上 下
1 / 8

1.浮気

しおりを挟む
 遠堂えんどうの浮気を知ったのは、遠堂とルームシェアしているマンションでのことだった。
 紀平きひらは大学の友人との飲み会からの帰りだった。二次会まで行く気にならずに、早く遠堂に会いたいと早々に帰宅した時だ。
 靴が散乱した玄関。仕方がないなと靴を片付けていたときに、見慣れないよく手入れされている革靴を見つけた。
 誰か遊びに来ているのだろうか。
 一歩足を踏み入れるといつも通りの散らかった部屋。その原因のほとんどはだらしのない遠堂に因るものだ。
 遠堂も紀平もそれぞれの部屋を持っていた。真ん中が二人共用のリビングという間取りなのだが、その共用部分も遠堂の私物で侵食されている。


「あっ……ダメっ……」

 遠堂の部屋から艶かしい声が聞こえてきた。紀平は酔いが覚めるくらいにギョッとして、思わず遠堂の部屋のドアに聞き耳を立てる。

「……んっ……あっ……気持ちい……あぁぁぁ……!」

 という男の喘ぎ声。これは明らかに情事のときのその声だ。

 ——嘘だろ。

 紀平は足がすくんで動けない。
 遠堂の部屋のドアノブに手をかけようとしたが、手は震え、心は躊躇する。
 紀平にはこの相手が誰なのか、わかってしまった。
 きっとたまきだ。
 環は遠堂と同じアルバイト先にいた奴だ。
 遠堂のバイト先は皆とても仲が良くて、しょっちゅう遊びや飲み会で親睦を深めている。
 一年程前の話だが、環は遠堂のことが好きでやたらと遠堂に絡んでいた。遠堂に対するLINEや電話も多くて、そのことで過去に遠堂とケンカをした事もある。今は環はバイトを辞めたようなので、紀平としては正直ほっとしていた。

 だからなのか、バイトの飲み会の出欠の返事をする前に、遠堂は紀平に律儀に断りを入れてきた。
「久しぶりに環も飲み会に参加するらしい。もし紀平が嫌なら俺は飲みに行かない」と言われたが、「俺もその日、大学の奴らと飲み会だしお互い様だ」と笑顔で許可をした。


 ——こんなことになるなら、行かないでほしいって言えばよかったな……。

 紀平は静かに部屋を立ち去った。そして数時間後に二次会まで参加したように装って家に帰ってきたときは、遠堂は何もなかったのかのような顔をして、ひとりリビングのソファーにおり、「お帰り。遅かったな」と笑顔で紀平を迎え入れた。
 そのポーカーフェイスぶりが憎らしいと思った。
 だから少しだけ詮索する。

「遠堂。飲み会はどうだった? 環に会ったのか?」

 何気ない会話を装って訊ねてみる。

「え? ……ああ。楽しかったよ。環も来てたよ」

 遠堂は環と会ったことは否定しなかった。環という名前を遠堂が口にしたとき、少しだけ遠堂が高揚したように感じて、やけにイライラする。

「へぇ。どれくらいぶりに会ったんだ?」
「半年は会ってなかったな。なんか別人みたいだった」

 遠堂は遠い目をしながら語る。きっと環のことを思い出しているのだろう。その目に紀平は映っていない。

「きっと可愛くなってたんだろ。よくあるじゃん? そういう話、同窓会とかでさ」

 ズキズキと痛む心を抑えて、遠堂の反応を伺ってみる。
 すると遠堂は急にニヤニヤし始めて、立ち上がり、紀平に近づいてきた。

「何? お前、もしかして妬いてくれてるの?」
「違うっ」
「俺、お前がそういう顔すんの、大好き」

 遠堂は紀平を抱き締めようとしてきた。だが、いつもなら受け入れられるはずの遠堂の抱擁に、今日は嫌悪感を覚えた。

 ——その身体で、さっきまで環を抱いてたんだろ!

 あと少しで言葉にしそうだった。なんとか踏みとどまって、遠堂の手を振り払い、遠堂から距離をとる。

「え? き、ひら……?」

 紀平に拒絶された遠堂は明らかに不信感を抱いている様子だ。

「……ごめん俺、あ、汗かいてるからさ。風呂入るわ」

 拒絶に対して適当な理由をつけて、紀平はバスルームに逃げる。
 そこで、ゴウンゴウンと洗濯機の中で深夜に回っている洗濯物を発見する。遠堂がこの時間に洗濯するなんて珍しいことだ。

「あー、ごめん、紀平。ちょっとシーツを洗いたくてさ、洗濯機使ってるよ」

 紀平の背後から遠堂が説明してきた。
 これは間違いない。さっきまでの情事のせいでシーツが汚れたから洗っているのだろう。証拠隠滅のために。

「だから、今日はお前のベッドで俺も一緒に寝てもいいかな……?」

 遠堂は紀平を背中から抱きしめようとしてきたが、「ごめん」とその手を振り払った。

「俺、疲れてるんだ。今日はひとりで寝たい」
「え……」

 呆然とする遠堂をバスルームの外へ押しやって、紀平は容赦なくドアを閉めた。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

美形な幼馴染のヤンデレ過ぎる執着愛

月夜の晩に
BL
愛が過ぎてヤンデレになった攻めくんの話。 ※ホラーです

1日、また1日と他人になっていく。大切なあなたへ

月夜の晩に
BL
好きな人のトラウマを消してあげる代償に、 好きな人から忘れられる攻めくんの話

大好きな幼馴染は僕の親友が欲しい

月夜の晩に
BL
平凡なオメガ、飛鳥。 ずっと片想いしてきたアルファの幼馴染・慶太は、飛鳥の親友・咲也が好きで・・。 それぞれの片想いの行方は? ◆メルマガ https://tsukiyo-novel.com/2022/02/26/magazine/

表情筋が死んでいる

白鳩 唯斗
BL
無表情な主人公

美形でヤンデレなケモミミ男に求婚されて困ってる話

月夜の晩に
BL
ペットショップで買ったキツネが大人になったら美形ヤンデレケモミミ男になってしまい・・?

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

突然現れたアイドルを家に匿うことになりました

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 「俺を匿ってくれ」と平凡な日向の前に突然現れた人気アイドル凪沢優貴。そこから凪沢と二人で日向のマンションに暮らすことになる。凪沢は日向に好意を抱いているようで——。 凪沢優貴(20)人気アイドル。 日向影虎(20)平凡。工場作業員。 高埜(21)日向の同僚。 久遠(22)凪沢主演の映画の共演者。

俺の親友のことが好きだったんじゃなかったのかよ

雨宮里玖
BL
《あらすじ》放課後、三倉は浅宮に呼び出された。浅宮は三倉の親友・有栖のことを訊ねてくる。三倉はまたこのパターンかとすぐに合点がいく。きっと浅宮も有栖のことが好きで、三倉から有栖の情報を聞き出そうとしているんだなと思い、浅宮の恋を応援すべく協力を申し出る。 浅宮は三倉に「協力して欲しい。だからデートの練習に付き合ってくれ」と言い——。 攻め:浅宮(16) 高校二年生。ビジュアル最強男。 どんな口実でもいいから三倉と一緒にいたいと思っている。 受け:三倉(16) 高校二年生。平凡。 自分じゃなくて俺の親友のことが好きなんだと勘違いしている。

処理中です...