おいてけぼりのSubは一途なDomに愛される

雨宮里玖

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7.真相は

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 出張を終え、次の日和泉が出社すると、和泉の隣のデスクがカラになっていた。ここは、佐原が使っていたデスクだ。綺麗に片付けたレベルじゃない。佐原の私物の一切がそこに存在しない。


 それを見て卒倒しそうになった。まさか、と嫌な予感が脳裏にチラつくが、佐原の研修期間はあと二ヶ月残っているはずだと自分に言い聞かせて平静を保つ。

「おー、和泉! おはよう。今日は朝から会社は大騒ぎだ。社長が急に倒れて入院したんだよ!」

 西野課長が和泉に挨拶しながら、わざわざ会社で起きた事件を教えてくれた。社長が倒れたのは一大事だと思うが、和泉にとっては会社の有事よりも、佐原のデスクが空になっていることのほうが何倍も気になっている。

「社長は命に別状はないし、後遺症もないっていう話だ。社長の奥さんがすぐに社長の異変に気がついてくれたのが幸いだったらしい。社長も六十一歳だもんな。働き過ぎかなぁ」
「それは大変なことになりましたね」

 社長が入院している間の経営をどうするのかなど経営幹部は大慌てしていることだろう。


「ところで佐原はどこにいるんですか? なんか、机が妙にさっぱりしていて——」
「俺が言いたいのはそれだよ、和泉!」

 西野課長に急に大きな声を出されて和泉は身体をビクッとさせる。


「佐原の研修は終わりだ。あいつはもうここには戻って来ない」
「え……」

 嫌な予感が的中した。

 心臓が急にバクバクとうるさくなる。
 片付いた佐原のデスクを見たときからそんな予感はあった。でも、信じたくなくて何かの間違いだと思い込もうとした。

 こんなこと、納得がいくわけがない。佐原がいなくなるのは耐えられない。


「どういうことですか? 三ヶ月って聞きましたよ? あと二ヶ月残ってます。それなのになんでもとの部署に戻ったんですかっ?」
「戻ってない。佐原は今後、専務取締役になるらしい」
「専務取締役⁉︎」

 昨日まで同じ平社員として働いていたのに、急に佐原が会社の要職に就くことなどありえない。

「驚いただろ? 俺だってまったく知らされてなかった。佐原は社長の甥っ子だったんだ。社長のひとり息子は五年前に事故で亡くなってしまったから、佐原が次期社長になるらしい」
「佐原が、甥……」

 社長の甥ということは、尚紘の従兄弟にあたる。佐原は尚紘のことを知っていたのではないだろうか。

 初めて佐原に会ったとき、佐原は兄弟くらい尚紘に顔が似ているなと思った。あれは、ふたりが血縁関係にあったからだったのだ。

「佐原はDomで優秀だ。MBAを取ったってことは、佐原本人も、もともと経営に興味があったんだろうな。それで社長に言われてうちの会社の経営に関わることになったんだってよ」
「じゃあなんで、営業なんか……」

 次期社長の立場なら、なぜ身分を隠してわざわざ平社員として働いていたのだろう。

「社長の身内の貫地谷部長が現場の経験を積んだほうがいいと佐原を誘ったそうだ。佐原はそれを了承し、会社の一番の稼ぎ頭のエネルギー事業部に所属した。社長の甥ってことは誰も知らなかったらしいぞ? 気ぃ遣わせるからって佐原が黙ってたんだな」

 佐原はたしかに貫地谷部長に誘われてエネルギー事業部に入ったと言っていた。

 あのとき佐原は貫地谷部長のことを梨花さんと下の名前で呼んでいたが、あれは貫地谷部長が佐原にとって親戚筋にあたる人だからだったのか。

 佐原と貫地谷部長が妙に親しかったのは、親戚だったから。じゃあ佐原の想い人は貫地谷部長ではない……?


「佐原はどうしてケミカル事業部にやってきたんですかっ?」

 知りたい。佐原はいったい何を考えてここに研修に来たのか。

「うーん……俺も詳しくは知らん。上からリスキリング研修生を受け入れるように言われただけだからな。佐原は取締役になる前にいろいろな部署を見て回りたかったのかもな」
「そうですか……」

 ケミカル事業部は、エネルギー事業部に次いで第二位の利益を生み出している。そのためにここに来たのだろうか。

「和泉は反対に何か知らないのか? 佐原のこと」
「えっ? ……知りません、何も」

 本当に何も知らなかった。佐原のことは中途で入ってきた同い年の同僚だとばかり思っていた。

「佐原がここに研修に来ることが決まったとき、俺が強く指示されたのは、研修の担当を和泉にすることだったんだ。なんでだろうなと思って、和泉が薬剤師だからなと勝手に納得していたんだが、前から知り合いだったとか、そういうことはないのか?」
「いいえ、違います。佐原のことは佐原が研修に来てから初めて知りました……」
「そっか。そうだよな。見てたら和泉と佐原は妙に仲がいいからそう思っただけだ。気にするな」

 和泉は「はい」と頷きながらも、ぐるぐる思考を繰り返している。佐原が和泉を指名したのは、本当に資格を持っていたことだけが理由なのだろうか。

「佐原は三ヶ月ここにいる予定だった。それを終えたら二月の定例役員会で、佐原が専務取締役になることを大々的に発表することになっていたらしい」

 だから佐原は三ヶ月と期間を区切っていたのだ。

 佐原はここでの三ヶ月のことを最後の休暇だと言っていた。仕事なのに何を言っているのかと思っていたが、佐原にとっては専務になる前の最後の時間だったのか。

「それが、社長が脳出血で倒れて、急遽佐原が専務取締役になることが前倒しになった。この会社の跡継ぎは誰かを明示することで、社内不安を取り除きたかったんだろうな」

 この会社はオーナー企業だ。社長のひとり息子だった尚紘がいなくなったことで、この会社は誰が継ぐのかと、さまざまな憶測が飛び交い、問題になったこともあるらしい。社長が倒れたことで騒ぎが大きくなることを危惧したのだろう。


「ついさっきまで一緒に働いてた奴が急に次期社長だって言われて本当に驚いた。こんなんだったらもっと佐原に媚びを売っときゃよかったよ」

 冗談を言って西野課長は笑い、立ち去っていったが、デスクの前に座ってからも和泉は呆然としていた。
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