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番外編
ふたりの後日談
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『ごめん、ヒカル、遅れる!』
『わかった待ってる』
弦が遅れることをLINEで伝えたら、すぐにヒカルからの返信が返ってきた。
今日は二人で初詣に行こうと約束したのだ。ヒカルとは学校で会えるが、付き合い始めたばかりなので、こうやって休みの日に約束をして出かけるのはまだ数えるほどしかない。
1月の寒空の中でヒカルを待たせるなんて悪いことをしたなと弦は反省するが、今は電車の中でこれ以上急ぐことはできない。
電車のドアが開くと同時に飛び出して、息を切らして改札を抜け、待ち合わせの場所へと急ぐ。
「ヒカル——」
声をかけようとしたのだが、怯む。ヒカルが誰か知らない女の子と話をしていたからだ。
少し離れた場所から見ていると、女の子はしきりに何かヒカルに訴えているようだが、ヒカルが首を横に振り、女の子は立ち去っていった。
それを見計らってヒカルに近づいていく。
「ヒカルごめん、遅くなった」
「いいよ。走ってきたの? 髪が乱れてる」
ヒカルは弦の髪を整えようと頭に触れる。
「そうだよ、お前を待たせてたから」
「そうなんだ」
ヒカルはやけに嬉しそうに笑ってる。弦が走って来たことがそんなにも楽しいのか。
「なぁ、ヒカル、さっきのコ……」
「ああ。道を聞かれただけだよ」
「それだけ?」
絶対にそれだけじゃないはずだ。すぐさま白状させてやる。
「あと、俺の連絡先を欲しがってた」
「やっぱり」
ヒカルはモテすぎる。街で声をかけられまくるから、ひとときも気が休まらない。
今回はヒカルひとりの時だったけど、弦と一緒に歩いていたって声をかけられている。まさか隣にいる平凡な弦が、ヒカルの恋人だなんて誰も想像しないだろうし。
「そんなのいつものことじゃん。でも弦がこうやって妬いてくれるのは、すごい嬉しい」
ヒカルが少し屈んで弦に顔を寄せ、耳元で囁いた。こんな人前でそういうことを言うのはやめて欲しい。
「あと、こうやって弦と二人きりでデートできるのも嬉しい」
「やめろって」
はぁ……。恋人同士になってから、二人きりの時はヒカルは臆面もなく気持ちを伝えてくるようになった。嬉しいけど、ちょっと気恥ずかしい。
「なんで? 今日が終わったらしばらく会えないのに?」
歩き出しながら、さらりと言うヒカルの言葉に胸がズキンと痛む。二人で決めたことだからわかっていたけどヒカルからはっきりと事実を突き付けられると苦しくなった。
「弦。急に黙るなよ……」
うつむき歩いていた弦の背中にぽんっとヒカルの手が触れる。一瞬だったけれど、ヒカルの優しさに触れた感じだ。
「その分、今日は楽しまないとな」
「うん、そうだね」
ヒカルの言う通りだ。ヒカルのそばにいられる奇跡を堪能しなくっちゃ。
弦としては、ヒカルと付き合うことになっただなんて未だに信じられずにいる。ヒカルも弦もまだ高校三年生だし、悲しいけどどちらかが心変わりすることだってあるだろう。この先どうなるかなんてわからない。だからこそ今、目の前で起きている奇跡を大切にしたいと思った。
1月初旬の浅草寺は人が多い。わかっていたから少し日にちをずらしたのにも関わらずだ。
「寒いな」
容赦なく吹きつける北風に、弦は肩をすくめ、両手を擦り合わせる。それを見てヒカルは「ここに手を入れてみて」と、自らのコートのポケットに弦の手を誘う。
