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1.最期の言葉
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鳶は鷹を産まない。蛙の子は蛙。醜いアヒルの子はいつまで経っても醜いまま。
生まれ持った特性は変えることはできない。精一杯強がって、努力して、綺麗に上辺だけ取り繕っても、現実は何ひとつ変わらない。
和泉の両親は、和泉が幼いとき事故に巻き込まれて亡くなった。それ以来、和泉は父方の祖父に引き取られた。
祖父は快く和泉の未成年後見人になってくれたが、医師としての仕事が忙しく、あまり一緒に過ごす時間はなかった。
それでも和泉は祖父に対して感謝と尊敬の念を抱いており、和泉を引き取ってくれた祖父の顔に泥を塗るような真似だけはしてはいけないとわがままは言わず、できるだけ自分を押し殺していい子であろうとした。
祖父は不慮の事故で亡くなった和泉の父、つまりは息子の代わりに、孫の和泉にほんの少しの期待を寄せていたらしい。
その淡い期待も十三歳のとき、和泉のダイナミクスがSubだと判明した瞬間に消え去った。
ダイナミクスとは、男女という性別とは異なる特性のことだ。
支配したい、信頼されたい、守りたいなどの欲求を持つDom。
支配されたい、尽くしたい、褒めて欲しいなとの欲求を持つSub。
そのどちらも持ち合わせていないのがNormalで、人口の大部分はこのNormalにあたる。
Domは容姿端麗であらゆる能力に秀でた者が多く、社会的な構図では上位層にいる。反対にSubは簡単に支配されてしまう特性から虐げられ、忌み嫌われる。
「Subじゃろくな仕事に就けないな……」
ポツリと呟いた祖父の残念そうなひと言は今でも忘れられない。だが、たしかにそのとおりで、Subは書類選考の時点ではじき出される。
Subとわかってからも、和泉は祖父の期待に応えるべく、日々努力を重ねて生きてきた。才能ではDomに敵わないから、その生まれ持ったダイナミクスの差を努力で埋めることしかできなかった。
十八歳になり、和泉は六年制の薬学部に進学した。大学に入ってすぐ、和泉にはDomのパートナーができた。
相手は宇月尚紘。和泉の二歳上の大学の先輩だった。
尚紘は清潔感のある黒髪の、育ちの良さを感じるような温和な雰囲気の男だった。Domらしく顔もスタイルもいいから学内でも噂になるモテ男だった。
そんな尚紘とは、和泉が大学一年生のときにサークルで出会った。なんとなく気が合ってすぐに仲良くなり、気がついたら尚紘は和泉の小さなアパートに頻繁に遊びに来るようになっていた。
そこで尚紘にSub専用の安定剤を見られてしまったのだ。処方された薬はヒートから取り出し、裸錠にして茶色い遮光瓶に入れていたのだが、薬学部の尚紘には白い楕円形のコーティング錠に刻印された識別コードを見られただけで、一発で何の薬か見破られた。
「理人はプレイしたことある?」
プレイとはDom/Sub間で行われるもので、支配したい、支配されたいというお互いの性欲を満たすための行為のことだ。
Domはパートナーがいれば強すぎる支配力を抑えることができるし、 Subは心身の不調から逃れることができる。
DomとSubは主従関係を結ぶのが一般的だ。パートナーはセフレやプレイ専門の店を利用した一時的なものから、婚姻関係のような深い関係性を持つ者までいる。
和泉は首を横に振った。学生時代、あまり人とうまく関われなかった和泉には、パートナーと呼べるような相手はできなかった。
「理人。俺とプレイしようよ」
尚紘に誘われて和泉の胸は高鳴った。なぜなら尚紘がDomと知ってから、いつか尚紘とプレイしてみたいと密かに願っていたからだ。
はっきり言って尚紘は和泉の好みのタイプだった。
DomとSubのプレイに男女は関係ないが、和泉は男のDomしか考えられない。女に命令されて足蹴にされるのは我慢ならない。相手が男のほうが和泉は心置きなく命令を受け入れられるし、甘えることができると思っていた。
できれば包容力のある年上の優男がよかったし、なによりも見た目が好きだった。尚紘のくっきりとした目に、優しげな口元が和泉のどストライクの好みだった。
「あっ……」
戸惑いで揺れる和泉の瞳を、尚紘は強い視線で真っ正面から捉えてきた。そのとき、尚紘は和泉に対してグレアを発したのだ。
Domはグレアという能力を持っている。それは主にDomの目から発せられる力で、物や人を吹き飛ばすほどの威力がある。
そしてSubにとって、グレアはまるで媚薬だ。
グレアによってSubの本能が呼び起こされ、プレイ中に感じやすくなったり、Domからコマンドを与えられていないのに、その場に跪いたりする。
