おいてけぼりのSubは一途なDomに愛される

雨宮里玖

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5.ゆらぐ気持ち

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 今の時刻は二十三時五十分。部屋に残された和泉はいつもの習慣でスマホを手に取った。

「尚紘。ポルトっていう名前のイタリアン覚えてるか?」

 寝る前に少しだけ、スマホの写真の中の尚紘に話しかける。写真の尚紘は二十四歳のまま、歳も取らずに相変わらず一寸違わぬ笑顔を和泉に向けている。

「偶然なんだけどさ、今日その店に行ったんだ。すごく懐かしかった」

 あの頃は尚紘も和泉も初々しくて、ただ一緒に食事をするだけなのに妙に緊張していたことを思い出す。
 尚紘に近づかれるだけでドキドキして、身体が勝手に熱くなった。

 今日は尚紘の代わりに佐原が目の前にいた。いつもはうるさいほど話しかけてくるくせに、食事のときに限って静かだった。


 佐原の視線はたまらない気持ちになる。

 その目を見ているだけで、優しい言葉を与えられるだけで気持ちが満たされていく。あの強い漆黒の瞳から放たれるグレアに呑まれる快感も心地よかった。

 今日の佐原とのプレイも気持ちよかった。コマンドを与えられ、身体をいいように弄ばれ、前も後ろも佐原に攻められ、佐原の手の中に自らの欲望を放ってしまった。

 和泉は達したからいい。佐原は今日も自分は最後まで達していなかった。佐原のソコは十分な硬さがあり、相応に興奮していたはずなのに。

 あのプレイで佐原は満足したのだろうか。和泉はSubだから命令されるがままで佐原に何も与えることはできない。それでも佐原にも気持ちよくなってもらったほうがいいのではないか。



「何考えてんだ……」

 和泉は考えを打ち消すようにかぶりを振る。
 佐原を思ってわざわざこっちから誘う必要なんてない。

 さっきから和泉の頭の中は佐原のことばかりだ。

 尚紘と話をしているのに、他の男のことを考えるなんて自分はどうかしている。

 自分のパートナーは誰なのかを思い出すべきだ。和泉のパートナーは尚紘で、佐原はお互いの利益のためだけのパートナーだ。

 あえて佐原とプレイをする必要はない。佐原の都合など知ったことか。
 佐原が自分からあそこでプレイをやめたのだから放っておけばいい。



「佐原と少し離れるようにするよ」

 佐原と一緒にいすぎるからおかしくなったのだろう。
 少し距離を取ろう。これ以上佐原と一緒にいたらダメだ。

 佐原とプレイをしているからといって、妙な勘違いをしたらどうする。
 万が一、佐原に特別な感情を抱いてしまったら。期間限定の男に惚れたりなんかしたら——。


「うわ!」

 叫んで、布団をかぶって、自分の恐ろしい考えを頭の中から振り払う。
 他の男にうつつを抜かすのはありえない。自分が同じことを尚紘にやられたらどう思う? ショックで立ち直れない。それと同じだ。

 あんな男、いいところなんてひとつもない。傲慢で人を小馬鹿にしてからかってくるし、顔がいいことを自覚しているのか、グイグイ迫ってくる。

 外ヅラがいいだけで、和泉の前では「仕事ダルい」だの「さっきのは営業スマイルだから」だのと態度を崩してくる。

 心配性で和泉のことを気遣ってばかり。最近は佐原とプレイをしたおかげで体調は悪くないのに、「大丈夫か」か「無理するな」と過保護に声をかけてくる。

 プレイだってそうだ。乱暴に扱うこともなくこれでは脅されて無理矢理されている感がまるでない。嫌なことはひとつもない。

「違う。尚紘以外の相手なんて嫌に決まってるだろ……」

 考えれば考えるほど思考がおかしくなっていくから考えることをやめた。

 佐原のことは好きにならない。最近は佐原と一緒の時間が長くて、距離が近すぎただけだ。
 もっと冷静になって、一歩引いた目で見れば大丈夫だ。たった三ヶ月、偽のパートナーとしてこの状態を乗り切ればいい。
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