おいてけぼりのSubは一途なDomに愛される

雨宮里玖

文字の大きさ
上 下
38 / 110
6.芽生えた感情

6-2

しおりを挟む
 富久薬品との商談は大いにうまくいった。佐原とふたりで温泉宿に戻ってきて、温泉を堪能したあと、浴衣姿でお互いを労いつつ夕食を共にしている。


「和泉よかったな! 追加の発注が入ったぞ!」

 佐原がビールジョッキを和泉のジョッキにカツンとぶつけてきた。

「それは俺の手柄じゃない。ただタイミングがよかっただけだ」

 今日、富久薬品から三億円分の医薬品原料の追加発注をもらったのだ。
 もともと取引のあった品目だから、和泉の営業のおかげではないのだが、今期の利益がアップするのは喜ばしいことだ。

「細かいことは気にせず素直に喜べ」

 そう言う佐原のほうが和泉よりも嬉しそうだ。ケミカル事業部に移って来て、初めて数字として成果を出せたことが嬉しいのかもしれない。



 佐原とくだらない話をしていたとき、佐原に電話がかかってきた。
 佐原は席を外し、しばらくして佐原は浮かない顔で戻ってきた。

「どうした? よくないことでもあったのか?」
「あ、いや……問題ない」

 佐原はすぐに通常を取り戻し、今までどおり会話をし始めようとする。
 少し気になったが、佐原はそれに触れようとはしないし、そのうちいつもの会話に呑まれて詳しく尋ねるきっかけを失ってしまった。


「いいよなぁ。仕事で温泉泊まれるの」

 仕事が終わった解放感からか、付き合いの飲みでもないのに佐原はアルコールが進んでいる様子だ。

 ここは温泉宿だし佐原がリラックスするのもわかる。浴衣姿で日本酒を呷る佐原は、いつもの隙のないスーツ姿とはまるで違う。
 佐原は黒髪だからか浴衣もよく似合う。少しはだけた胸元も男の色気を感じる。
 
 これは仕事の一環なのに、佐原とふたりで旅行に来たと勘違いしてしまいそうになる。

「富久製薬に近いのはこの宿しかないからな」
「そうなんだってな。しかも相棒は和泉だ。和泉の浴衣姿が見られるとは思ってなかった。案外似合ってるじゃないか。スーツもいいけど浴衣もいい」
「どこが。男の浴衣なんてどうでもいいだろ。お前酔ってんのか?」
「ああ、酔ってる」

 佐原は気持ち悪いくらいの笑顔だ。これは本当に酔っているのだろう。

 仕事上での飲みはいくらアルコールを飲んでも気を張っているのか態度は変わらないが、今日の佐原は素のままに感じる。


「酔わなきゃやってらんねぇよ。頭空っぽにして、今日だけはバカになりたい」
「好きにしろよ、お前の部屋までなら連れてってやるから」

 きっと佐原もここで飲んでもすぐに部屋で休めるという安心感があるのだろう。


 エリート佐原もこんなくだけた一面があることが知れて、実は嬉しく思っている。

 もっと佐原のいろんな姿を見てみたい。佐原は何が好きで、どんなことに喜ぶのか。反対に嫌いなものは何か、何が一番許せないと思うのか。
 佐原のことならどんな細かいことでも記憶しておきたい。


「ほら、いでやるから」

 和泉は日本酒のとっくりを持ち、佐原のお猪口に追加の酒を注いでやる。

 こうやって佐原と過ごせるのもあと二ヶ月しかない。それまでに佐原のことをどこまで知ることができるだろうか。

 そんなことを考えると和泉の胸がチクリと痛む。あと二ヶ月で佐原とは別々の道を行くことになる。

 佐原はもとのエネルギー事業部に戻る。偽のパートナーも解消。和泉はまたひとりきりだった元の生活に戻るのだろう。

 エネルギー事業部はフロアの階が違うから、普段はあまり顔を合わせないかもしれない。
 それでも和泉が昼休みに佐原を誘ったら、食事くらいは一緒に行ってくれるだろうか。それとも佐原はあと二ヶ月できっぱりと和泉と縁を切るつもりなのだろうか。


 できることなら佐原との付き合いは続けていきたいと思っている。偽のパートナーでなくなっても、佐原と話せる仲になりたい。
しおりを挟む
感想 247

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな恋を始めようとするが… ※カクヨムにも投稿始めました!アルファポリスとカクヨムで別々のエンドにしようかなとも考え中です!  カクヨム登録されている方、読んで頂けたら嬉しいです!! 番外編は時々追加で投稿しようかなと思っています!

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

処理中です...