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10.最終章 雨には傘を
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冷たい雨が降る中、休みの日に佐原とふたりで訪れたのは霊園だ。
佐原が土曜日に行きたいところがあると言っていたが、それがここだった。どうやら佐原は尚紘に会いたかったらしい。
佐原と並んで墓石に向かって手を合わせ、祈る。
霧雨の中、傘も差さずに佐原は祈っている。傘を持っているのにも関わらずだ。
和泉が差している傘を佐原に向けてやったのにそれも断られた。仕方がないので、和泉はビニール傘の柄を脇に抱えてひとりだけ傘を差して佐原の隣で手を合わせている。
尚紘は今の和泉を見てどう思うのだろうか。
尚紘のことだから、よかったと胸を撫で下ろしているかもしれない。
別れ際に、和泉の新たな幸せを願ってDomの支配のコマンドを口にしなかったような優しい人だったから。
やっぱり怒っているのかもしれない。尚紘は執着心が強かったから、和泉の近くにDomがいることをとても嫌がった。和泉がいくら友達だと説明しても納得してくれなかった。
それなのに新しいパートナーなんて迎えたら、「理人のバカ!」と腹を立てているんじゃないだろうか。
今ごろ拗ねて、あんなにダメだと言ったじゃいか、嫌いだ、顔も見たくないと和泉に対してそっぽを向けているかもしれない。
「理人のことを頼むって言われた」
隣で祈っていた佐原が、ふと声をかけてきた。
「もう十分だって言ってる。ふたりで過ごした三年半よりも長いあいだ、ずっと想ってくれてありがとう、感謝してるって」
佐原の言葉は嘘かもしれない。幽霊だの魂だのの話はあんまり信じていない。それでも尚紘に許された気がして涙が滲んできた。
「尚紘も驚いたらしい。和泉に好かれているかどうかもわからないで一緒にいたから、まさかあそこまで好きでいてくれたとは思わなかったらしい。だから、もういいから幸せになれって言ってる」
本当に佐原の言うとおりだったらいいと思った。でも、そうかもしれない。尚紘のことを思い出せば、いつも周囲の幸せを心から願うような優しい人だった。
「真は頼りがいのある男だから、我慢しないで頼ったらいいってよ。和泉はすぐにひとりで抱え込むクセがあるから、俺には和泉が無理してないか様子をちゃんと見るように助言をくれた」
自分で自分のことを頼りがいがあると言うとはなんて奴だ。
でも反論する気はない。佐原は実際に頼りがいがあるし、さっきの言葉は案に「遠慮なく俺を頼れ」ということを言ってくれているのだろうから。
「和泉のこと、大切にする。今の和泉も、これからも、過去の和泉も、全部大切にする」
わざわざ口にした言葉は、佐原の決意表明みたいなものなのかもしれない。つまり、和泉に対して『過去を忘れなくていい』と伝えてくれているのだろう。
「俺も、佐原を大切にする。佐原は嘘がうまいし、自分の気持ちをすぐに押し込めるから、よく観察するようにするよ」
佐原は厄介なタイプだ。打たれ強いのはいいが、そう弱音を吐かない。
佐原を完璧に理解するのには、まだまだたくさんの時間が必要だ。
「実はずっとお前に憧れてたんじゃないかな、佐原は」
和泉も佐原に並んで祈りながら想いを口にする。これは尚紘に向かって言うようにしながら、隣にいる佐原にも言ってやりたいことだ。
佐原にとって尚紘は二歳年上の、兄弟みたいな従兄弟の兄貴だ。尚紘は優秀でいい男だったから、佐原は幼い頃から兄の背中を追いかけていたのかもしれないなと思った。
「そんなことない。俺だって負けてなかった。ケンカして尚紘を泣かしてやったこともある」
祈っていたはずの佐原が急に横やりを入れてきた。
「なんかそれこそ負け惜しみみたいだ」
「違う。俺は子供のころから優秀だって言われてたんだぞ」
「出たよ、Domはなんでも張り合わないと気が済まない生き物なのか? いいじゃないか、負けなら負けで」
祈りはどこへやら、佐原との言い合いに夢中になってきた。
「嫌だ。負けたくない。和泉にはあいつより俺のほうがいいって言ってもらいたい」
佐原は急に和泉の首に腕を回して抱きついてきた。そのせいで和泉はバランスを崩して差していた傘を手放す。
「好きなんだよ、本当に大好きなんだって」
「こらっ! こんなところで抱きつくなって」
「いつか和泉の一番になってやるんだ」
佐原はデカい図体で、和泉の背中に寄りかかるようにして後ろから甘えるように抱きついてくる。
