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六月 親衛隊に教師は含まれ、教師は生徒の親衛隊の人数を閲覧できるルール
4.
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「それに、吉良だって全く無関係じゃなくなったんだっ!」
賢治は急に大声になり、吉良の顔を間近で見つめてきた。
「お、俺……?」
「ああ。事故に遭った総長の話をしただろ?」
賢治はさらに吉良にずいっと迫る。
「うん……」
「みんな、総長のことを敬愛してたんだけどさ」
「うん」
「そっくりなんだよ。その総長と、吉良が」
「……は?」
「すごく似てる。見た目も声もまるで生き写しみたいにそっくりなんだ。総長は兄貴の友達だったから、うちにしょっちゅう遊びに来てた。俺に優しかったあの人にそっくりで。また会えたって嬉しくなって……」
賢治はどこか懐かしそうな目で吉良を見る。
「兄貴もそうだと思うけど、俺初めて吉良に会ってびっくりした。でも、ちゃんとわかってる。吉良を総長の代わりにしちゃいけないって。わかってはいるんだけど……」
賢治はすごく苦しそうだ。吉良に昔話をしたせいで、色々と思い出してしまったのかもしれない。
「吉良。少しだけ俺のこと、慰めてくれない……?」
賢治は寄りかかるようにして吉良に抱きついてきた。
賢治もきっといなくなった総長のことが好きだったんだろう。大切な人を失って、辛かったに違いない。
「ごめん。俺が余計な話をさせたから……」
そっと賢治の頭を撫でてやる。
賢治に色んな話をさせてしまったせいだ。それで誰でもいいからその寂しさを紛らわそうと吉良に抱きついてきたのだろう。
賢治はさらに強く吉良を抱き締めてきて、吉良を離してくれない。
「吉良っ……!」
そのままベッドに押し倒された。さすがに抵抗するが、賢治はやたら力が強い。体重をかけてのしかかられて、逃れられない。
「ど、どうしたんだよ賢治っ、ま、待てって! 俺は吉良だっ!」
賢治は吉良を好きなんかじゃない。賢治はきっといなくなった総長の面影を吉良を通して見ているだけだ。
「吉良。大きな声出さないで。人が来る」
賢治の手で口を塞がれる。
「吉良。俺を慰めてよ」
賢治はそう耳元で囁いた後、吉良の首筋に顔を埋めてくる。
「賢治……っ」
吉良は思いきり賢治の頬をつねって顔を引き剥がす。
「やめろ……って!」
賢治と目が合った瞬間、賢治はハッと目が覚めたように「ご、ごめんっ……」と吉良から離れ、バツが悪そうな顔をしている。
賢治が離れてくれたお陰で、やっと吉良も起き上がることが出来た。
「いいよ。許す。昔を思い出して、人間違ひとまちがいしただけなんだろ?」
ちょっとびっくりしたけど、吉良だと気がついてやめてくれたし、昔の思い出に囚われている賢治を責める気はない。
「違う……吉良。俺は……っ!」
「ありがとう、色々話してくれて」
吉良が部屋を出ようとすると、「待ってっ!」と賢治が腕を掴んできた。
「最初は、総長にそっくりな奴だと思って吉良のことを見てた。でも、今の俺は——」
「兄貴! 帰ってる?!」
突然部屋のドアがバンッと豪快に開かれた。三玖が帰宅したのだ。
「え?! 吉良先輩?!」
三玖は、吉良が部屋にいることに驚いている。そして、三玖の視線は吉良の腕を掴む、賢治の手に注がれた。
「……兄貴、何してるんだよっ! 吉良先輩のことはなんとも思ってないって俺に言ったじゃん!」
三玖は賢治の手を力任せに引っ張る。賢治も人が来て遠慮したのか吉良から手を離した。
「吉良先輩! 大丈夫ですか?!」
「いや別に賢治に訊きたいことがあってちょっと喋ってただけだから。俺、もう帰るとこだし……」
「えっ! 帰っちゃうの?! 吉良先輩っ! 俺とも話し、しませんか? 俺、ずっと先輩とゆっくり話したいなと思ってて、でもなかなか出来なくて……先輩は人気、あるから……」
何言ってんだ。学年が違うからあんまり会わないだけだろ。
「先輩っ! せっかくだから俺とも喋ってくださいっ」
「あ、ああ……」
三玖はすごい積極的だな……。
対して賢治は「ちょっと出てくるよ」と言って部屋からいなくなってしまった。
「兄貴はいつもああなんです。ふらっといなくなって、酷いと朝まで帰りません。俺まで寮長に怒られるし、ホント何してるんでしょうね」
