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番外編 最高の恋人を演じないで2
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欲求不満だったのかもしれないが、酒の飲み過ぎで理性も記憶も飛ばしてしまっていたかもしれないが、こんなことは許されない。
真下には、塔矢という恋人がいるのだから。
な、何もしてないよな……?
さすがに淫らな行為に及んでいたら、少しくらいの記憶はあるだろう。全裸ではないし、きっと大丈夫だ。
酔って、誰かの家で寝てしまっただけ。どこかにあるであろう、服を着て帰ればそれでおしまい。……ということにしたい。
そこへ、ガチャリとドアが開く音がした。
誰かがここに入ってくる。
誰だ……?
俺はもしかしたらそいつと……。
「真下。起きたのか……?」
塔矢だ。
塔矢だった。
塔矢の顔を見ただけで安堵する。
「具合は? 水でも飲むか?」
塔矢はペットボトルの水を真下に手渡してくれた。真下は落ち着くためにもとりあえずそれを口にする。
水を飲んで、ひと息ついた。ここから塔矢に聞きたいことがたくさんある。
「ごめん、塔矢。俺、記憶がなくて……大学の奴らと飲んでて、それから俺がどうなったのか……」
「だろうな。俺が着いたときには真下、ぶっ倒れてたからな」
「あのあと塔矢も来たのか……?」
二次会も終盤といった雰囲気だった。そこから塔矢も飲み会に参戦したのか……? 仕事で来られないという話だったのに。
「まぁな。幹事が二次会からでもって俺に連絡くれてたし、仕事終わりに、真下がそこにいるってわかってたから、迎えに行こうと思ってさ」
夜遅くまで仕事をこなしたあと、わざわざ迎えに来てくれようとしたのか。
「行ってよかった。真下、お前、マジで危なかったんだぞ!」
「……は? なにが……?」
何をしでかしたんだろう。聞くのも怖いが、知っておきたい気持ちも大いにある。
「なんでお前……峯岸なんかと……」
「みね……ぎし……?」
峯岸と何かあったのだろうか。
「お前が寝言みたいに『キスしたい』とか言うから……」
「えっ! 俺が?!」
やばいやばい、やばすぎるだろ。俺!
「ふざけた峯岸が、『俺でもいいか』とか言いやがってお前にマジでキスしようとしたんだよ!」
「なんだよそれ!」
全然知らない。知らないところでそんなことに……。
「びっくりしたのは俺だよ! 二次会に顔を出した途端、俺の目の前に飛び込んできたのが、ぶっ倒れてるお前と、お前にキスしようとしてる峯岸なんだからな! 挨拶も忘れて全力で阻止したけど。はぁ、マジでビビったわ。今でも思い出すだけで、心臓がバックバクいってるし」
塔矢の言ってることは本当なんだろう。だとしたら、ものすごく塔矢に悪いことをした。
「そこから俺は、潰れて寝てる真下を俺んちまで連れ帰ったんだ」
「ここ、塔矢の家なのか?!」
塔矢の家には行ったことがあるが、ここじゃない。築年数を重ねた古いアパートだったはずだ。
「そうだよ。事務所が借りてくれた部屋なんだ。時間ができたら前のアパートを引き払ってこっちに全部引っ越そうと思ってる。前のとこはセキュリティが甘いから引っ越せって言われてさ」
「そうだったのか……」
良かった。ここが塔矢の家で。酔った俺を連れ帰ったのが塔矢で。
「そしたらお前が急に吐いたから、お前の服も俺も酷いことになって、服は洗濯してるとこ」
「うわぁ……ごめん、塔矢……俺、最悪じゃん……」
塔矢に吐いたものの処理までさせるなんて最低だ。穴があったら入りたいくらいに恥ずかしい……。
「いいよ、気にすんな。吐いたほうが楽になるって」
いや、そういう問題じゃない……。
「ごめん。俺、飲み過ぎた……」
つくづく自分が情けなくなる。
塔矢に散々迷惑かけて何やってるんだ……。
「珍しいよな。真下がこんなになるまで飲むなんて」
塔矢は慰めるみたいに真下の頭を撫でた。
「俺さ、その場に居なかったから詳しい事情はわかんねぇけど、なんで真下は潰れるくらい酒をガンガン飲んで、『キスしたい』とか言ったんだよ……」
「それは……」
言えない。塔矢に手を出してもらえなくて、モヤモヤしてた気持ちを晴らしたくて飲みまくっただなんて……。自分でもどうして『キスしたい』なんて言ったのかわからないが、多分塔矢のことを考えていたのかもしれない。それこそ欲求不満だったのかも……。
「飲み放題だったから、つい、飲んだほうが得かな、なんて思ってさ」
適当に誤魔化そうとしたのに、塔矢はジッと疑いの眼差しを向けてくる。いや、もしかしたら「だらしない真似はするな!」の不満の眼差しかもしれない。
「真下。まさかとは思うんだけどさ」
「な……」
なんだ……? 俺の欲求不満が塔矢にバレたのか……?
