36 / 110
5.ゆらぐ気持ち
5-11
しおりを挟む
今の時刻は二十三時五十分。部屋に残された和泉はいつもの習慣でスマホを手に取った。
「尚紘。ポルトっていう名前のイタリアン覚えてるか?」
寝る前に少しだけ、スマホの写真の中の尚紘に話しかける。写真の尚紘は二十四歳のまま、歳も取らずに相変わらず一寸違わぬ笑顔を和泉に向けている。
「偶然なんだけどさ、今日その店に行ったんだ。すごく懐かしかった」
あの頃は尚紘も和泉も初々しくて、ただ一緒に食事をするだけなのに妙に緊張していたことを思い出す。
尚紘に近づかれるだけでドキドキして、身体が勝手に熱くなった。
今日は尚紘の代わりに佐原が目の前にいた。いつもはうるさいほど話しかけてくるくせに、食事のときに限って静かだった。
佐原の視線はたまらない気持ちになる。
その目を見ているだけで、優しい言葉を与えられるだけで気持ちが満たされていく。あの強い漆黒の瞳から放たれるグレアに呑まれる快感も心地よかった。
今日の佐原とのプレイも気持ちよかった。コマンドを与えられ、身体をいいように弄ばれ、前も後ろも佐原に攻められ、佐原の手の中に自らの欲望を放ってしまった。
和泉は達したからいい。佐原は今日も自分は最後まで達していなかった。佐原のソコは十分な硬さがあり、相応に興奮していたはずなのに。
あのプレイで佐原は満足したのだろうか。和泉はSubだから命令されるがままで佐原に何も与えることはできない。それでも佐原にも気持ちよくなってもらったほうがいいのではないか。
「何考えてんだ……」
和泉は考えを打ち消すようにかぶりを振る。
佐原を思ってわざわざこっちから誘う必要なんてない。
さっきから和泉の頭の中は佐原のことばかりだ。
尚紘と話をしているのに、他の男のことを考えるなんて自分はどうかしている。
自分のパートナーは誰なのかを思い出すべきだ。和泉のパートナーは尚紘で、佐原はお互いの利益のためだけのパートナーだ。
あえて佐原とプレイをする必要はない。佐原の都合など知ったことか。
佐原が自分からあそこでプレイをやめたのだから放っておけばいい。
「佐原と少し離れるようにするよ」
佐原と一緒にいすぎるからおかしくなったのだろう。
少し距離を取ろう。これ以上佐原と一緒にいたらダメだ。
佐原とプレイをしているからといって、妙な勘違いをしたらどうする。
万が一、佐原に特別な感情を抱いてしまったら。期間限定の男に惚れたりなんかしたら——。
「うわ!」
叫んで、布団をかぶって、自分の恐ろしい考えを頭の中から振り払う。
他の男にうつつを抜かすのはありえない。自分が同じことを尚紘にやられたらどう思う? ショックで立ち直れない。それと同じだ。
あんな男、いいところなんてひとつもない。傲慢で人を小馬鹿にしてからかってくるし、顔がいいことを自覚しているのか、グイグイ迫ってくる。
外ヅラがいいだけで、和泉の前では「仕事ダルい」だの「さっきのは営業スマイルだから」だのと態度を崩してくる。
心配性で和泉のことを気遣ってばかり。最近は佐原とプレイをしたおかげで体調は悪くないのに、「大丈夫か」か「無理するな」と過保護に声をかけてくる。
プレイだってそうだ。乱暴に扱うこともなくこれでは脅されて無理矢理されている感がまるでない。嫌なことはひとつもない。
「違う。尚紘以外の相手なんて嫌に決まってるだろ……」
考えれば考えるほど思考がおかしくなっていくから考えることをやめた。
佐原のことは好きにならない。最近は佐原と一緒の時間が長くて、距離が近すぎただけだ。
もっと冷静になって、一歩引いた目で見れば大丈夫だ。たった三ヶ月、偽のパートナーとしてこの状態を乗り切ればいい。
「尚紘。ポルトっていう名前のイタリアン覚えてるか?」
寝る前に少しだけ、スマホの写真の中の尚紘に話しかける。写真の尚紘は二十四歳のまま、歳も取らずに相変わらず一寸違わぬ笑顔を和泉に向けている。
「偶然なんだけどさ、今日その店に行ったんだ。すごく懐かしかった」
あの頃は尚紘も和泉も初々しくて、ただ一緒に食事をするだけなのに妙に緊張していたことを思い出す。
尚紘に近づかれるだけでドキドキして、身体が勝手に熱くなった。
今日は尚紘の代わりに佐原が目の前にいた。いつもはうるさいほど話しかけてくるくせに、食事のときに限って静かだった。
佐原の視線はたまらない気持ちになる。
その目を見ているだけで、優しい言葉を与えられるだけで気持ちが満たされていく。あの強い漆黒の瞳から放たれるグレアに呑まれる快感も心地よかった。
今日の佐原とのプレイも気持ちよかった。コマンドを与えられ、身体をいいように弄ばれ、前も後ろも佐原に攻められ、佐原の手の中に自らの欲望を放ってしまった。
和泉は達したからいい。佐原は今日も自分は最後まで達していなかった。佐原のソコは十分な硬さがあり、相応に興奮していたはずなのに。
