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73.誕生日
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12月3日。久我に連れてこられたのは、東京駅近くの高層ビルの最上階にあるレストランだった。
レストランに入ってすぐコートを預かられる。その後、久我が受付を済まそうとすると店の奥から白のコックコートを着た男がやってきた。ふたりはお互いの名刺を交換したあと、和やかに話をしている。
その間、冬麻は辺りをキョロキョロ見渡す。受付と繋がる空間にあるのは英国風のウェイティングバーだ。白レンガ調のタイル壁に白いカウンターテーブル。ここからも東京の夜景を垣間見ることができる。
手持ち無沙汰の冬麻をみて、カウンター内にいたソムリエが「何かお飲みになりますか?」と声をかけてきた。冬麻は慌てて「いえっ、だっ、大丈夫ですっ」と断る。
「ごめん冬麻。行こう」
話を終えた久我が冬麻のもとに戻ってきた。そのままふたりは座席に案内される。
細い廊下を抜け、レストランフロアに来てまず目に入るのは広いオープンキッチンだ。キッチンの奥まで見渡せるような臨場感のある作りになっている。
そしてレストランは全面ガラス壁になっており、東京タワーや東京湾などビルの夜景が広がる。
案内されたのはレストランの角にある窓際のテーブルだった。座席のすぐ横を見ると壁が足元までガラスなので、下を覗き込むと眼下に広がる夜景に足がすくむくらいだ。
ドリンクメニューを手渡される。「食前酒はコースに含まれているものでよろしいですか?」と訊かれ「はい」と答える。
「せっかくだから冬麻の好きなもの飲もう。何がいい?」
冬麻も秘書になる前まではレストラン勤務だったので、多少の知識はある。それでもメニューの大半のワインはわからない。その中で外苑前の店にもあった高級ワインが目についた。貴腐ワインで料理に合わせるには甘さが強くて普段あまり選ばれることはない銘柄だ。
「……本当になんでもいいですか?」
「うん」
「じゃあ、これ……」
おずおずと冬麻がメニューを指差し久我に伝えると「いいよ。冬麻らしいね」と笑った。
「冬麻。誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
食前酒で乾杯し、四角い皿に並べられた彩のキレイな十六種類のミニマムな前菜を食べる。
冬麻の目の前にいる久我は「冬麻は本当に可愛い」と愛おしそうな目でこちらを見ている。
「ねぇ冬麻。スニーカー以外にも欲しいものがあればプレゼントしたい。誕生日プレゼントはひとつだけって決まりはないんだから」
少し前に久我に誕生日に欲しいものを訊ねられ、冬麻はスニーカーがいいと答えたのだ。それだって二万円もする高価なスニーカーだったのに。
「大丈夫です。いいスニーカーだし、久我さんからもらったんだから大切にしますね」
冬麻はじゅうぶんなプレゼントをもらったと思っているのに、久我は「冬麻は欲がないな……。誕生日くらい欲しいものを好きなだけ買ってあげたいのに……」と不満げだ。
「さっき話していた人は誰なんですか?」
受付のときに久我に挨拶にきたコックコートの男のことが気になって久我に訊ねてみる。
「このレストランのトップのシェフだよ。俺にこの店を教えてくれた関和さんから俺が来ることを聞いたんだって。この店で最高のコース料理を出すから俺に評価して欲しいって頼んできた。……ごめん。俺が秘書とふたりで行くって言ったからだ。でも冬麻は気にしないで好きに楽しんだらいいよ」
「えっ、じゃあワインもめちゃくちゃじゃ駄目じゃないですか」
そんな事情ならちゃんと料理に合うものを選べばよかったのに。
「いいんだよ。今日、俺は冬麻のためにこの店に来たんだから。冬麻はもっと俺に我儘を言ったほうがいい。我慢したり、言いたいことを黙ってたり、そんなことしないでもっと俺を頼って欲しいな」
「もうじゅうぶんしてもらってますよ」
何不自由ない暮らしをさせてくれて、仕事だって家事だってなんでもやってくれる。忙しい社長業なのにいつも冬麻を最優先にしてくれて、たくさん愛してくれる。この生活のどこに不足があるのだろうか。
「そんなことない。全然足りないよ。俺は冬麻のお陰ですごく幸せな生活を送ってる。その恩を冬麻に返したい、そんな気持ちなんだ。だからなんでも俺に言って。冬麻が幸せになる望みなら全部叶えてあげるから」
久我にそんなことを言われて嬉しくなる。冬麻と過ごしていて久我は幸せだと思ってくれているみたいだ。
「じゃあ後で俺の我儘をひとつ聞いてもらってもいいですか?」
「もちろん! 何?」
久我はぱっと嬉しそうな顔をする。
「そのときになったら言いますね。今日は誕生日だし、叶えてくれたら嬉しいです」
「わかった。叶えるよ」