「俺のこと、嫌いになった……?」
「えっ……!」
「俺と別れたいのに、俺が可哀想だからって、無理してる……?」
「なっ……!」
なんでそうなる?!
「そんなことないっ! なんでそんなこと言うんだよっ!」
意味がわからない。俺の態度のどこがどうして——。
「違うの……?」
「違うよ。そんなこと考えたこともない」
「だって、なんか、真下、俺といてもなんかぼんやり考え事してるみたいだしさ……」
「そうか……?」
多分それ、塔矢と今後どうやって先に進めばいいのか考えてただけだ。
「何かありそうなのに、前みたいに俺に悩みを相談してくれなくなったし」
いや、今の俺の悩みは塔矢のことだから。本人に相談できるわけないだろ。
「もしかして、毎晩電話かけるの、迷惑だった……?」
「ううん。全然嫌じゃない」
むしろ、忙しいのに毎晩電話をくれてありがとうって思ってる。
「俺、真下の完璧な恋人になりたい。だから、俺に足りないことがあるならなんでも言ってくれ。なんだってするから」
塔矢は真剣だ。
バカ真面目にそんなことを言って……。
わかった。塔矢は大切にしすぎるんだ。真下を想うあまりに、少しだけ、いや、かなり無理をして『完璧な恋人』を演じているのかもしれない。
「じゃあ言わせてもらう。塔矢。もう毎晩俺に電話はかけてくるな」
塔矢はハッとした表情をしたあと、「わかった……」と寂しそうに頷いた。
「それから仕事が忙しいときは無理に俺に会おうとしなくてもいいし、約束だって破ったっていい」
塔矢は「ごめん……」と謝ってきた。
「その意味、わかるか?」
塔矢は首をかしげている。
「『完璧な恋人』なんかにならなくていい。もっと、こう……本当の塔矢を見たいっていうか……俺の前でくらい、自分をさらけ出してくれてもいいんじゃないか? お前はふりをするのも、取り繕うのも上手いからさ、バカな俺は見抜けないから、塔矢に無理、させてんじゃないのかなって、思って……」
塔矢の顔をチラッと見ると、塔矢は真下の言葉に驚いたのか目をしばたかせている。
「俺、無理なんかしてないよ」
塔矢は真下の頬を撫でた。
「俺が会いたいから真下に会いに行ってるだけだし、真下との電話だって俺の毎日の癒しなんだ。でも、真下は真下で俺のことを心配してくれてたんだな。ありがとう」
塔矢は真下をぎゅっと抱き締めてきた。素肌で塔矢に触れられるのなんて初めてだ。
「でも、ひとつだけ、無理をしていたことがある」
「え……?」
「もうすぐ真下の誕生日じゃん? 俺さ、その日まで真下に手を出すのはやめようって思ってたんだけどさ」
なんだそれ。塔矢はそんなことを思ってたのか……?
「俺のベッドでお前が裸でいるなんて、さっきから耐えられない……」
なんか塔矢の手つきがおかしいような……。
「真下。ごめんっ。今日のこれ、ノーカンにして」
塔矢が真下に視線を合わせてきた。こんな近距離で見つめられてなんだかドキドキする。
「誕生日にはちゃんとした場所で、最高のキスをするから」
塔矢はそっと真下の唇にキスをする。
ああ、そうだ。ずっとこの瞬間を待っていたんだ——。
塔矢だってちゃんとそういうことしたかったのか……。ただ最初のキスにこだわっていただけだったんだ。
「真下。これもノーカンな」
塔矢は真下の身体を両手で弄ってきた。塔矢に求められてちょっとだけ嬉しい反面、今は二日酔いで頭痛いし——。
「下も、触っていい?」
「はっ?!」
待て待て待て待て! そんなことまで無かったことにするの、無理があるだろ!
心の準備ができてないっ!!
——完。
真下には、塔矢という恋人がいるのだから。
な、何もしてないよな……?
