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番外編『You're the only one I love 』〜佐原side〜
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和泉は仕事に一生懸命だった。誰よりも努力し、真面目に取り組んでいるのに、これで成績最下位とはどういうことなのだろうと思ったら、仕事量が人の倍以上だった。これでは営業もままならないはずだ。
和泉を助けて、この就業状況を改善するべく佐原は周囲に働きかけた。
三ヶ月後には自分は和泉のそばにいられなくなる。そうなったときでも、和泉がケミカル事業部でうまくやっていけるように環境を整えたいと思った。
和泉の同僚になれてよかった。世話を焼いてやると照れたり、不意に近づくと慌てたり、和泉は反応がいちいち可愛い。
和泉の使う付箋がハリネズミの絵柄だったことを「可愛いな」と指摘したら、和泉はわかりやすく顔を真っ赤にする。
「な、なんだ、付箋のことかよ」
そんなことを言っていつも目を背けられるが、その反応が可愛すぎるのだ。
付箋じゃなかったら、何を可愛いと言われたと勘違いしたのだろう。
和泉のほうが可愛いよ、と言ってやりたくなったが、あまりからかうようなことを言うと嫌われるかもしれないのでそこは口をつぐんだ。
「付箋の柄が人と違えばパッと見ただけで俺からの伝言だってわかるかなって思って。べっ、別に可愛いもの好きってわけじゃないからな」
聞いてもないのに和泉は慌てて言い訳をし始めた。
なんだその態度は。可愛いものが好きですって言っているようなものじゃないか。
「そ、そんなに気に入ったなら一匹、佐原にやるよ」
和泉はハリネズミの付箋にササっとメモ書きをして、顔も見ずに佐原のノートパソコンに付箋を貼り付けてきた。
ハリネズミのお腹部分の空白には『いつも残業手伝ってくれてありがとう』と書いてある。
佐原がハッとして和泉に声をかけようとしたときには、和泉はそそくさと自席を離れていなくなってしまった。
これは、どういうことだ。
残業のお礼を直接言えばいいのに、恥ずかしくて言い出せなかったことを、どさくさ紛れにメモにしてよこしてきたのだろうか。
しかも佐原に有無を言わせぬようにその場からいなくなってしまった。このメモのことを佐原にからかわれるとでも思ったのだろうか。
ダメだ。完全にノックアウトだ。
今すぐ抱き締めたくなるくらいに可愛い。
残業を手伝ってやって、心からよかったと思った。
嬉しい。この付箋は和泉からの初めての贈り物だ。
まさかスマホケースに挟んだら、和泉に見られて怒られる。そういうわけにはいかないから、とりあえずスクリーンショットをしてから大切に保管しておこう。
和泉の付箋ひとつでも愛おしくなるのだから、これはよっぽど重症なのだろうと自分でも呆れるくらいだが、やっぱり和泉のことが好きだと思う。
和泉はもっとクールなタイプかと思っていたのに、根が素直なのか、まっすぐな反応を返してくる。表情がコロコロ変わるのが可愛くて、その姿を見ているだけで顔が綻んだ。
和泉は、一生懸命に指導してくれた。
実は佐原は邪な気持ちでリスキリング研修に来ているのだが、そうと知らない和泉は三ヶ月間で、教えられるものはすべて佐原に叩き込んでやろうという気概でいるようだった。
「わかったか? 佐原」
「わかった」
指導係が真面目だからついこっちも勉強を頑張ることにした。
学生のころ、好きな先生の授業だけは真面目に聞いて質問までしに行ったことを思い出した。
和泉先生の授業だったら、真面目に出席する。佐原が生徒だったなら、質問にかこつけて職員室まで会いに行っていたことだろう。
「本当にわかったのか? さっきから俺の顔ばかり見て」
「あぁ。理解してるよ」
と返事をしたものの、和泉の動きや顔を見ているばかりで、話は若干うわの空だった。
ダメだ。まったく集中できない。怒った顔も可愛い。いつまでも見ていられる。
「本当か? じゃあテストするぞ」
和泉は佐原をジトッとした目で見てきて、さっき自分が説明したことをやってみろと指示してきた。
できなくない内容だったので、サッとこなしてみせると和泉は「これだからDomは嫌いだ」と負け惜しみを言って膨れっ面をする。どうやらダイナミクスにコンプレックスがあるらしい。本当に可愛い。守ってやりたくなる。
「これくらい、誰でもできるんだからな」
「わかったよ、和泉。ありがとな」
律儀に指導してくれる和泉が可愛くて、ぽんと頭に触れると「さっ、触るな!」と言って佐原の手からすり抜けていく。
そっぽを向いてしまうが、耳まで真っ赤になっている。頭を触られるのが子ども扱いされているみたいで恥ずかしかったのだろう。
いや。
それとも、少しくらいはこちらを意識してくれているのだろうか。
好意を感じてくれているのだろうか。
