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3.政略結婚
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リオルは、今でこそ落ちぶれてしまったが、代々国の宰相を輩出してきたほどの名家のハーランド家出身だ。
最近は宰相になるような人材はいないし、今のリオルの父の代から兄弟、従兄弟までアルファが生まれていない。
それが決定打になって重役に就けるような人材がいなくなってしまったが、ハーランド家の名前は今でも名乗っただけで讃えられるときがある。
ただ褒賞が与えられない。ハーランド家は深刻な財政難に陥っていて、大きな屋敷も失い、雇っていた侍女や護衛兵も解雇、生活のレベルは平民と同じか実はそれ以下、という状況にまで追い込まれている。
シグルドの家は大金持ちだ。商人の家で、シグルドの父が一代で莫大な財産を築き上げたといういわゆる成金一家。
商人なので、アルファのシグルドは平民だ。だが、その類い稀なる実力と才能を認められ、今では騎士の中のエリートコースである王立騎士団に所属している。
ただ王立騎士団は、爵位を持っているような良家のアルファばかりがズラリ勢揃いする場所だ。シグルドは今でも『平民のくせに』『成金コネ野郎』などと差別されることがあるらしい。
そこで持ち上がったのが、両家の政略結婚の話だ。
シグルドの家フォーデン家は家柄が欲しい。
リオルの家ハーランド家はお金が欲しい。
シグルドがリオルと結婚すれば、家柄が手に入る。落ちぶれたとはいえ、ハーランド家はいまだに王族の社交界に呼ばれるほどの家柄だ。
リオルの夫としての立場ならば、社交界にシグルドが参加することができる。そのときお土産として配られる紋章が、地位を表す証となるし、社交界に入れれば、王族とも直接話ができる。
万が一そこで王族の誰かに気に入られたら、思わぬ役職を与えてもらえることもある。
シグルドがリオルを結婚相手に選んだ理由はそれだ。シグルドはリオルではなく、家柄を手に入れたかったのだ。
けれどシグルドばかりを責められない。リオルだってシグルドと結婚することで、結納金として実家に莫大な金が入った。リオルがシグルドと結婚したおかげで、実家の当面の財政難はとりあえず解消されたのだ。
リオルの兄の息子・レオンはこの前バース性を調べたときにアルファだと判明し、皆大喜びした。レオンは幼い頃から頭が切れる優秀な子どもで、レオンが成長して役職につくまでのあいだ、ハーランド家の財政を保てるお金があればなんとかなりそうなのだ。
今は、フォーデン家とハーランド家が交わした政略結婚の約束事にリオルは頭を悩ませている。
結婚だけで結納金はもらえた。だが残りの大部分の金は、リオルがシグルドの子どもを身ごもって産むことが条件になっている。
シグルドは兄弟の中で唯一のアルファで、フォーデン家としては政略結婚でありながらもなんとしてもシグルドの子孫が欲しいらしい。
だからリオルはヒートのたびになんとかシグルドに抱いてもらいたいと思っているのだが、当のシグルドは忙しいようで、リオルの相手などしてくれない。
これでは子どもが孕めない。
実家からは「早く子どもを作れ」とせっつかれる。シグルドだって子どもができないと残りの金がリオルの実家に支払われないことは知っているはずだ。
政略結婚でも、子どもを作ることに協力することは、最低限の礼儀だとリオルは思っているが、シグルドは我関せずの態度。好きでもないリオルを抱くことはどうしても嫌なのだろう。
(一度試しに抱いてみたら、僕のことが嫌になったのかな……)
シグルドとの最初で最後の契りを交わした夜、そういうことの経験も知識もまったくなかったリオルは、最初は緊張しっぱなし、その後もシグルドから与えられる快感に歓喜の涙を流して、ただ酔いしれていただけだった。
つまりシグルドに対してリオルは何もしなかった。
本当はもっと旦那様に性的な奉仕をしなければならなかったのだろう。あれではリオルはよくてもシグルドにしてみればつまらなかったに違いない。
夫夫になる前にもっとそういう営みの勉強をしておけばよかった。そうしていれば、シグルドは今でも最低限の夜の相手くらいはしてくれたかもしれない。
あの夜を最後に、シグルドは一度もリオルを抱いていない。
ひとつ屋根の下で暮らしているのに、シグルドとの距離は開くばかり。
シグルドも仕事を終え、せっかく家に帰って来たのに、こんな真っ黒な髪で黒い瞳の陰気くさい妻がいる家なんて安心してくつろげないだろう。
いっそ別居婚のほうがよいのではないかという考えがよぎるが、実家からは『子どもを孕んでフォーデン家から金をもらうまでは帰ってくるな』という主旨の手紙を何度も送りつけられている。
オメガのリオルにはなんの能力もなく、ひとりでは生きていけない。シグルドには申し訳ないが、リオルが暮らす家はここしかなかった。
これは完全なる政略結婚だ。
でも、リオルは最初シグルドとの婚約話を聞いたとき、飛び上がるくらいに嬉しかった。
なぜなら、リオルが幼い頃から慕っていた相手がシグルドだったからだ。
離れ離れになっても尚、遠くからシグルドに憧れの眼差しを向け、シグルドの活躍の噂を聞けば自分のことのように嬉しく思った。
だから二つ返事でシグルドとの結婚話を受けたし、それによってハーランド家まで助かるとはなんと素晴らしいことかと浮かれていた。
いざ結婚して、シグルドと新居に暮らすことになり思い知る。
