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別れ

5.

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 港町マールでの二日目は、カイルとふたりで街の散策に出かけた。
 いつもの服では目立ってしまうので、カイルもユリスも一般的な服装をして護衛は最低限の人数だ。


 ユリスは帽子屋の店先に並んだ様々な帽子の中で、最も奇抜なデザインの麦わら帽子を手に取った。虹色に塗られていている派手な色をしているとんがり帽子だ。

「これ、カイル様にお似合いですよ!」

 ぽんとカイルの頭に乗せると、せっかくのカイルの美顔が台無しになるくらいに帽子がダサい。不服そうなカイルの姿が滑稽で、ユリスは「あはは」と声を上げて笑った。

「じゃあユリスはこれだ!」

 カイルは子供用のウサギを模したデザインの白い麦わら帽子を被せてきた。

「似合うな……可愛い。まるで子供だ」
「カイル様……」

 今度はカイルが笑い、ユリスは膨れっ面をする。

「可愛いな、ユリスは。笑った顔も怒った顔も可愛い。今すぐキスをしていいか?」
「駄目です!」
「じゃあ抱き締めるだけにする」

 カイルはぎゅっとユリスの身体を抱き締めた。

「こんなところで……っ! 駄目ですってば!」

 ユリスはカイルの腕から逃れようとするのにカイルが離してくれない。

「嫌だ。あと少し」

 本当に困った人だ。どこへ行っても人目を憚らずユリスに抱きつく癖は直らないみたいだ。

「少しだけにしてくださいね」

 そう言いながらユリスはカイルの胸に寄りかかる。
 カイルの腕に抱かれるのは好きだ。すぐ隣に自分をこんなに愛してくれる人がいるなんてなんて幸せなんだろう。




 街を抜け、高台を上がり、昔要塞のあった場所へとやってきた。今は東西の戦いはないが、昔は激しく争っていた時代もあったと聞いたことがある。

 カイルは要塞の最上階に造られた戦没者の慰霊碑の前に立ち、祈りを捧げた。
 ユリスもカイルの隣に立ちカイルとともに祈りを捧げる。
 東国ナルカ出身のユリスがケレンディア兵のために祈りを捧げるなんて、不思議な感覚だ。

「これからは俺とユリスのように東西の和平が続くといいな」

 祈りを捧げたあと、カイルはそう言ってユリスの手を握った。

「ユリス。今夜は王族であることを隠して、マールの街の酒場に行ってみないか? とても洒落た雰囲気の店で、気分良く酔える」
「カイル様は行ったことがあるのですか?!」
「ああ。実はマールに来るたびに姿を忍んで行っている」
「そうなのですか?!」

 カイルは大胆だなと思った。カイルの身に何かあったら一大事だ。それでもお忍びで庶民の暮らしを覗くこともするようだ。

「だからユリスも一緒にどうだ? 護衛はつかないが、何かあれば俺がユリスを守る。腕には自信があるのだ。安心しろ」
「はい」

 カイルがそばにいるなら安心に決まっている。レオンハルトの暗殺の命令の呪縛に囚われていたときも、ユリスが苦しいときや悩んでいるときもカイルはいつも助けてくれた。

 カイルにはたくさんの恩をもらった。ユリスには一生かかっても返しきれない恩だ。

 カイルには幸せになってもらいたい。アルファの王妃を迎えてケレンディア王家の血を絶やさず、歴史に残る善王でいて欲しい。


 
 
 街の酒場で、庶民と同じ服を着たカイルとふたりきりでお酒を飲むなんて不思議な感覚だ。いつもは城で煌びやかな世界でしかカイルを見たことがなかったから。

 酒樽をテーブル代わりにして、それを囲むのは座りこごちの悪い木の椅子だ。だが出てきたビールはよく冷えていて喉ごしもよくてとても美味しかった。

「今日はカイル様が国王に見えません」

 ユリスが微笑むと、カイルがすかさず「どういう意味だ?」と訝しげな顔をする。

「いい意味です。すごく身近に感じます。もちろん城での生活に不満はありません。でも、もしカイル様が普通の御人だったらと想像してしまいます」

 もしもカイルが国王でなければ、出来損ないのオメガでもカイルのそばにいられただろう。

 カイルとともに質素でありふれた生活をして、こうしてなんでもない一日を過ごして笑い合えていたのかもしれない。

「俺が庶民だったら、ユリスは手に入らなかったな」
「えっ?」
「ユリスはナルカの王子だった。それにこんなに綺麗な顔をして、ひくて数多だろう? 正直なことを言うと、俺はユリスを手に入れるのに相当な額を使ったし、存分に権力を行使した。そうまでして手に入れたのだから、庶民ならユリスと話すことすらできなかっただろうな」

 ユリスは思わず笑ってしまう。カイルはそんなことを本気で言っているのだろうか。

「私はカイル様が例え馬を引いていらっしゃっても好きになりましたよ」
「嘘をつくな」
「嘘じゃないです。私は地位もお金も要りません。ただカイル様のそばにいられるだけで幸せですから。城になど戻らず、このままの姿でカイル様とどこかに逃げてしまいたいくらいです」

 王家のしがらみもすべて忘れてカイルと一緒にいられたらどんなに幸せだっただろう。

「ユリスには敵わぬな。普通は高価な贈り物をしたり、地位を持っていたりするだけで好いてもらえるのに、ユリスにはそれが通用しないということか。これは油断をしたら国王でもユリスに愛想を尽かされる。俺はなんとしてもユリスに嫌われないようにせねばならぬな」

 カイルは真面目な顔をして考え込むからユリスはまた可笑しくなる。

 これから先、カイルと離れることになってもユリスがカイルを嫌いになることはないのに、何を真剣に考えているのだろう。

「頼むぞユリス。俺を嫌いになりそうになったらすぐに教えてくれ。早く言うんだ。すぐに直す。嫌われぬようにするから」
「そんなことありえませんよ」

 とユリスは笑ってやり過ごそうとしているのにカイルはいたって真面目だ。少し不安げな顔をしている。

「大丈夫です。私は生涯カイル様だけを愛します」

 ユリスはカイルの手を握った。

「本当か……?」
「はい。いつまでもお慕いしております」

 ユリスはオメガだから、生きていくために貞操を守ることは難しいだろう。だが心だけはカイルに捧げようと決めた。この先誰に抱かれても、身体は許してもユリスの心だけはカイルのものだ。
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