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78.パリ
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行きのフライトは成田発ヒースロー空港経由のシャルル・ド・ゴール空港着およそ十五時間だ。
冬麻がドア付きのビジネスクラスのシートに寝っ転がりながら映画を見ていたら、ペアシートの隣に座る久我が声をかけてきた。
「冬麻も何か頼む?」
久我が差し出してきたのは軽食のメニューだ。
「あー。じゃあ、アイスとフルーツ食べたいです」
「わかった。一緒に頼んでおくね」
久我はCA(キャビンアテンダント)を呼び止め、軽食を頼んだ。
「冬麻、何を観てるの?」
久我が身を乗り出し冬麻のディスプレイを覗き込んでくる。
「これですか? 面白いですよ、俺はすごく好きです」
冬麻は大まかな話の流れを久我に教える。
冬麻が観ているのは戦争映画だ。軍人たちが共に助け合いながら苦境を脱していくさまがハラハラするし、戦争という背景があり、そのせいで想い合う同士を引き裂いてしまうのも、もの悲しくて涙を誘う。
「面白そうだ。俺も冬麻と同じものを観る」
「はい。お好きにどうぞ」
さっきの映画もそうだった。久我は冬麻の好きなものを知りたがるし、それをすぐに共有したがる。
「冬麻。もうちょっと俺のほうに来て」
そう言われて冬麻が久我の座席に近寄ると、ぐいっと身体を引き寄せられ、唇にキスをされる。
「もう……何回したら気が済むんですか?」
ドアを閉めてしまえば半個室になることをいいことに、久我は隙あらばキスを仕掛けてくる。飛行機に乗って六時間ほどが経過したが、その間にもう何度キスされたんだろう。
久我は笑顔で誤魔化して、シートコントローラー操作に入る。冬麻が観ている映画を探しているようだ。
「これですよ」
冬麻は久我のシートのエリアに身を乗りだして、久我のディスプレイを指差し教える。
「ありがとう」
久我は今度は冬麻の頬にキスをする。ふたりの距離が近づくとすぐにこうだ。
——あんまりされると身が持たないんだよ……。
冬麻だって場所をわきまえたいと思っているのに、困ったことに、つい身体が熱くなる。
あまりにしつこかったら、真ん中のパーティションを上げて閉めてしまおうか。このままじゃ、ドキドキしてしまって落ち着かない。
その日の夜、パリのホテルに到着した。
この五つ星以上の評価を得ているホテルは、内装ももちろんのこと、コンコルド広場の近くに位置しており、とても立地がいい。
「冬麻。俺はこのホテルのシェフと少しだけ話がしたいんだ。自由に過ごしててくれる?」
「はい。わかりました」
「ごめん。終わったら連絡する」
久我は到着して休む間もなく、サッとシャワーを浴びて準備を整えている。
冬麻はというと、荷解きも面倒でとりあえずは部屋のソファでくつろいでいた。
やがて久我が部屋を出ていき、ひとりきりになる。
とりあえず冬麻もシャワーを浴び、しばらくベッドにゴロゴロしていたが、せっかくパリまで来たのだから夜の散策をしてみようとコートを羽織り、斜めがけの鞄を身につけ、ホテルの外に出た。
「……寒っ!」
パリは東京よりも寒いんじゃないか。思わず肩をすくめ、近くのシャンゼリゼ通りに行ってみようと街を歩く。
外国は空気の匂いからして違う気がする。不思議な感覚だ。ちょっと前までは、海外に行くなんて思いもしなかったのに。
パリについて全く知識はないが、シャンゼリゼ通りという言葉くらいは聞いたことがある。夜はイルミネーションがキレイだというのもどこかのネット情報で見た覚えもある。
明日こそは久我とふたりでパリの街を散策できたらいいな、なんて目の前を歩くカップルを見ながら考える。
忙しい恋人を持つとちょっと寂しいときもあるけど、久我はちゃんと冬麻に時間を割いてくれるし、会いたいと思えば会うことだってできるのだから。
よし、とりあえずイルミネーションの写真でも撮ろうとスマホを取り出し、いくつかのアングルで写真を撮っていたときだ。
誰か近づいてきたと思ったときにはもう鞄を取られていた。一瞬で何が起こったかわからなかったが、ナイフか何かで鞄の紐を切られ、あっという間に持ち去れられていた。
「えっ、おいっ!」
追いかけようと思ったときには犯人の姿は小さくなり、夜の暗闇もあってほとんど見失いかけている。
