上 下
7 / 69
五月 親衛隊は推しを好きになってしまったら自動的に加入させられるルール

2.

しおりを挟む
 体育祭当日。

「うわー、緊張するなー」

 朝から紙屋が吉良の横でぼやいている。

「紙屋は大変だな。リレ選でも、短距離でも一位取れってプレッシャーかけられてんだもんな」

 クラス対抗で、皆で優勝目指して今日まで頑張ってきた。特にリレーは点数配分が高く、そのアンカーをつとめることになった紙屋の負担は半端ないだろう。

「でも俺頑張るよ。吉良、俺のこと見ててくれるよな?」
「もちろん! 全力で応援する」
「ありがとう。俺、お前のためだけに走るわ」

 いや、クラスのためだろ。

「もしさ、もし俺が、どっちも一位を獲ったら吉良から何か俺にご褒美くれよ」
「え? 俺何も持ってねぇけど……」
「そういうのあったら、モチベアップして、俺、頑張れそうだから」

 まぁ。何かあった方がたしかに人間やる気は出るだろう。

「ハグしたい」
「は?!」
「吉良をギュッてしたい。少しの間だけでもいいからお前を独り占めしたい」
「は?! いや、そんなんいつもしてるだろっ」

 紙屋は馴れ馴れしいところがあって、スキンシップは多い方だ。「やったーっ!」と喜んで抱きついてきたりしたこともあるし、それは岩野や小田切にもしているので、吉良に限った行動ではない。

「違くて。そんなんじゃなくて。マジのやつ」

 いつものはマジじゃないってことか? ハグに種類なんてないだろ。

「いいよ。よくわかんねぇけど、それで紙屋がいいなら」
「マジで?! うわ、俺、嬉しくてもうお前に抱きつきそうだよ……。でも我慢する。俺絶対に頑張るわ!」

 急に紙屋は嬉しそうだ。なんでこんなことくらいで……。どうせ二位になっても「悔しいっ」と抱きついてくるんだろうが。

 まぁ。紙屋がやる気を出してくれてよかったよ。
 

 ◆◆◆


 紙屋は短距離走で見事一位を獲った。そして次の種目は二人三脚だ。リレーは1番盛り上がるので体育祭のラストに行われる。

「紙屋たちも頑張ってるし、俺らも頑張んないとな!」

 隣にいる黒田に声をかける。黒田も「そうだな」と愛想よく返事をしてくれた。
 黒田と一緒に練習していて吉良は気づいたのだが、黒田は無愛想なやつではない。

 二人三脚のペアになってからというもの、やたらと「吉良、一緒に練習しようぜ」とか「一緒に帰らないか」などと声をかけてくるのだ。この前は「昼メシを一緒に食わないか」と言われ、珍しい事もあるな、たまにならいいかと吉良がOKしようとしたら、「ふざけるな!」と小田切、岩野、紙屋の三人に全力で阻止された。

 黒田はなんで俺に構ってくるんだろう……。

 最近こそ真面目に学校に来ているが、もともと学校をサボり気味だった黒田は、友達が少ないのかもしれない。一匹狼みたいなイメージの奴だ。

 友達増やしたいのか……?

 だが黒田はそんな柄じゃないような……。



 二人三脚は無難な順位に終わった。二人は次の競技を遠くから眺めつつ反省会をしている。

「俺たち結構練習したのにな」と吉良が言うと「惜しかったな」と黒田から返ってきた。

「でもまぁ、結果はアレでもよかったよ、黒田と一緒に組めて。お前がこんなに愛想がいいとは知らなかったから」
「吉良だから」
「え?」
「だから、お前だけ」
「あ? ああ。俺と友達になりたいってことか?」
「違う」
「は?」
「俺は、お前が欲しいんだよ」
「はぁ?!」

 黒田はこんなとこでいきなり何を言ってるんだ?! 校庭の端にいるが、周りには普通に他の生徒もいる。体育祭だから他校の生徒までいる。

 それに欲しいだのなんだのって、意味がわからない。

「吉良って、誰かとキスしたことある?」
「どうした、黒田。お前、ちょっと可笑しくないか……?」

 こいつ、俺を見たまま目が据わってないか?!