「えっ?」
弦が戸惑っていると、ヒカルは手を伸ばしてきた。そのまま弦の腕を掴み、強制的にポケットの中に弦の手を突っ込んだ。
「うわぁ、あったかい!」
ヒカルのコートのポケットの中は温かい。使い捨てのカイロが入ってるお陰だ。
「俺もいれて」
ポケットの中にヒカルもギュウギュウ手を突っ込んでくる。そしてそのままポケットの中で弦の手を握ってきた。人混みに紛れているとはいえ、外でヒカルと手を繋ぐなんて初めてだ。
弦は驚いてヒカルの顔を見る。自分から手を繋いできたくせに、ヒカルは照れているみたいだ。視線に気がついているはずなのに、不自然に弦と目を合わせない。
「俺だって寒いから……」
ポケットに手を突っ込む理由をぼそっと言い訳し始めた。そんなことを言う割にヒカルは、ポケットの中で弦の指に、指をぎゅっと絡ませてくる。本当に寒いだけならこんなに弦の手を掴む必要なんてないのに。
二人の間には初めてのことばかり。弦もどう距離を縮めていいのかわからないが、ヒカルだって同じ気持ちでいるのかもしれない。もっと触れ合いたいけど、羞恥の気持ちと相手を慮ることで余計に見えない障壁をお互いが作り出しているようだ。
でも今、ヒカルと手を繋いでいる。ヒカルがそれを望んでくれているとわかって嬉しくなる。
でもコレ……かなり恥ずかしい。
誰も見ていないと思うが「男同士なのに」なんて思われるのではないかと自意識過剰になり、弦はヒカルの手から逃れる。ポケットの外は寒いけど、やっぱり無理だ。
「これ、やるよ」
ヒカルは使い捨てカイロを弦に手渡し、それ以上は何も言わなかった。ヒカルの手から逃げた弦を責めることも、怒ることもしなかった。
ただ優しい笑顔を向けてきて、弦の頭を少しだけ撫でた。「いいよ」と無言で許すみたいに。
それからありきたりの初詣をした。
人混みの中、急かされるようにお詣りして、「お前、何を願ったの?」とお互い詮索し合う。
なんとなく流れでおみくじでも引いて、それについてああでもないこうでもないを言い合って終わる。
終始なんでもないことで、ヒカルは大笑い。
「何がそんなに可笑しいんだよ」と抗議したら、「わかんねぇけど楽しい」と裏表のない笑顔。学校ではあまり感情を出さず、笑わない奴が腹を抱えて笑ってる。
何かすごくお気に召したみたいで、「弦といるとやっぱ楽しい」なんて満足気だ。
まぁ、ヒカルが、楽しそうにしてくれると安心する。こんな自分でもヒカルのそばにいていいんだって思えるから。
「お、弦。覚えてたんだ。すごいじゃん」
初詣のあと、ヒカルの部屋で勉強会。勉強会は冬休みに入ってから二度目のことで、ヒカルはスラスラと問題の英文を読み上げては英単語の意味を聞いてくる。弦が前回答えられなかったものを答えられたら、教える立場のヒカルの先生冥利につきたのか、やたら誉めてきた。
「当たり前だ。俺だって必死でやってるんだよ。だからヒカル、俺にあんまりくっつかないで」
机の前に二人椅子を並べている。隣で教えてくれるのは嬉しいが、さっきからヒカルの距離が近すぎる。なんだか身体を密着させてくるし、背後から腕を回して肩を抱いてくる。こんなんじゃ、気になって勉強なんてできない。
「ダメなの? 弦は俺が近くにいると迷惑?」
ヒカル、ずるいだろ。そんな寂しそうな子犬みたいな目で見るなんて……。
「そ、それは——」
弦だって、本音を言うなら……。
「そんなこと、ない、けど……」
ああもう! 恥ずかしくて顔がほてってきた。