尚紘のグレアを浴びて、和泉の内側から得体の知れない熱いものが込み上げてくる。
気がついたら和泉はその場にしゃがみ込んでいた。
この男にひれ伏したい。支配されたいというSubの本能がかき立てられ、それが跪くという行動に現れたのだ。
「いい? 理人。俺の言うこと聞いて」
和泉は頷く。SubがDomに抗えるわけがなかった。ましてや密かに焦がれていた相手だ。和泉は四つん這いの姿勢で尚紘に近づき、その場に跪いて、尚紘の太腿に頬をすり寄せる。
「Goodboy」
それは和泉が生まれて初めてDomから受けたコマンドだった。
このコマンドは、SubがDomからの命令や約束をきちんと守れたときに与えられる極上のコマンドだ。Domはプレイの際、命令するだけではなく、きちんとSubのアフターケアもしなければならないとされている。
そんなときに使うコマンドを尚紘は惜しみなく和泉に与えてくれた。
Domに褒めてもらった。それだけで和泉の身体は歓喜で震えた。
「理人は今日から俺のものだから」
尚紘の足で股間を撫でられる。たった今、理人からコマンドをもらっただけで如実に反応を示していたそこは、直接的な刺激に正直に反応を示していく。
「可愛い、理人。もう気持ちよくなっちゃったの?」
「あっ……!」
尚紘に股間を遊ばれても抗えない。Domの命令は絶対で、すべてはDomの言いなりだ。
「理人、Come」
尚紘が両手を広げて和泉を呼ぶ。立ち上がり、和泉が尚紘の胸に身体を寄せると、ぎゅっと抱き締められた。
「Kiss」
再び尚紘からのコマンドが下された。コマンドを与えられただけで全身に電流がはしり、Domに従えと身体が呼応する。
誰かと唇を重ねたことなどない。それでもDomの命令は絶対だ。
和泉は尚紘の頬に触れ、唇を手繰り寄せるようにしてキスをする。
「はぁっ……理人っ……!」
唇を重ねたあと、尚紘は和泉の唇を熱い舌でこじ開けてきた。その侵入を許すと、あっという間に口内を犯されていく。
「ずっと理人とこうしたかった。抱かせてもらうよ? 理人」
キスの合間に囁かれる。その吐息さえもセクシーで、和泉はゾクゾクと身体を震わせる。
「ベッドの上で俺に全部見せて。これは命令だよ。理人。Present」
低く、静かな声だった。Subの身では逃げることなどできない。
和泉は尚紘の指示に従い、すべてをDomの前に晒すべく、自らの服に手をかけた。
キスも、セックスも全部、初めてだった。Domの手にかかれば最後、こんなにもあっさりと身体を開かされるものなのだと知った。
生まれ持った特性は変えることはできない。精一杯強がって、努力して、綺麗に上辺だけ取り繕っても、現実は何ひとつ変わらない。
和泉の両親は、和泉が幼いとき事故に巻き込まれて亡くなった。それ以来、和泉は父方の祖父に引き取られた。
祖父は快く和泉の未成年後見人になってくれたが、医師としての仕事が忙しく、あまり一緒に過ごす時間はなかった。
それでも和泉は祖父に対して感謝と尊敬の念を抱いており、和泉を引き取ってくれた祖父の顔に泥を塗るような真似だけはしてはいけないとわがままは言わず、できるだけ自分を押し殺していい子であろうとした。
祖父は不慮の事故で亡くなった和泉の父、つまりは息子の代わりに、孫の和泉にほんの少しの期待を寄せていたらしい。
その淡い期待も十三歳のとき、和泉のダイナミクスがSubだと判明した瞬間に消え去った。
ダイナミクスとは、男女という性別とは異なる特性のことだ。
支配したい、信頼されたい、守りたいなどの欲求を持つDom。
支配されたい、尽くしたい、褒めて欲しいなとの欲求を持つSub。
そのどちらも持ち合わせていないのがNormalで、人口の大部分はこのNormalにあたる。
Domは容姿端麗であらゆる能力に秀でた者が多く、社会的な構図では上位層にいる。反対にSubは簡単に支配されてしまう特性から虐げられ、忌み嫌われる。
「Subじゃろくな仕事に就けないな……」
ポツリと呟いた祖父の残念そうなひと言は今でも忘れられない。だが、たしかにそのとおりで、Subは書類選考の時点ではじき出される。
Subとわかってからも、和泉は祖父の期待に応えるべく、日々努力を重ねて生きてきた。才能ではDomに敵わないから、その生まれ持ったダイナミクスの差を努力で埋めることしかできなかった。
十八歳になり、和泉は六年制の薬学部に進学した。大学に入ってすぐ、和泉にはDomのパートナーができた。
相手は宇月尚紘。和泉の二歳上の大学の先輩だった。
尚紘は清潔感のある黒髪の、育ちの良さを感じるような温和な雰囲気の男だった。Domらしく顔もスタイルもいいから学内でも噂になるモテ男だった。
そんな尚紘とは、和泉が大学一年生のときにサークルで出会った。なんとなく気が合ってすぐに仲良くなり、気がついたら尚紘は和泉の小さなアパートに頻繁に遊びに来るようになっていた。
