6 / 44
6.再び
しおりを挟む
いつもは神乃の帰宅の方が早いのに、その日は既に部屋に灯りがついていた。玄関にはadidasのスタンスミス。サイズからして富永のものではない。
「ただいま。富永、いるのか?」
広いリビングダイニングに電気はついているが誰もいない。神乃は富永の姿を探して富永のプライベートルームへと向かう。その部屋のドアは少し開いていて、中から話し声が聞こえる。
「ホント? 本当に買ってくれるの?!」
「うるさいな。でももうこれで最後だ」
「でも今回は買ってくれるんでしょ? やったーっ! ありがと!」
聞いてはいけない、見てはいけないと思いながらもつい覗いてしまった。
「藍羅、離れろよっ」
富永の腕にしがみついて喜んでいる女。玄関にあったスタンスミス。あの時は修羅場で女の顔までははっきりと記憶していないが、名前は覚えている。
「やーだ!」
藍羅は背伸びをして富永の身体に腕を回して抱きついた。
富永は神乃に背を向けていて、神乃がここにいることに気がついていない。
藍羅は富永に抱きつきながら、こちらを向いている。
藍羅と目が合った。藍羅は神乃の顔を見て、勝ち誇ったかのように微笑んだ。
まるで富永は自分のものだと言いたげに、富永の腕に頬を寄せ、より強く富永に抱きついた。
神乃の脳裏に仁井と藍羅の浮気現場を目撃してしまったときの記憶がフラッシュバックする。
仁井は神乃の恋人だったから女を連れ込むなんて浮気だ。
でも富永は神乃の恋人ではないので、神乃がどうこう言えた立場ではない。
それなのに、裏切られたとショックを受けた。本当に自分勝手な感情だが、一緒に暮らしていることと、三年前告白されたことから、富永の事をまるで自分の恋人かのように思ってしまっていたようだ。仁井を懲らしめるのに、擬似恋人を演じたことも誤認の一因かもしれない。
——俺。やっぱりここから出て行こう。
神乃は間借りしていた部屋に戻り、スーツケースを引っ張り出して乱雑に荷物を詰め込む。
あの時と違って怒りの感情は湧いてこない。ただただ涙が止めどなく流れた。それでも涙を拭って荷造りする。
厳重なオートロックのマンションに、藍羅が勝手に入ることなどできない。だから富永が藍羅を招き入れたのだろう。
自宅マンションに上げるくらいの親しい仲。部屋での雰囲気からも藍羅は富永の恋人なのだろう。
富永は神乃に気を遣って、神乃のいないときに恋人を家に上げたり、外で会うようにしていたのではないか。
もっと早くそれに気づくべきだった。なのに富永の言葉に甘えて居座ってた神乃が悪い。
富永ほどの男に恋人がいない方が不自然だ。今まで不自由な思いをさせていたかと思うと申し訳なく思った。
それにしても富永の恋人が、まさか仁井と別れる原因となった藍羅だったなんて驚きだ。
富永と藍羅はいつから付き合っていたのだろうか。富永は藍羅と仁井の関係を知っているのだろうか……?
