上 下
16 / 91
オメガの妃

4.

しおりを挟む
 招待状を見せ、中に入る。この城一番の大きな広間には大勢の着飾った男女がいる。カイルの即位一周年を祝うために集まってきた貴族たちなのだろう。皆、それぞれ料理や会話を楽しんだり、中央では音楽に合わせ男女ペアでダンスをしている者もいる。
 カイルは壇上に座っている。その顔にずっと笑顔はなかったが、そばにいた大臣のヒイラに呼ばれ、カイルは席から立った。
 カイルは誰と話しているのだろう。すごく綺麗な女性だ。
 ユリスは人の影に隠れながらできるだけふたりに近づいていく。幸いにもカイルとその女性の周りには人が多い。従者に護衛。皆から注目されるふたりなのかもしれない。


「クローディア。バラディスからわざわざ来てくれたのか。まずは礼を言わせてくれ」

 カイルが頭を垂れた。ということはかなり身分の高い女性のようだ。
 周りの者がクローディアを姫殿下と呼んでいて気がついた。

 北国バラディスの王と王妃の間に生まれた子供は男も女も含めたったひとり。その娘の名前はクローディアだ。
 レオンハルトがかつてクローディアを妃にするべく画策していたという噂話だけは聞いたことがある。

「カイル様のお力でケレンディアは本当に良い国になりましたね。あとはカイル様がご結婚されお世継ぎが生まれればこの国は安泰ですね」
「それが最も厳しいな。俺もそれを望んではいるのだが、俺自身が法を変えてしまったせいで、苦戦してる」
「え?! カイル様がですか?」
「きっと無理なのだ。その証拠に今日もその相手はここに現れない。俺が酷いことを言ったから嫌われたに違いない……」
「カイル様は幼い頃から変わりませんね。こんなに素敵な御方なのにご自分の魅力に全然気づいていらっしゃらないんですもの」

 たしかにカイルは変わっている。黙っていてもカイルの結婚相手など余るほど寄ってくるはずだ。

「大丈夫です。いざとなれば私はいつでもカイル様のもとに嫁ぐ準備はできておりますから」
「クローディアこそ変わらないな。そんなに俺がいいのか? お前ならいくらでも嫁の貰い手はあるだろう」
「私は昔からずっとカイル様をお慕いしております。側室でも構いません。カイル様のおそばに——」
「姫殿下、いけません! 側室は絶対になりません!」

 クローディアのそばに仕えていた従者が慌てて言葉を遮った。バラディスの姫ならば正式な王妃でなければ、西国ケレンディアに従したように見えてしまうのだろう。

「いいのです。カイル様には意中の方がいらっしゃるのですから。私は側室になるしか道はありませんもの」
「姫殿下……」

 従者でも、クローディアの想いは抑えられない。あんなに慕われてもカイルは首を縦に振らない。健気なクローディアが可哀想に思えるくらいだ。


「クローディアにもユリスを紹介したかったが、当の本人が来ないのであれば仕方がない。またいつかの機会にな」
「はい。ユリス様にお会いできるときを楽しみにしております」
「姫殿下、ユリス様という方はオメガですから大した身分の者ではありません。様づけで呼ぶ必要はございません」
「そんなことはありません。ここはケレンディアですから、オメガにも身分は与えられるんですものね? カイル様」
「そうだ。クローディアは相変わらず聡明だな」

 カイルは感心している。たしかにクローディアは賢い女のようだ。

「そう思われるなら、早く私をもらってくださいね。どんどん歳をとってしまいます。私はカイル様のお世継ぎをたくさん生みたいのです」
「姫殿下!!」

 なかなかに自由な娘のようだが、同じく自由なカイルとはお似合いのカップルに見えてきた。お互いの国の和平にもなるし、クローディアはカイルにとって完璧な相手だ。

 なんだか自分が邪魔者に思えてきた。ユリスさえいなければ何の問題もなく結ばれたふたりなのかもしれない。



 そして今日ここにいるのはカイルを祝うために集まった人々だ。こんなに大勢に慕われている国王の命を奪ってもよいものなのか、またユリスの心が揺れる。
 駄目だ。
 妹を見放す……?
 そんなこと、できるわけがない。ユリス以外に助けてやれる者などいないのに。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

高貴なオメガは、ただ愛を囁かれたい【本編完結】

きど
BL
愛されていないのに形だけの番になるのは、ごめんだ。  オメガの王族でもアルファと番えば王位継承を認めているエステート王国。  そこの第一王子でオメガのヴィルムには長年思い続けている相手がいる。それは幼馴染で王位継承権を得るための番候補でもあるアルファのアーシュレイ・フィリアス。 アーシュレイは、自分を王太子にするために、番になろうとしてると勘違いしているヴィルムは、アーシュレイを拒絶し続ける。しかし、発情期の度にアーシュレイに抱かれる幻想をみてしまい思いに蓋をし続けることが難しくなっていた。  そんな時に大国のアルファの王族から番になる打診が来て、アーシュレイを諦めるためにそれを受けようとしたら、とうとうアーシュレイが痺れを切らして…。 二人の想いは無事通じ合うのか。 現在、スピンオフ作品の ヤンデレベータ×性悪アルファを連載中

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

運命の息吹

梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。 美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。 兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。 ルシアの運命のアルファとは……。 西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。

夢見がちオメガ姫の理想のアルファ王子

葉薊【ハアザミ】
BL
四方木 聖(よもぎ ひじり)はちょっぴり夢見がちな乙女男子。 幼少の頃は父母のような理想の家庭を築くのが夢だったが、自分が理想のオメガから程遠いと知って断念する。 一方で、かつてはオメガだと信じて疑わなかった幼馴染の嘉瀬 冬治(かせ とうじ)は聖理想のアルファへと成長を遂げていた。 やがて冬治への恋心を自覚する聖だが、理想のオメガからは程遠い自分ではふさわしくないという思い込みに苛まれる。 ※ちょっぴりサブカプあり。全てアルファ×オメガです。

処理中です...