パートナーになってからわかった。佐原はふたりきりでいると常に和泉にベタベタくっついてくる。実はかなりの甘えん坊らしく、最近はペットの大型犬みたいに思えてきた。
佐原が土曜日に行きたいところがあると言っていたが、それがここだった。どうやら佐原は尚紘に会いたかったらしい。
佐原と並んで墓石に向かって手を合わせ、祈る。
霧雨の中、傘も差さずに佐原は祈っている。傘を持っているのにも関わらずだ。
和泉が差している傘を佐原に向けてやったのにそれも断られた。仕方がないので、和泉はビニール傘の柄を脇に抱えてひとりだけ傘を差して佐原の隣で手を合わせている。
尚紘は今の和泉を見てどう思うのだろうか。
尚紘のことだから、よかったと胸を撫で下ろしているかもしれない。
別れ際に、和泉の新たな幸せを願ってDomの支配のコマンドを口にしなかったような優しい人だったから。
やっぱり怒っているのかもしれない。尚紘は執着心が強かったから、和泉の近くにDomがいることをとても嫌がった。和泉がいくら友達だと説明しても納得してくれなかった。
それなのに新しいパートナーなんて迎えたら、「理人のバカ!」と腹を立てているんじゃないだろうか。
今ごろ拗ねて、あんなにダメだと言ったじゃいか、嫌いだ、顔も見たくないと和泉に対してそっぽを向けているかもしれない。
「理人のことを頼むって言われた」
隣で祈っていた佐原が、ふと声をかけてきた。
「もう十分だって言ってる。ふたりで過ごした三年半よりも長いあいだ、ずっと想ってくれてありがとう、感謝してるって」
佐原の言葉は嘘かもしれない。幽霊だの魂だのの話はあんまり信じていない。それでも尚紘に許された気がして涙が滲んできた。
「尚紘も驚いたらしい。和泉に好かれているかどうかもわからないで一緒にいたから、まさかあそこまで好きでいてくれたとは思わなかったらしい。だから、もういいから幸せになれって言ってる」
本当に佐原の言うとおりだったらいいと思った。でも、そうかもしれない。尚紘のことを思い出せば、いつも周囲の幸せを心から願うような優しい人だった。
「真は頼りがいのある男だから、我慢しないで頼ったらいいってよ。和泉はすぐにひとりで抱え込むクセがあるから、俺には和泉が無理してないか様子をちゃんと見るように助言をくれた」
自分で自分のことを頼りがいがあると言うとはなんて奴だ。
でも反論する気はない。佐原は実際に頼りがいがあるし、さっきの言葉は案に「遠慮なく俺を頼れ」ということを言ってくれているのだろうから。
「和泉のこと、大切にする。今の和泉も、これからも、過去の和泉も、全部大切にする」
わざわざ口にした言葉は、佐原の決意表明みたいなものなのかもしれない。つまり、和泉に対して『過去を忘れなくていい』と伝えてくれているのだろう。
「俺も、佐原を大切にする。佐原は嘘がうまいし、自分の気持ちをすぐに押し込めるから、よく観察するようにするよ」
佐原は厄介なタイプだ。打たれ強いのはいいが、そう弱音を吐かない。
佐原を完璧に理解するのには、まだまだたくさんの時間が必要だ。
「実はずっとお前に憧れてたんじゃないかな、佐原は」
和泉も佐原に並んで祈りながら想いを口にする。これは尚紘に向かって言うようにしながら、隣にいる佐原にも言ってやりたいことだ。
佐原にとって尚紘は二歳年上の、兄弟みたいな従兄弟の兄貴だ。尚紘は優秀でいい男だったから、佐原は幼い頃から兄の背中を追いかけていたのかもしれないなと思った。
「そんなことない。俺だって負けてなかった。ケンカして尚紘を泣かしてやったこともある」
祈っていたはずの佐原が急に横やりを入れてきた。
「なんかそれこそ負け惜しみみたいだ」
「違う。俺は子供のころから優秀だって言われてたんだぞ」
「出たよ、Domはなんでも張り合わないと気が済まない生き物なのか? いいじゃないか、負けなら負けで」
祈りはどこへやら、佐原との言い合いに夢中になってきた。
「嫌だ。負けたくない。和泉にはあいつより俺のほうがいいって言ってもらいたい」
佐原は急に和泉の首に腕を回して抱きついてきた。そのせいで和泉はバランスを崩して差していた傘を手放す。
「好きなんだよ、本当に大好きなんだって」
「こらっ! こんなところで抱きつくなって」
「いつか和泉の一番になってやるんだ」
佐原はデカい図体で、和泉の背中に寄りかかるようにして後ろから甘えるように抱きついてくる。
パートナーになってからわかった。佐原はふたりきりでいると常に和泉にベタベタくっついてくる。実はかなりの甘えん坊らしく、最近はペットの大型犬みたいに思えてきた。
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