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30.明るみになる
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派遣先での激務もついに三週間目を迎えた。神乃は進展状況を確認しにきたDX部門の部長から呼び出しされた。
「これ、どういうことか説明してくれないかな」
神乃が見せられたものは『バグ管理表』のExcel画面だ。
「見たままですが……」
「対応者が全部神乃さんの名前になってるけど……」
「はい。仁井さんの指示で僕がすべてやりました」
「えっ……?」
部長は怪訝な顔になる。それはそうだろう。ひとりに背負わせるには過剰過ぎる業務だ。
「御社がここまで人使いが荒い会社とは知りませんでした。仁井さんにも『無理だ』と伝えたのですが、それでもひとりでやることを強要されたんです。今回はすべて言われたとおりにやりましたが、今後は業務の改善をされたほうが——」
「待って。私はこんなことをさせるつもりなんてなかった……その話、詳しく聞かせてもらえる?」
「はい」
よかった。部長から事の異常さに気がついてもらえて。気がつかれなかったら神乃から申し出るつもりでいた。
まぁ、本音を言うと、バグ管理表の対応者欄に『神乃』の文字がズラーッと表示されれば上の者が異変に気がついてくれるのではないかという目論みはあった。
神乃は仁井のやったことの詳細を部長に伝えた。以前付き合っていたことや、セクハラまがいの目に遭ったことまでは話せなかったが、それでもじゅうぶんだった。
「実は以前から同じようなことがあったんだ。仁井は常にターゲットを作ってそいつだけに意地悪をするようなタイプでさ、その人を他の部署に異動させてもまた次の新しいターゲットを作って同じことを繰り返すんだ。そのやり方がまた陰でうまいことやるから周りは気づかない。でも今回は随分わかりやすい嫌がらせをしたな……」
たしかに仁井は、ぱっと見は明るく社交的で仕事もきちんとこなしているような印象だ。だがその陰では自分の嫌いな人にターゲットを絞り、虐めるような姑息な真似をしていたのか。
今回は対象が神乃だったから、仁井はわかりやすい方法で嫌がらせをしてきたのだろう。それがアダとなって、仁井の所業が上司にバレたのだが。
「社外の人にまで手を出すとはあいつは終わってるな」
はい、あいつは終わってますよ。と同意して言いたかったがそこはこらえた。部長のさらに上の立場にいるような人がやってきたからだ。
部長とその人は顔を合わせてなにやら話をしている。
「それにしても神乃さん。よくこれだけの仕事をひとりでこなしたね!」
部長に言われて神乃は小さく頭を下げる。仕事に関してはかなりの無理をした。日々ぶっ倒れそうになるほど働いた。富永の献身がなければ本当に倒れていたかもしれない。
「我が社にスカウトしようか。ちょうど仁井くんのポジションがあくことになるしな!」
部長のさらに上の上司が笑って言う。それを神乃は愛想笑いで受け流したが、その言葉は聞き逃さなかった。
仁井のポジションがあく——多分その意味は仁井がどこかに飛ばされるということではないか。
その次の日のことだ。部長のお陰で激務から開放された神乃がマイペースに仕事をこなしていると、終業時間の間際になって部長に呼び出された。
なんだろうと思って、部長についていった。その先の会議室で神乃を待っていたのは仁井だった。
仁井は浮かない顔をしている。神乃が来てもチラッとこちらを一暼しただけでうつむいてしまった。
「仁井が、神乃さんに話があるって。な? 仁井?」
部長は仁井に何かを催促する。仁井は諦めたような態度で、神乃のもとに近づいてきた。
「無理な仕事をやらせて、どうもすみませんでした!」
仁井が丁寧に頭を下げてきた。こんなにはっきりと仁井に謝られたのは初めてだ。
付き合ってるときも、いつも「俺は悪くない」と言って頑なに謝ることをしないタイプだったから。
もういいよと神乃が口を開きかけたところで、部長が「それだけではないだろ」と低い声で言った。
「休日出勤してたのに、シフトを修正して出勤していないことにしてすみませんでした……」
仁井はそんなことまでしていたのか。それは気がつかなかった。
自社には事前に休日出勤を伝えていた。それなのに富永と連絡が取れなかったのは仁井が原因だったのかもしれない。
「神乃さん、仁井には然るべき処遇をするから。御社とはこれからも友好な関係でいたいんだ。また何かあれば、すぐに報告してくれていい。こちらが適切に対応します」
「はい」
部長は仁井からの謝罪を受ける場を設けてくれたようだ。部長の用件は済んだようで、軽く挨拶をして去っていった。
会議室に仁井とふたりきりで残される。
神乃も特に用はないと、立ち去ろうとしたとき、「おい」と仁井に引き止められた。
「これ、どういうことか説明してくれないかな」
神乃が見せられたものは『バグ管理表』のExcel画面だ。
「見たままですが……」
「対応者が全部神乃さんの名前になってるけど……」
「はい。仁井さんの指示で僕がすべてやりました」
「えっ……?」
部長は怪訝な顔になる。それはそうだろう。ひとりに背負わせるには過剰過ぎる業務だ。
「御社がここまで人使いが荒い会社とは知りませんでした。仁井さんにも『無理だ』と伝えたのですが、それでもひとりでやることを強要されたんです。今回はすべて言われたとおりにやりましたが、今後は業務の改善をされたほうが——」
「待って。私はこんなことをさせるつもりなんてなかった……その話、詳しく聞かせてもらえる?」
「はい」
よかった。部長から事の異常さに気がついてもらえて。気がつかれなかったら神乃から申し出るつもりでいた。
まぁ、本音を言うと、バグ管理表の対応者欄に『神乃』の文字がズラーッと表示されれば上の者が異変に気がついてくれるのではないかという目論みはあった。
神乃は仁井のやったことの詳細を部長に伝えた。以前付き合っていたことや、セクハラまがいの目に遭ったことまでは話せなかったが、それでもじゅうぶんだった。
「実は以前から同じようなことがあったんだ。仁井は常にターゲットを作ってそいつだけに意地悪をするようなタイプでさ、その人を他の部署に異動させてもまた次の新しいターゲットを作って同じことを繰り返すんだ。そのやり方がまた陰でうまいことやるから周りは気づかない。でも今回は随分わかりやすい嫌がらせをしたな……」
たしかに仁井は、ぱっと見は明るく社交的で仕事もきちんとこなしているような印象だ。だがその陰では自分の嫌いな人にターゲットを絞り、虐めるような姑息な真似をしていたのか。
今回は対象が神乃だったから、仁井はわかりやすい方法で嫌がらせをしてきたのだろう。それがアダとなって、仁井の所業が上司にバレたのだが。
「社外の人にまで手を出すとはあいつは終わってるな」
はい、あいつは終わってますよ。と同意して言いたかったがそこはこらえた。部長のさらに上の立場にいるような人がやってきたからだ。
部長とその人は顔を合わせてなにやら話をしている。
「それにしても神乃さん。よくこれだけの仕事をひとりでこなしたね!」
部長に言われて神乃は小さく頭を下げる。仕事に関してはかなりの無理をした。日々ぶっ倒れそうになるほど働いた。富永の献身がなければ本当に倒れていたかもしれない。
「我が社にスカウトしようか。ちょうど仁井くんのポジションがあくことになるしな!」
部長のさらに上の上司が笑って言う。それを神乃は愛想笑いで受け流したが、その言葉は聞き逃さなかった。
仁井のポジションがあく——多分その意味は仁井がどこかに飛ばされるということではないか。
その次の日のことだ。部長のお陰で激務から開放された神乃がマイペースに仕事をこなしていると、終業時間の間際になって部長に呼び出された。
なんだろうと思って、部長についていった。その先の会議室で神乃を待っていたのは仁井だった。
仁井は浮かない顔をしている。神乃が来てもチラッとこちらを一暼しただけでうつむいてしまった。
「仁井が、神乃さんに話があるって。な? 仁井?」
部長は仁井に何かを催促する。仁井は諦めたような態度で、神乃のもとに近づいてきた。
「無理な仕事をやらせて、どうもすみませんでした!」
仁井が丁寧に頭を下げてきた。こんなにはっきりと仁井に謝られたのは初めてだ。
付き合ってるときも、いつも「俺は悪くない」と言って頑なに謝ることをしないタイプだったから。
もういいよと神乃が口を開きかけたところで、部長が「それだけではないだろ」と低い声で言った。
「休日出勤してたのに、シフトを修正して出勤していないことにしてすみませんでした……」
仁井はそんなことまでしていたのか。それは気がつかなかった。
自社には事前に休日出勤を伝えていた。それなのに富永と連絡が取れなかったのは仁井が原因だったのかもしれない。
「神乃さん、仁井には然るべき処遇をするから。御社とはこれからも友好な関係でいたいんだ。また何かあれば、すぐに報告してくれていい。こちらが適切に対応します」
「はい」
部長は仁井からの謝罪を受ける場を設けてくれたようだ。部長の用件は済んだようで、軽く挨拶をして去っていった。
会議室に仁井とふたりきりで残される。
神乃も特に用はないと、立ち去ろうとしたとき、「おい」と仁井に引き止められた。
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