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番外編『You're the only one I love 』〜佐原side〜
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「理人はさ、本当に可愛いんだよ。この前水族館デートしようと思って駅で待ち合わせしようとしたときにさ、人身事故で俺の乗ってる電車がストップしちゃって、理人に遅れるからって連絡したらさ」
佐原の気持ちなどつゆ知らず、尚紘はいつも明け透けに和泉の話を語っていた。
「一時間も、そのまま俺を駅で待ってたんだ」
「なんでだ? カフェでも入って待ってればいいのに」
「だろ? でも、理人は『尚紘を待ってるこの時間が好きだから』って返してきたんだ。俺のことを考えていれば楽しいって言うんだよ。氷みたいに冷たい手をしてさ。理人は待ち合わせに早く来るから一時間半は外にいたんじゃないかな。でも待たされたことに文句も言わずに『会えて嬉しい』俺の小指をぎゅって掴んできたんだ。もうさ、俺はその場で抱き締めちゃったよね。俺、本当に理人が大好きだ」
尚紘の話はいつもノロケ話だ。他の誰にも言えないからこそ、ここで話したいのだろうが、尚紘から和泉の話を聞くたびに、和泉に興味を持っていく自分が恐ろしかった。
「俺にはこんなにパートナーのことが好きだって言えるくせに、本人にはまだ言ってないのか?」
「言ってない。俺は理人から言われるまでは、そういう言葉は言わないって決めてるから」
「そんなつまらない意地を張るなよ。好きなら好きって言ってやれ」
「嫌だ。理人から言われるのを俺は待つことにしたんだ」
尚紘はずっと意固地になっていて、どうやらパートナーである和泉に「好き」や「愛してる」の類いの言葉を言わないようにしているらしい。
その理由は、ふたりの関係がいきなりのプレイから始まったからだと言う。
尚紘は、半ば無理矢理に和泉にプレイを迫って支配して、初めての経験で戸惑う和泉の様子をよそに、己の欲望を押しつけたことを今でも後悔している。
そのため、和泉に好かれている自信がないらしく、和泉に好きだと言ってもらえるまでは自分から言わないと決めたそうだ。
佐原からしてみれば、好きと言ってしまったほうが、相手を繋ぎ止めることができるのではないかと思うし、そうするように尚紘にアドバイスは送っているのだが、尚紘は頑なだ。
「こんなに理人と一緒にいるのに不安になる。理人は俺のことどう思ってるんだろう……俺だけがこんなに好きだなんて嫌だ……」
「じゃあ本人に聞いてみればいい」
「聞けるか! もしそれで、ただのプレイパートナーだなんて答えられてみろ! ショックで立ち直れない……」
尚紘は想像しただけですでに落ち込んでいる。笑ったり、落ち込んだり、尚紘は賑やかな奴だ。
「じゃあ俺から聞いてやろうか? 俺をそいつに引き合わせてくれ。それとなくお前のことをどう思ってるのか、聞き出してやるよ」
それは何も考えずに放った言葉だった。だからこのときまでは、自分の本当の気持ちに気づいていなかった。
「……嫌だ。理人は真に会わせない」
尚紘から返ってきたのは、低く、抑揚のない声。
「嫌な予感がする。真は顔が良すぎる。俺なんかよりお前のほうが百倍モテるし、理人がお前に惚れたら最悪なことになる」
「百倍ってことはないだろ。それに俺は人のパートナーを取る主義じゃない。お前の話を聞いてる限り、向こうも尚紘のことを相当に好きだから安心しろよ、向こうも俺に見向きもしないよ」
見向きもしないと自分で言っておきながら、胸がチクリと痛んだ。
でもそれは本当のことだと思う。
尚紘の話に出てくる和泉は、一途に尚紘のことを想っている様子だったから。
「……でもダメだ。お前にだけは理人は渡さない。やだよ、親戚の集まりとかで元恋人に会うのは地獄だ。それもこっちは吹っ切れてなかったら泣きそうになる」
「わかった、わかった。別に俺はお前のパートナーに会いたいわけでもない。ただ話を聞き出してやろうかって、お前の恋の後押しをしたかっただけだ」
「そうだよな、真がそんなことする奴じゃないってわかってる。ごめん、好きすぎて不安になるんだ……」
「安心しろ。お前なら大丈夫だ。きっと向こうもお前のことが好きなはずだ。そうじゃなきゃ一緒にいないだろ」
そう言ってやると、尚紘は落ち着いたようだ。
だが、そのときに自分の気持ちに気がついてしまった。
和泉に会いたくないというのは嘘だ。
いつも尚紘から話を聞かされてばかりだが、本当は和泉理人というSubの男がどんな男なのか、この目で見てみたくてたまらない。
会って話がしてみたい。尚紘から見せられた動画だけではなく、本物の声を聞いてみたい。話しかけたらどんなふうな反応をして、喜ばせたらどんなふうに笑うのか、本物を目の前にして感じてみたい。
この思考は危険だ。和泉は尚紘のパートナーだ。それなのに気になって気になって仕方がない。
和泉はダメだ。和泉だけは好きになってはいけない。人のパートナーを奪う真似だけは絶対にしない。
