親衛隊は、推しから『選ばれる』までは推しに自分の気持ちを伝えてはいけないルール

雨宮里玖

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九月 親衛隊はひとりしか推せないルール

5.

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「なぁ、安居院はどんな人がタイプなんだ? 安居院の好きになったのはどんな感じの人?」

 こんなすごい男は一体どんな人に惹かれるんだろう。

 安居院に「俺の好みなんて興味あんの?」と前置きされたが、安居院は笑顔で答えてくれる。

「俺が好きな人は、目が合うと少し俺に笑ってくれるんだ」

 安居院はその場で足を止め、真正面から吉良の目をじっと見つめてくる。

「身長は、そうだなぁ……俺より10センチは低いから、172センチくらいかな」

 安居院は吉良の頭をぽんぽんと優しく叩く。

「見た目は、すごく平凡だ」

 安居院は吉良の頬をそっと撫でる。

「そしてすごく優しい。誰も彼も傷つけないようにして生きてるのかな」

 安居院は吉良の顔を見て微笑んだ。

「でも、そろそろ周りを傷つけることになっても、一人を『選んで』もいいんじゃないかなとも思う。吉良も誰も好きにならないって予防線を張ってるの?」
「いや、俺は別にそんなつもりはなくて……」

 安居院の好みの話をしていたのに、いつの間にか吉良の話にすり替わっているような……。

「じゃあ好きな人、いないのか?」

 吉良は少し視線を落とす。自分の気持ちがまだはっきりとわからないから、安居院の質問にうまく答えられない。

「だったら、今日だけ。いや、今だけ、俺と恋人ごっこしないか?」
「恋人ごっこ?! なんだよそれ……」

 恋愛できない奴が慰め合おうって話か?!

「吉良がやめろって言ったらやめるから」

 安居院はそう言い、不意に吉良を抱き締める。

「おいっ……!」

 咄嗟に抗おうかと思ったが、吉良を抱き締めている安居院はどこか必死で、苦しそうにも思えてきて突き放せない。

「吉良。ありがとう。俺、今日のことずっと忘れないから。俺が俺らしくいられた一日のこと、吉良と二人で笑い合えた今日のこと、こうして吉良をぎゅっとできた今この瞬間のこと、全部忘れない」

 安居院は抱き締める手に少し力をこめてきた。吉良を離すまいとするかのように。

「吉良のこと、忘れたくない……」

 安居院はすごく苦しそうだ。

 重圧に押し潰されないように頑張ってきた安居院を励ます気持ちで、安居院の背中をぽんと優しく叩いてやる。それに呼応するように安居院は少し身体を離して、吉良の顔を愛おしげな目で見つめてきた。

 すごく緊張する。安居院との距離が近すぎる。この距離って、このシチュエーションって、恋人同士だったらロマンチックに見つめ合ってキスするくらいの距離感だ。

「もう少しだけ、恋人ごっこを続けてもいい?」

 耳元で囁くように言われ、安居院はそのまま唇を吉良の唇へと近づけて——。



 その瞬間。吉良のスマホがポケットの中で振動する。
 その振動にビクッと身体が反応し、安居院から離れる。鳴り止まない振動に、吉良の視線は安居院からすっかりポケットのスマホへと移る。

「ごめん、電話だ」

 スマホを取り出す吉良の手を、安居院は「でるなよ、無視しろ」と咄嗟に掴んできた。

「た、楯山だ。すぐ終わる、どうせ大した用事じゃないから」

 安居院から距離をとり、「もしもし」と楯山からの電話に出る。

『吉良。久しぶり』

 いや、昨日会ったばかりだろとツッコミを入れ、楯山と話しながらも、さっきまでのことで吉良の心臓は高鳴ったままだ。

 楯山からの電話がなかったら、俺はあのままどうなっていたんだろう。

 安居院を跳ねのけられたのかな……。

 恋人でも、なんでもない奴とただのごっこ遊びで俺は——。



『吉良? どうした?』

 会話がうわの空になっていたのに気がついたのか、楯山が訝しがっているようだ。

「ごめん、まだ部屋に戻ってなくて……」
『え?! こんな時間までどこで何してんだよ!』
「もう戻る。もう帰るとこだから」

 楯山との会話を早々に終わらせる。そして安居院の姿を探そうとすると、安居院は吉良のすぐそばにいた。

「俺、寮に帰るまでは吉良の恋人だ。だから、嫉妬してもいいか?」

 嫉妬……?

「他の男と話すのは許せない。雰囲気をぶち壊されてマジで楯山が許せない。吉良、お前には一体何人親衛隊がいるんだよ……」

 学校一の親衛隊数だと噂される、さらには許婚候補が三人もいる安居院が何を言うか。

「お前を攫さらって、吉良と二人でこのまま遠くへ逃げたいよ。お前さえ手に入るなら、俺は全てを捨ててもいいのに」

 やめろよ、そういうこと言うの! ドキドキするから!

「そうだな。恋人だったらそんなこと言われたらきっと嬉しいはずだな」

 安居院は何がしたいんだ?! こんなに恋人ごっこに張り切ることもないだろ。

「吉良は俺のこと、どう思う?」
「どうって……」
「俺は、お前の一番になれる? それともまるで俺に興味はない?」
「バカなこと言うな」

 安居院は何を言い出すんだ。これじゃまるで——。

「吉良は俺のこと、好き?」

 安居院の真剣な眼差しにとらわれ、動けない。

 これは、告白か——?!



 吉良は慌てて安居院から目を逸らす。安居院の言葉が本気に思えてしまう。恋人ごっこをしているだけなのに。

「あ、安居院の恋人になる奴は幸せだな」
「え……?」
「許婚候補の三人も、お互いの家のためってこともあるんだろうが、今どきそれだけじゃ結婚なんて決めないよ。きっとお前に惚れたんだろ」
「まさか」

 まさかなんて謙遜か? お前はかなりの男前だろ。

「間違いないよ。だから、同じくらい安居院も好きになれるといいな。その許婚候補のこと」

 吉良が安居院を見ると、安居院はすごく複雑な表情をしていた。

「それが吉良の答えか」

 安居院はうなだれ、「わかってたよ」と小さく溜め息をついた。

「吉良がそう言うなら、俺、結婚を決めようかな……」

 なんで安居院はそんな寂しそうな顔をするんだよ……。

 はぁ、もう真剣に恋人ごっこをするのはやめてくれ。無駄にドキドキするから!
 
 
 ◆◆◆


 安居院と別れて、楯山のいない寮の部屋にひとりきり。吉良は安居院のことをなんとなく思い出していた。

 安居院は密かに好きな人の親衛隊に入ったと言っていた。そして今日、吉良に向けられた安居院からのたくさんの好意。

 もしかして、安居院は俺の親衛隊なのか……?

 まさかとは思う。でも勘違いしてしまうくらいだ。だって嫌いな奴を抱き締めたり、あんなことまでするはずはないんじゃないか。

 思い出しただけでドキドキしてくるから、吉良はかぶりを振ってそんなわけないよなと気持ちを切り替える。



 本当に俺に親衛隊がいるのかな。だとしたら。俺が誰かを好きになって、その人が俺の親衛隊だったなら——。

 何の気なしに吉良は親衛隊サイトを開いてみる。いつも信じられない数字が示される。その中のひとりはもしかしたら安居院なのか——。






 吉良 琉平   親衛隊  0人


 ……だよな。やっぱり今までのは何かの不具合だったんだ。
 安居院が吉良の親衛隊なわけがない。安居院は恋人ごっこだと言っていたじゃないか。それを本気にして勝手にドキドキして、バカみたいだ。

 平凡な俺に親衛隊なんている訳がないよな……。
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