三玖は呆れたように言うが、それを聞く限り、弟の三玖ですら、賢治の正体を知らない、ということなのだろう。
「昨日なんて顔を殴られて帰ってきたんです。だから俺、今日こそ兄貴を問いただしてやろうって思ってたんですけどね」
三玖は、不審な動きをする賢治を心配して、話をしようと放課後、賢治を探していたのか。
「なぁ、三玖。賢治って、どんな奴?」
「え? 兄貴ですか? 口数も少ないし、いつもひとりでいるから俺も心配になるくらいですけど……」
三玖はひと呼吸置いた。
「でも、優しいです。何してるのか俺がいくら聞いても教えてくれないけど、必要があれば言ってくれると信じてますし、俺、兄貴のことは好きですよ」
三玖は素直な奴なんだな。兄貴が好きとかなかなか言えないことだよなと思う。
「でも俺、この学校に入ってから、誰よりも好きな人が出来たんです」
三玖はその『好きな人』を思い浮かべているのか、すごく笑顔になった。
「吉良先輩。俺、早速その人の親衛隊に入ってて」
「そうなんだ」
すごいな。まだ入学して二ヶ月で親衛隊もいるし、自分自身も親衛隊に加入しているのか。
「吉良先輩。親衛隊のルール、知ってます? 『選ばれるまでは思いを伝えられないルール』です」
「あー。実は三年になって初めて知ったんだけど……。それまで興味がなくて……」
「知ってるんですね。じゃあ、『好きになったら自動的に親衛隊に加入するルール』は? 知ってますか?」
「……知らなかった。そんなルールもあるのか……」
一年生の三玖に、まさか学校のルールを教えてもらうことになるとは。
「吉良先輩は、誰の親衛隊にも入ってないですか?」
「俺、本当に何も知らないんだ。そもそも親衛隊に入った入ってないは、どうやってわかるの? それすら知らないレベルでわからない」
「親衛隊サイトでわかります。好きだと判断されると自動で親衛隊の人数にカウントされますが、それとは別にそれを自分自身が承認するかどうか聞かれます」
「承認?」
「好きだと認めたくなければ承認しなきゃいいんです。承認すると正式な親衛隊になれます」
「そうすると、何かいいことがあるのかな……」
「はい。『推し』と両想いになれた時だけ、ですけど……」
三玖は少し寂しそうな顔をした。
「とにかく、俺の『推し』には好きな人はいないようなので安心です。俺が『推し』に出会わなかったこの二年間で既に誰か特定の人がいたらと思うとゾッとします。つまり、俺は今から頑張れば、両想いになれるチャンスがあるってことですよね」
三玖は吉良と話しながら、親衛隊や推しについて色々考えを巡らせているみたいだ。
「そっか。三玖の『推し』は、俺みたいに親衛隊に加入してないのか。で、そいつはこの二年間誰にも惹かれなかったなら、今の三年や二年の中にはそういう候補はいないのかもしれないな」
三玖は前向きに頑張ろうとしてる。少しでも応援になるような言葉をかけてやりたいと思った。
「先輩がそう言ってくれると俺、すごく嬉しいですっ」
良かった。三玖はすごく喜んでくれた。少しは励ましになっただろうか。
◆◆◆
次の日の帰り道。吉良は同じクラスの小田切と二人で下校していた。岩野、紙屋の二人は部活があるので今日は一緒には帰れない。そうは言っても学校から寮は目と鼻の先程の距離なので、予定を合わせるまでもなく、寮で二人に会うこともある。
六月の雨。大して強い雨ではないが、学校の門の前に傘を差したひとりの男が突っ立っていた。そいつが傘を目深に差していたせいで吉良には相手が目前まで誰だかわからなかった。
「吉良」
傘を上げて、こちらを見たのは柳だった。今日はひとりきり。仲間は連れていない。
「おい。ちょっと付き合えよ。どうしてもお前と話したい」
相変わらずガラが悪い。不良が急に高校生に絡んできたとしか見えない。だからなのか小田切が「お前、誰?」と敵対するような冷たい目を柳に向けた。
「来いよ、吉良っ!」
柳が吉良の腕を掴む。それを小田切がすぐさま「ふざけんなっ」と振り払った。
「邪魔すんなよっ!」
雨の中、初対面の柳と小田切が急に掴み合い、吉良が「待てって!」と二人を止めに入ったところで、佐々木がやってきた。佐々木は躊躇なく二人の間に割って入り、左手で柳を、右手で小田切を制する。
「思ったより早いな。昨日の今日で、もう吉良に会いにきたのか?」
佐々木は柳が吉良に会いにくるとわかっていたのか……?
