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番外編『ほんの少しの覚悟』
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「随分と正直に言うな」
「すみません。必死なので」
佐原は再び頭を下げる。
「そうか。まぁ、お前さんの取り越し苦労だろうな」
「えっ」
佐原が祖父の言葉の真意を聞こうと振り向いたのに、祖父は佐原を相手にせず、和泉のもとへと近づいてきた。
「理人。引っ越ししたら、住所を知らせるハガキをよこしなさい。メールよりもハガキが好きなんだ」
「え? あ、うん。わかった」
祖父は「お茶でも飲んでいけ」と、ゆっくりした足どりで縁側から家の中に戻っていった。
その背中を眺めていると佐原が「おい和泉」と話しかけてきた。
「お前、お祖父様に何か言ってくれたのか? なんで俺は突然許されたんだ……?」
「俺は別に何も。佐原こそ、庭で待たされてるとき、なんであんなに嬉しそうだったんだ?」
「ああ。そりゃだって、ここは和泉が子どものころ過ごした場所なんだろ? こんな景色を見て育ったのかと感慨深くなってさ。庭で遊んだのかな、とか小さい和泉を想像したら、本当に可愛かったんだろうなぁと妄想が……」
「妄想っ?」
「相当、可愛かっただろ? 昔の写真、ないのか?」
「はぁっ?」
子どものころの写真なんて恥ずかしくて見せたくない。何を勝手に妄想広げているんだ佐原は!
「ないっ! 俺の昔の写真は一枚もない!」
その場から逃げ出したくなって、和泉が足早に玄関へと向かったのに、佐原は「一枚だけでも!」としつこく追いかけてきて和泉の腕にしがみついてきた。
「ないったら!」
「卒アルでもいい。俺の知らない和泉を見てみたいんだよ」
「卒アルなんてもっと嫌だ!」
和泉は逃げ出そうとするのに、佐原は腕を離してくれない。
「まったく可愛いな和泉は」
「どこが可愛いんだよ!」
怒鳴っても、冷たくあしらっても、何をしても佐原は和泉を離さない。
「俺は庭でうろうろしてただけで何もしていない。和泉がお祖父様に何か言ってくれたに決まってるんだ。ありがとう、和泉。愛してるよ」
「あっ……!」
佐原に急に頬にキスをされ、和泉は慌てる。ここは実家だ。祖父だっているのに。
「佐原、おいっ」
「無理だ。俺は和泉が好きでたまらない。俺の気持ちがお前に早く伝わってくれ」
「うわっ」
佐原は突然、背後から首に腕を回して抱きしめてきた。
「離せって、もう……伝わってるから」
佐原の気持ちを疑ったことなんてない。ただ、和泉が少しの覚悟ができないせいだ。
「佐原。俺さ、来月アパートの更新月でさ」
和泉は自分の首に回された佐原の手にそっと触れる。
「お、お前のマンションに引っ越し、しようかな……」
「えっ」
佐原がピクリと反応した。今、佐原がどんな顔をしているのか、恥ずかしくてとてもじゃないが振り返れない。
「大歓迎だ、和泉っ。いつでも越してこい。あーっ、やっと……和泉と……」
「うぐっ……」
佐原は和泉を抱きしめる手に、さらに力を込めてきた。首を絞められ、苦しくて息もできないほどだ。
「嬉しい。こんな嬉しいことが他にあるか!? 和泉っ、和泉っ」
テンションが上がってくれてるのはいい。でも、かなり苦しい……。
「幸せすぎてどうにかなりそうだよ」
いや。お前の力が強すぎて、どうにかなりそうなのはこっちだ、と和泉は密かに思いながら、佐原にされるがままになっていた。
——完。
「すみません。必死なので」
佐原は再び頭を下げる。
「そうか。まぁ、お前さんの取り越し苦労だろうな」
「えっ」
佐原が祖父の言葉の真意を聞こうと振り向いたのに、祖父は佐原を相手にせず、和泉のもとへと近づいてきた。
「理人。引っ越ししたら、住所を知らせるハガキをよこしなさい。メールよりもハガキが好きなんだ」
「え? あ、うん。わかった」
祖父は「お茶でも飲んでいけ」と、ゆっくりした足どりで縁側から家の中に戻っていった。
その背中を眺めていると佐原が「おい和泉」と話しかけてきた。
「お前、お祖父様に何か言ってくれたのか? なんで俺は突然許されたんだ……?」
「俺は別に何も。佐原こそ、庭で待たされてるとき、なんであんなに嬉しそうだったんだ?」
「ああ。そりゃだって、ここは和泉が子どものころ過ごした場所なんだろ? こんな景色を見て育ったのかと感慨深くなってさ。庭で遊んだのかな、とか小さい和泉を想像したら、本当に可愛かったんだろうなぁと妄想が……」
「妄想っ?」
「相当、可愛かっただろ? 昔の写真、ないのか?」
「はぁっ?」
子どものころの写真なんて恥ずかしくて見せたくない。何を勝手に妄想広げているんだ佐原は!
「ないっ! 俺の昔の写真は一枚もない!」
その場から逃げ出したくなって、和泉が足早に玄関へと向かったのに、佐原は「一枚だけでも!」としつこく追いかけてきて和泉の腕にしがみついてきた。
「ないったら!」
「卒アルでもいい。俺の知らない和泉を見てみたいんだよ」
「卒アルなんてもっと嫌だ!」
和泉は逃げ出そうとするのに、佐原は腕を離してくれない。
「まったく可愛いな和泉は」
「どこが可愛いんだよ!」
怒鳴っても、冷たくあしらっても、何をしても佐原は和泉を離さない。
「俺は庭でうろうろしてただけで何もしていない。和泉がお祖父様に何か言ってくれたに決まってるんだ。ありがとう、和泉。愛してるよ」
「あっ……!」
佐原に急に頬にキスをされ、和泉は慌てる。ここは実家だ。祖父だっているのに。
「佐原、おいっ」
「無理だ。俺は和泉が好きでたまらない。俺の気持ちがお前に早く伝わってくれ」
「うわっ」
佐原は突然、背後から首に腕を回して抱きしめてきた。
「離せって、もう……伝わってるから」
佐原の気持ちを疑ったことなんてない。ただ、和泉が少しの覚悟ができないせいだ。
「佐原。俺さ、来月アパートの更新月でさ」
和泉は自分の首に回された佐原の手にそっと触れる。
「お、お前のマンションに引っ越し、しようかな……」
「えっ」
佐原がピクリと反応した。今、佐原がどんな顔をしているのか、恥ずかしくてとてもじゃないが振り返れない。
「大歓迎だ、和泉っ。いつでも越してこい。あーっ、やっと……和泉と……」
「うぐっ……」
佐原は和泉を抱きしめる手に、さらに力を込めてきた。首を絞められ、苦しくて息もできないほどだ。
「嬉しい。こんな嬉しいことが他にあるか!? 和泉っ、和泉っ」
テンションが上がってくれてるのはいい。でも、かなり苦しい……。
「幸せすぎてどうにかなりそうだよ」
いや。お前の力が強すぎて、どうにかなりそうなのはこっちだ、と和泉は密かに思いながら、佐原にされるがままになっていた。
——完。
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