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6.再び

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 いつもは神乃の帰宅の方が早いのに、その日は既に部屋に灯りがついていた。玄関にはadidasのスタンスミス。サイズからして富永のものではない。

「ただいま。富永、いるのか?」

 広いリビングダイニングに電気はついているが誰もいない。神乃は富永の姿を探して富永のプライベートルームへと向かう。その部屋のドアは少し開いていて、中から話し声が聞こえる。

「ホント? 本当に買ってくれるの?!」
「うるさいな。でももうこれで最後だ」
「でも今回は買ってくれるんでしょ? やったーっ! ありがと!」

 聞いてはいけない、見てはいけないと思いながらもつい覗いてしまった。

「藍羅、離れろよっ」

 富永の腕にしがみついて喜んでいる女。玄関にあったスタンスミス。あの時は修羅場で女の顔までははっきりと記憶していないが、名前は覚えている。

「やーだ!」

 藍羅は背伸びをして富永の身体に腕を回して抱きついた。
 富永は神乃に背を向けていて、神乃がここにいることに気がついていない。
 藍羅は富永に抱きつきながら、こちらを向いている。

 藍羅と目が合った。藍羅は神乃の顔を見て、勝ち誇ったかのように微笑んだ。
 まるで富永は自分のものだと言いたげに、富永の腕に頬を寄せ、より強く富永に抱きついた。



 神乃の脳裏に仁井と藍羅の浮気現場を目撃してしまったときの記憶がフラッシュバックする。

 仁井は神乃の恋人だったから女を連れ込むなんて浮気だ。

 でも富永は神乃の恋人ではないので、神乃がどうこう言えた立場ではない。

 それなのに、裏切られたとショックを受けた。本当に自分勝手な感情だが、一緒に暮らしていることと、三年前告白されたことから、富永の事をまるで自分の恋人かのように思ってしまっていたようだ。仁井を懲らしめるのに、擬似恋人を演じたことも誤認の一因かもしれない。



 ——俺。やっぱりここから出て行こう。

 神乃は間借りしていた部屋に戻り、スーツケースを引っ張り出して乱雑に荷物を詰め込む。
 あの時と違って怒りの感情は湧いてこない。ただただ涙が止めどなく流れた。それでも涙を拭って荷造りする。


 厳重なオートロックのマンションに、藍羅が勝手に入ることなどできない。だから富永が藍羅を招き入れたのだろう。
 自宅マンションに上げるくらいの親しい仲。部屋での雰囲気からも藍羅は富永の恋人なのだろう。

 富永は神乃に気を遣って、神乃のいないときに恋人を家に上げたり、外で会うようにしていたのではないか。
 もっと早くそれに気づくべきだった。なのに富永の言葉に甘えて居座ってた神乃が悪い。

 富永ほどの男に恋人がいない方が不自然だ。今まで不自由な思いをさせていたかと思うと申し訳なく思った。

 それにしても富永の恋人が、まさか仁井と別れる原因となった藍羅だったなんて驚きだ。
 富永と藍羅はいつから付き合っていたのだろうか。富永は藍羅と仁井の関係を知っているのだろうか……?


 合鍵を部屋の机に置いた。
 スーツケースを持ち、部屋を出る。
 富永の部屋からは藍羅と富永の賑やかな話し声が聞こえてきた。


 ——ありがとう、富永。

 神乃は富永には何も告げずにマンションをあとにした。
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