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1.別れ 〜諒平side〜
しおりを挟む「好きな人が出来たから、別れたい」
初めて諒平の家に翔が泊まっていった次の日の朝、翔にそんな恐ろしい事を言われた。
「え……?! どういうことだよ?!」
諒平にはまるで心当たりがなかった。翔とは上手く付き合えていたと思っていたし、諒平から見れば、翔は一生を添い遂げてもいいと思うくらいの最高の相手だ。
「だから言っただろ。二度言わせんな。お前よりも好きな人が現れたんだよ。だから俺と別れてくれないか?」
嫌だ。絶対に嫌だ。
諒平が必死で口説き落としてやっと翔に付き合うことを了承してもらったのだ。それからまだ三ヶ月しか経っていないのにもう別れるなどと諒平からすればあり得ない。
「翔。悪いが俺はお前と別れる気はない」
はっきりと言った。どこぞの誰かは知らないが、翔を他の誰かに渡すことなど絶対に許せない。
諒平のその返事に翔はため息をついた。
「何言ってんだ。いいから別れろよ!」
吐き捨てるように言い、こちらに冷ややかな一瞥を寄越してきた。その冷酷な視線に言葉を失った。
「念のため言っとくが、お前は何も悪くない。俺の心変わりだ。お前には悪いんだけどさ、お前よりいい人が現れたんだ」
そう話す翔は若干ではあるが、頬を赤らめている。その『いい人』の話をしたせいなのかもしれない。
そう思った途端、諒平の心の中に醜い嫉妬心のようなものが沸々とわき上がってきた。
「ふざけんな、お前、これって浮気だろ?! だってお前は俺と付き合ってんのにさ、なんで他の奴なんか好きになるんだよ!」
許せない。翔の心が諒平に向いていないなんて事実は受け入れられそうにない。
「だから別れてくれっつっんての!」
「嫌だ!」
「はぁ? おかしいだろ? 浮気者の俺なんかとこれ以上一緒にいたくねぇだろ? さっさと別れろよ」
「嫌だっつってんだよ!」
諒平は翔を離したくなくて、不意の衝動に駆られて、翔を抱き締めようと手を伸ばす。
だが、それは「やめろ」と翔によって振り払われてしまった。
恋人なのに、触れ合うことを拒否されて諒平はかなりのショックを受けた。
本当に、翔はもう諒平のことは好きではないのかもしれない。だからこその拒絶なのではないか。好きな相手だったら抱き締めようとするその手を振り払ったりはしないはずだ。
互いに沈黙する二人。しばらくの間、重苦しい空気が流れた。
やがてその沈黙を破り翔が口を開く。
「じゃ、そう言うことだから。これでお前との関係は終わりってことにしてもいいか?」
翔からの残酷な言葉——。
関係は、
終わり……?
「嫌だっ! 誰だよ、お前が新しく好きになった野郎はよ! そんな奴にお前は渡さない! お前は俺のものだ!」
今度は強く翔の腕を掴んだ。諒平はもう平静を失っている。無我夢中で翔を求め、なんとしてでも引き止めようとする。
最初は掴まれた腕を振り払おうとしていた翔だが、不意に抵抗をやめた。
なぜだ……? と思考し、諒平の動きも少しの間、静止した時だった。
翔は、さっきまでの冷たい表情を一変させ、愛おしそうな顔で諒平を見つめている。 その不意に見せてくれた翔の微笑み。
つい心を奪われる。
懐かしい。
翔と初めて出会った時を思い出す——。
そういえば付き合ってからも、二人はすれ違いや喧嘩ばかり、翔は諒平に対していつも不遜な態度をとっていた。こんな優しい笑顔など向けられた事がなかった。
翔は自分の唇を諒平の唇に重ねてきた。そしてそのまま舌を侵入させて諒平の深い部分まで犯してくる。諒平も当然それを受け入れる。
脳が痺れるような感覚。
翔とのキスはこれが初めてだ。付き合って三ヶ月、プラトニックな関係が続いており、翔とは昨日の夜、やっと手を繋ぐことが出来た程度だった。
次第に感情が昂ってきて、翔を掴んでいた腕を離し、もっと翔を求めるように翔の頭を両手で抑え、翔の髪を乱していく。翔もそれに応えるように諒平の肩を優しく抱いた。
だがそんな甘い空気を、翔が断ち切る。
翔は突然キスをやめ、諒平から身体を離した。
え、どうしたと諒平が思っているところへ翔が信じたくない言葉をぶつけてきた。
「諒平。これがお前との最初で最後のキスだ。元気でな」
呆気に取られているうちに、翔は諒平の家から出て行った。それがあまりにも唐突で、引き止めることすら出来なかった。
「翔!」
だが不意に我に返り、慌てて家を飛び出して翔を追う。アパートの階段を駆け下り、道路に出て左右確認。翔の姿は既にない。
思いつくまま、辺りを探して走り回った。
でも翔は見つからなかった。
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