ヒカルに触れられて嬉しいに決まってる。でも今は勉強中だろ。
「弦。お前、可愛いすぎる」
ヒカルはガバッと弦を抱き締めてきた。
「離せよっ」
「ごめん。ちょっとだけ」
ヒカルは弦を抱き締めたまま、動かない。
こんな誘惑に負けちゃいけないと、弦には抗う気持ちはあるけれど、ヒカルには離す気なんてないみたいだ。逃れようとする弦をさらに強く抱き締めてくる。
「ねぇ、ちょっとだけ休憩しよ? 五分でいいから」
「嫌だって」
「俺もう無理。限界」
ヒカルは弦に顔を近づけてきて、二人の額はコツンと触れる。
「弦」
ヒカルは、弦の名前を優しく呼びながら、軽くキスをする。
「今だけは許して。今日が終わったらしばらくはお前に触れたりしないから」
ずるい言い方をするな、ほんっとにヒカルは……。
「じゃ、じゃあ、五分だけ休憩する?」
弦が折れて、そう提案するとヒカルの目が一瞬パッと輝いた。
「する。今すぐしたい」
ヒカルは弦の身体を引き寄せ、そのまま持ち上げたと思ったら弦を自分の身体の上に跨らせる。座っているヒカルの上に向かい合わせで座らされ、腰を抱かれる。
「待って、これ、ちょっと……」
羞恥心から抵抗したくなる。思わず顔を覆いたくなる。二人分の重みで椅子から軋んだ音がする。
「弦。好き」
ヒカルは弦の唇を奪う。窒息してしまいそうな程の止まない荒々しいキスと同時にヒカルの手が服の中へと侵入してきて、弦の肌を撫で回す。
「……んっ……まっ…て…」
ヒカルの長いキスをなんとか終わらせて、ヒカルに不服の視線を向ける。
「いつもヒカルといるとこうなっちゃうから、会えなくなるんだ」
ヒカルはもっと色々なことに執着などなく、無関心な奴だと思ってた。なのに弦と二人きりになるといつもこうだ。
「俺も反省してる。でも弦が可愛すぎてダメだ。そばにいたらすぐ手を出したくなる」
「何言ってんだよ」
「俺だって驚いてる。こんな気持ちになるなんて、こんなに欲しくなるなんて思ってもみなかった。弦のせいだ。弦に出会わなかったらきっと俺は誰にも興味なんて持てなくて、冷めた人生を過ごしてたと思う」
「まさか」
引くて数多、選びたい放題のヒカルが何を言う。
「本当にまさかだよ。弦が俺を恋人にしてくれるなんて信じられない奇跡だ」
ヒカル。逆だ。ヒカルが弦を好きになってくれたことが奇跡だよ。
「だから我慢する。今日を最後にお前の受験が終わるまでは、会わない。弦に触らない」
二人の約束だ。大切なテストが終わるまでの間、距離を置いて欲しいと弦が頼んだら、ヒカルも受け入れてくれた。
正直ヒカルといると勉強が捗らない。いつもこんな状態だ。だからヒカル断ちしないとダメだと思った。
「弦。今日まではいいんだよな?」
ヒカルは弦を抱き寄せる。
「ヒカル……」
弦もヒカルの首に両腕を回した。弦もヒカルとしばらく抱き合えないと思うと寂しくなったから。
この温かさを憶えておかなくちゃ。自分から「会わずにいよう」と提案したのだから、「やっぱり会いたくなった」なんて泣き言を言わずに済むように。
「頑張れよ、弦。応援してる」
ヒカルは身体を離し、弦の顔を覗き込みながら頭をそっと撫でる。
「うん」
ツラくてもヒカルのことを思い出せば元気になれそうだ。
「もしダメだったら、弦は大学行かずに俺の嫁になればいいよ」
「やだよ」
絶対に嫌だ。嫁という名のもとにヒカルに軟禁されそうだ。
「高校卒業したら弦にあんまり会えなくなるの寂しいから、二人で暮らす?」
「えっ?!」
ヒカルと二人暮らし?! そんなこと考えたこともなかった。
「俺、弦が思ってる以上に、弦のこと好きだよ。これから先、ずっと弦だけを愛してる。この気持ちは絶対に変わらない。お前に捨てられても、今日みたいな日のことを思い出して生きていこうと思ってるくらいだから」
そんな大袈裟な。初恋がそのまま続くことなんて滅多にないだろ。みんな何人かと付き合ってみたりしてるし、それが普通だ。
「ヒカルっ」
でも嬉しい。思わずヒカルに抱きついた。抱きついたらヒカルも抱き締め返してくる。
信じられないくらいのことを言って貰えて幸せだ。弦にこんなに愛をくれる人はこの先現れないかもしれない。
「弦、ベッドに行かない?」
耳元でヒカルが囁く。
「いきなり何言ってんだよ!」
「いきなりじゃない。俺はさっきからずっとお前をベッドに誘うことだけ考えてた」
「おいっ!」
「それとも弦はこのままやりたいの?」
「バカっ! 何もしないからっ!」
弦が声を上げても、ヒカルは気にする様子もなく弦をさらに抱き締めてくる。
「俺、いつまで待てばいいの?」
「そんなのわからないよ」
いつとか期間を決めるような事じゃない。いつか、なんとなくそんな雰囲気になるんじゃないのか? ……知らんけど。
「今からは? 無し?」
「無し。そういうこと言うの、やめろよっ」
考えただけで恥ずかしくなる。ヒカルに迫られて、ドキドキするし、耳まで熱くなってる自分がわかる。
「嫌だ。やめない。弦の反応可愛いから」
「やめろっ」
「じゃあお前になんにもしないから、ベッド行こ?」
「信用できる訳ないだろ!」
「じゃあここでする」
「しない! もうとっくに五分過ぎたはずだ。もう休憩も終わり!」
ヒカルから離れようとする弦を、ヒカルは許さない。
「こらっ! ヒカルっ! 離せって!」
これはヒカルに一生離して貰えなさそうだ……。
——番外編 完。
『わかった待ってる』
弦が遅れることをLINEで伝えたら、すぐにヒカルからの返信が返ってきた。
今日は二人で初詣に行こうと約束したのだ。ヒカルとは学校で会えるが、付き合い始めたばかりなので、こうやって休みの日に約束をして出かけるのはまだ数えるほどしかない。
1月の寒空の中でヒカルを待たせるなんて悪いことをしたなと弦は反省するが、今は電車の中でこれ以上急ぐことはできない。
電車のドアが開くと同時に飛び出して、息を切らして改札を抜け、待ち合わせの場所へと急ぐ。
「ヒカル——」
声をかけようとしたのだが、怯む。ヒカルが誰か知らない女の子と話をしていたからだ。
少し離れた場所から見ていると、女の子はしきりに何かヒカルに訴えているようだが、ヒカルが首を横に振り、女の子は立ち去っていった。
それを見計らってヒカルに近づいていく。
「ヒカルごめん、遅くなった」
「いいよ。走ってきたの? 髪が乱れてる」
ヒカルは弦の髪を整えようと頭に触れる。
「そうだよ、お前を待たせてたから」
「そうなんだ」
ヒカルはやけに嬉しそうに笑ってる。弦が走って来たことがそんなにも楽しいのか。
「なぁ、ヒカル、さっきのコ……」
「ああ。道を聞かれただけだよ」
「それだけ?」
絶対にそれだけじゃないはずだ。すぐさま白状させてやる。
「あと、俺の連絡先を欲しがってた」
「やっぱり」
ヒカルはモテすぎる。街で声をかけられまくるから、ひとときも気が休まらない。
今回はヒカルひとりの時だったけど、弦と一緒に歩いていたって声をかけられている。まさか隣にいる平凡な弦が、ヒカルの恋人だなんて誰も想像しないだろうし。
「そんなのいつものことじゃん。でも弦がこうやって妬いてくれるのは、すごい嬉しい」
ヒカルが少し屈んで弦に顔を寄せ、耳元で囁いた。こんな人前でそういうことを言うのはやめて欲しい。
「あと、こうやって弦と二人きりでデートできるのも嬉しい」
「やめろって」
はぁ……。恋人同士になってから、二人きりの時はヒカルは臆面もなく気持ちを伝えてくるようになった。嬉しいけど、ちょっと気恥ずかしい。
「なんで? 今日が終わったらしばらく会えないのに?」
歩き出しながら、さらりと言うヒカルの言葉に胸がズキンと痛む。二人で決めたことだからわかっていたけどヒカルからはっきりと事実を突き付けられると苦しくなった。
「弦。急に黙るなよ……」
うつむき歩いていた弦の背中にぽんっとヒカルの手が触れる。一瞬だったけれど、ヒカルの優しさに触れた感じだ。
「その分、今日は楽しまないとな」
「うん、そうだね」
ヒカルの言う通りだ。ヒカルのそばにいられる奇跡を堪能しなくっちゃ。
弦としては、ヒカルと付き合うことになっただなんて未だに信じられずにいる。ヒカルも弦もまだ高校三年生だし、悲しいけどどちらかが心変わりすることだってあるだろう。この先どうなるかなんてわからない。だからこそ今、目の前で起きている奇跡を大切にしたいと思った。
1月初旬の浅草寺は人が多い。わかっていたから少し日にちをずらしたのにも関わらずだ。
「寒いな」
容赦なく吹きつける北風に、弦は肩をすくめ、両手を擦り合わせる。それを見てヒカルは「ここに手を入れてみて」と、自らのコートのポケットに弦の手を誘う。
「えっ?」
弦が戸惑っていると、ヒカルは手を伸ばしてきた。そのまま弦の腕を掴み、強制的にポケットの中に弦の手を突っ込んだ。
「うわぁ、あったかい!」
ヒカルのコートのポケットの中は温かい。使い捨てのカイロが入ってるお陰だ。
「俺もいれて」
ポケットの中にヒカルもギュウギュウ手を突っ込んでくる。そしてそのままポケットの中で弦の手を握ってきた。人混みに紛れているとはいえ、外でヒカルと手を繋ぐなんて初めてだ。
弦は驚いてヒカルの顔を見る。自分から手を繋いできたくせに、ヒカルは照れているみたいだ。視線に気がついているはずなのに、不自然に弦と目を合わせない。
「俺だって寒いから……」
ポケットに手を突っ込む理由をぼそっと言い訳し始めた。そんなことを言う割にヒカルは、ポケットの中で弦の指に、指をぎゅっと絡ませてくる。本当に寒いだけならこんなに弦の手を掴む必要なんてないのに。
二人の間には初めてのことばかり。弦もどう距離を縮めていいのかわからないが、ヒカルだって同じ気持ちでいるのかもしれない。もっと触れ合いたいけど、羞恥の気持ちと相手を慮ることで余計に見えない障壁をお互いが作り出しているようだ。
でも今、ヒカルと手を繋いでいる。ヒカルがそれを望んでくれているとわかって嬉しくなる。
でもコレ……かなり恥ずかしい。
誰も見ていないと思うが「男同士なのに」なんて思われるのではないかと自意識過剰になり、弦はヒカルの手から逃れる。ポケットの外は寒いけど、やっぱり無理だ。
「これ、やるよ」
ヒカルは使い捨てカイロを弦に手渡し、それ以上は何も言わなかった。ヒカルの手から逃げた弦を責めることも、怒ることもしなかった。
ただ優しい笑顔を向けてきて、弦の頭を少しだけ撫でた。「いいよ」と無言で許すみたいに。
それからありきたりの初詣をした。
人混みの中、急かされるようにお詣りして、「お前、何を願ったの?」とお互い詮索し合う。
