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番外編 七夕の願い1
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「冬麻、何書いてるの?」
リビングにはいないと思っていたのに、ソファーに座って作業をしていたところへ突然背後から久我に話しかけられた。
「なっ、なんでもないです!」
冬麻は慌てて書いていたものを手で覆い隠した。
「へぇ」
それでも久我がしつこく覗き込もうとしてくるので、冬麻は慌てて「仕事です!」と反論する。
「お店に季節に合わせた飾りつけをしているんですが、今回は七夕にちなんだ飾りをするんです。その一環で、職場レクリエーションとしてみんなの願いを書こうってことになって……」
「で、冬麻は何を願ったの?」
「大したことじゃないですよ、えーっと、日々成長したいですって書いておきました」
「見せて」
「嫌ですよ! 久我さんは気にしないでくださいっ」
冬麻は短冊を隠したまま、久我から逃げるために部屋に逃げ込んだ。
——はぁ、危なかった。こんなの見られたら笑われる……。
こんな危険なものは、さっさと職場に持っていってしまおうと冬麻は考えた。
7月7日。外苑前にあるレストランで、普段と変わらず勤務をしていたときだった。
昼のピークが落ち着いたころ、急に周りがざわついて、支配人(ディレクトール)が入り口の方角へ急ぎ出した。冬麻もつられて入り口のほうへと視線をやって驚く。
突然、久我が店に現れたのだ。
「しゃ、社長! どうしたんですか?!」
ディレクトールが慌てて久我の突然の来訪に対応する。
「悪いね。大事な用があって、寄らせてもらった」
「な、何のために、ですか……?」
ディレクトールの質問もそぞろに、久我は迷わず冬麻のもとへと歩いてくる。
「二ノ坂くん。今日、これからの時間を俺にくれないか?」
「へっ……? あ……、ええっ?!」
こんな人前でいきなり何を言い出すんだこの人は!
案の定、周囲が変な目でふたりを見ている。
社長が冬麻めがけていきなりやってきたらおかしい。明らかに不自然だ。ふたりの関係は秘密裏にしているのに。
「突然で申し訳ない。驚いたと思うけど、君じゃなきゃダメなんだ。これは社長命令で、背くことは許されない」
あまりのことに絶句する冬麻の横で、ディレクトールも「しゃ、社長?!」と目を丸くしている。
「支配人、悪いね。この子を借りるから。今日の商談に一緒に連れて行く。社員名簿の写真を見て、彼が商談相手の息子さんに最もよく似ているんだよ」
「そ、そのような事情だったのですか……」
「ああ。すまないね、人員をひとり欠くことになって」
久我は冬麻のほうに向き直る。
「二ノ坂くん、君はただ俺の隣で、愛想よく笑ってくれればいい。できるね?」
「は、はい……」
「じゃあすぐに着替えて出かける準備をしてくれ」
「わ、かりました……」
何がなんだかわからないが、久我に従うしかない。雇い主の社長にここまで言われて断れる平社員がいるはずがない。
直属上司のディレクトールにも「早くしなさいっ、社長はお忙しいんだ、できるだけ待たせるな!」とお叱りを受ける始末だ。
皆の好奇の目に耐えながらも、冬麻は「お先に失礼しますっ」と頭を下げてロッカールームへと向かっていった。
ふたりで神宮外苑駐車場まで歩いてきたとき、人気がないのをいいことに突然久我に柱の影に連れ込まれた。
「冬麻……っ!」
久我は冬麻の身体を抱き寄せる。
「ちょっと! 久我さんってば! 離れてっ」
「やだ。冬麻からキスしてくれなきゃ離れない」
「さっきまでの社長らしい振る舞いはどこに飛んでっちゃったんですか!」
「とりあえずキスしたい。話はそれからでもいい?」
「だっ…だめ、人に見られる……んうっ……!」
久我にいきなり唇を奪われ、舌を絡めとられて冬麻は困惑する。周囲に今は人がいないようだが、真っ昼間の都内だ。誰が見ているとも限らないのに。
「ごめん、俺、冬麻のこと大好きだから」
「知ってますよ……」
「冬麻は? 俺のこと好き?」
久我はことあるごとに、冬麻の気持ちを確認したがる。すっかり恋人同士になって、冬麻親公認の仲で、一緒に暮らしているのにまだ不安なのだろうか。
「す、好きですよ、俺だってちゃんと久我さんのこと好きだと思ってますから。こういうこと何度も言わせないでください……」
もう何度目の好きを伝えているかもわからないくらいなのに、言うたびに恥ずかしくなるのはどうしてだろう。
「よかった。冬麻に嫌われたら俺は生きていけないから」
「またそんなこと言って……」
久我は、あれだけの人数の社員を先導すべき立場だ。冬麻がいなくても生きていってもらわなければ、社員のみんなが路頭に迷うことになる。
冬麻は久我の唇にちゅ、とわざと音を立ててキスをする。
「冬麻?!」
久我はわかりやすく嬉しそうな顔をするから、なんだかこっちが恥ずかしい気持ちになる。
「ほら、もう離してくださいよ。さっき言ってたじゃないですか、俺からキスしたら離してくれるって」
「言った。言ったけど、あと五秒だけ」
久我の言葉にあと少しなら、と冬麻も抵抗はしない。ここが外でなければいくらだって触れられても構わないと思ってる。
けれど、もしもこの関係がバレたら困るのは冬麻より久我のほうではないかと思うから、控えなければと思っているだけのことだ。
——しょうがない人だな……。
昨日の夜だって抱き合って眠って、今朝だって玄関でキスをしたのに、まだ足りないらしい。
けれども、冬麻も久我の腕に抱かれるのは好きだ。ここにいれば何が起きても大丈夫だと安心できる。
冬麻も少しだけ久我に身を預ける。
久我の愛はとんでもなく重いが、居心地は悪くない。
かなり長めの五秒間のあと、冬麻はやっと身体を離してもらえた。
リビングにはいないと思っていたのに、ソファーに座って作業をしていたところへ突然背後から久我に話しかけられた。
「なっ、なんでもないです!」
冬麻は慌てて書いていたものを手で覆い隠した。
「へぇ」
それでも久我がしつこく覗き込もうとしてくるので、冬麻は慌てて「仕事です!」と反論する。
「お店に季節に合わせた飾りつけをしているんですが、今回は七夕にちなんだ飾りをするんです。その一環で、職場レクリエーションとしてみんなの願いを書こうってことになって……」
「で、冬麻は何を願ったの?」
「大したことじゃないですよ、えーっと、日々成長したいですって書いておきました」
「見せて」
「嫌ですよ! 久我さんは気にしないでくださいっ」
冬麻は短冊を隠したまま、久我から逃げるために部屋に逃げ込んだ。
——はぁ、危なかった。こんなの見られたら笑われる……。
こんな危険なものは、さっさと職場に持っていってしまおうと冬麻は考えた。
7月7日。外苑前にあるレストランで、普段と変わらず勤務をしていたときだった。
昼のピークが落ち着いたころ、急に周りがざわついて、支配人(ディレクトール)が入り口の方角へ急ぎ出した。冬麻もつられて入り口のほうへと視線をやって驚く。
突然、久我が店に現れたのだ。
「しゃ、社長! どうしたんですか?!」
ディレクトールが慌てて久我の突然の来訪に対応する。
「悪いね。大事な用があって、寄らせてもらった」
「な、何のために、ですか……?」
ディレクトールの質問もそぞろに、久我は迷わず冬麻のもとへと歩いてくる。
「二ノ坂くん。今日、これからの時間を俺にくれないか?」
「へっ……? あ……、ええっ?!」
こんな人前でいきなり何を言い出すんだこの人は!
