親衛隊は、推しから『選ばれる』までは推しに自分の気持ちを伝えてはいけないルール

雨宮里玖

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四月 親衛隊は推しに選ばれるまでは想いを伝えてはいけないルール

2.

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 一人きりになりたくて、暗い夜の中庭に出て、吉良はベンチに腰をかける。

 俺ってもしかして、楯山のこと、そういう意味で好きだったのかな……。

 当たり前のように隣にいた楯山が、川上のものになるのかと思うと、寂しい気持ちになった。楯山と川上の仲を素直に喜べない自分がいる。

 だとしたら、俺、なにげに失恋したのか……?

 楯山が川上と付き合うことになって、初めて気がついた感情。今さら気付いたところでもう手遅れだ。

 かっこ悪……。

 でも、川上に敵うものなど何もない。どうせ最初から勝負にならなかっただろう。




「吉良。珍しいな、お前が一人でいるなんて。いっつもお前の周りをウロウロしてる楯山は今日はいないのか?」

 声をかけてきたのは倉木くらきだ。
 倉木は医者の息子で、自身も医学部を目指している。ま、こいつの頭脳なら東大理Ⅲも楽勝なんだろうが。

 並み外れた頭脳に、爽やかなイケメン。気遣いもできる心優しい男だ。

「楯山なら部屋にいるはずだ。楯山に用か?」
「違う。吉良と二人きりで話せるチャンスなんてなかなかないから、少しびっくりしてさ」

 倉木は吉良の隣に座った。

「なぁ、吉良。なんかあった……?」

 倉木の方を見ると、倉木は心配そうな顔で吉良を見つめている。

「俺じゃ、ダメかな……。吉良の力になれない? 吉良の話ならなんでも聞くよ」

 倉木は無償で人の役に立ちたいタイプなのかな……。やっぱりこいつは医者が天職かもしれない。

「ありがとう、倉木。でも大したことじゃないんだ。ただ俺には何も無いんだなって改めて気付いて勝手にヘコんでるだけだから」
「そうなのか……? 俺は吉良の全部が好きだけどな。欠点なんて見当たらないよ」

 そんなわけないだろ、と心の中でツッコミを入れる。かなり大袈裟だが、倉木なりの励ましの言葉なのだろう。

「はは……。倉木は優しいな。ありがとう、気ィ遣ってくれて」
「優しくなんかない。迷惑かけるとわかっていても、本当は今すぐ自分勝手な気持ちをぶつけたくて仕方ないのに」
「倉木にも自分勝手なところがあるのか。なんか安心するな。倉木はいつも穏やかで怒ったところなんて見たことないから」

 我儘を、感情を爆発させる倉木なんて想像がつかない。いつも静かな水面のような性格の男だ。

「大抵のことは俺も大丈夫なんだけどね。あ、そうだ吉良。今度の日曜日は暇? 俺んちの別荘に一緒に行かないか? きっと気晴らしになるよ、……ね? どう?」
「別荘? 凄いな。倉木の家は金持ちなんだな」
「そうかな。湖が近くにあるから、カヌーやろうか。バーベキューとか、吉良となら何をしてても楽しいだろうな」

 自然の中で過ごす休日もリラックスできそうだなと吉良が口を開こうとした時だった。


「おい! 倉木! お前ふざけるなよ。何してるんだ!」

 二人の目の前に現れたのは寮長の 神宮寺じんぐうじだ。

「何もしてない。ただ吉良が落ち込んでるみたいだから励まそうと思っただけだ」

 倉木は立ち上がり、神宮寺にキッと強い視線を向けている。こんな怖い顔をする倉木なんて見た事がない。

「お前は本当に油断ならないからな」

 神宮寺も倉木を睨み返している。神宮寺だっていつもは明るくていい奴なのに、この二人は相性が悪いのか……?

「吉良っ! ちょっといいか! 俺について来い!」

 神宮寺に言われて、「あっ、はいっ!」とつい従ってしまう。

 ヤバい。俺、何か悪いことをしたのか……? 寮の規則に夜の外出は禁止とある。中庭も、外出に入るのか……?

「俺の部屋に来いっ! 話がある!」

 神宮寺に腕を掴まれて、強制連行される。どうやら神宮寺を怒らせるような何かを吉良はやらかしたらしい。



「神宮寺っ、その手を離せよ」

 吉良を連れて行こうとする神宮寺を倉木が止めた。

「吉良に触れるなっ。寮長だからって権力を行使するなよ」

 倉木に言われて、神宮寺は軽くチッと舌打ちをして吉良の手を解放した。

「吉良。行くぞ!」

 はぁ……これから寮長からの説教か……。
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