上 下
96 / 128

    冬麻卯年LOVE作戦編2

しおりを挟む
 案内されたホテルの部屋はものすごく広かった。
 十畳の居間の他、続きの寝室としての和室が続いている。さらに半露天風呂と室内風呂&シャワールームがある。

 半露天風呂は温泉が常に流されており、湯気がたっていた。露天風呂の隣にはテーブルと座り心地の良さそうなチェアーがふたつ設えてあって、景色を眺めながら休むことができるようになっている。


「当ホテルはオールインクルーシブとなっております。ウェルカムドリンクとしてスパークリングワインなどお持ちいたしますか?」

 客室まで荷物運びをしてくれたホテルマンが、ふたりにサービスを勧めてきた。

「冬麻は? 何飲みたい?」

 久我に訊かれて「温泉に来たら緑茶と温泉まんじゅうがいいです」と答えたら、「ご用意できますよ」と笑顔で返され、ホテルマンは立ち去っていった。

「温泉に来たら緑茶とおまんじゅうなんだね」
「そうじゃないんですか?」
「うーん……俺は温泉宿に泊まるのは初めてだから」
「え!」

 めちゃくちゃびっくりした。三十歳過ぎの日本人が温泉宿に泊まったことがないなんて……。

「ほら、家族旅行とか友達同士とか……」
「俺は高校生のとき唯一の家族を失ったし、それからはビジネスパートナーのような友人はいてもお互い忙しいし、温泉に泊まるようなことはなかったな……」

 久我に言われて思い出した。久我は普通の家庭では育っていない。久我から両親の話など聞いたことがない。家族旅行なんて一度も行ってないのだろう。
 ヤングケアラーで、学生ながらに弟の面倒をみていた久我が陽向を置いて友人と温泉旅行に行くなんてことはあり得ない。
 高校卒業後、起業し必死で働き始めた久我には仕事でホテルに滞在することはあれ、今まで温泉地には縁がなかったのだろう。


「久我さん……」

 悪いことを言ってしまった。久我はなんでも持ってるイメージなのでつい考えもなしに……。

「冬麻。そんな顔しない。俺は今、最高に幸せなんだから」

 久我は冬麻に近づき冬麻の身体を抱き締める。

「久我さん……キスしたい……」

 冬麻が久我を見上げてキスをねだると久我が微笑み、それから冬麻の唇に唇を寄せてきた。

「……んっ……ぁ……」

 久我との淫靡なキスが始まった。
 お互いがお互いを求め合うから行為がどんどんエスカレートする。

 キスだけじゃ飽き足らず、久我は冬麻のワイシャツとスラックスの隙間に手を入れ、冬麻の身体を弄り始めた。

「あっ……久我さん……んっ……!」

 やばい。どんどん身体が昂ってくる。ホテルについて早々に事をおっ始めるのはどうなんだと思いながらも止められない。

「冬麻……」

 畳の上に押し倒されて、上から久我が覆い被さってきた。
 首筋にキスされながら、カチャカチャとスーツのベルトの金具を外されていく。冬麻も久我に腕を回そうとしたそのときだった。


 ビーッと部屋のチャイムの音が聞こえた。それから軽く部屋のドアをノックする音。
 やばい! さっきのホテルマンが戻ってきたんだ!

 久我と目を見合わせたあと、久我がドアへと向かっていった。そのままドア口でホテルマンの対応をしているようだ。
 邪魔が入ったことで、急に冷静になる。

 そうだ。今日は夜までこういうことはお預けにしなきゃいけなかった。
 冬麻はとある作戦を考えていたのだから。



 素早く衣服の乱れを直して、久我が持ってきた緑茶と茶菓子たちを受け取った。

「これです! 温泉に来たって気持ちになるんですよねー! はい、久我さんもどうぞ」

 久我は不服そうな顔をしていたが、「え? ああ……」と冬麻の手から菓子を受け取った。




 それからすぐに夕食の時間になり、久我とふたりで雰囲気のいいレストランで食事をとる。
 和洋折衷の創作料理で、久我が「レベルが高い」というくらいだからとてもいい料理なのだろう。
 冬麻は基本なんでも美味しく感じるので、料理の細かい良し悪しはあまり考えたことがないが、久我はいちいち評価するクセがあるみたいだ。

「冬麻は本当に可愛い」
「はい?!」

 いや、普通にご飯食べてるだけ! 何が可愛いんだ?!

「冬麻みたいに素直に美味しいものは美味しいって食べればいいんだよね。俺は職業柄、食事をしていてもごちゃごちゃ余計なことばかり考えるようになっちゃったからさ。冬麻はその感覚を忘れないでいて。そして俺と一緒に食事をしてよ。冬麻の素直な感覚が、大多数のお客さんの感覚だろうから、冬麻が一緒にいてくれたらすごく助かるな」

 飲食店の社長は色々と大変なのだろう。庶民とは違うことばかりだ。

「俺でよければいつでもお供しますよ? 仕事でもプライベートでもどちらでも」

 冬麻がそう返事をすると、久我は「俺はやっぱり冬麻なしには生きていけないな」と力なく笑った。




「冬麻。一緒にお風呂に入らない?」

 食事を終え、部屋に戻ったあと、いきなり久我が背中から冬麻の身体を抱き締めてきた。

「ごめんなさい、今日は別々がいいです」
 やんわり拒否すると、久我は「えっ!」と冬麻の顔を覗き込んできた。

「俺は冬麻と一緒がいい……」
「俺は嫌です。ひとりがいいです。久我さんお先にどうぞ」

 はっきり拒絶すると、久我は「そう……わかった……」と諦めてバスルームにひとりで向かっていった。

 ——よし!

 今がチャンスだ。
 冬麻は予め鞄に忍ばせていたものを、サッと自分の着替えの浴衣の中に隠す。
 その他準備を整え、何食わぬ顔をして久我が風呂から出るのを待つ。
 


 やがてガラッとバスルームの引き戸が開く音がして、振り返って冬麻は目を見開いた。
 久我の浴衣姿にクラっとする。
 いつものスーツ姿も好きだ。でも、浴衣もよく似合っている。いつもよりはだけた胸元も、時々チラ見えする筋肉質な脚にも思わず視線がいってしまう。

「冬麻も入る?」

「えっ……あっ! はい!」
 
 見惚れている場合じゃない。きちんと目的を遂行せねばならない。

「久我さん、絶対に覗かないでくださいね!」

 油断も隙もない久我に、ビシッと釘をさしてから冬麻は準備していた着替えの浴衣を抱えてバスルームに入った。



「あーあ。久我さんとふたりで入りたかったなぁ……」

 半露天になっている岩風呂からの眺めはとてもよい。岩も、木々も白い雪をかぶっていて、一面の雪景色だ。
 今も雪がちらついていて、手を伸ばすと手のひらに雪が触れてはすぐに溶けていく。

 久我とふたりでゆっくりできたら心も身体も満足できただろうなと残念に思う。

 でも作戦遂行後に、久我を誘えばきっと一緒に入ってくれるはずだと自分に言い聞かせて、冬麻は素早く風呂を済ませた。

 さっき用意してきたものを身につけて、モゾモゾと落ち着かないがこれもサプライズのためだ。
 上からしっかり浴衣を着て、変な乱れはないか自分の姿を確認する。

「よし。大丈夫だ」

 冬麻のサプライズに、久我は驚くに違いない。いつも会社でからかわれているぶんの仕返しに、久我の腰を抜かしてやる——。
しおりを挟む
感想 48

あなたにおすすめの小説

隠れヤンデレは自制しながら、鈍感幼なじみを溺愛する

知世
BL
大輝は悩んでいた。 完璧な幼なじみ―聖にとって、自分の存在は負担なんじゃないか。 自分に優しい…むしろ甘い聖は、俺のせいで、色んなことを我慢しているのでは? 自分は聖の邪魔なのでは? ネガティブな思考に陥った大輝は、ある日、決断する。 幼なじみ離れをしよう、と。 一方で、聖もまた、悩んでいた。 彼は狂おしいまでの愛情を抑え込み、大輝の隣にいる。 自制しがたい恋情を、暴走してしまいそうな心身を、理性でひたすら耐えていた。 心から愛する人を、大切にしたい、慈しみたい、その一心で。 大輝が望むなら、ずっと親友でいるよ。頼りになって、甘えられる、そんな幼なじみのままでいい。 だから、せめて、隣にいたい。一生。死ぬまで共にいよう、大輝。 それが叶わないなら、俺は…。俺は、大輝の望む、幼なじみで親友の聖、ではいられなくなるかもしれない。 小説未満、小ネタ以上、な短編です(スランプの時、思い付いたので書きました) 受けと攻め、交互に視点が変わります。 受けは現在、攻めは過去から現在の話です。 拙い文章ですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。 宜しくお願い致します。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

処理中です...