる。
ダメだ。この魅惑的な人に抗えるわけがない。
どんな歪んだ形でもいい。
シグルドに抱いてもらえるなら。いっそこのまま——。
「シグルドっ、あぁ……そこ、だめぇ……」
シグルドの手がついにリオルの下半身に触れたとき、リオルは思わず身体をビクッと震わせる。
恥ずかしさのあまりに、リオルがジタバタと抵抗すると、シグルドの手が止んだ。
どうしたのかとシグルドのほうを見ると、シグルドはリオルから身体を離し、手のひらで顔を覆い隠すようにしながらうなだれている。
シグルドの指の隙間から垣間見える表情は、ひどく辛そうだった。
「ごめん、リオル……バカなことをした。嫉妬に駆られたんだ。頼むから、俺のことを嫌いにならないでくれ……」
我に返ったようにシグルドはリオルに謝罪し、さっき乱したリオルの服を整え始めた。
アルファは嫉妬深い性だ。それが部屋の片隅に置かれて忘れられた人形だったとしても、自分の所有物を取られることは許せないのだろう。
「ごめんな、ごめん……俺はいつもリオルを怖がらせてばかり。どうしてうまく愛してやれないんだ……」
「シグルド……」
そうか。シグルドはシグルドなりに、政略結婚の妻でも愛そうと努力してくれていたようだ。
でも、努力だけではどうしようもないことがある。
やっぱり抱けないものは抱けなかったのだろう。男たるもの、愛することのできない相手に対して勃たないことは仕方がないことだ。
可愛くない、興味のない妻にはつい冷たく接してしまうものだ。それだってシグルドはリオルを無視しないだけ、まともな夫なのかもしれない。
「いいよ、シグルド。僕はこのくらい気にしないから」
リオルは服を整え、ベッドから降りた。そして立ち尽くしたままのシグルドに静かに近づいていく。
「嫌いになんかならないよ」
シグルドを見上げると、そこには綺麗な蒼翠色の瞳を潤ませて、不安げな表情の美しい顔があった。
「シグルドのために、頑張って偽りの妻を演じます」
リオルはシグルドに抱きついた。
シグルドに嫌がられるかと思ったのに、意外にもシグルドは逃げなかった。
「リオル……ありがとう……」
シグルドはリオルの身体を遠慮がちに抱き締め返してきた。その弱々しさに胸が苦しくなる。
シグルドだって被害者だ。
家のために自分を犠牲にしている。平民の子息だと見下されながらも王立騎士団で立派な成果を上げるように努力し、結婚相手だって好きな人を選びたかっただろうに父親の決めた相手と結婚した。
政略結婚だったのに、夫として慣れない贈り物をしたり、気遣ったり、忙しい中シグルドなりに精一杯やってくれているのではないか。
変な夫夫だけれど、シグルドはたったひとりのリオルの夫だ。シグルドの役に立ちたいと思うし、妻として支えたい。
シグルドに好きになってもらえなくても、抱いてもらえなくても、シグルドのそばにいて支えてあげたいと思う。
やっぱりシグルドのことは、好きだ。
「あっ……! シグルドっ!」
部屋に入り、扉が閉まるなり、シグルドがリオルの背中を壁に打ちつけてきた。
「おいリオル。さっきのは俺が止めに入らなかったらあんな間男と闇夜に消えるつもりだったのかっ?」
シグルドの目が怖い。暗がりの部屋の中、蒼翠色の瞳の奥がキラリと光った。綺麗な顔をしている人が本気で怒るとこんなに迫力があるものかと恐ろしくなった。
「ごめんなさいっ、シグルド……」
「そんなことを許すわけがないだろう? リオルは俺のものだ。どこの馬の骨かもわからない男におめおめとリオルを差し出すわけがない」
リオルの肩を壁に押さえつけるためのシグルドの力が強すぎる。痛くて放してもらいたいのに、シグルドが怖くてそんなことは言い出せない。
「まさか、あの男を警備兵として雇って家に入れ、あいつとヒートのときに交わり、できた子どもを俺の子だって言って契約金をふんだくろうとしたんじゃないだろうな?」
「けっ、決してそんなことは……」
シグルドに思ってもみないことを言われて涙が溢れそうになる。そんなこと考えたこともなかったのに、ひどい疑いだ。
「あんな男を家に入れるくらいなら、俺に抱かれろよ、この浮気者が!」
「浮気なんて、そんなんじゃな……あぁっ……!」
シグルドがリオルの首筋に歯を立ててきた。噛みつく寸前のような仕草に、リオルはゾクゾクした。そこはオメガのうなじに近い場所だったからだ。
「お前があんまり悪さをすると、俺も歯止めが効かなくなる」
「あっ……」
シグルドの大きな手がリオルの服を乱していく。ベストのボタンを器用に片手で外しながら、もう一方の手はリオルの服の中へと伸びてくる。
「だめ。こんなところで……っ」
「ここは俺の部屋だ。なんの問題もなかろう?」
言われて薄明かりの中、部屋の奥を見れば、ずらりと並んだ勲章の数々も、賢そうな本棚も、たしかにシグルドの部屋に違いない。この部屋には、婚約の顔合わせの際に一度だけシグルドに通された記憶がある。
だが今は誕生日パーティーの最中だ。いつ誰がシグルドを呼びに来るかもわからないのに。
「うわぁっ!」
シグルドに足を掬われ、横抱きにされたかと思うのも束の間、ベッドのうえに乱雑に放り投げられた。
「あんな男に妻を寝取られるくらいなら俺が……っ!」