さすがに淫らな行為に及んでいたら、少しくらいの記憶はあるだろう。全裸ではないし、きっと大丈夫だ。
酔って、誰かの家で寝てしまっただけ。どこかにあるであろう、服を着て帰ればそれでおしまい。……ということにしたい。
そこへ、ガチャリとドアが開く音がした。
誰かがここに入ってくる。
誰だ……?
俺はもしかしたらそいつと……。
「真下。起きたのか……?」
塔矢だ。
塔矢だった。
塔矢の顔を見ただけで安堵する。
「具合は? 水でも飲むか?」
塔矢はペットボトルの水を真下に手渡してくれた。真下は落ち着くためにもとりあえずそれを口にする。
水を飲んで、ひと息ついた。ここから塔矢に聞きたいことがたくさんある。
「ごめん、塔矢。俺、記憶がなくて……大学の奴らと飲んでて、それから俺がどうなったのか……」
「だろうな。俺が着いたときには真下、ぶっ倒れてたからな」
「あのあと塔矢も来たのか……?」
二次会も終盤といった雰囲気だった。そこから塔矢も飲み会に参戦したのか……? 仕事で来られないという話だったのに。
「まぁな。幹事が二次会からでもって俺に連絡くれてたし、仕事終わりに、真下がそこにいるってわかってたから、迎えに行こうと思ってさ」
夜遅くまで仕事をこなしたあと、わざわざ迎えに来てくれようとしたのか。
「行ってよかった。真下、お前、マジで危なかったんだぞ!」
「……は? なにが……?」
何をしでかしたんだろう。聞くのも怖いが、知っておきたい気持ちも大いにある。
「なんでお前……峯岸なんかと……」
「みね……ぎし……?」
峯岸と何かあったのだろうか。
「お前が寝言みたいに『キスしたい』とか言うから……」
「えっ! 俺が?!」
やばいやばい、やばすぎるだろ。俺!
「ふざけた峯岸が、『俺でもいいか』とか言いやがってお前にマジでキスしようとしたんだよ!」
「なんだよそれ!」
全然知らない。知らないところでそんなことに……。
「びっくりしたのは俺だよ! 二次会に顔を出した途端、俺の目の前に飛び込んできたのが、ぶっ倒れてるお前と、お前にキスしようとしてる峯岸なんだからな! 挨拶も忘れて全力で阻止したけど。はぁ、マジでビビったわ。今でも思い出すだけで、心臓がバックバクいってるし」
塔矢の言ってることは本当なんだろう。だとしたら、ものすごく塔矢に悪いことをした。
「そこから俺は、潰れて寝てる真下を俺んちまで連れ帰ったんだ」
「ここ、塔矢の家なのか?!」
塔矢の家には行ったことがあるが、ここじゃない。築年数を重ねた古いアパートだったはずだ。
「そうだよ。事務所が借りてくれた部屋なんだ。時間ができたら前のアパートを引き払ってこっちに全部引っ越そうと思ってる。前のとこはセキュリティが甘いから引っ越せって言われてさ」
「そうだったのか……」
良かった。ここが塔矢の家で。酔った俺を連れ帰ったのが塔矢で。
「そしたらお前が急に吐いたから、お前の服も俺も酷いことになって、服は洗濯してるとこ」
「うわぁ……ごめん、塔矢……俺、最悪じゃん……」
塔矢に吐いたものの処理までさせるなんて最低だ。穴があったら入りたいくらいに恥ずかしい……。
「いいよ、気にすんな。吐いたほうが楽になるって」
いや、そういう問題じゃない……。
「ごめん。俺、飲み過ぎた……」
つくづく自分が情けなくなる。
塔矢に散々迷惑かけて何やってるんだ……。
「珍しいよな。真下がこんなになるまで飲むなんて」
塔矢は慰めるみたいに真下の頭を撫でた。
「俺さ、その場に居なかったから詳しい事情はわかんねぇけど、なんで真下は潰れるくらい酒をガンガン飲んで、『キスしたい』とか言ったんだよ……」
「それは……」
言えない。塔矢に手を出してもらえなくて、モヤモヤしてた気持ちを晴らしたくて飲みまくっただなんて……。自分でもどうして『キスしたい』なんて言ったのかわからないが、多分塔矢のことを考えていたのかもしれない。それこそ欲求不満だったのかも……。
「飲み放題だったから、つい、飲んだほうが得かな、なんて思ってさ」
適当に誤魔化そうとしたのに、塔矢はジッと疑いの眼差しを向けてくる。いや、もしかしたら「だらしない真似はするな!」の不満の眼差しかもしれない。
「真下。まさかとは思うんだけどさ」
「な……」
なんだ……? 俺の欲求不満が塔矢にバレたのか……?