あのプレイで佐原は満足したのだろうか。和泉はSubだから命令されるがままで佐原に何も与えることはできない。それでも佐原にも気持ちよくなってもらったほうがいいのではないか。
「何考えてんだ……」
和泉は考えを打ち消すようにかぶりを振る。
佐原を思ってわざわざこっちから誘う必要なんてない。
さっきから和泉の頭の中は佐原のことばかりだ。
尚紘と話をしているのに、他の男のことを考えるなんて自分はどうかしている。
自分のパートナーは誰なのかを思い出すべきだ。和泉のパートナーは尚紘で、佐原はお互いの利益のためだけのパートナーだ。
あえて佐原とプレイをする必要はない。佐原の都合など知ったことか。
佐原が自分からあそこでプレイをやめたのだから放っておけばいい。
「佐原と少し離れるようにするよ」
佐原と一緒にいすぎるからおかしくなったのだろう。
少し距離を取ろう。これ以上佐原と一緒にいたらダメだ。
佐原とプレイをしているからといって、妙な勘違いをしたらどうする。
万が一、佐原に特別な感情を抱いてしまったら。期間限定の男に惚れたりなんかしたら——。
「うわ!」
叫んで、布団をかぶって、自分の恐ろしい考えを頭の中から振り払う。
他の男にうつつを抜かすのはありえない。自分が同じことを尚紘にやられたらどう思う? ショックで立ち直れない。それと同じだ。
あんな男、いいところなんてひとつもない。傲慢で人を小馬鹿にしてからかってくるし、顔がいいことを自覚しているのか、グイグイ迫ってくる。
外ヅラがいいだけで、和泉の前では「仕事ダルい」だの「さっきのは営業スマイルだから」だのと態度を崩してくる。
心配性で和泉のことを気遣ってばかり。最近は佐原とプレイをしたおかげで体調は悪くないのに、「大丈夫か」か「無理するな」と過保護に声をかけてくる。
プレイだってそうだ。乱暴に扱うこともなくこれでは脅されて無理矢理されている感がまるでない。嫌なことはひとつもない。
「違う。尚紘以外の相手なんて嫌に決まってるだろ……」
考えれば考えるほど思考がおかしくなっていくから考えることをやめた。
佐原のことは好きにならない。最近は佐原と一緒の時間が長くて、距離が近すぎただけだ。
もっと冷静になって、一歩引いた目で見れば大丈夫だ。たった三ヶ月、偽のパートナーとしてこの状態を乗り切ればいい。
167
お気に入りに追加
1,743
あなたにおすすめの小説



冷徹勇猛な竜将アルファは純粋無垢な王子オメガに甘えたいのだ! ~だけど殿下は僕に、癒ししか求めてくれないのかな……~
大波小波
BL
フェリックス・エディン・ラヴィゲールは、ネイトステフ王国の第三王子だ。
端正だが、どこか猛禽類の鋭さを思わせる面立ち。
鋭い長剣を振るう、引き締まった体。
第二性がアルファだからというだけではない、自らを鍛え抜いた武人だった。
彼は『竜将』と呼ばれる称号と共に、内戦に苦しむ隣国へと派遣されていた。
軍閥のクーデターにより内戦の起きた、テミスアーリン王国。
そこでは、国王の第二夫人が亡命の準備を急いでいた。
王は戦闘で命を落とし、彼の正妻である王妃は早々と我が子を連れて逃げている。
仮王として指揮をとる第二夫人の長男は、近隣諸国へ支援を求めて欲しいと、彼女に亡命を勧めた。
仮王の弟である、アルネ・エドゥアルド・クラルは、兄の力になれない歯がゆさを感じていた。
瑞々しい、均整の取れた体。
絹のような栗色の髪に、白い肌。
美しい面立ちだが、茶目っ気も覗くつぶらな瞳。
第二性はオメガだが、彼は利発で優しい少年だった。
そんなアルネは兄から聞いた、隣国の支援部隊を指揮する『竜将』の名を呟く。
「フェリックス・エディン・ラヴィゲール殿下……」
不思議と、勇気が湧いてくる。
「長い、お名前。まるで、呪文みたい」
その名が、恋の呪文となる日が近いことを、アルネはまだ知らなかった。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない
てんつぶ
BL
連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。
その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。
弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。
むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。
だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。
人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる