親衛隊は、推しから『選ばれる』までは推しに自分の気持ちを伝えてはいけないルール

雨宮里玖

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二月・三月 親衛隊は承認していれば『推し』に選ばれたとき通知がくるルール

エンディング⑥ 3.

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「チュロス食べる?」

 小田切はワゴン販売のチュロスをひとつ買って吉良に寄越してきた。

「半分こしよう。吉良が先に食えよ」
「小田切が買ったんだからお前が食え」
「いいんだよ、俺はあとで」
「そういうわけにはいかないだろ」

 押し問答しながら、小田切とふたりで植え込みの裏にあったベンチに座る。

「最初から半分に割ればいい」

 吉良は適当に半分にして、スリーブ入りのほうを小田切に手渡す。

「ありがと」

 小田切は素直に受け取って、「美味しい」と食べ始めた。まぁ、もともとは小田切が買ったものなのだが。

「吉良はいろいろ思うところがあるみたいだけどさ、俺、四人でいるのは案外好きなんだ」

 珍しく小田切が語り始めた。普段あまり何も自分の意見を話さないのに、卒業間近で感傷的な気持ちになったのかもしれない。

「岩野も紙屋も明るくていい奴だしさ。こんなに無愛想な俺にもガンガン話しかけてくれる。俺はふたりとも嫌いじゃないんだ」
「そうだよな。俺もあのふたりは好きだ」

 吉良はチュロスにパクつきながら相づちを打つ。
 小田切のいうとおりだ。いつも賑やかなふたりがいるからこそ、グループがいい雰囲気になる。

「でも、小田切がいるから、俺たちは他の奴らから一目置かれるんだぜ? クラスの中でもSSレベルのすごいメンバーがいるから、他の奴らにナメられないで済んでる」

 小田切がいなかったらただのうるさい低レベルなグループに成り下がっていたことだろう。文武両道でイケメンの小田切がいるからなんとかクラス内の地位を保っていると思う。

「へぇ。吉良は俺のことそんなふうに思ってくれてたんだ」

 小田切に微笑まれて、またドキッとした。今日は小田切と一緒にいるとどうも調子が狂う。

「ま、俺らのグループの一番の強みは間違いなく吉良の存在だけどな」
「俺っ? ありえねぇよ!」

 平凡で成績万年下位の吉良になんの価値があるというのだろう。

「吉良に決まってる。吉良と一緒のグループってだけでどれだけ羨ましがられたことか。学校で毎日、吉良のそばにいられるなんて今思えば贅沢なことだったんだよな……」
「は?」

 小田切がやけに熱っぽい目で見てくるから、吉良はチュロスを口に突っ込んだままピタリと手が止まる。

「吉良、可愛い」

 小田切の手が吉良の髪に触れ、吉良の頭についていたカチューシャが少し傾いた。小田切はそんなことは気にせずに、真っ直ぐに吉良を見つめてくる。


「チュロス食っていい?」

 えっ? と思ったときには、小田切が吉良の咥えていたチュロスにかぶりついてきた。

 小田切と唇が触れるまで三センチ。寸前の距離だ。これがファーストキスになるんじゃないかというくらいの距離感で、驚いて吉良の身体がビクンと跳ねた。
 小田切の右手は吉良の後頭部を自分に寄せるように抑えている。そのせいで吉良は逃げることができない。

 あと少しチュロスを食べられたら唇と唇が触れる。
 このまま、小田切と間違いを犯してキスをする——。
 それって、友達の域を超えている……?
 

 ピロン。

 吉良の尻ポケットの中にあったスマホが鳴る。吉良にはそれがなんの通知の音かわかってしまった。

 これは恋に落ちた音だ。

「吉良。スマホ鳴ってっけど」

 小田切に指摘されても吉良はふるふると首を横に振る。確認しなくてもわかる。今、自分は小田切を好きになった。それを親衛隊サイトが吉良に知らせてきたのだ。

 でも、なんとなく予感があった。四人でいても、いつも小田切ばかりを気にしてしまう自分に気がついていたから。今日みたいな特別な日は、特に。

「待って、吉良。お前、どうした?」

 恋を自覚したことが恥ずかしくなって耳まで真っ赤にしていたら、小田切に様子がおかしいことを気づかれてしまった。

「今の……まさか……」
「ち、ちがっ……」
「吉良。スマホ貸して」
「やだ……」
「承認しろよ、早く」

 やはりそうだ。察しのいい小田切には、さっきの音がなんの音か気づかれた。

「頼むから俺を『選んで』くれよ……」

 吉良が小田切の親衛隊になることを承認したらどうなるのだろう。もし、小田切も吉良の親衛隊だとしたら、ふたりはサイト内で結ばれることになる。そうなったときは、気持ちを伝えてもペナルティがないというルールだ。
 嘘みたいだと思うが、小田切の態度からして小田切は吉良の親衛隊なのだろうか。
 いつも吉良には素っ気ない態度で、恋愛感情なんて向けられたことなどなかった。でも、今日の小田切は少し積極的になっていたように感じる。