好きな人と結婚できたと喜んでいたのは自分だけで、シグルドは冷めていた。それもそのはず、シグルドにとって、これは愛のない政略結婚だったのだから。
最近は宰相になるような人材はいないし、今のリオルの父の代から兄弟、従兄弟までアルファが生まれていない。
それが決定打になって重役に就けるような人材がいなくなってしまったが、ハーランド家の名前は今でも名乗っただけで讃えられるときがある。
ただ褒賞が与えられない。ハーランド家は深刻な財政難に陥っていて、大きな屋敷も失い、雇っていた侍女や護衛兵も解雇、生活のレベルは平民と同じか実はそれ以下、という状況にまで追い込まれている。
シグルドの家は大金持ちだ。商人の家で、シグルドの父が一代で莫大な財産を築き上げたといういわゆる成金一家。
商人なので、アルファのシグルドは平民だ。だが、その類い稀なる実力と才能を認められ、今では騎士の中のエリートコースである王立騎士団に所属している。
ただ王立騎士団は、爵位を持っているような良家のアルファばかりがズラリ勢揃いする場所だ。シグルドは今でも『平民のくせに』『成金コネ野郎』などと差別されることがあるらしい。
そこで持ち上がったのが、両家の政略結婚の話だ。
シグルドの家フォーデン家は家柄が欲しい。
リオルの家ハーランド家はお金が欲しい。
シグルドがリオルと結婚すれば、家柄が手に入る。落ちぶれたとはいえ、ハーランド家はいまだに王族の社交界に呼ばれるほどの家柄だ。
リオルの夫としての立場ならば、社交界にシグルドが参加することができる。そのときお土産として配られる紋章が、地位を表す証となるし、社交界に入れれば、王族とも直接話ができる。
万が一そこで王族の誰かに気に入られたら、思わぬ役職を与えてもらえることもある。
シグルドがリオルを結婚相手に選んだ理由はそれだ。シグルドはリオルではなく、家柄を手に入れたかったのだ。
けれどシグルドばかりを責められない。リオルだってシグルドと結婚することで、結納金として実家に莫大な金が入った。リオルがシグルドと結婚したおかげで、実家の当面の財政難はとりあえず解消されたのだ。
リオルの兄の息子・レオンはこの前バース性を調べたときにアルファだと判明し、皆大喜びした。レオンは幼い頃から頭が切れる優秀な子どもで、レオンが成長して役職につくまでのあいだ、ハーランド家の財政を保てるお金があればなんとかなりそうなのだ。
今は、フォーデン家とハーランド家が交わした政略結婚の約束事にリオルは頭を悩ませている。
結婚だけで結納金はもらえた。だが残りの大部分の金は、リオルがシグルドの子どもを身ごもって産むことが条件になっている。
シグルドは兄弟の中で唯一のアルファで、フォーデン家としては政略結婚でありながらもなんとしてもシグルドの子孫が欲しいらしい。
だからリオルはヒートのたびになんとかシグルドに抱いてもらいたいと思っているのだが、当のシグルドは忙しいようで、リオルの相手などしてくれない。
これでは子どもが孕めない。
実家からは「早く子どもを作れ」とせっつかれる。シグルドだって子どもができないと残りの金がリオルの実家に支払われないことは知っているはずだ。
政略結婚でも、子どもを作ることに協力することは、最低限の礼儀だとリオルは思っているが、シグルドは我関せずの態度。好きでもないリオルを抱くことはどうしても嫌なのだろう。
(一度試しに抱いてみたら、僕のことが嫌になったのかな……)
シグルドとの最初で最後の契りを交わした夜、そういうことの経験も知識もまったくなかったリオルは、最初は緊張しっぱなし、その後もシグルドから与えられる快感に歓喜の涙を流して、ただ酔いしれていただけだった。
つまりシグルドに対してリオルは何もしなかった。
本当はもっと旦那様に性的な奉仕をしなければならなかったのだろう。あれではリオルはよくてもシグルドにしてみればつまらなかったに違いない。
夫夫になる前にもっとそういう営みの勉強をしておけばよかった。そうしていれば、シグルドは今でも最低限の夜の相手くらいはしてくれたかもしれない。
あの夜を最後に、シグルドは一度もリオルを抱いていない。
ひとつ屋根の下で暮らしているのに、シグルドとの距離は開くばかり。
シグルドも仕事を終え、せっかく家に帰って来たのに、こんな真っ黒な髪で黒い瞳の陰気くさい妻がいる家なんて安心してくつろげないだろう。
いっそ別居婚のほうがよいのではないかという考えがよぎるが、実家からは『子どもを孕んでフォーデン家から金をもらうまでは帰ってくるな』という主旨の手紙を何度も送りつけられている。
オメガのリオルにはなんの能力もなく、ひとりでは生きていけない。シグルドには申し訳ないが、リオルが暮らす家はここしかなかった。
これは完全なる政略結婚だ。
でも、リオルは最初シグルドとの婚約話を聞いたとき、飛び上がるくらいに嬉しかった。
なぜなら、リオルが幼い頃から慕っていた相手がシグルドだったからだ。
離れ離れになっても尚、遠くからシグルドに憧れの眼差しを向け、シグルドの活躍の噂を聞けば自分のことのように嬉しく思った。
だから二つ返事でシグルドとの結婚話を受けたし、それによってハーランド家まで助かるとはなんと素晴らしいことかと浮かれていた。
いざ結婚して、シグルドと新居に暮らすことになり思い知る。
好きな人と結婚できたと喜んでいたのは自分だけで、シグルドは冷めていた。それもそのはず、シグルドにとって、これは愛のない政略結婚だったのだから。
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