「当たり前だろ。俺は絶対に吉良を俺のものにしてみせる。誰にも渡したくねぇんだよっ!」
柳は、小田切とのいがみ合いを止めて、今度は佐々木の方に向き直る。柳の傘も地面に落ちたままだし、佐々木は傘も持たずに最初から濡れたままだ。
「柳。それは多分無理だ」
「なんだよ、まさか俺のものだとか言い出すんじゃねぇだろうな!」
「見ろ」
いきり立つ柳に佐々木は自分のスマホの画面を突きつけた。
「……なんだよコレ」
「俺はこの学校の先生で、俺に許された権限として、生徒の親衛隊の人数を閲覧することが許されているんだ」
そんなルールがあるとは吉良は知らなかった。小田切はそれを聞いても驚いてはいないから、吉良だけが知らないことだったようだ。
「内部のやつには見せられないが、外部のお前には現実を知らせるためにも見せてやる」
佐々木はもしかしたら、吉良の親衛隊サイトを柳に知らせてるのではないだろうか。あの、吉良自身も未だに間違いだと思っているサイトを。
「この学校の生徒達は本当に優秀な者ばかりだ。ガサツで不良のお前が『選ばれる』確率は限りなくゼロだな」
柳は佐々木のスマホの画面に見入っている。そして、しばらくしてから「親衛隊ってまさか……」と呟いた。
「そのまさかだよ。俺もこの数字を知って戦々恐々としてる」
柳は、言葉を失ったまま、吉良のことを見つめている。「まさか、こいつが?!」とでも言いたげな目だ。柳の気持ちはよくわかる。当事者の吉良だって同じ気持ちだ。
「吉良の親衛隊って何人いるんだ……?」
小田切が独り言みたいに呟く。
そうだった。生徒は本人以外は親衛隊の人数を知ることは出来ない。
「吉良は、自分の親衛隊の人数を知ってるんだよな……?」
小田切にそう言われてドキっとする。本当の事を話したら「お前が? んな訳ねぇだろ!」と小田切に大笑いされそうだ。
「知らないっ」
この場から逃げ出したくなって、吉良は足早に寮へと向かう。
「待てよ吉良っ!」
小田切がすぐに追いかけてきた。
「10人はいるだろ? 大体でいいから教えろよっ!」
なんで小田切はこんなに興味を持ってくるんだよ。いつもはなんでも無関心のくせに!
「知らない! いない! ゼロ人だ!」
「嘘つくなって!」
あーあーあー!
親衛隊ってなんだよ!