案の定、周囲が変な目でふたりを見ている。
社長が冬麻めがけていきなりやってきたらおかしい。明らかに不自然だ。ふたりの関係は秘密裏にしているのに。
「突然で申し訳ない。驚いたと思うけど、君じゃなきゃダメなんだ。これは社長命令で、背くことは許されない」
あまりのことに絶句する冬麻の横で、ディレクトールも「しゃ、社長?!」と目を丸くしている。
「支配人、悪いね。この子を借りるから。今日の商談に一緒に連れて行く。社員名簿の写真を見て、彼が商談相手の息子さんに最もよく似ているんだよ」
「そ、そのような事情だったのですか……」
「ああ。すまないね、人員をひとり欠くことになって」
久我は冬麻のほうに向き直る。
「二ノ坂くん、君はただ俺の隣で、愛想よく笑ってくれればいい。できるね?」
「は、はい……」
「じゃあすぐに着替えて出かける準備をしてくれ」
「わ、かりました……」
何がなんだかわからないが、久我に従うしかない。雇い主の社長にここまで言われて断れる平社員がいるはずがない。
直属上司のディレクトールにも「早くしなさいっ、社長はお忙しいんだ、できるだけ待たせるな!」とお叱りを受ける始末だ。
皆の好奇の目に耐えながらも、冬麻は「お先に失礼しますっ」と頭を下げてロッカールームへと向かっていった。
ふたりで神宮外苑駐車場まで歩いてきたとき、人気がないのをいいことに突然久我に柱の影に連れ込まれた。
「冬麻……っ!」
久我は冬麻の身体を抱き寄せる。
「ちょっと! 久我さんってば! 離れてっ」
「やだ。冬麻からキスしてくれなきゃ離れない」
「さっきまでの社長らしい振る舞いはどこに飛んでっちゃったんですか!」
「とりあえずキスしたい。話はそれからでもいい?」
「だっ…だめ、人に見られる……んうっ……!」
久我にいきなり唇を奪われ、舌を絡めとられて冬麻は困惑する。周囲に今は人がいないようだが、真っ昼間の都内だ。誰が見ているとも限らないのに。
「ごめん、俺、冬麻のこと大好きだから」
「知ってますよ……」
「冬麻は? 俺のこと好き?」
久我はことあるごとに、冬麻の気持ちを確認したがる。すっかり恋人同士になって、冬麻親公認の仲で、一緒に暮らしているのにまだ不安なのだろうか。
「す、好きですよ、俺だってちゃんと久我さんのこと好きだと思ってますから。こういうこと何度も言わせないでください……」
もう何度目の好きを伝えているかもわからないくらいなのに、言うたびに恥ずかしくなるのはどうしてだろう。
「よかった。冬麻に嫌われたら俺は生きていけないから」
「またそんなこと言って……」
久我は、あれだけの人数の社員を先導すべき立場だ。冬麻がいなくても生きていってもらわなければ、社員のみんなが路頭に迷うことになる。
冬麻は久我の唇にちゅ、とわざと音を立ててキスをする。
「冬麻?!」
久我はわかりやすく嬉しそうな顔をするから、なんだかこっちが恥ずかしい気持ちになる。
「ほら、もう離してくださいよ。さっき言ってたじゃないですか、俺からキスしたら離してくれるって」
「言った。言ったけど、あと五秒だけ」
久我の言葉にあと少しなら、と冬麻も抵抗はしない。ここが外でなければいくらだって触れられても構わないと思ってる。
けれど、もしもこの関係がバレたら困るのは冬麻より久我のほうではないかと思うから、控えなければと思っているだけのことだ。
——しょうがない人だな……。
昨日の夜だって抱き合って眠って、今朝だって玄関でキスをしたのに、まだ足りないらしい。
けれども、冬麻も久我の腕に抱かれるのは好きだ。ここにいれば何が起きても大丈夫だと安心できる。
冬麻も少しだけ久我に身を預ける。
久我の愛はとんでもなく重いが、居心地は悪くない。
かなり長めの五秒間のあと、冬麻はやっと身体を離してもらえた。
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