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3.バディ攻防戦
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「和泉! 課長から電話だ!」
佐原が突然、自分のスマホを見て和泉に握らせた。
「俺じゃわからない。和泉、対応してくれ」
そう言われて目配せされる。佐原のスマホは振動をしてもいなければ、もちろん着信もない。
これは佐原の和泉をこの場から退避させるための作戦だ。和泉にこれ以上無理をさせないために、佐原が仕掛けてきたのだろう。
「すみません、少し席を外します」
和泉は村井たちに頭を下げ、その場を離れた。
和泉はトイレに逃げ込んだ。佐原が助けてくれてよかった。逃げ出してみてわかる。身体は限界だった。
手洗いの前で、スーツ裏のポケットから震える手でSub安定剤を取り出す。これは無理を言って医師から処方してもらったものだ。
診察のときに医師は、プレイ専門の店のチラシを和泉に押しつけてきた。パートナーが作れないならとりあえず店に行きなさいと生活指導された。これ以上薬の服用は命に関わる、ドクターストップだと叱られた。
そのようなことは和泉も重々承知している。だが薬で誤魔化す以外にどうにもならないのだ。
パートナーを持たないと決めているSubは、この世に存在してはいけないのだろうか。
どこへ行っても虐げられるだけのSubは、何のために存在しているのだろう。SubはDom様の性奴隷なんて揶揄する輩もいるくらいだ。そんな言葉が生まれてしまうくらいに、この世の中はSubにとって生きづらい。
「和泉さん?」
「えっ?」
声をかけられて振り返ると、ユウワ製薬の浜谷がいた。和泉は慌てて持っていた薬を手のひらに握り込む。
まさかここに誰か来るとは思わず、完全に油断していた。
「今、何か隠しました?」
「あっ、いえ別に、持病の薬を飲もうと思って……」
しどろもどろになりながら適当に言い訳をしてその場をしのぐ。
「どうぞ、遠慮せずに飲んでください」
「いいえ、あとで飲みますから……」
浜谷は製薬会社の社員だ。チラッと見られただけでも何の薬か判別され、和泉がSub抑制剤を持っているとバレる恐れは十分にある。バレなくても「どこのメーカーの薬ですか?」と薬の話題をされてしまう可能性もあり、目の前で薬を飲むことなどできない。
「仕事の話、解決できました?」
「あ、はい。すみません、急に離席してしまって……」
「いいえ。お気になさらず。ところで和泉さん、今度プライベートでお会いできませんか?」
「えっ……」
プライベートで、とはいったいどういうことなのだろう。取引先の担当者である浜谷とは以前から交流はあったが、それは全部仕事の範囲内でのことだ。
「連絡先、交換しませんか?」
浜谷はスマホを取り出して、和泉に微笑みかけてくる。
「あ、あの……」
プライベートにまで仕事を持ち込むのは嫌だが、相手は大切なユウワ製薬の担当者だ。うまい言い訳も思いつかないし、断りづらい。
「以前から俺、和泉さんに興味があったんです」
「そ、それはありがとうございます……」
「和泉さんと一度でいいから行きたいところがあって」
「あー……えと……」
浜谷はぐいぐい話を進めてくるが、和泉はなんて言えばいいのか思いつかない。
今は交渉の大事なときなのに、この誘いを無碍にはできない。
覚悟を決めて、一度くらいなら付き合うか。と和泉が覚悟を決めようとしたときだ。
「和泉っ!」
突然現れて、ふたりの間に割って入ってきたのは佐原だ。
「何やってんだ、会計するのはお前の仕事だろ? 俺は車を呼ぶからその間に会計しておいてくれ」
和泉を叱ってから佐原は浜谷に「うちの和泉が迷惑おかけしました!」と謝り、和泉の腕を引く。
「浜谷さん、すみませんっ」
和泉も浜谷に頭を下げてその場から逃げ出した。
よかった。タイミングよく佐原が呼びに来てくれたことで、浜谷との話が立ち消えになった。
和泉に用があるなら、会社のメールに連絡をしてくれれば済むことだ。飲みの誘いでもなんでもできるはずなのに、浜谷はどうしてプライベートな連絡先を知りたがったのだろう。