 吉良はポケットからスマホを取り出す。その画面を小田切も覗き込んできた。
 吉良のスマホの画面には、親衛隊サイトからの通知を知らせるバナーが表示されていた。
 それをタップすると、『あなたは小田切悠希ゆうきさんの親衛隊に加入しました』という文字が現れた。

「吉良。承認していいよな?」

 小田切が吉良の人差し指を掴んで画面のタップを続けさせる。次に『承認しますか?』のバナーが現れ、それも『はい』を押される。
 すると、『新たな通知があります』とサイト画面に表示が出た。

「見ろ」

 小田切も自分のスマホを取り出し、吉良に見せてきた。小田切のスマホにも『新たな通知があります』の文字。

「俺たち両想いじゃん」

 お互いのスマホをくっつけ合って、お互いがお互いの親衛隊だというしるしの画面を並べる。
 小田切も吉良の親衛隊だった。そして今、両想いになった。サイト上でも、自分たちの気持ちとしても。

「吉良と、両想い……吉良が俺を『選んで』くれた……」

 ふと小田切を見ると、小田切が静かに肩を震わせ涙を流している。
 嘘だろと思い、思わず二度見してしまった。あの小田切が、泣いている……?

「かっこ悪くてごめん」

 吉良からの視線に気がついた小田切は、サッと涙を拭って微笑みかけてきた。

「でもダメだ。俺、吉良のことずっとずっと大好きだったんだ。吉良に親衛隊がたくさんいることは知ってたし、よりによってなんで吉良を好きになっちゃったんだろうって思って、どうせ無理だって何度も諦めようとした。でも、やっぱり好きなんだ。嫌いになんてなれない。無関心になんて戻れないよ」

 どうしよう。小田切の告白を聞いてて胸がドキドキする。さっきまで小田切はただの友達だったのに、今からきっとそうじゃなくなる。その新しい扉が開かれそうになることが不安で、怖くて、でも期待して、とにかく胸がうるさく鳴り続ける。

「岩野と紙屋に悪い気持ちもある。吉良はみんなの吉良で、独り占めなんて許されないって思ってた。でも、吉良に選ばれたって思ったら気持ちが止められないっ」

 唐突に、小田切の唇が吉良の唇に触れた。甘い甘いチュロスについた砂糖味のキスだった。

「甘っ……」

 小田切も同じことを思ったみたいで、吉良のすぐ目の前で笑った。

「吉良にキスしたらめっちゃ甘い」
「だって、チュロス食ってたから」
「これ、クセになる。もっかい……」

 小田切は吉良の許可もないのにもう一度唇を重ねてきた。

「最高……」
「あっ……ちょっと……!」

 小田切に三回目のキスをされそうになり、吉良は抵抗する。
 いくら植え込みの裏で暗がりとはいえ、ここはテーマパークだ。いつ誰が見ているとも限らないのに!

「ごめん、好き」

 小田切は逃げ出そうとする吉良の頭を押さえつけてまで、三度目のキスをした。それが強引で、男らしくて、クールな男の熱い一面を垣間見てしまってそのギャップにまた惹かれていく。

「ずっと言いたかった。吉良、大好きだ。大好きだよ、今すげぇ心が震えてる。俺、この瞬間を毎日夢見てた。こんな、こんな奇跡みたいなことが起こるなんて未だに信じらんねぇ……」
「あっ……」

 小田切に強く抱き締められた。たまらないっといった様子で、小田切の抱擁は大切なものを包み込むように優しく、そして力強かった。

 こんなところでと思うのに、小田切に抱き締められ、嬉しくて突き放すことなんてできなかった。
 吉良は周囲の視線から隠れるように小田切の首筋に顔をうずめる。すると小田切もぎゅっと抱き締め返してきた。

 小田切の腕の中はすごくあったかい。冷えた頬がぽっと温かくなる。
 ひと目も憚らず、しばらく抱き合っていた。やばいやばいと思っていても小田切とこうしていたかった。
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