なんとなく流れでおみくじでも引いて、それについてああでもないこうでもないを言い合って終わる。
終始なんでもないことで、ヒカルは大笑い。
「何がそんなに可笑しいんだよ」と抗議したら、「わかんねぇけど楽しい」と裏表のない笑顔。学校ではあまり感情を出さず、笑わない奴が腹を抱えて笑ってる。
何かすごくお気に召したみたいで、「弦といるとやっぱ楽しい」なんて満足気だ。
まぁ、ヒカルが、楽しそうにしてくれると安心する。こんな自分でもヒカルのそばにいていいんだって思えるから。
「お、弦。覚えてたんだ。すごいじゃん」
初詣のあと、ヒカルの部屋で勉強会。勉強会は冬休みに入ってから二度目のことで、ヒカルはスラスラと問題の英文を読み上げては英単語の意味を聞いてくる。弦が前回答えられなかったものを答えられたら、教える立場のヒカルの先生冥利につきたのか、やたら誉めてきた。
「当たり前だ。俺だって必死でやってるんだよ。だからヒカル、俺にあんまりくっつかないで」
机の前に二人椅子を並べている。隣で教えてくれるのは嬉しいが、さっきからヒカルの距離が近すぎる。なんだか身体を密着させてくるし、背後から腕を回して肩を抱いてくる。こんなんじゃ、気になって勉強なんてできない。
「ダメなの? 弦は俺が近くにいると迷惑?」
ヒカル、ずるいだろ。そんな寂しそうな子犬みたいな目で見るなんて……。
「そ、それは——」
弦だって、本音を言うなら……。
「そんなこと、ない、けど……」
ああもう! 恥ずかしくて顔がほてってきた。
ヒカルに触れられて嬉しいに決まってる。でも今は勉強中だろ。
「弦。お前、可愛いすぎる」
ヒカルはガバッと弦を抱き締めてきた。
「離せよっ」
「ごめん。ちょっとだけ」
ヒカルは弦を抱き締めたまま、動かない。
こんな誘惑に負けちゃいけないと、弦には抗う気持ちはあるけれど、ヒカルには離す気なんてないみたいだ。逃れようとする弦をさらに強く抱き締めてくる。
「ねぇ、ちょっとだけ休憩しよ? 五分でいいから」
「嫌だって」
「俺もう無理。限界」
ヒカルは弦に顔を近づけてきて、二人の額はコツンと触れる。
「弦」
ヒカルは、弦の名前を優しく呼びながら、軽くキスをする。
「今だけは許して。今日が終わったらしばらくはお前に触れたりしないから」
ずるい言い方をするな、ほんっとにヒカルは……。
「じゃ、じゃあ、五分だけ休憩する?」
弦が折れて、そう提案するとヒカルの目が一瞬パッと輝いた。
「する。今すぐしたい」
ヒカルは弦の身体を引き寄せ、そのまま持ち上げたと思ったら弦を自分の身体の上に跨らせる。座っているヒカルの上に向かい合わせで座らされ、腰を抱かれる。
「待って、これ、ちょっと……」
羞恥心から抵抗したくなる。思わず顔を覆いたくなる。二人分の重みで椅子から軋んだ音がする。
「弦。好き」
ヒカルは弦の唇を奪う。窒息してしまいそうな程の止まない荒々しいキスと同時にヒカルの手が服の中へと侵入してきて、弦の肌を撫で回す。
「……んっ……まっ…て…」
ヒカルの長いキスをなんとか終わらせて、ヒカルに不服の視線を向ける。
「いつもヒカルといるとこうなっちゃうから、会えなくなるんだ」
ヒカルはもっと色々なことに執着などなく、無関心な奴だと思ってた。なのに弦と二人きりになるといつもこうだ。
「俺も反省してる。でも弦が可愛すぎてダメだ。そばにいたらすぐ手を出したくなる」
「何言ってんだよ」