合鍵を部屋の机に置いた。
スーツケースを持ち、部屋を出る。
富永の部屋からは藍羅と富永の賑やかな話し声が聞こえてきた。
——ありがとう、富永。
神乃は富永には何も告げずにマンションをあとにした。
「ただいま。富永、いるのか?」
広いリビングダイニングに電気はついているが誰もいない。神乃は富永の姿を探して富永のプライベートルームへと向かう。その部屋のドアは少し開いていて、中から話し声が聞こえる。
「ホント? 本当に買ってくれるの?!」
「うるさいな。でももうこれで最後だ」
「でも今回は買ってくれるんでしょ? やったーっ! ありがと!」
聞いてはいけない、見てはいけないと思いながらもつい覗いてしまった。
「藍羅、離れろよっ」
富永の腕にしがみついて喜んでいる女。玄関にあったスタンスミス。あの時は修羅場で女の顔までははっきりと記憶していないが、名前は覚えている。
「やーだ!」
藍羅は背伸びをして富永の身体に腕を回して抱きついた。
富永は神乃に背を向けていて、神乃がここにいることに気がついていない。
藍羅は富永に抱きつきながら、こちらを向いている。
藍羅と目が合った。藍羅は神乃の顔を見て、勝ち誇ったかのように微笑んだ。
まるで富永は自分のものだと言いたげに、富永の腕に頬を寄せ、より強く富永に抱きついた。
神乃の脳裏に仁井と藍羅の浮気現場を目撃してしまったときの記憶がフラッシュバックする。
仁井は神乃の恋人だったから女を連れ込むなんて浮気だ。
でも富永は神乃の恋人ではないので、神乃がどうこう言えた立場ではない。
それなのに、裏切られたとショックを受けた。本当に自分勝手な感情だが、一緒に暮らしていることと、三年前告白されたことから、富永の事をまるで自分の恋人かのように思ってしまっていたようだ。仁井を懲らしめるのに、擬似恋人を演じたことも誤認の一因かもしれない。
——俺。やっぱりここから出て行こう。
神乃は間借りしていた部屋に戻り、スーツケースを引っ張り出して乱雑に荷物を詰め込む。
あの時と違って怒りの感情は湧いてこない。ただただ涙が止めどなく流れた。それでも涙を拭って荷造りする。
厳重なオートロックのマンションに、藍羅が勝手に入ることなどできない。だから富永が藍羅を招き入れたのだろう。
自宅マンションに上げるくらいの親しい仲。部屋での雰囲気からも藍羅は富永の恋人なのだろう。
富永は神乃に気を遣って、神乃のいないときに恋人を家に上げたり、外で会うようにしていたのではないか。
もっと早くそれに気づくべきだった。なのに富永の言葉に甘えて居座ってた神乃が悪い。
富永ほどの男に恋人がいない方が不自然だ。今まで不自由な思いをさせていたかと思うと申し訳なく思った。
それにしても富永の恋人が、まさか仁井と別れる原因となった藍羅だったなんて驚きだ。
富永と藍羅はいつから付き合っていたのだろうか。富永は藍羅と仁井の関係を知っているのだろうか……?
合鍵を部屋の机に置いた。
スーツケースを持ち、部屋を出る。
富永の部屋からは藍羅と富永の賑やかな話し声が聞こえてきた。
——ありがとう、富永。
神乃は富永には何も告げずにマンションをあとにした。
98
お気に入りに追加
812
あなたにおすすめの小説
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
My heart in your hand.
津秋
BL
冷静で公平と評される風紀委員長の三年生と、排他的で顔も性格もキツめな一年生がゆっくり距離を縮めて、お互いが特別な人になっていく話。自サイトからの転載です。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
花屋の息子
きの
BL
ひょんなことから異世界転移してしまった、至って普通の男子高校生、橘伊織。
森の中を一人彷徨っていると運良く優しい夫婦に出会い、ひとまずその世界で過ごしていくことにするが___?
瞳を見て相手の感情がわかる能力を持つ、普段は冷静沈着無愛想だけど受けにだけ甘くて溺愛な攻め×至って普通の男子高校生な受け
の、お話です。
不定期更新。大体一週間間隔のつもりです。
攻めが出てくるまでちょっとかかります。
コンビニごと異世界転生したフリーター、魔法学園で今日もみんなに溺愛されます
はるはう
BL
コンビニで働く渚は、ある日バイト中に奇妙なめまいに襲われる。
睡眠不足か?そう思い仕事を続けていると、さらに奇妙なことに、品出しを終えたはずの唐揚げ弁当が増えているのである。
驚いた渚は慌ててコンビニの外へ駆け出すと、そこはなんと異世界の魔法学園だった!
そしてコンビニごと異世界へ転生してしまった渚は、知らぬ間に魔法学園のコンビニ店員として働くことになってしまい・・・
フリーター男子は今日もイケメンたちに甘やかされ、異世界でもバイト三昧の日々です!
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる