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信じて

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弦 Side

「俺はヒカルにからかわれたんだよ……。俺の気持ちを弄んで最低だ……」

 弦は一真にヒカルから受けた仕打ちについて話をした。

 ヒカルに告白されて、まさかとは思ったが受け入れたこと。でもそれはただ弦をからかっていただけ、本気じゃないと放課後の教室でヒカルが友人と話しているのを偶然聞いてしまったこと。そしてヒカルに怒りをぶつけて別れ話をしたこと。

 一真に話していて、途中、悔しくて情けなくて涙が溢れてくる。それを堪えるのに必死だ。

「ヒカルの野郎、よりによって弦にそんなことをするなんて許せない! そんなことして何が楽しいんだよっ」

 一真は一緒になって怒ってくれた。

「弦。俺はヒカルとは違う。俺は本気で弦のことが好きだよ。騙したり、からかったりしてない。本心だ」

 ヒカルの件で猜疑的になっていたが、どうやら一真の言葉は本物らしい。

「俺は絶対に弦を幸せにしてみせる」

 優しい、決意を秘めた目で一真に見つめられる。

「一真……」

 まさかの一真の告白に心底驚いた。こんなことになるなんて未だに信じられない。

「ヒカルのこと、俺が忘れさせてやる。あいつが弦にしてきたひどいことは全部、これからの俺との思い出で塗り替えてみせるから」

 ヒカルのことを忘れる——。

 弦だってそうしたいと願っていた。ヒカルとの思い出なんて全部捨ててしまいたいと思っていた。



 ——ヒカルは今まで俺に何をした? ヒカルとの思い出って、なんだろう……。

 弦の脳裏にヒカルと過ごしたときの記憶が走馬灯のように浮かんできた。


 七年前のあの日、ヒカルが弦を背負いながら「お前のことは俺が守るから」と言ってくれたことを。
 そしてヒカルはそれを密かに有言実行してくれていたことを。





 高校入学当初、学校に馴染めずにいた弦はクラスのカースト上位生徒から「弦、お前がやれよ」と面倒くさい委員会を押し付けられそうになったことがあった。
 そのときヒカルがひと言「そういうの俺嫌い。やりたくない奴に押し付けんなよ」とその生徒を睨みつけ、「俺やります」と挙手をした。

 ヒカルがその委員会をやるとなった途端に女子たちが「私もやりたいですっ」ともうひと枠を争って騒ぎ出したのは後日談。



 高校二年の時。球技大会でクラス対抗のバレーボールが行われたときのことだ。
 球技が下手くそな弦は、相手チームからサーブの狙いうちに遭った。飛んでくる球をレシーブすることができずにどんどん点数を取られてしまう。
 クラスメイトから「あいつ何やってんだよ」の冷ややかな視線を感じて余計に焦って失敗を繰り返す悪循環に陥って泣きそうになっていたときだ。

 アタッカーとして最前列にいたヒカルが、弦のすぐ右横の後列にいた生徒とポジションチェンジを申し出た。
 そして弦に「サーブボールがきたら左によけろ。お前は何もしなくてもいい」と囁いた。

 そこから弦めがけて飛んできたサーブボールは全てヒカルがレシーブする。
 ヒカルは二人分の範囲の守備をこなしながら、相手の意表を突いて後列から前に飛び出し、アタッカーとして強烈なスパイクを相手チームに叩き込むという驚異的な動きを披露してみせた。

 弦のクラスは球技大会で優勝し、ヒカルはその日のMVPに選ばれた。

 その活躍をみたバレーボール部から「一緒にインターハイを戦わないか」とヒカルにスカウトがきたのは後日談。



 そしてこれはつい昨日のこと。この高校は、生徒の成績降下を危惧してアルバイトは禁止だが、それでも弦は生活のためアルバイトを続けていた。
 だがその状態は続かずに、ついに担任の教師のあずかり知ることとなってしまった。

 担任に呼ばれて注意され、即刻アルバイトを辞めるように言われると覚悟していたのに、そうはならなかった。「みんなにバレないように気をつけろ」と見逃してくれたのだ。

 なぜ見逃してくれたのかと訝しげな弦に、担任は理由を教えてくれた。

 ヒカルが職員室までやってきて「特別に許してやって下さい」と頭を下げたそうだ。
 あのヒカルが真剣に頼み事をしてくるなんて相当なことだし、「弦のアルバイトを見逃す代わりに俺はなんでもします」とまで潔く言い切ったらしい。ヒカルの覚悟に免じて弦はお咎めなしということになったのだ。

 そのときに「本当になんでもしてくれるの?」とヒカルに色目を使おうとする教師がいたとかいないとか。
 担任がそんな恐ろしいことをぼそっと呟いたので、後日談でなく弦は思い出すたびにおののいている。





 最初こそ、怒りに任せて一真にヒカルの話をぶち撒けていたが、話していくうちに、ヒカルが弦に与えてくれた全てが偽りで、弦をからかっていただけとは思えなくなってきた。

 そもそも弦をからかってもヒカルにはなんの得もないのではないか。

 好きでもない人には「抱き締めて」と懇願されても「触りたくもない」と拒絶するくせに、からかうためだけに弦にあんなことをしてくるなんておかしくないか。



 車は一真の家に到着した。

「話の続きは、俺の部屋でしよう。俺の告白の返事をゆっくり聞かせて欲しい」

 執事の未延が車のドアを開け、二人は車を降りる。

 七年ぶりに来た豪邸。相変わらず広くて大きい、俗世離れした家だ。
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