「俺だって驚いてる。こんな気持ちになるなんて、こんなに欲しくなるなんて思ってもみなかった。弦のせいだ。弦に出会わなかったらきっと俺は誰にも興味なんて持てなくて、冷めた人生を過ごしてたと思う」
「まさか」
引くて数多、選びたい放題のヒカルが何を言う。
「本当にまさかだよ。弦が俺を恋人にしてくれるなんて信じられない奇跡だ」
ヒカル。逆だ。ヒカルが弦を好きになってくれたことが奇跡だよ。
「だから我慢する。今日を最後にお前の受験が終わるまでは、会わない。弦に触らない」
二人の約束だ。大切なテストが終わるまでの間、距離を置いて欲しいと弦が頼んだら、ヒカルも受け入れてくれた。
正直ヒカルといると勉強が捗らない。いつもこんな状態だ。だからヒカル断ちしないとダメだと思った。
「弦。今日まではいいんだよな?」
ヒカルは弦を抱き寄せる。
「ヒカル……」
弦もヒカルの首に両腕を回した。弦もヒカルとしばらく抱き合えないと思うと寂しくなったから。
この温かさを憶えておかなくちゃ。自分から「会わずにいよう」と提案したのだから、「やっぱり会いたくなった」なんて泣き言を言わずに済むように。
「頑張れよ、弦。応援してる」
ヒカルは身体を離し、弦の顔を覗き込みながら頭をそっと撫でる。
「うん」
ツラくてもヒカルのことを思い出せば元気になれそうだ。
「もしダメだったら、弦は大学行かずに俺の嫁になればいいよ」
「やだよ」
絶対に嫌だ。嫁という名のもとにヒカルに軟禁されそうだ。
「高校卒業したら弦にあんまり会えなくなるの寂しいから、二人で暮らす?」
「えっ?!」
ヒカルと二人暮らし?! そんなこと考えたこともなかった。
「俺、弦が思ってる以上に、弦のこと好きだよ。これから先、ずっと弦だけを愛してる。この気持ちは絶対に変わらない。お前に捨てられても、今日みたいな日のことを思い出して生きていこうと思ってるくらいだから」
そんな大袈裟な。初恋がそのまま続くことなんて滅多にないだろ。みんな何人かと付き合ってみたりしてるし、それが普通だ。
「ヒカルっ」
でも嬉しい。思わずヒカルに抱きついた。抱きついたらヒカルも抱き締め返してくる。
信じられないくらいのことを言って貰えて幸せだ。弦にこんなに愛をくれる人はこの先現れないかもしれない。
「弦、ベッドに行かない?」
耳元でヒカルが囁く。
「いきなり何言ってんだよ!」
「いきなりじゃない。俺はさっきからずっとお前をベッドに誘うことだけ考えてた」
「おいっ!」
「それとも弦はこのままやりたいの?」
「バカっ! 何もしないからっ!」
弦が声を上げても、ヒカルは気にする様子もなく弦をさらに抱き締めてくる。
「俺、いつまで待てばいいの?」
「そんなのわからないよ」
いつとか期間を決めるような事じゃない。いつか、なんとなくそんな雰囲気になるんじゃないのか? ……知らんけど。
「今からは? 無し?」
「無し。そういうこと言うの、やめろよっ」
考えただけで恥ずかしくなる。ヒカルに迫られて、ドキドキするし、耳まで熱くなってる自分がわかる。
「嫌だ。やめない。弦の反応可愛いから」
「やめろっ」
「じゃあお前になんにもしないから、ベッド行こ?」
「信用できる訳ないだろ!」
「じゃあここでする」
「しない! もうとっくに五分過ぎたはずだ。もう休憩も終わり!」
ヒカルから離れようとする弦を、ヒカルは許さない。
「こらっ! ヒカルっ! 離せって!」
これはヒカルに一生離して貰えなさそうだ……。
——番外編 完。
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