マジでどこの誰なんだよ……。ひとりもわかんねぇ……。
賢治は急に大声になり、吉良の顔を間近で見つめてきた。
「お、俺……?」
「ああ。事故に遭った総長の話をしただろ?」
賢治はさらに吉良にずいっと迫る。
「うん……」
「みんな、総長のことを敬愛してたんだけどさ」
「うん」
「そっくりなんだよ。その総長と、吉良が」
「……は?」
「すごく似てる。見た目も声もまるで生き写しみたいにそっくりなんだ。総長は兄貴の友達だったから、うちにしょっちゅう遊びに来てた。俺に優しかったあの人にそっくりで。また会えたって嬉しくなって……」
賢治はどこか懐かしそうな目で吉良を見る。
「兄貴もそうだと思うけど、俺初めて吉良に会ってびっくりした。でも、ちゃんとわかってる。吉良を総長の代わりにしちゃいけないって。わかってはいるんだけど……」
賢治はすごく苦しそうだ。吉良に昔話をしたせいで、色々と思い出してしまったのかもしれない。
「吉良。少しだけ俺のこと、慰めてくれない……?」
賢治は寄りかかるようにして吉良に抱きついてきた。
賢治もきっといなくなった総長のことが好きだったんだろう。大切な人を失って、辛かったに違いない。
「ごめん。俺が余計な話をさせたから……」
そっと賢治の頭を撫でてやる。
賢治に色んな話をさせてしまったせいだ。それで誰でもいいからその寂しさを紛らわそうと吉良に抱きついてきたのだろう。
賢治はさらに強く吉良を抱き締めてきて、吉良を離してくれない。
「吉良っ……!」
そのままベッドに押し倒された。さすがに抵抗するが、賢治はやたら力が強い。体重をかけてのしかかられて、逃れられない。
「ど、どうしたんだよ賢治っ、ま、待てって! 俺は吉良だっ!」
賢治は吉良を好きなんかじゃない。賢治はきっといなくなった総長の面影を吉良を通して見ているだけだ。
「吉良。大きな声出さないで。人が来る」
賢治の手で口を塞がれる。
「吉良。俺を慰めてよ」
賢治はそう耳元で囁いた後、吉良の首筋に顔を埋めてくる。
「賢治……っ」
吉良は思いきり賢治の頬をつねって顔を引き剥がす。
「やめろ……って!」
賢治と目が合った瞬間、賢治はハッと目が覚めたように「ご、ごめんっ……」と吉良から離れ、バツが悪そうな顔をしている。
賢治が離れてくれたお陰で、やっと吉良も起き上がることが出来た。
「いいよ。許す。昔を思い出して、人間違ひとまちがいしただけなんだろ?」
ちょっとびっくりしたけど、吉良だと気がついてやめてくれたし、昔の思い出に囚われている賢治を責める気はない。
「違う……吉良。俺は……っ!」
「ありがとう、色々話してくれて」
吉良が部屋を出ようとすると、「待ってっ!」と賢治が腕を掴んできた。
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「え?! 吉良先輩?!」
三玖は、吉良が部屋にいることに驚いている。そして、三玖の視線は吉良の腕を掴む、賢治の手に注がれた。
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三玖は賢治の手を力任せに引っ張る。賢治も人が来て遠慮したのか吉良から手を離した。
「吉良先輩! 大丈夫ですか?!」
「いや別に賢治に訊きたいことがあってちょっと喋ってただけだから。俺、もう帰るとこだし……」
「えっ! 帰っちゃうの?! 吉良先輩っ! 俺とも話し、しませんか? 俺、ずっと先輩とゆっくり話したいなと思ってて、でもなかなか出来なくて……先輩は人気、あるから……」
何言ってんだ。学年が違うからあんまり会わないだけだろ。
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「あ、ああ……」
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「兄貴はいつもああなんです。ふらっといなくなって、酷いと朝まで帰りません。俺まで寮長に怒られるし、ホント何してるんでしょうね」
三玖は呆れたように言うが、それを聞く限り、弟の三玖ですら、賢治の正体を知らない、ということなのだろう。
「昨日なんて顔を殴られて帰ってきたんです。だから俺、今日こそ兄貴を問いただしてやろうって思ってたんですけどね」
三玖は、不審な動きをする賢治を心配して、話をしようと放課後、賢治を探していたのか。
「なぁ、三玖。賢治って、どんな奴?」
「え? 兄貴ですか? 口数も少ないし、いつもひとりでいるから俺も心配になるくらいですけど……」
三玖はひと呼吸置いた。
「でも、優しいです。何してるのか俺がいくら聞いても教えてくれないけど、必要があれば言ってくれると信じてますし、俺、兄貴のことは好きですよ」
三玖は素直な奴なんだな。兄貴が好きとかなかなか言えないことだよなと思う。
「でも俺、この学校に入ってから、誰よりも好きな人が出来たんです」
三玖はその『好きな人』を思い浮かべているのか、すごく笑顔になった。
