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その先へ

1.

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「ユリス様ぁ! それは私がやります! 身重の身体でご無理なさらないでください!」

 ナターシャはユリスが懐妊してからやたらと口うるさくなった。今も本を数冊抱えただけで怒られた。

「このくらい大丈夫なのに……」
「駄目です! ユリス様だけの問題ではありません。お世継ぎ様の身に何かあったらどうするのですか?!」
「それは、困るけど……」

 ユリスはすっかり膨らみを帯びた自分の腹を撫でる。この子はとても元気がいいのかユリスが触れるとよく蹴り返してくる。

 それを見てナターシャが「私も少し触れてもよろしいですか?」と聞いてきたのでユリスは快諾した。

「ああもう! 今から楽しみでなりません。どんな可愛い姿なのでしょうね! お腹の膨らみも大きく、オメガの私が触れると蹴り返してくるのできっとアルファの男児ですよ! 美形で、聡明で、心優しい最高の御方がここにいらっしゃるなんて!」
「まだ何もわからないのに……」

 生まれてみるまで男女はわからない。そして成長するまでバース性はわからない。それなのにナターシャはいつもアルファの男児だと決めつけている。


 だがナターシャだけじゃない。大抵の人間はユリスにそうに決まっていると伝えてくる。
 国民感情もそうだ。ユリスが病床から起き上がり、カイルと番になって、懐妊したという噂は瞬く間に国中に広がっていった。

「ユリス様が無事にお戻りになっただけではなく、まさかのご懐妊で私はとても幸せです」

 ナターシャも嬉しそうだが、すぐ後ろに控えるリュークたちもうんうんと同意するように頷いている。

「なにせ私たちにはこの手紙がありますから」

 リュークが得意そうにヒラヒラと一通の手紙をユリスに見せつける。

 本当にやってしまった。あの手紙は皆に会うのが最後になると思ってユリスが書いた置き手紙なのだが、内容がなんとも小っ恥ずかしい。

 つい感情が昂ってしまい、『感謝している』の言葉じゃおさまらず、『ずっと仕えていて欲しかった』『最高の従者に恵まれた』『愛してる』とまで書いてしまった。

 それを破って捨てて欲しいと訴えたのに、「これは私たちがいただいたものなので、私たちのものです」とそれを許されず事あるごとに引き合いに出されて揶揄われるようになってしまった。


「これを見た陛下はお怒りになりますよ。ユリス様は陛下だけを愛すとおっしゃったのに、この手紙は矛盾しております」
「だからそれは……」
「え! この手紙に書かれたことは嘘なのですか?!」
「いや、嘘ではないが……」
「ほら。これでは陛下に叱られても仕方ありませんね」

 毎回このくだりで揶揄われる。
 今後手紙を書くときは気をつけようと思った。こうして証拠として残ってしまうのだから。


「誰が誰を叱るのだ?」
「わ! 陛下っ!」

 リュークが飛び上がるくらいに驚いて、慌てて端に寄り頭を下げた。

「カイル様っ!」

 ユリスが駆け寄ると「あまり走るなよ」とカイルに注意された。

「マールの行商人が来たと聞きつけて、レモンを買ってきた。これを搾って飲むのが好きなのだろう?」

 カイルの手にはたくさんのレモンやオレンジなどの果実が入った籠がある。

「ありがとうございます。ですがあまり私に気を遣わなくても大丈夫です。以前も申し上げましたが、私のためにカイル様の従者の手を煩わせないでください。皆、忙しいのですから」

 ユリスの妊娠がわかってからというもの、カイルの溺愛がより酷くなった。ユリスにべったりできちんとやるべきことをしているのか心配になるくらいだ。

「大丈夫だ。従者の手は一切煩わせてはいない。俺が自ら城を出て買いにいったのだからな」
「えっ……」

 そんな満面の笑みで言うことではない。それは従者がいくよりももっと駄目だ。

「カイル様……」

 呆れて言葉が出なかっただけなのに、「感動したのか?」とまったく的はずれなことを言われてしまい、ユリスは溜め息をついた。


「ユリス。だいぶ大きくなったな」

 カイルはユリスの腹を愛おしそうに撫でた。

「はい」

 ユリスが笑顔でカイルを見上げると、カイルはユリスの身体を包み込むようにして抱き締めた。

「身体を守るため無理はできない。食事もままならない。眠るときすら苦しいのだろう? 昨日は立ちくらみを起こしたと聞いた。それでも笑顔で過ごしてくれることに感謝する」

 カイルはユリスが妊娠してからぎゅっと強く抱き締めることをしなくなった。腹の圧迫はよくないといつも優しく抱き締めてくれる。

「だがそのどれも代わってはやれない。ユリスの中にいるのはふたりの子供のはずなのにだ。だから俺にできることはなんでもしてやりたいのだ。その気持ちわかってくれるか?」
「はい……わかっております。もうじゅうぶん伝わっておりますので大丈夫ですよ」

 そうだ。ふたりの子供だ。カイルのためにも、無事を期待してくれている人たちのためにも大切に守らなければと思った。
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