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21.いちょうの木の下で 〜富永side〜

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「こんな料理食べたことないな」

 神乃はしげしげと料理を眺めている。その姿が無邪気でとても愛らしい。

「これからはいろんなところへふたりで出かけような」

 富永が微笑むと神乃は「うん。楽しみだ」と微笑み返してきた。
 ああ。もうひとりじゃない。これからはどこに行くにも神乃とふたりで行こう。
 買い物もふたり。旅行もふたり。趣味のキャンプだってソロキャンは終わりだ。近所のスーパーやコンビニも神乃と行けばそれだけでエンターテインメントになる。
 こんなに楽しい毎日を過ごせているのは神乃がそばにいてくれるお陰だ。


「好きだよ、神乃」

 心から溢れる気持ちを言葉にしたら、神乃が目をしばたかせて富永を見た。

「もぅ……! そういう不意打ちやめろよ……」

 あ、神乃が照れて顔を手で覆ってしまった。

 その姿も愛おしいと思ったが、これ以上好きを言葉にしたら神乃に怒られそうなので富永は口をつぐむことにした。
 




 食事を終えたあと、外苑前のいちょう並木を神乃と歩くことにした。
 いちょうがはらはらと舞い落ちて、並木の辺りは一面中いちょうの黄色で埋め尽くされている。

「うわぁ……テレビではみたことあるけど、初めて来たよ……」

 神乃は一面いちょうの秋景色に目を奪われている。その無邪気な横側を眺めているだけで幸せな気持ちになる。こうして神乃の隣にいられるなんて最高だ。

 この時期の外苑前は屋台も出ているし、いちょうを観るために人が多く集まっていて、かなりの混みようだ。

「神乃、はぐれたら大変だから」

 富永は最もらしい理由をつけて、神乃の手を握った。

「あっ……あの、すっ、少しだけに……人が見てるから……」

 神乃は明らかに動揺していたが、富永から離れようとはしなかった。少し照れたようにうつむきながらも富永の腕に身体を寄せてきた。

 富永としてはたまらなく嬉しい。今すぐ神乃を抱き締めたくなったが、なんとか堪える。そんなことをしたらさすがに神乃に嫌がられるに決まっているからだ。



 神乃が突然、富永のコートの袖をくいっと引いてきた。なにかあるのかと富永が神乃を振り返ると、こっちを見ていた神乃と目が合った。

「富永。大好き」

 上目遣いの神乃にいきなり言われてドキッとした。

 待ってくれ、可愛いが過ぎるぞ神乃!

「びっくりしたか? さ、さっきの不意打ちの仕返しだからなっ」

 いやいや、仕返しって、言った本人の神乃が真っ赤になってるじゃないか。それって仕返しになっているのか……。

「わかったよ。俺も神乃が大好きだ。愛してるよ。ずっと一緒にいよう」

 そう神乃に囁いて、頭をぽんぽんしたら、神乃はうつむいたままその場から動かなくなった。

「どうした?」

 富永が神乃の顔を覗き込むと、神乃が涙ぐんでいる。これは大変だ!

 富永は神乃をいちょうの木の陰に連れ込んで神乃を様子を伺うことにした。

「ごめん、富永……」
「いいよいいよいいよいいよ! 俺は大丈夫!大丈夫だから!」

 神乃に嫌な思いをさせてしまったのかもしれない。友達としての付き合いは長いが、恋人として神乃とどう接していけばいいのかは未だ模索中だ。

 神乃は嫌なことも嫌だと言わないタイプだから気持ちをちゃんと汲んでやらないといけなかったのに。


「お、俺……」

 神乃が震える声で話し始めた。絶対に聞き逃してはならないと富永は耳をそばだてる。

「こんなに人から大事にされたの初めてで……でも俺には何もないから……」

 神乃はさっと涙を拭き、富永に無理矢理笑ってみせる。

「ありがとう、富永……こんな俺でよかったらこれからもよろしく、お願いします……」

 人前で神乃を抱き締めることだけはしてはいけないと自制していたが、タガが外れた。

「俺、神乃のこと一生大切にする」

 あー、ついに神乃を抱き締めてしまった。でも抱き締めずにはいられない。五秒、いや十秒だけ。

「富永離せって!」

 腕の中でジタバタする神乃を少しだけ抱き締めて、解放してやる。

「恥ずかしいからやめろって……」

 予想通り神乃に怒られた。富永は『神乃が可愛いのがいけないんだ。俺は悪くない』と心の中で思いながら、「ごめん、もうしない」と神乃に心にもないことを言った。
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