シグルドがリオルの上に馬乗りになってリオルの身体を弄ぶ。
「あぁ…ん……待って……っ、心づもりが……!」
「そんなもの要らんっ」
シグルドはリオルの腰ベルトにカチャカチャと手をかけて、下に履いているものをすべて奪い去ろうとする。
「えっ……? 嘘でしょっ?」
あのシグルドがリオルに手を出してくるとは信じられない。ヒートの前に恥を捨てて抱いてほしいとお願いしても、呆気なく断わられたのに。
どうしよう。抱いてくれるならこのままシグルドに抱かれてしまおうか。
でも、どうもシグルドの様子がおかしい。ヤケをおこしているような感じだ。浮気をされて変な噂を立てられるくらいなら、浮気防止のために、俺がオメガの性欲を発散させてやるとでも思ったのだろうか。
そんな真似をシグルドにさせてもいいのだろうか。これではまるでシグルドを煽るためにセナを雇おうとしたみたいになっている。
こんな形で抱かれてもきっとあとから辛くなる。シグルドとの関係がさらに拗れてしまう。
「あっ……あぁ……っ!」
シグルドの熱い手がリオルの肌に触れる。恐ろしいくらいの美形が、欲情的な表情を浮かべながらリオルを求めてくる。
ダメだ。この魅惑的な人に抗えるわけがない。
どんな歪んだ形でもいい。
シグルドに抱いてもらえるなら。いっそこのまま——。
「シグルドっ、あぁ……そこ、だめぇ……」
シグルドの手がついにリオルの下半身に触れたとき、リオルは思わず身体をビクッと震わせる。
恥ずかしさのあまりに、リオルがジタバタと抵抗すると、シグルドの手が止んだ。
どうしたのかとシグルドのほうを見ると、シグルドはリオルから身体を離し、手のひらで顔を覆い隠すようにしながらうなだれている。
シグルドの指の隙間から垣間見える表情は、ひどく辛そうだった。
「ごめん、リオル……バカなことをした。嫉妬に駆られたんだ。頼むから、俺のことを嫌いにならないでくれ……」
我に返ったようにシグルドはリオルに謝罪し、さっき乱したリオルの服を整え始めた。
アルファは嫉妬深い性だ。それが部屋の片隅に置かれて忘れられた人形だったとしても、自分の所有物を取られることは許せないのだろう。
「ごめんな、ごめん……俺はいつもリオルを怖がらせてばかり。どうしてうまく愛してやれないんだ……」
「シグルド……」
そうか。シグルドはシグルドなりに、政略結婚の妻でも愛そうと努力してくれていたようだ。
でも、努力だけではどうしようもないことがある。
やっぱり抱けないものは抱けなかったのだろう。男たるもの、愛することのできない相手に対して勃たないことは仕方がないことだ。
可愛くない、興味のない妻にはつい冷たく接してしまうものだ。それだってシグルドはリオルを無視しないだけ、まともな夫なのかもしれない。
「いいよ、シグルド。僕はこのくらい気にしないから」
リオルは服を整え、ベッドから降りた。そして立ち尽くしたままのシグルドに静かに近づいていく。
「嫌いになんかならないよ」
シグルドを見上げると、そこには綺麗な蒼翠色の瞳を潤ませて、不安げな表情の美しい顔があった。
「シグルドのために、頑張って偽りの妻を演じます」
リオルはシグルドに抱きついた。
シグルドに嫌がられるかと思ったのに、意外にもシグルドは逃げなかった。
「リオル……ありがとう……」
シグルドはリオルの身体を遠慮がちに抱き締め返してきた。その弱々しさに胸が苦しくなる。
シグルドだって被害者だ。
家のために自分を犠牲にしている。平民の子息だと見下されながらも王立騎士団で立派な成果を上げるように努力し、結婚相手だって好きな人を選びたかっただろうに父親の決めた相手と結婚した。
政略結婚だったのに、夫として慣れない贈り物をしたり、気遣ったり、忙しい中シグルドなりに精一杯やってくれているのではないか。
変な夫夫だけれど、シグルドはたったひとりのリオルの夫だ。シグルドの役に立ちたいと思うし、妻として支えたい。
シグルドに好きになってもらえなくても、抱いてもらえなくても、シグルドのそばにいて支えてあげたいと思う。
やっぱりシグルドのことは、好きだ。
757
お気に入りに追加
3,025
あなたにおすすめの小説
最愛の夫に、運命の番が現れた!
竜也りく
BL
物心ついた頃からの大親友、かつ現夫。ただそこに突っ立ってるだけでもサマになるラルフは、もちろん仕事だってバリバリにできる、しかも優しいと三拍子揃った、オレの最愛の旦那様だ。
二人で楽しく行きつけの定食屋で昼食をとった帰り際、突然黙り込んだラルフの視線の先を追って……オレは息を呑んだ。
『運命』だ。
一目でそれと分かった。
オレの最愛の夫に、『運命の番』が現れたんだ。
★1000字くらいの更新です。
★他サイトでも掲載しております。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
僕の番
結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが――
※他サイトにも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる