親衛隊は、推しから『選ばれる』までは推しに自分の気持ちを伝えてはいけないルール

雨宮里玖

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八月 親衛隊はルールを破って想いを伝えたら退学になるルール

4.

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 その日の夜。湊が寮の部屋に訪ねてきた。

「吉良。少しだけ話がしたい」
「え? ああ。何?」
「俺の部屋に来てくれないか?」
「いいけど」

 湊についていこうとすると、すかさず楯山が「ちょっと待てよ」と制止してきた。

「湊……お前、変な噂が流れてるんだが、噂は噂だよな……?」
「大丈夫だって。まったく楯山は。お前まで親衛隊長みたいなこと言うなよ。じゃ、吉良を借りるぞ」

 湊に腕を掴まれ、吉良は連れて行かれる。


 湊の部屋は水谷と同室だ。ふたりとも荷物がまとめてあり、部屋は随分と片付いていた。

「どこか遠くに行くのか?」
「ああ。明日から合宿があるから」
「あ、そうなんだ」

 水谷はボストンバッグひとつだ。だが、湊の荷物はそれの何倍もある。行き先が同じなのにこうも荷物の量が違うものなのだろうか。

「湊は部長だもんな。やっぱりお前が水泳部でナンバーワンなんだな」

 この前の勝負はすごかった。一流と一流の戦いはやはり見ごたえがあるなと思った。

「僅差だったけどな」

 それを考えると水谷もすごい。水谷はまだ一年だ。それで既に湊レベルの速さがあるなんてポテンシャルが高い。

「なぁ、ふたりで勝負って、何を争ってたんだ?」
「へっ?」
「だってあんな真剣になってさ」
「あ、あれは、その……次期部長に水谷が相応しいかどうかを測るためのもので……副賞として水泳の補講の補助のときにAコース担当になれるっていう……」
「ふぅん。部長の座をかけた戦いだったんだな」

 なるほど。どうりでふたりとも真剣になるはずだ。水谷のためにも部員たちのためにも湊は手を抜くことは許されなかっただろうから。
 副賞は……AでもBでもどっちでもいいだろう。それは関係ないな。
 


「俺はもう引退するからさ。でも水谷にはぜってぇ負けたくなかった。あいつは異常にモテるんだよ。そんな奴に吉良を取られてたまるか!」

 ん? 話がおかしくないか……?
 部長の座がどうのこうの言ってたんじゃないのか……?

「昨日あいつは吉良を抱いてみせるとか言い出しやがった……急に自信つけやがってなんなんだよ! マジで許せないっ」
「はぁ?!」

 抱くって、あのいかがわしい意味での抱くってことなのか?!

「あいつ手が早いからな。吉良、気をつけろよ!」
「あ、あぁ……」
「絶対に水谷とふたりきりで泊まりに行くな!」
「うん……」

 とりあえず頷いておいたが、何かの間違いなんじゃないかと思った。水谷が興味があるのはむしろ湊なんじゃないだろうか。



「今年の大会も終わったし、水泳に未練はないかな」

 あれ? 明日から水泳部の合宿に行くって言ってなかったか?

「俺、この高校に来てよかったと思ってる」
「それな。優秀な奴が多いし、みんないい奴ばっかりだもんな」

 政治家、会社社長、医者に弁護士、スポーツ選手まで。この高校の同窓生は、各方面で活躍している者ばかりだ。
 同窓生のコネやコミュニティで仕事が決まったり、色々助けてもらえると聞いた。
 吉良もこの学校で友人ができた。きっとこの友人たちは人生最強の友人たちになることだろう。

「なによりも、吉良に出会えたから」
「えっ? 俺?! 俺は何もできないよ……」

 吉良自身は特別な能力は何もない。きっと湊の友人の中で最も役に立たない平凡な友人だろう。

「よく言うよ。これだけの男を虜にしておいて何もできない……? 吉良がずる賢い女王様だったら、みんなお前に愛されたくて、お前の手先になるだろうから、この学校は崩壊してたかもな」

 なんだ? 俺がどうして学校を崩壊させる必要がある?!

「ハハっ。ポカンとした顔してる。お前のそういうところにみんな惹かれるのかな」
「へっ?」

 意味がわからない。湊は何を言っているのだろう。

「勉強も争って水泳でも一位を争ってさ。友達なんだかライバルなんだかよくわからない。だから吉良と話してると安心する。吉良は俺に敵意は向けてこないから」
「まぁ、俺は比べものにならないくらい勉強も水泳もできないからな……」
「違う違う。俺だって数学は補講だぜ? 俺、補講とかマジで凹んだのに、吉良は前向きに補講授業受けててさ。すげぇなって思ってた」
「いや、すごくない。前向きでもない」

 ただ無事に卒業したい。高卒の資格を得たい。それだけを目標に頑張っているだけだ。

「他の奴らはマウントすごいぜ? 吉良くらいだよ、みんなと平和に仲良くできる才能の持ち主は」
「確かに俺のことをライバルだって思う奴はいないだろうな……」

 悲しいことに誰にもライバル視されたことがない。みんな吉良に勉強を教えてくれたりなにかと施されてばかりだ。

「だから違うって。吉良は可愛いんだよ」

 湊は愛おしいものを見るかのような目で吉良を見て、吉良の頬を撫でた。

「可愛い。触れたい。抱き締めてキスしたい」

 湊は吉良に迫る。手を伸ばせば吉良を抱き締めることができるくらいの距離まで。

「結局両想いにはなれなかったみたいだけど、それでもいい。吉良にはこの気持ちを知ってて欲しいから」
「湊……?」
「この気持ちを伝えられないまま卒業はできない。ずっと言いたくて言いたくて胸が張り裂けそうだった」

 湊の様子がいつもと違う。湊はどうしたんだ……?

「でも相当の覚悟がいる。だから、水谷に勝つことができたなら告白しようって決めた」

 待て。湊は何を言おうとしている……?
 まさかとは思うが、吉良親衛隊に湊は加入していないよな。
 もしそうだったら。
 湊の告白が恋愛の類いのものだったら。
 吉良が『選ばない』まま湊の告白を受けたら——。



「吉良。俺はお前のことが好きだ」

 湊は迷いなく告げた。
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