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一度めの夜

7.

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「ユリス様っ!」

 部屋に戻るとすぐミハルドが駆け寄ってきた。

「ご無事でよかった! 朝まで戻らないから心配しました……」
「すまない。予期せぬことが起きて、戻れなかった……。計画も失敗だ」
「そうですか……」

 ミハルドはひどく残念がっている。一日でも早く国に帰りたかったのだろう。


「ユリス様。無礼を承知でひとつお訊ねしてもよろしいですか?」
「なんだ?」
「まさかとは思いますが、カイル王に情が移ったりはしていませんよね?」
「えっ……」

 ユリスはドキッとした。さっき暗殺の機会があったのに、カイルの身体に短刀を突き立てることができなかったところだったから。

「ユリス様の頬は少し高揚していらっしゃいます。それと、ユリス様からはとてもいい匂いがします。オメガのフェロモン、ですよね?」
「それは薬の作用で——」
「そんな状態で一晩中カイル王の部屋で何をなさっていたんですか?」

 ミハルドの責めるような視線。発情したオメガとアルファが一緒にいたら何が起こるか誰にでも想像はつくことだ。

「……わかった、正直に言う。薬が効きすぎたみたいなんだ。それで思った以上に強いヒートに襲われて、動けなくなり計画は失敗した。そのときカイル様に慰められたものの、特別な関係は結んでない」
「カイル王はユリス様に触れてきたってことですよね」
「まぁ……」

 みなまで言うなと、恥ずかしくなりユリスは視線を逸らす。

「アルファのくせに、よくカイル王は耐えられましたね。ベータの私でも、今のユリス様の色気といったら……」
「ミハルド!!」
「申し訳ありませんっ! 私はベータですし、妻子もおりますので安心してください!」

 ミハルドは慌てて平謝りしている。
 

「事情はわかりました。ですがユリス様、急いだほうがいいです。あなたの妹君は今、不貞罪にかけられようとしています」
「どういうことだ?!」

 昨日まではそんな話、なかったはずなのに。

「なんでも婚約者のいる貴族を誘惑し、手を出して、一族を混乱に陥れようとしたとか。本当はすぐに処罰されるところをレオンハルト様が善処してくださっているようです。ですがいつまでもつか……。早く手柄を立てて国に帰ったほうがよいと思います」
「なんでそんなことに……」

 セレナとイーデン卿、ふたりの交際は秘密裏だったはず。それがなぜ公になっているのだろう。
 そしてイーデン卿に婚約者がいたとはユリスは初耳だ。

「私にも詳しいことはわかりません。ただユリス様が出発なさったあと、それを待っていたかのように妹君は牢に繋がれ、閉じ込められたそうです。伝書がさっき伝えてきました」
「牢屋だと?!」

 意味がわからない。なぜそこまでの仕打ちを受けないといけないんだ?!

「妹君は、ユリス様の帰りを待っておられます。妹君の身に間違いが起こる前に一刻でも早く……」
「間違い……」
「人の婚約者や夫をたぶらかした罪は、その身をもって償うことになっています」

 不倫や男女間の過ちが起こったときに罪に問われるのは女やオメガ側だけだ。例え男側から誘われたとしても、関係を持ってしまったら色気を振りまいたほうが悪いと不貞罪で女がすべての責任をとる。つまりイーデン卿は無傷で、ユリスの妹のセレナのみが処罰を受けるのだ。

 そしてその罪の償い方が残酷だ。
 不貞を犯した者は『汚れた者』となり、嫁にはいけない。そして『汚れた者』は、誰でも自由に犯してもいいという風潮がある。レイプをしても罪には問われないから。

 牢獄に閉じ込められたまま、兵士や従者などの性のはけ口にさせられる。代わる代わる男たちに犯され続けるのだ。
 牢を出たあとも、皆に蔑まれる。とても俗世では生きていけずに娼婦になるのがオチだ。

 セレナの罪はレオンハルトのお陰でまだ疑惑の段階のようだ。だが、牢獄に囚われていたら、間違ってセレナのことを襲う兵士が現れるかもしれない。

「駄目だ! 早くセレナを開放してくれ。セレナは無実だ。イーデン卿に婚約者はいない!」
「ユリス様、陛下の命ならば、例え婚約者がいたとしても陛下がお決めになった相手が正妻となります。そうなれば妹君も不貞罪には問われません。一刻もも早く任務を終えて国に帰りましょう!」
「わかった……」

 躊躇などしている暇はない。今度こそカイルを仕留めなければ。
 愚王ではない、善王カイルだったとしても、東国ナルカにとっては敵国の王なのだから。
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