佐原が突然、自分のスマホを見て和泉に握らせた。
「俺じゃわからない。和泉、対応してくれ」
そう言われて目配せされる。佐原のスマホは振動をしてもいなければ、もちろん着信もない。
これは佐原の和泉をこの場から退避させるための作戦だ。和泉にこれ以上無理をさせないために、佐原が仕掛けてきたのだろう。
「すみません、少し席を外します」
和泉は村井たちに頭を下げ、その場を離れた。
和泉はトイレに逃げ込んだ。佐原が助けてくれてよかった。逃げ出してみてわかる。身体は限界だった。
手洗いの前で、スーツ裏のポケットから震える手でSub安定剤を取り出す。これは無理を言って医師から処方してもらったものだ。
診察のときに医師は、プレイ専門の店のチラシを和泉に押しつけてきた。パートナーが作れないならとりあえず店に行きなさいと生活指導された。これ以上薬の服用は命に関わる、ドクターストップだと叱られた。
そのようなことは和泉も重々承知している。だが薬で誤魔化す以外にどうにもならないのだ。
パートナーを持たないと決めているSubは、この世に存在してはいけないのだろうか。
どこへ行っても虐げられるだけのSubは、何のために存在しているのだろう。SubはDom様の性奴隷なんて揶揄する輩もいるくらいだ。そんな言葉が生まれてしまうくらいに、この世の中はSubにとって生きづらい。
「和泉さん?」
「えっ?」
声をかけられて振り返ると、ユウワ製薬の浜谷がいた。和泉は慌てて持っていた薬を手のひらに握り込む。
まさかここに誰か来るとは思わず、完全に油断していた。
「今、何か隠しました?」
「あっ、いえ別に、持病の薬を飲もうと思って……」
しどろもどろになりながら適当に言い訳をしてその場をしのぐ。
「どうぞ、遠慮せずに飲んでください」
「いいえ、あとで飲みますから……」
浜谷は製薬会社の社員だ。チラッと見られただけでも何の薬か判別され、和泉がSub抑制剤を持っているとバレる恐れは十分にある。バレなくても「どこのメーカーの薬ですか?」と薬の話題をされてしまう可能性もあり、目の前で薬を飲むことなどできない。
「仕事の話、解決できました?」
「あ、はい。すみません、急に離席してしまって……」
「いいえ。お気になさらず。ところで和泉さん、今度プライベートでお会いできませんか?」
「えっ……」
プライベートで、とはいったいどういうことなのだろう。取引先の担当者である浜谷とは以前から交流はあったが、それは全部仕事の範囲内でのことだ。
「連絡先、交換しませんか?」
浜谷はスマホを取り出して、和泉に微笑みかけてくる。
「あ、あの……」
プライベートにまで仕事を持ち込むのは嫌だが、相手は大切なユウワ製薬の担当者だ。うまい言い訳も思いつかないし、断りづらい。
「以前から俺、和泉さんに興味があったんです」
「そ、それはありがとうございます……」
「和泉さんと一度でいいから行きたいところがあって」
「あー……えと……」
浜谷はぐいぐい話を進めてくるが、和泉はなんて言えばいいのか思いつかない。
今は交渉の大事なときなのに、この誘いを無碍にはできない。
覚悟を決めて、一度くらいなら付き合うか。と和泉が覚悟を決めようとしたときだ。
「和泉っ!」
突然現れて、ふたりの間に割って入ってきたのは佐原だ。
「何やってんだ、会計するのはお前の仕事だろ? 俺は車を呼ぶからその間に会計しておいてくれ」
和泉を叱ってから佐原は浜谷に「うちの和泉が迷惑おかけしました!」と謝り、和泉の腕を引く。
「浜谷さん、すみませんっ」
和泉も浜谷に頭を下げてその場から逃げ出した。
よかった。タイミングよく佐原が呼びに来てくれたことで、浜谷との話が立ち消えになった。
和泉に用があるなら、会社のメールに連絡をしてくれれば済むことだ。飲みの誘いでもなんでもできるはずなのに、浜谷はどうしてプライベートな連絡先を知りたがったのだろう。
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