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7.逃した魚は大きい

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 その場の勢いで富永のマンションを飛び出してきてしまった。

 行く先のない神乃はとりあえず近くにあったファミレスに入り、今後の身の振り方を考える。



 ——ずっとあの場所にいたかったよ。

 仁井の家を出てから一ヶ月も経っていない。
 あんなに仁井の事を好きだった自分は、仁井の裏切りですっかり消え去ってしまった。
 だからと言って、ちょっと富永に優しくされたくらいですぐに富永に惚れてしまっている自分に呆れる。

 確かに富永はかっこいい。何もかもを持っているような男だ。そして優しい。
 富永は天然人たらしだ。自覚なしに人に好かれるような行動を取るような奴だから、きっと会社でも社員に慕われてるに違いない。会社社長にはカリスマ性が必要だろうから、富永には天職だなと思う。

 そして富永は恋愛面でも何人もの相手を泣かせてきたに違いない。


 ——俺は悪くない。富永が良すぎるんだよ。あんな奴がそばにいたら誰だって好きになるに決まってんだよ!

 三年前の富永の告白を断った自分を呪う。
 神乃の頭の中で、三年前の富永の愛の言葉が反芻している。



 ——神乃。俺、お前に相応しい男になれたと思うんだ。だからやっとお前に告白する勇気が出た。神乃、俺はお前のことがずっと好きだった。俺の恋人になってほしい——。



 逃した魚は大きかったなと後悔する。あんなに性格の良いイケメン会社社長を振る奴なんていないだろう。

 その時ふと神乃のスマホにLINEが届く。富永からの連絡かと思ってスマホに飛びついたが、それは仁井からだった。

『神乃。お前に酷いことをしたよ。俺が間違ってた。元々俺はお前を振る気なんて無かったんだ。俺は藍羅も神乃も二人とも好きだったから、二人同時に付き合いたいなんて都合の良い事を考えたんだよ。バカでごめん。逃した魚は大きいってよく言うだろ? 俺、お前を失ってから俺にとってお前がどれだけ大切なのかよくわかったんだよ。お願いだ。帰ってきてくれ。好きだ、神乃。俺はお前のことが好きでたまらない』

 ——逃した魚は大きい、か……。

 仁井のLINEが神乃の胸に、諸刃の剣のように突き刺さる。

 三年前に富永の告白を受け入れていたら、今ごろ富永と恋人同士仲良くできていたかもしれない。
 でも、この三年の間に富永には彼女ができていた。
 当たり前だ。三年間もあったんだ。さすがに諦めて次の恋に進むだろう。


 
 次に住むための家はまだ見つかっていない。正直なところ、富永のマンションが居心地が良すぎて真面目に探していなかった。今になって、ちゃんと探しておけば良かったと後悔する。
 


『神乃、今日は残業? それとも付き合いで遅くなるのか? 夕飯は要らない?』

 二十一時を過ぎた頃、富永からLINEが届いた。
 富永はまだ神乃がマンションを出ることにしたことに気がついていないようだ。神乃が今日もマンションに帰ってくると思っている。

『次の賃貸アパート見つかったんだ。だからもう富永のマンションには帰らない。借りてた部屋にカードキーは置いてきたから』

 富永に彼女がいるから、などという理由を告げたら富永を責めているみたいになってしまう。
 だから嘘をついた。

『こんな急に?! 新しく住むところはどこなんだ?! まだ家財道具も揃ってないだろ? そんなに慌てて出て行かなくてもいいからもっと俺のマンションにいろよ!』

 富永は人が良すぎる。関係のない他人をどうしてここまで面倒見てくれるのかな。

 神乃が返事に困り、何もしないでいると、富永からさらに連絡が来た。

『わかった。家が見つかったなんて嘘だろ』

 そのLINEを見てドキリとした。でもたしかに不自然だろう。賃貸とはいえ、急に住む場所が決めることなんて稀だ。

『好きって気持ちは理屈じゃないもんな。神乃の好きにしたらいい。今度こそ大切にしてもらえよ。神乃、どうか幸せになってくれ』

 富永はきっと勘違いしている。
 神乃が仁井のもとに戻ることにしたと思っているみたいだ。
 そんなことあり得ないのに。

 せっかく富永が何度も仁井から神乃を引き剥がそうとしてくれたのに、仁井のところへ神乃が戻ることを許容してくれている。神乃を責めることなく、反対に神乃の幸せを願ってくれている。

 やっぱり富永しかいない。今すぐ富永に会って、「俺が好きなのはお前だ」と気持ちをぶつけたい。
 だが藍羅に抱きつかれている富永の姿を思い出した途端に、心にブレーキがかかった。

「富永……」

 神乃に行く先なんてない。ただひとり、夜のファミレスで静かに涙ぐむことしかできない。
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