違う違うと佐原はすぐさま自分の考えを否定する。
別に和泉をどうこうしようなんて思っていない。
ただそばにいるだけでいい。和泉が好きなのは尚紘だ。ふたりの間に自分が割り込むことは許されない行為だ。
和泉を助けて、この就業状況を改善するべく佐原は周囲に働きかけた。
三ヶ月後には自分は和泉のそばにいられなくなる。そうなったときでも、和泉がケミカル事業部でうまくやっていけるように環境を整えたいと思った。
和泉の同僚になれてよかった。世話を焼いてやると照れたり、不意に近づくと慌てたり、和泉は反応がいちいち可愛い。
和泉の使う付箋がハリネズミの絵柄だったことを「可愛いな」と指摘したら、和泉はわかりやすく顔を真っ赤にする。
「な、なんだ、付箋のことかよ」
そんなことを言っていつも目を背けられるが、その反応が可愛すぎるのだ。
付箋じゃなかったら、何を可愛いと言われたと勘違いしたのだろう。
和泉のほうが可愛いよ、と言ってやりたくなったが、あまりからかうようなことを言うと嫌われるかもしれないのでそこは口をつぐんだ。
「付箋の柄が人と違えばパッと見ただけで俺からの伝言だってわかるかなって思って。べっ、別に可愛いもの好きってわけじゃないからな」
聞いてもないのに和泉は慌てて言い訳をし始めた。
なんだその態度は。可愛いものが好きですって言っているようなものじゃないか。
「そ、そんなに気に入ったなら一匹、佐原にやるよ」
和泉はハリネズミの付箋にササっとメモ書きをして、顔も見ずに佐原のノートパソコンに付箋を貼り付けてきた。
ハリネズミのお腹部分の空白には『いつも残業手伝ってくれてありがとう』と書いてある。
佐原がハッとして和泉に声をかけようとしたときには、和泉はそそくさと自席を離れていなくなってしまった。
これは、どういうことだ。
残業のお礼を直接言えばいいのに、恥ずかしくて言い出せなかったことを、どさくさ紛れにメモにしてよこしてきたのだろうか。
しかも佐原に有無を言わせぬようにその場からいなくなってしまった。このメモのことを佐原にからかわれるとでも思ったのだろうか。
ダメだ。完全にノックアウトだ。
今すぐ抱き締めたくなるくらいに可愛い。
残業を手伝ってやって、心からよかったと思った。
嬉しい。この付箋は和泉からの初めての贈り物だ。
まさかスマホケースに挟んだら、和泉に見られて怒られる。そういうわけにはいかないから、とりあえずスクリーンショットをしてから大切に保管しておこう。
和泉の付箋ひとつでも愛おしくなるのだから、これはよっぽど重症なのだろうと自分でも呆れるくらいだが、やっぱり和泉のことが好きだと思う。
和泉はもっとクールなタイプかと思っていたのに、根が素直なのか、まっすぐな反応を返してくる。表情がコロコロ変わるのが可愛くて、その姿を見ているだけで顔が綻んだ。
和泉は、一生懸命に指導してくれた。
実は佐原は邪な気持ちでリスキリング研修に来ているのだが、そうと知らない和泉は三ヶ月間で、教えられるものはすべて佐原に叩き込んでやろうという気概でいるようだった。
「わかったか? 佐原」
「わかった」
指導係が真面目だからついこっちも勉強を頑張ることにした。
学生のころ、好きな先生の授業だけは真面目に聞いて質問までしに行ったことを思い出した。
和泉先生の授業だったら、真面目に出席する。佐原が生徒だったなら、質問にかこつけて職員室まで会いに行っていたことだろう。
「本当にわかったのか? さっきから俺の顔ばかり見て」
「あぁ。理解してるよ」
と返事をしたものの、和泉の動きや顔を見ているばかりで、話は若干うわの空だった。
ダメだ。まったく集中できない。怒った顔も可愛い。いつまでも見ていられる。
「本当か? じゃあテストするぞ」
和泉は佐原をジトッとした目で見てきて、さっき自分が説明したことをやってみろと指示してきた。
できなくない内容だったので、サッとこなしてみせると和泉は「これだからDomは嫌いだ」と負け惜しみを言って膨れっ面をする。どうやらダイナミクスにコンプレックスがあるらしい。本当に可愛い。守ってやりたくなる。
「これくらい、誰でもできるんだからな」
「わかったよ、和泉。ありがとな」
律儀に指導してくれる和泉が可愛くて、ぽんと頭に触れると「さっ、触るな!」と言って佐原の手からすり抜けていく。
そっぽを向いてしまうが、耳まで真っ赤になっている。頭を触られるのが子ども扱いされているみたいで恥ずかしかったのだろう。
いや。
それとも、少しくらいはこちらを意識してくれているのだろうか。
好意を感じてくれているのだろうか。
違う違うと佐原はすぐさま自分の考えを否定する。
別に和泉をどうこうしようなんて思っていない。
ただそばにいるだけでいい。和泉が好きなのは尚紘だ。ふたりの間に自分が割り込むことは許されない行為だ。
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