「吉良先輩。俺、早速その人の親衛隊に入ってて」
「そうなんだ」
すごいな。まだ入学して二ヶ月で親衛隊もいるし、自分自身も親衛隊に加入しているのか。
「吉良先輩。親衛隊のルール、知ってます? 『選ばれるまでは思いを伝えられないルール』です」
「あー。実は三年になって初めて知ったんだけど……。それまで興味がなくて……」
「知ってるんですね。じゃあ、『好きになったら自動的に親衛隊に加入するルール』は? 知ってますか?」
「……知らなかった。そんなルールもあるのか……」
一年生の三玖に、まさか学校のルールを教えてもらうことになるとは。
「吉良先輩は、誰の親衛隊にも入ってないですか?」
「俺、本当に何も知らないんだ。そもそも親衛隊に入った入ってないは、どうやってわかるの? それすら知らないレベルでわからない」
「親衛隊サイトでわかります。好きだと判断されると自動で親衛隊の人数にカウントされますが、それとは別にそれを自分自身が承認するかどうか聞かれます」
「承認?」
「好きだと認めたくなければ承認しなきゃいいんです。承認すると正式な親衛隊になれます」
「そうすると、何かいいことがあるのかな……」
「はい。『推し』と両想いになれた時だけ、ですけど……」
三玖は少し寂しそうな顔をした。
「とにかく、俺の『推し』には好きな人はいないようなので安心です。俺が『推し』に出会わなかったこの二年間で既に誰か特定の人がいたらと思うとゾッとします。つまり、俺は今から頑張れば、両想いになれるチャンスがあるってことですよね」
三玖は吉良と話しながら、親衛隊や推しについて色々考えを巡らせているみたいだ。
「そっか。三玖の『推し』は、俺みたいに親衛隊に加入してないのか。で、そいつはこの二年間誰にも惹かれなかったなら、今の三年や二年の中にはそういう候補はいないのかもしれないな」
三玖は前向きに頑張ろうとしてる。少しでも応援になるような言葉をかけてやりたいと思った。
「先輩がそう言ってくれると俺、すごく嬉しいですっ」
良かった。三玖はすごく喜んでくれた。少しは励ましになっただろうか。
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六月の雨。大して強い雨ではないが、学校の門の前に傘を差したひとりの男が突っ立っていた。そいつが傘を目深に差していたせいで吉良には相手が目前まで誰だかわからなかった。
「吉良」
傘を上げて、こちらを見たのは柳だった。今日はひとりきり。仲間は連れていない。
「おい。ちょっと付き合えよ。どうしてもお前と話したい」
相変わらずガラが悪い。不良が急に高校生に絡んできたとしか見えない。だからなのか小田切が「お前、誰?」と敵対するような冷たい目を柳に向けた。
「来いよ、吉良っ!」
柳が吉良の腕を掴む。それを小田切がすぐさま「ふざけんなっ」と振り払った。
「邪魔すんなよっ!」
雨の中、初対面の柳と小田切が急に掴み合い、吉良が「待てって!」と二人を止めに入ったところで、佐々木がやってきた。佐々木は躊躇なく二人の間に割って入り、左手で柳を、右手で小田切を制する。
「思ったより早いな。昨日の今日で、もう吉良に会いにきたのか?」
佐々木は柳が吉良に会いにくるとわかっていたのか……?
「当たり前だろ。俺は絶対に吉良を俺のものにしてみせる。誰にも渡したくねぇんだよっ!」
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「柳。それは多分無理だ」
「なんだよ、まさか俺のものだとか言い出すんじゃねぇだろうな!」
「見ろ」
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「……なんだよコレ」
「俺はこの学校の先生で、俺に許された権限として、生徒の親衛隊の人数を閲覧することが許されているんだ」
そんなルールがあるとは吉良は知らなかった。小田切はそれを聞いても驚いてはいないから、吉良だけが知らないことだったようだ。
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「この学校の生徒達は本当に優秀な者ばかりだ。ガサツで不良のお前が『選ばれる』確率は限りなくゼロだな」
柳は佐々木のスマホの画面に見入っている。そして、しばらくしてから「親衛隊ってまさか……」と呟いた。
「そのまさかだよ。俺もこの数字を知って戦々恐々としてる」
柳は、言葉を失ったまま、吉良のことを見つめている。「まさか、こいつが?!」とでも言いたげな目だ。柳の気持ちはよくわかる。当事者の吉良だって同じ気持ちだ。
「吉良の親衛隊って何人いるんだ……?」
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小田切がすぐに追いかけてきた。
「10人はいるだろ? 大体でいいから教えろよっ!」
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