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26.知らされなかったこと
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仕事で手一杯になったので、家に帰ったときの富永の存在は大きかった。
富永だって忙しいはずなのに、遅くに帰宅すると温かいご飯を用意して待っていてくれて、神乃が心折れそうになるとぎゅっと抱き締めてくれる。
夜だって「疲れてるなら何もしないよ」と神乃の身体を労ってくれる。
たしかに疲れてはいるけれど、富永と身体を重ねることはそこまで負担じゃない。
富永は仁井みたいに横暴なことはしない。神乃をいつも優しく抱いてくれるから。
「する……?」と訊くと、富永はパッと子供みたいにわかりやすく嬉しそうな顔をする。富永は待てのできる大型犬みたいだ。
そんな富永を神乃は心から愛おしいと思った。
仁井の会社で働き始めて一週間が過ぎた。神乃はぶっ倒れそうになりながらも仕事をこなし、昼飯も栄養補助ゼリーで10秒で済ませてディスプレイと睨めっこ。キーボードを叩き続ける。
今日も体力がもつ限り、残業をすると決めている。
皆が休憩のためいなくなる中、神乃は昼休み返上だ。
「神乃。手伝ってやろうか?」
一分一秒惜しいところなのに、仁井がニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら、神乃に近づいてきた。
「要らない。お前の条件なんて絶対にのまない」
無視だ。仁井は無視!
こいつにかまけている暇はないと神乃は目の前のやることをこなしていく。
「ホント世の中、金だよなぁ……」
神乃の隣で仁井がぽつりと呟いた。
「お前の彼氏、金にもの言わせて最低だよな」
は……?
彼氏……富永のことを言っているのか……?
「あいつ最悪だ。藍羅が俺に暴露したぜ? 金を払うから俺と別れるように藍羅に言ったそうだ。だから藍羅は別れたくないのに泣く泣く俺を振ったんだと」
「えっ?」
なんだその話……。富永が、なんで藍羅にそんなことを……?
「どうせ神乃もなんだろ? お前はいくら貰って俺と別れることにしたんだ? お前はさらに恋人っていう名前の専属風俗契約を結ばされたんだから結構な金額なんだろ?」
たしかに家賃や生活費は神乃のぶんまで富永が負担している。でも、そんなものがなくても富永とは一緒にいたいと思っているし、仁井と別れたのも、富永の恋人になったのも神乃自身の意志だ。そこに契約も金も一切関係ない。
「富永はそんな奴じゃない……」
神乃はキッと仁井を睨みつけた。
「じゃあ顔? あいつ金持ちでビジュアルもいいなんてふざけた野郎だ! それで俺から神乃を奪うなんてとんでもないクズだな」
仁井の中で事実が自分の都合のいいようにねじ曲がっているようだ。
富永が奪ったんじゃない。仁井が神乃を捨てたのに。
「俺は浮気したお前のもとへは絶対に戻らない。嫌がらせしても無駄だ。何されようと復縁はないからなっ」
「へー。そうですか」
仁井は顔を寄せ、急に神乃の耳にフーッと息を吹きかける。
神乃は反射的にビクッと身体を震わせた。
ゾクゾクして鳥肌が立った。神乃は耳が弱いことを仁井は知っているからこういう嫌がらせを仕掛けてきたに違いない。
「ははっ。感じちゃってんじゃん。かわいー神乃」
「うるさいっ!」
「ツンツンしてないで、早く俺のところに戻ってこいよ」
仁井はニヤニヤしながらやっといなくなった。
富永だって忙しいはずなのに、遅くに帰宅すると温かいご飯を用意して待っていてくれて、神乃が心折れそうになるとぎゅっと抱き締めてくれる。
夜だって「疲れてるなら何もしないよ」と神乃の身体を労ってくれる。
たしかに疲れてはいるけれど、富永と身体を重ねることはそこまで負担じゃない。
富永は仁井みたいに横暴なことはしない。神乃をいつも優しく抱いてくれるから。
「する……?」と訊くと、富永はパッと子供みたいにわかりやすく嬉しそうな顔をする。富永は待てのできる大型犬みたいだ。
そんな富永を神乃は心から愛おしいと思った。
仁井の会社で働き始めて一週間が過ぎた。神乃はぶっ倒れそうになりながらも仕事をこなし、昼飯も栄養補助ゼリーで10秒で済ませてディスプレイと睨めっこ。キーボードを叩き続ける。
今日も体力がもつ限り、残業をすると決めている。
皆が休憩のためいなくなる中、神乃は昼休み返上だ。
「神乃。手伝ってやろうか?」
一分一秒惜しいところなのに、仁井がニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら、神乃に近づいてきた。
「要らない。お前の条件なんて絶対にのまない」
無視だ。仁井は無視!
こいつにかまけている暇はないと神乃は目の前のやることをこなしていく。
「ホント世の中、金だよなぁ……」
神乃の隣で仁井がぽつりと呟いた。
「お前の彼氏、金にもの言わせて最低だよな」
は……?
彼氏……富永のことを言っているのか……?
「あいつ最悪だ。藍羅が俺に暴露したぜ? 金を払うから俺と別れるように藍羅に言ったそうだ。だから藍羅は別れたくないのに泣く泣く俺を振ったんだと」
「えっ?」
なんだその話……。富永が、なんで藍羅にそんなことを……?
「どうせ神乃もなんだろ? お前はいくら貰って俺と別れることにしたんだ? お前はさらに恋人っていう名前の専属風俗契約を結ばされたんだから結構な金額なんだろ?」
たしかに家賃や生活費は神乃のぶんまで富永が負担している。でも、そんなものがなくても富永とは一緒にいたいと思っているし、仁井と別れたのも、富永の恋人になったのも神乃自身の意志だ。そこに契約も金も一切関係ない。
「富永はそんな奴じゃない……」
神乃はキッと仁井を睨みつけた。
「じゃあ顔? あいつ金持ちでビジュアルもいいなんてふざけた野郎だ! それで俺から神乃を奪うなんてとんでもないクズだな」
仁井の中で事実が自分の都合のいいようにねじ曲がっているようだ。
富永が奪ったんじゃない。仁井が神乃を捨てたのに。
「俺は浮気したお前のもとへは絶対に戻らない。嫌がらせしても無駄だ。何されようと復縁はないからなっ」
「へー。そうですか」
仁井は顔を寄せ、急に神乃の耳にフーッと息を吹きかける。
神乃は反射的にビクッと身体を震わせた。
ゾクゾクして鳥肌が立った。神乃は耳が弱いことを仁井は知っているからこういう嫌がらせを仕掛けてきたに違いない。
「ははっ。感じちゃってんじゃん。かわいー神乃」
「うるさいっ!」
「ツンツンしてないで、早く俺のところに戻ってこいよ」
仁井はニヤニヤしながらやっといなくなった。
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