久我は優しく微笑んでいる。久我の優しい眼差しは好きだ。冬麻を好きでいてくれてるんだとすごく安心する。
レストランに入ってすぐコートを預かられる。その後、久我が受付を済まそうとすると店の奥から白のコックコートを着た男がやってきた。ふたりはお互いの名刺を交換したあと、和やかに話をしている。
その間、冬麻は辺りをキョロキョロ見渡す。受付と繋がる空間にあるのは英国風のウェイティングバーだ。白レンガ調のタイル壁に白いカウンターテーブル。ここからも東京の夜景を垣間見ることができる。
手持ち無沙汰の冬麻をみて、カウンター内にいたソムリエが「何かお飲みになりますか?」と声をかけてきた。冬麻は慌てて「いえっ、だっ、大丈夫ですっ」と断る。
「ごめん冬麻。行こう」
話を終えた久我が冬麻のもとに戻ってきた。そのままふたりは座席に案内される。
細い廊下を抜け、レストランフロアに来てまず目に入るのは広いオープンキッチンだ。キッチンの奥まで見渡せるような臨場感のある作りになっている。
そしてレストランは全面ガラス壁になっており、東京タワーや東京湾などビルの夜景が広がる。
案内されたのはレストランの角にある窓際のテーブルだった。座席のすぐ横を見ると壁が足元までガラスなので、下を覗き込むと眼下に広がる夜景に足がすくむくらいだ。
ドリンクメニューを手渡される。「食前酒はコースに含まれているものでよろしいですか?」と訊かれ「はい」と答える。
「せっかくだから冬麻の好きなもの飲もう。何がいい?」
冬麻も秘書になる前まではレストラン勤務だったので、多少の知識はある。それでもメニューの大半のワインはわからない。その中で外苑前の店にもあった高級ワインが目についた。貴腐ワインで料理に合わせるには甘さが強くて普段あまり選ばれることはない銘柄だ。
「……本当になんでもいいですか?」
「うん」
「じゃあ、これ……」
おずおずと冬麻がメニューを指差し久我に伝えると「いいよ。冬麻らしいね」と笑った。
「冬麻。誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
食前酒で乾杯し、四角い皿に並べられた彩のキレイな十六種類のミニマムな前菜を食べる。
冬麻の目の前にいる久我は「冬麻は本当に可愛い」と愛おしそうな目でこちらを見ている。
「ねぇ冬麻。スニーカー以外にも欲しいものがあればプレゼントしたい。誕生日プレゼントはひとつだけって決まりはないんだから」
少し前に久我に誕生日に欲しいものを訊ねられ、冬麻はスニーカーがいいと答えたのだ。それだって二万円もする高価なスニーカーだったのに。
「大丈夫です。いいスニーカーだし、久我さんからもらったんだから大切にしますね」
冬麻はじゅうぶんなプレゼントをもらったと思っているのに、久我は「冬麻は欲がないな……。誕生日くらい欲しいものを好きなだけ買ってあげたいのに……」と不満げだ。
「さっき話していた人は誰なんですか?」
受付のときに久我に挨拶にきたコックコートの男のことが気になって久我に訊ねてみる。
「このレストランのトップのシェフだよ。俺にこの店を教えてくれた関和さんから俺が来ることを聞いたんだって。この店で最高のコース料理を出すから俺に評価して欲しいって頼んできた。……ごめん。俺が秘書とふたりで行くって言ったからだ。でも冬麻は気にしないで好きに楽しんだらいいよ」
「えっ、じゃあワインもめちゃくちゃじゃ駄目じゃないですか」
そんな事情ならちゃんと料理に合うものを選べばよかったのに。
「いいんだよ。今日、俺は冬麻のためにこの店に来たんだから。冬麻はもっと俺に我儘を言ったほうがいい。我慢したり、言いたいことを黙ってたり、そんなことしないでもっと俺を頼って欲しいな」
「もうじゅうぶんしてもらってますよ」
何不自由ない暮らしをさせてくれて、仕事だって家事だってなんでもやってくれる。忙しい社長業なのにいつも冬麻を最優先にしてくれて、たくさん愛してくれる。この生活のどこに不足があるのだろうか。
「そんなことない。全然足りないよ。俺は冬麻のお陰ですごく幸せな生活を送ってる。その恩を冬麻に返したい、そんな気持ちなんだ。だからなんでも俺に言って。冬麻が幸せになる望みなら全部叶えてあげるから」
久我にそんなことを言われて嬉しくなる。冬麻と過ごしていて久我は幸せだと思ってくれているみたいだ。
「じゃあ後で俺の我儘をひとつ聞いてもらってもいいですか?」
「もちろん! 何?」
久我はぱっと嬉しそうな顔をする。
「そのときになったら言いますね。今日は誕生日だし、叶えてくれたら嬉しいです」
「わかった。叶えるよ」
久我は優しく微笑んでいる。久我の優しい眼差しは好きだ。冬麻を好きでいてくれてるんだとすごく安心する。
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