その後、自分も尚紘のようにSubのパートナーを見つけたいと思ったが、そのたびに頭をチラつくのは尚紘の隣で微笑む和泉の姿だった。
佐原の気持ちなどつゆ知らず、尚紘はいつも明け透けに和泉の話を語っていた。
「一時間も、そのまま俺を駅で待ってたんだ」
「なんでだ? カフェでも入って待ってればいいのに」
「だろ? でも、理人は『尚紘を待ってるこの時間が好きだから』って返してきたんだ。俺のことを考えていれば楽しいって言うんだよ。氷みたいに冷たい手をしてさ。理人は待ち合わせに早く来るから一時間半は外にいたんじゃないかな。でも待たされたことに文句も言わずに『会えて嬉しい』俺の小指をぎゅって掴んできたんだ。もうさ、俺はその場で抱き締めちゃったよね。俺、本当に理人が大好きだ」
尚紘の話はいつもノロケ話だ。他の誰にも言えないからこそ、ここで話したいのだろうが、尚紘から和泉の話を聞くたびに、和泉に興味を持っていく自分が恐ろしかった。
「俺にはこんなにパートナーのことが好きだって言えるくせに、本人にはまだ言ってないのか?」
「言ってない。俺は理人から言われるまでは、そういう言葉は言わないって決めてるから」
「そんなつまらない意地を張るなよ。好きなら好きって言ってやれ」
「嫌だ。理人から言われるのを俺は待つことにしたんだ」
尚紘はずっと意固地になっていて、どうやらパートナーである和泉に「好き」や「愛してる」の類いの言葉を言わないようにしているらしい。
その理由は、ふたりの関係がいきなりのプレイから始まったからだと言う。
尚紘は、半ば無理矢理に和泉にプレイを迫って支配して、初めての経験で戸惑う和泉の様子をよそに、己の欲望を押しつけたことを今でも後悔している。
そのため、和泉に好かれている自信がないらしく、和泉に好きだと言ってもらえるまでは自分から言わないと決めたそうだ。
佐原からしてみれば、好きと言ってしまったほうが、相手を繋ぎ止めることができるのではないかと思うし、そうするように尚紘にアドバイスは送っているのだが、尚紘は頑なだ。
「こんなに理人と一緒にいるのに不安になる。理人は俺のことどう思ってるんだろう……俺だけがこんなに好きだなんて嫌だ……」
「じゃあ本人に聞いてみればいい」
「聞けるか! もしそれで、ただのプレイパートナーだなんて答えられてみろ! ショックで立ち直れない……」
尚紘は想像しただけですでに落ち込んでいる。笑ったり、落ち込んだり、尚紘は賑やかな奴だ。
「じゃあ俺から聞いてやろうか? 俺をそいつに引き合わせてくれ。それとなくお前のことをどう思ってるのか、聞き出してやるよ」
それは何も考えずに放った言葉だった。だからこのときまでは、自分の本当の気持ちに気づいていなかった。
「……嫌だ。理人は真に会わせない」
尚紘から返ってきたのは、低く、抑揚のない声。
「嫌な予感がする。真は顔が良すぎる。俺なんかよりお前のほうが百倍モテるし、理人がお前に惚れたら最悪なことになる」
「百倍ってことはないだろ。それに俺は人のパートナーを取る主義じゃない。お前の話を聞いてる限り、向こうも尚紘のことを相当に好きだから安心しろよ、向こうも俺に見向きもしないよ」
見向きもしないと自分で言っておきながら、胸がチクリと痛んだ。
でもそれは本当のことだと思う。
尚紘の話に出てくる和泉は、一途に尚紘のことを想っている様子だったから。
「……でもダメだ。お前にだけは理人は渡さない。やだよ、親戚の集まりとかで元恋人に会うのは地獄だ。それもこっちは吹っ切れてなかったら泣きそうになる」
「わかった、わかった。別に俺はお前のパートナーに会いたいわけでもない。ただ話を聞き出してやろうかって、お前の恋の後押しをしたかっただけだ」
「そうだよな、真がそんなことする奴じゃないってわかってる。ごめん、好きすぎて不安になるんだ……」
「安心しろ。お前なら大丈夫だ。きっと向こうもお前のことが好きなはずだ。そうじゃなきゃ一緒にいないだろ」
そう言ってやると、尚紘は落ち着いたようだ。
だが、そのときに自分の気持ちに気がついてしまった。
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いつも尚紘から話を聞かされてばかりだが、本当は和泉理人というSubの男がどんな男なのか、この目で見てみたくてたまらない。
会って話がしてみたい。尚紘から見せられた動画だけではなく、本物の声を聞いてみたい。話しかけたらどんなふうな反応をして、喜ばせたらどんなふうに笑うのか、本物を目の前にして感じてみたい。
この思考は危険だ。和泉は尚紘のパートナーだ。それなのに気になって気になって仕方がない。
和泉はダメだ。和泉だけは好きになってはいけない。人のパートナーを奪う真似だけは絶対にしない。
その後、自分も尚紘のようにSubのパートナーを見つけたいと思ったが、そのたびに頭をチラつくのは尚紘の隣で微笑む和泉の姿だった。
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