そこで尚紘にSub専用の安定剤を見られてしまったのだ。処方された薬はヒートから取り出し、裸錠にして茶色い遮光瓶に入れていたのだが、薬学部の尚紘には白い楕円形のコーティング錠に刻印された識別コードを見られただけで、一発で何の薬か見破られた。
「理人はプレイしたことある?」
プレイとはDom/Sub間で行われるもので、支配したい、支配されたいというお互いの性欲を満たすための行為のことだ。
Domはパートナーがいれば強すぎる支配力を抑えることができるし、 Subは心身の不調から逃れることができる。
DomとSubは主従関係を結ぶのが一般的だ。パートナーはセフレやプレイ専門の店を利用した一時的なものから、婚姻関係のような深い関係性を持つ者までいる。
和泉は首を横に振った。学生時代、あまり人とうまく関われなかった和泉には、パートナーと呼べるような相手はできなかった。
「理人。俺とプレイしようよ」
尚紘に誘われて和泉の胸は高鳴った。なぜなら尚紘がDomと知ってから、いつか尚紘とプレイしてみたいと密かに願っていたからだ。
はっきり言って尚紘は和泉の好みのタイプだった。
DomとSubのプレイに男女は関係ないが、和泉は男のDomしか考えられない。女に命令されて足蹴にされるのは我慢ならない。相手が男のほうが和泉は心置きなく命令を受け入れられるし、甘えることができると思っていた。
できれば包容力のある年上の優男がよかったし、なによりも見た目が好きだった。尚紘のくっきりとした目に、優しげな口元が和泉のどストライクの好みだった。
「あっ……」
戸惑いで揺れる和泉の瞳を、尚紘は強い視線で真っ正面から捉えてきた。そのとき、尚紘は和泉に対してグレアを発したのだ。
Domはグレアという能力を持っている。それは主にDomの目から発せられる力で、物や人を吹き飛ばすほどの威力がある。
そしてSubにとって、グレアはまるで媚薬だ。
グレアによってSubの本能が呼び起こされ、プレイ中に感じやすくなったり、Domからコマンドを与えられていないのに、その場に跪いたりする。
尚紘のグレアを浴びて、和泉の内側から得体の知れない熱いものが込み上げてくる。
気がついたら和泉はその場にしゃがみ込んでいた。
この男にひれ伏したい。支配されたいというSubの本能がかき立てられ、それが跪くという行動に現れたのだ。
「いい? 理人。俺の言うこと聞いて」
和泉は頷く。SubがDomに抗えるわけがなかった。ましてや密かに焦がれていた相手だ。和泉は四つん這いの姿勢で尚紘に近づき、その場に跪いて、尚紘の太腿に頬をすり寄せる。
「Goodboy」
それは和泉が生まれて初めてDomから受けたコマンドだった。
このコマンドは、SubがDomからの命令や約束をきちんと守れたときに与えられる極上のコマンドだ。Domはプレイの際、命令するだけではなく、きちんとSubのアフターケアもしなければならないとされている。
そんなときに使うコマンドを尚紘は惜しみなく和泉に与えてくれた。
Domに褒めてもらった。それだけで和泉の身体は歓喜で震えた。
「理人は今日から俺のものだから」
尚紘の足で股間を撫でられる。たった今、理人からコマンドをもらっただけで如実に反応を示していたそこは、直接的な刺激に正直に反応を示していく。
「可愛い、理人。もう気持ちよくなっちゃったの?」
「あっ……!」
尚紘に股間を遊ばれても抗えない。Domの命令は絶対で、すべてはDomの言いなりだ。
「理人、Come」
尚紘が両手を広げて和泉を呼ぶ。立ち上がり、和泉が尚紘の胸に身体を寄せると、ぎゅっと抱き締められた。
「Kiss」
再び尚紘からのコマンドが下された。コマンドを与えられただけで全身に電流がはしり、Domに従えと身体が呼応する。
誰かと唇を重ねたことなどない。それでもDomの命令は絶対だ。
和泉は尚紘の頬に触れ、唇を手繰り寄せるようにしてキスをする。
「はぁっ……理人っ……!」
唇を重ねたあと、尚紘は和泉の唇を熱い舌でこじ開けてきた。その侵入を許すと、あっという間に口内を犯されていく。
「ずっと理人とこうしたかった。抱かせてもらうよ? 理人」
キスの合間に囁かれる。その吐息さえもセクシーで、和泉はゾクゾクと身体を震わせる。
「ベッドの上で俺に全部見せて。これは命令だよ。理人。Present」
低く、静かな声だった。Subの身では逃げることなどできない。
和泉は尚紘の指示に従い、すべてをDomの前に晒すべく、自らの服に手をかけた。
キスも、セックスも全部、初めてだった。Domの手にかかれば最後、こんなにもあっさりと身体を開かされるものなのだと知った。
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