25 / 69
九月 親衛隊はひとりしか推せないルール
2.
しおりを挟む「雪村、いい加減にしろよっ」
隣から安居院が睨みを効かせてきた。二人がふざけているように見えたから、怒号が飛んできたようだ。
「少しくらい許してくれてもいいだろう?」
「許さない。ちょっと選ばれたからって調子に乗るな!」
「なんだよ、宣戦布告してきたのはお前だろ? 俺は絶対に負けたくない。これは全力でいかなくちゃ勝てない勝負だってわかってるんだ」
「だからって……! 触るな! 離れろ! 真面目にやることをやれ!」
「まったく……」
雪村は短い溜め息をついて、吉良から身体を離した。普通の距離感に戻った雪村は、ストーリー案をPCにバーっと書き出していく。
こいつは天才なのか?! タイピングも早いけど、あっという間にストーリーのプロットになるようなものを作り上げていく。
「吉良はどんな話が好きなの? ミステリー、恋愛、ホラー、アクションものとか?」
作業を続けながら雪村は質問を投げかけてきた。
「えっと俺は、ミステリーっぽい話が好きだな」
「そうなんだ。じゃあ学園ミステリーにしようか」
雪村はさっきまでのストーリーを修正していく。
「少し恋愛要素も入れようか。主人公に謎解きのヒントを出す相棒を魅力的にしよう。吉良はどんな人がタイプなの?」
「俺?!」
なんで俺の好みのタイプなんか関係あるんだよ……。
「教えて。参考にしたいから」
「そんなこと言われても……俺……」
吉良は恋愛なんてしたこともないし、好みなんて何も思いつかない。
「俺、吉良がどんな人が好きなのかすごく興味がある」
雪村やめろ。美形に真っ直ぐ見つめられると破壊力がありすぎる。
「黒髪は? 好き?」
「ま、まぁ……そうだな……」
「家が金持ちなのは? 世間知らずっぽくて嫌?」
「いや、そんなことは……」
「やっぱり一途で優しい奴が好き?」
雪村は吉良の頭をそっと撫でてきた。
「一途に想ってもらえたら嬉しいとは思うけど……」
「俺、一途だよ」
え……?
「俺が心に決めてるのはひとりだけなんだ。この学校に入って初めて見た時からずっと惹かれてる。もし『選んで』くれたら、俺の生涯全部をかけて大切にしたいと思ってる」
すごいな。雪村はかなり本気で想ってるみたいだ。
「そういうのは? 少し重たいと思う?」
「どうだろう……。雪村なら大丈夫じゃないかな。お前にそこまで想われたら幸せなんじゃないかと俺は思うから」
吉良の言葉に雪村の表情が変わる。
「本当? だったら吉良。俺、本気で頑張りたい。このチャンスを逃したくないんだ。学園祭が終わったら話す機会も減るし、きっと好きになってもらえない。吉良。頼むから俺のことを好きになってよ。俺の親衛隊になって欲しい」
「……は? どういう……」
なんで俺にそんなことを言うんだ……?
「吉良っ! ダメだ!」
急に安居院が吉良の左腕をぐいっと引っ張る。
安居院は急にどうしたんだ?!
「吉良を離せっ!」
雪村にも右腕を引っ張られる。それでも安居院は吉良を離そうとしない。
なんなんだこの状況は。なんで二人に取り合いされなきゃいけないんだよ。この二人は一体何を……。
わかった。安居院はただ雪村に張り合ってるだけなんじゃないのか。
安居院と雪村は、親衛隊数か何かで競い合っていて、吉良を好きにさせて、自分の親衛隊の一人に取り込もうとしているんじゃないのか……?
「二人とも! いい加減にしてくれ!」
吉良は全力で二人を突っぱねる。
「なぁ、なんでも張り合うのはやめろよっ!」
安居院も雪村も動きが止まった。
「わかったよ。俺がお前らの親衛隊になればいいんだろ? くだらないことで喧嘩しないように、安居院のも雪村のも、両方入ってやるから。で、教えてくれ。親衛隊ってどうやったら入れるんだよ」
吉良は安居院のことも雪村のことも好きだ。だったら自分から入りたい意志があれば親衛隊になれるのではないか。
「吉良。『親衛隊はひとりしか推せないルール』なんだ……」
やんわりと教えられた後、雪村が「吉良は何も知らないんだな」と呟いた。
「ひとりだけなのか?!」
「そうだ。それに軽い気持ちで入れるものじゃない。本気で好きな人の親衛隊にしかなれないんだ」
安居院が熱い眼差しをむけてくる。
「俺だってフォローを返すみたいに俺の親衛隊のみんなを推してやりたい。その気持ちに応えてやりたいと思うから。でも、できないんだ。そういうのは無し」
親衛隊はそんなに厳しいルールだったのか。二股はできない。義理返しのような加入もできない。たったひとり本当に好きになった人だけを推す。
「安居院のは偽善だろ。親衛隊はべらせても、気持ちに応えてやらないなら次に進めるようにさっさと諦めさせてやるべきだ」
安居院も雪村も親衛隊のことをちゃんと理解してる。その上で安居院は親衛隊をそばに置いて優しく接していて、反対に雪村は想いに応えられないからと親衛隊を端から拒絶しているのか。
「へぇ。じゃあ雪村は拒否されたらすぐに諦められんの? それでまた他の奴の親衛隊になれるのか?」
「……」
雪村は黙る。
「俺は無理。諦められるわけがない。俺はどんな形でもそばにいられたらと思うから。拒絶されるなんて嫌だ。想ってるだけでも、遠くから見ているだけでも幸せだと思うから。それを決めるのは本人の意思だ。だから俺の親衛隊になってくれた奴には自由にして欲しいと思ってるんだよ」
親衛隊として安居院のそばにいてもいい、離れてもいいということか。
「残酷だな」
「お前がな」
雪村と安居院は睨み合っている。
本当に相容れないんだな……。
「そうやってすぐにいがみ合うな。お互いやり方が違っても認め合えよ。俺と比べたら二人とも十分すぎるくらいすごいんだから。俺はお前らの親衛隊にはなってやれないけど、せっかく同じチームになったんだから、俺は四人で仲良くやりたい。だからお前らが喧嘩するたびに仲裁してやるよ」
二人の間に挟まれている吉良は、二人の肩をなだめるようにしてぽんぽんと叩く。
「し、親衛隊になれない……?」
二人ともショックを受けている様子だ。やっぱり親衛隊数で争っていたのか。たくさん親衛隊がいるのにこれ以上増やしてどうするんだよ……。
「だってどっちかに入ったらお前らまたケンカするんだろ? だったら俺はどちらにも入らない。入りたくても入れないよ」
どっちの味方をしても角が立つなら、ニュートラルな立場でいるしかないじゃないか。
「……雪村。一時休戦するか?」
「安居院。この勝負の敵はお前だけじゃない。少しだけ冷静になろう」
安居院も雪村もやっと気持ちが落ち着いてきたようだ。
まったく手間のかかる御曹司だな。
25
お気に入りに追加
845
あなたにおすすめの小説

「頭をなでてほしい」と、部下に要求された騎士団長の苦悩
ゆらり
BL
「頭をなでてほしい」と、人外レベルに強い無表情な新人騎士に要求されて、断り切れずに頭を撫で回したあげくに、深淵にはまり込んでしまう騎士団長のお話。リハビリ自家発電小説。一話完結です。
※現在、加筆修正中です。投稿当日と比較して内容に改変がありますが、ご了承ください。


なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが
なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です
酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります
攻
井之上 勇気
まだまだ若手のサラリーマン
元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい
でも翌朝には完全に記憶がない
受
牧野・ハロルド・エリス
天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司
金髪ロング、勇気より背が高い
勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん
ユウキにオヨメサンにしてもらいたい
同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――
天海みつき
BL
族の総長と副総長の恋の話。
アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。
その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。
「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」
学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。
族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。
何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

ガラス玉のように
イケのタコ
BL
クール美形×平凡
成績共に運動神経も平凡と、そつなくのびのびと暮らしていたスズ。そんな中突然、親の転勤が決まる。
親と一緒に外国に行くのか、それとも知人宅にで生活するのかを、どっちかを選択する事になったスズ。
とりあえず、お試しで一週間だけ知人宅にお邪魔する事になった。
圧倒されるような日本家屋に驚きつつ、なぜか知人宅には学校一番イケメンとらいわれる有名な三船がいた。
スズは三船とは会話をしたことがなく、気まずいながらも挨拶をする。しかし三船の方は傲慢な態度を取り印象は最悪。
ここで暮らして行けるのか。悩んでいると母の友人であり知人の、義宗に「三船は不器用だから長めに見てやって」と気長に判断してほしいと言われる。
三船に嫌われていては判断するもないと思うがとスズは思う。それでも優しい義宗が言った通りに気長がに気楽にしようと心がける。
しかし、スズが待ち受けているのは日常ではなく波乱。
三船との衝突。そして、この家の秘密と真実に立ち向かうことになるスズだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる