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    花火と浴衣2

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 屋台でたこ焼きとチョコバナナを堪能したあと、スポンサーに用意されている席へと向かう。チケットさえ見せれば簡単に入ることができて、指定された場所にある、パイプ椅子の席に久我と並んで座った。

「久我社長! お久しぶりです!」

 久我の前の席に座っていた中年の男がこちらに気がつき、振り返って久我に挨拶する。久我も「三那みな社長じゃないですか、お久しぶりです」と挨拶を返す。

 それからふたりは和気あいあいと会話を交わしている。
 久我は本当に顔が広い。そしていちいち相手のことを覚えているのもすごいことだと思う。ビジネスのことだけじゃない。「はるくん大きくなりました? 今春、中学生になったんですよね?」とプライベートまで完璧に記憶している様子だ。

「そちらは……?」

 冬麻は一生懸命、影を潜めていたのに三那社長に存在を見つけられてしまった。どうしたらいいんだろうと、ヘラっと笑ってみせると久我が「うちの秘書です」と紹介した。

 それは、咄嗟に久我がついた嘘だ。冬麻は久我の会社の平社員で、レストランの下っ端ギャルソンをしている。きっと理由がつかなくて嘘をついたのだろう。


「あ、あのっ、申し遅れましたっ、二ノ坂と申しますっ」

 立ち上がって慌てて三那に頭を下げる。三那は優しくて、「いいよいいよ」と冬麻に座るよう促してくれた。

「久我社長は随分と可愛らしい秘書を連れてるんだねぇ」

 三那にからかわれるのも無理はない。どこからどう見ても、冬麻にはデキる秘書感は皆無だ。

「ええ。最高の秘書です。彼がいてくれると仕事がはかどります」

 久我は得意の有無を言わせない笑顔で返す。三那がたじろぐくらいの強い圧をかけている。

「俺の右隣には彼がいてくれないと困ります。そのくらい俺にとって大切な人です」
「そ、そうか……優秀な秘書さんだったんだね、見た目が若いからつい……」
「うちは創立してまだ10年。新しい会社でして、社員の平均年齢も若いんですよ」
「そうだね、久我社長も若いからなぁ。若い人か多いから事業も先進的なのかな」
「そうですね。忌憚なく話をしてもらえるような環境は整えているつもりです」

 そこから話はビジネスの話になり、そのうちもうすぐ花火が始まるというアナウンスが流れて話はお開きになった。



「ありがとう冬麻、話を合わせてくれて」

 久我が耳打ちしてくる。さっき秘書だと嘘をついたときのことを言っているのだろう。

「いえ、なんか、ごめんなさい。俺、場違いでしたよね……」

 誘われたからホイホイついて来たものの、本当は家族や会社幹部のような繋がりが深い人たちが来るべきだったんじゃないかと冬麻は周りを見ていて思う。久我の隣にいるのに、ただのギャルソンの冬麻ではまるで釣り合わない。

「そんなことない、冬麻のために来たんだから」

 久我は励まそうとしてくれているのだが、冬麻の気持ちは晴れない。
 このままじゃダメだ。それこそ本当の秘書になれるよう頑張りたい。秘書なら隣にいても違和感なく受け入れてもらえるのに。

「ほら冬麻。花火、始まるよ」

 アナウンスが流れたあと、夜空に大きな花火が打ち上がる。集まった人々の歓声と拍手が聞こえる。

 打ち上げ花火が空ではじけるたびに、閃光が目をくらませ、ドンという衝撃が胸に響く。
 赤や緑、金色に輝く空を見ていると、その雄大さに魅了されていく。
 自分の悩みがちっぽけに思えてきて、心が落ち着いてきた。

「綺麗ですね」

 隣にいる久我のほうに振り返ると、久我は頷き返してきた。そして冬麻に身体を寄せ、パイプ椅子の後ろから冬麻の腰に腕を回してくる。

「えっ……」

 幸い後ろは仕切りの柵で誰もいない。でも周囲には人がいるのにドキドキする。
 もし久我が変な噂を立てられたら、会社のイメージが悪くなるんじゃないだろうか。
 久我はそっと唇を耳元に寄せてくる。

「可愛い。浴衣がすごく似合ってる」

 腰に回した手で、すりすり撫でられ、冬麻はたまらない。

「久我さんっ」
「大丈夫。誰も見てないよ」

 チュッと頬にキスをされ、羞恥のあまりに冬麻は赤面する。
 久我は交際を隠す気がないのだ。だからこんな大胆なことをやってのける。

「冬麻が好きだ。大好きだ。こうやって冬麻との思い出がひとつずつ増えるたびに嬉しくなる」
「もう、久我さんたらいつも……」 

 ダメだ。この人のペースについつい呑まれてしまう。自分の無力さなんて忘れて、こうしてそばにいてもいいかなと思わされる。

「綺麗だね」

 久我は夜空を見上げて呟く。花火の明かりに照らされる、その優しげな表情こそ綺麗だ。
 そんなことを言ったら久我が調子にのって大変なことになりそうなので、冬麻は黙っている。その代わり、少しだけ久我の胸板に頭を寄せてみせる。

 俺も、大好きです。久我さん。
 そんなことを心の中で思って、冬麻も久我と同じ方向を眺めていた。
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