「お前の最初の男になりたい」

 黒田は吉良の両手を握ってくる。吉良は「おいっ!」と抗議する。

「頼む。お前は何もしないでじっとしてくれればいいから」
「バカっ、離せって」

 吉良は手を解こうとするが、黒田は力強く抑えて離そうとしない。

 そもそも好き同士だってこんな公衆の面前でキスなんてしない。ましてや黒田は吉良の恋人でもなんでもない。
 悪ふざけが過ぎるだろと吉良は黒田を突き放そうと抗う。
 その時だ。

「おい、黒田。てめぇ何してんだよ!」

 現れたのは小田切だ。小田切は、吉良を掴む黒田の手を思い切りひねり上げた。その隙に吉良は黒田から逃れることができた。

「小田切。今のお前、すげぇ怖い顔してんぞ。やっぱお前を怒らせるには吉良を使うのが1番みたいだな」

 黒田は小田切に睨まれても構わないようだ。

「うぜぇんだよ、吉良を巻き込むのはやめろ」
「へぇ。お前、やっぱ吉良のこと——」
「黙れ!」

 小田切が声を荒げるところなんて見た事がない。

「お前こそ。俺への当てつけだけじゃあんな真似できねぇだろ? 正直に言えよ。当てつけのつもりで吉良に近づいたのに、結果、マジで惚れただろ」
「うっせぇ! とにかく俺は一度でいいからお前に勝ってやるっ。力ずくでもな」
「合意がないのは許さねぇ」
「関係ねぇよ」
「てめぇ、ぶっ殺すぞ!」
「殴りたいなら、殴れよ」

 黒田は小田切を煽ってるのか。

「殴るわけない。退学になりたくないからな」

 小田切は拳をぐっと握りしめ、黒田を睨みつけている。

「つまんねぇ奴」

 黒田は不敵な笑みを浮かべている。
 小田切は、そんな黒田を無視して、吉良の腕をとった。

「探したぞ吉良。もうすぐリレーが始まる。一緒に岩野と紙屋を応援しようぜ」
「あ、ああ……」

 吉良を掴む小田切の手は力強い。多分怒っているのだろう。冷静な小田切がこんなにイラついて怒るなんて珍しいことだ。

 小田切に掴まれた腕から小田切の温もりを感じる。

 そういえば吉良は小田切に触れられるのはこれが初めてだということに気がついた。
 小田切は、岩野や紙屋には頭を叩いたり、肩を組んだり小突いたりしているが、吉良にだけは一切触れてこない。それをずっと疑問に思っていたから。
しおりを挟む
感想 89

あなたにおすすめの小説

風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。 俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。 そう、“副”だ。あくまでも“副”。 だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに! BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

理香は俺のカノジョじゃねえ

中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

前世から俺の事好きだという犬系イケメンに迫られた結果

はかまる
BL
突然好きですと告白してきた年下の美形の後輩。話を聞くと前世から好きだったと話され「????」状態の平凡男子高校生がなんだかんだと丸め込まれていく話。

生徒会長親衛隊長を辞めたい!

佳奈
BL
私立黎明学園という全寮制男子校に通っている鮎川頼は幼なじみの生徒会長の親衛隊長をしている。 その役職により頼は全校生徒から嫌われていたがなんだかんだ平和に過ごしていた。 しかし季節外れの転校生の出現により大混乱発生 面倒事には関わりたくないけどいろんなことに巻き込まれてしまう嫌われ親衛隊長の総愛され物語! 嫌われ要素は少なめです。タイトル回収まで気持ち長いかもしれません。 一旦考えているところまで不定期更新です。ちょくちょく手直ししながら更新したいと思います。 *王道学園の設定を使用してるため設定や名称などが被りますが他作品などとは関係ありません。全てフィクションです。 素人の文のため暖かい目で見ていただけると幸いです。よろしくお願いします。

眠りに落ちると、俺にキスをする男がいる

ぽぽ
BL
就寝後、毎日のように自分にキスをする男がいる事に気付いた男。容疑者は同室の相手である三人。誰が犯人なのか。平凡な男は悩むのだった。 総受けです。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

処理中です...