「俺のこと、嫌いになった……?」
「えっ……!」
「俺と別れたいのに、俺が可哀想だからって、無理してる……?」
「なっ……!」
なんでそうなる?!
「そんなことないっ! なんでそんなこと言うんだよっ!」
意味がわからない。俺の態度のどこがどうして——。
「違うの……?」
「違うよ。そんなこと考えたこともない」
「だって、なんか、真下、俺といてもなんかぼんやり考え事してるみたいだしさ……」
「そうか……?」
多分それ、塔矢と今後どうやって先に進めばいいのか考えてただけだ。
「何かありそうなのに、前みたいに俺に悩みを相談してくれなくなったし」
いや、今の俺の悩みは塔矢のことだから。本人に相談できるわけないだろ。
「もしかして、毎晩電話かけるの、迷惑だった……?」
「ううん。全然嫌じゃない」
むしろ、忙しいのに毎晩電話をくれてありがとうって思ってる。
「俺、真下の完璧な恋人になりたい。だから、俺に足りないことがあるならなんでも言ってくれ。なんだってするから」
塔矢は真剣だ。
バカ真面目にそんなことを言って……。
わかった。塔矢は大切にしすぎるんだ。真下を想うあまりに、少しだけ、いや、かなり無理をして『完璧な恋人』を演じているのかもしれない。
「じゃあ言わせてもらう。塔矢。もう毎晩俺に電話はかけてくるな」
塔矢はハッとした表情をしたあと、「わかった……」と寂しそうに頷いた。
「それから仕事が忙しいときは無理に俺に会おうとしなくてもいいし、約束だって破ったっていい」
塔矢は「ごめん……」と謝ってきた。
「その意味、わかるか?」
塔矢は首をかしげている。
「『完璧な恋人』なんかにならなくていい。もっと、こう……本当の塔矢を見たいっていうか……俺の前でくらい、自分をさらけ出してくれてもいいんじゃないか? お前はふりをするのも、取り繕うのも上手いからさ、バカな俺は見抜けないから、塔矢に無理、させてんじゃないのかなって、思って……」
塔矢の顔をチラッと見ると、塔矢は真下の言葉に驚いたのか目をしばたかせている。
「俺、無理なんかしてないよ」
塔矢は真下の頬を撫でた。
「俺が会いたいから真下に会いに行ってるだけだし、真下との電話だって俺の毎日の癒しなんだ。でも、真下は真下で俺のことを心配してくれてたんだな。ありがとう」
塔矢は真下をぎゅっと抱き締めてきた。素肌で塔矢に触れられるのなんて初めてだ。
「でも、ひとつだけ、無理をしていたことがある」
「え……?」
「もうすぐ真下の誕生日じゃん? 俺さ、その日まで真下に手を出すのはやめようって思ってたんだけどさ」
なんだそれ。塔矢はそんなことを思ってたのか……?
「俺のベッドでお前が裸でいるなんて、さっきから耐えられない……」
なんか塔矢の手つきがおかしいような……。
「真下。ごめんっ。今日のこれ、ノーカンにして」
塔矢が真下に視線を合わせてきた。こんな近距離で見つめられてなんだかドキドキする。
「誕生日にはちゃんとした場所で、最高のキスをするから」
塔矢はそっと真下の唇にキスをする。
ああ、そうだ。ずっとこの瞬間を待っていたんだ——。
塔矢だってちゃんとそういうことしたかったのか……。ただ最初のキスにこだわっていただけだったんだ。
「真下。これもノーカンな」
塔矢は真下の身体を両手で弄ってきた。塔矢に求められてちょっとだけ嬉しい反面、今は二日酔いで頭痛いし——。
「下も、触っていい?」
「はっ?!」
待て待て待て待て! そんなことまで無かったことにするの、無理があるだろ!
心の準備ができてないっ!!
——完。
応援ありがとうございます!
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読ませて頂きありがとうございました。(〃艸〃)
エブでも読ませて頂いてましたが やっぱり面白かったです♡
重ね重ねありがとうございます!
塔矢…良い人過ぎる😭そんな塔矢に幸あれ~~!!
勧善懲悪!!
2人より戻すのかな…。
また浮気しそうだなぁ…大丈夫かな💦
感想ありがとうございます!(むっちゃ声を大にして叫んでおります)