「やばっ!」
これは絶対に間に合わない。それでも冬麻は犯人を追いかける。
冬麻がドア付きのビジネスクラスのシートに寝っ転がりながら映画を見ていたら、ペアシートの隣に座る久我が声をかけてきた。
「冬麻も何か頼む?」
久我が差し出してきたのは軽食のメニューだ。
「あー。じゃあ、アイスとフルーツ食べたいです」
「わかった。一緒に頼んでおくね」
久我はCA(キャビンアテンダント)を呼び止め、軽食を頼んだ。
「冬麻、何を観てるの?」
久我が身を乗り出し冬麻のディスプレイを覗き込んでくる。
「これですか? 面白いですよ、俺はすごく好きです」
冬麻は大まかな話の流れを久我に教える。
冬麻が観ているのは戦争映画だ。軍人たちが共に助け合いながら苦境を脱していくさまがハラハラするし、戦争という背景があり、そのせいで想い合う同士を引き裂いてしまうのも、もの悲しくて涙を誘う。
「面白そうだ。俺も冬麻と同じものを観る」
「はい。お好きにどうぞ」
さっきの映画もそうだった。久我は冬麻の好きなものを知りたがるし、それをすぐに共有したがる。
「冬麻。もうちょっと俺のほうに来て」
そう言われて冬麻が久我の座席に近寄ると、ぐいっと身体を引き寄せられ、唇にキスをされる。
「もう……何回したら気が済むんですか?」
ドアを閉めてしまえば半個室になることをいいことに、久我は隙あらばキスを仕掛けてくる。飛行機に乗って六時間ほどが経過したが、その間にもう何度キスされたんだろう。
久我は笑顔で誤魔化して、シートコントローラー操作に入る。冬麻が観ている映画を探しているようだ。
「これですよ」
冬麻は久我のシートのエリアに身を乗りだして、久我のディスプレイを指差し教える。
「ありがとう」
久我は今度は冬麻の頬にキスをする。ふたりの距離が近づくとすぐにこうだ。
——あんまりされると身が持たないんだよ……。
冬麻だって場所をわきまえたいと思っているのに、困ったことに、つい身体が熱くなる。
あまりにしつこかったら、真ん中のパーティションを上げて閉めてしまおうか。このままじゃ、ドキドキしてしまって落ち着かない。
その日の夜、パリのホテルに到着した。
この五つ星以上の評価を得ているホテルは、内装ももちろんのこと、コンコルド広場の近くに位置しており、とても立地がいい。
「冬麻。俺はこのホテルのシェフと少しだけ話がしたいんだ。自由に過ごしててくれる?」
「はい。わかりました」
「ごめん。終わったら連絡する」
久我は到着して休む間もなく、サッとシャワーを浴びて準備を整えている。
冬麻はというと、荷解きも面倒でとりあえずは部屋のソファでくつろいでいた。
やがて久我が部屋を出ていき、ひとりきりになる。
とりあえず冬麻もシャワーを浴び、しばらくベッドにゴロゴロしていたが、せっかくパリまで来たのだから夜の散策をしてみようとコートを羽織り、斜めがけの鞄を身につけ、ホテルの外に出た。
「……寒っ!」
パリは東京よりも寒いんじゃないか。思わず肩をすくめ、近くのシャンゼリゼ通りに行ってみようと街を歩く。
外国は空気の匂いからして違う気がする。不思議な感覚だ。ちょっと前までは、海外に行くなんて思いもしなかったのに。
パリについて全く知識はないが、シャンゼリゼ通りという言葉くらいは聞いたことがある。夜はイルミネーションがキレイだというのもどこかのネット情報で見た覚えもある。
明日こそは久我とふたりでパリの街を散策できたらいいな、なんて目の前を歩くカップルを見ながら考える。
忙しい恋人を持つとちょっと寂しいときもあるけど、久我はちゃんと冬麻に時間を割いてくれるし、会いたいと思えば会うことだってできるのだから。
よし、とりあえずイルミネーションの写真でも撮ろうとスマホを取り出し、いくつかのアングルで写真を撮っていたときだ。
誰か近づいてきたと思ったときにはもう鞄を取られていた。一瞬で何が起こったかわからなかったが、ナイフか何かで鞄の紐を切られ、あっという間に持ち去れられていた。
「えっ、おいっ!」
追いかけようと思ったときには犯人の姿は小さくなり、夜の暗闇もあってほとんど見失いかけている。
「やばっ!」
これは絶対に間に合わない。それでも冬麻は犯人を追いかける。
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