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47.梶ヶ谷
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秘書デスクに戻り、久我の交友関係を丸暗記しようと櫂堂が作成した取り引き相手名簿とにらめっこしていたら、櫂堂が話しかけてきた。
「二ノ坂さん、梶ヶ谷常務は社長のライバルです」
「ライバル……?」
「はい。現ミクリヤHDの社長の息子です。年齢は三十三歳。社長と同い年です。ミクリヤの社長は息子を跡継ぎにしたくて役員にしましたが、あまり功績を上げられずにいる。このままでは世襲に反対する社内の声で跡継ぎとしては難しいのではとまで噂されています」
梶ヶ谷は御曹司だったのか。だが今の世の中、息子ってだけで跡継ぎにするのは難しいのかもしれない。
「ある日、ミクリヤの社長と梶ヶ谷常務と話をしたときに、ミクリヤの社長が、うちの社長を息子の前でベタ褒めしたんです。『久我くんくらいうちの息子も優秀だったら誰にも文句を言われずに跡継ぎにできる』とか『久我くんに弟子入りさせたい』とか」
「たしかに久我さんはすごいですよね」
たった十三年で、ここまで会社を大きくするなんて久我はかなりの商才の持ち主だ。同じ社長として畏怖の念を抱いてもおかしくない。
「その一件以来、梶ヶ谷常務はなにかと社長を目の敵にしてくるんです」
同業者で同い年の久我の活躍は、梶ヶ谷にとっては面白くないのだろう。
「いつも社長に難癖つけたり絡んでくるので、最近、社長は面倒くさくて相手にしてません」
「え……?」
「会いたくもない相手なのに、会うことに決めたのは、二ノ坂さんのしたことをミスにしたくないからなんだと思いますよ」
「そんな……」
久我からはそんなこと聞いていない。
「会いたくない奴とのアポを勝手に決めるな」と責められてもおかしくないのに。
「俺、最悪じゃないですか……」
「まぁ、過ぎてしまったものは仕方がないです。社長も了承したのですから」
「…………」
櫂堂に励まされても、また久我の足を引っ張るようなことをしてしまった自分が許せずに、心がずーんと沈んだままだ。
「二ノ坂さん。この案件、調べてみますか?」
うなだれている冬麻の目の前に、櫂堂は何かの資料を差し出してきた。
「この仕事は極秘です」
「極秘……」
資料の表紙は真っ白だが、ページをめくると、ある飲食店についての写真や情報が記されていた。焼肉店やステーキ店など5店舗を都内で展開している『株式会社グラビティ』という名の企業のものらしい。
「この会社の情報を集めています。ここの社長には子供がいるとか些細な情報まで」
「はい……」
「社長がこの企業に興味を持っていることは誰にも知られてはなりません。知られぬように密かに情報を集めるんです」
「……わかりました。俺も調べてみます」
櫂堂の話によれば、どんな小さなことでもいいらしい。それが久我の役に立つのならば、やってみたい。
「はい。お願いします。社長がこの企業を口説き落とすために役に立つような情報を掴んでください」
久我が、口説き落とすための情報……?
そんなもの、上手く見つけられるだろうか。
櫂堂に言われてから一週間ほど他の業務の合間にネットで情報収集してみたものの、なかなか思ったような情報は得られない。
それならば現地に足を運んでみようと冬麻は退社後『ルーデイズステーキハウス』という名の店の前にやってきた。ここにグラビティの社長がしょっちゅう顔を出すとネットに書き込みがあったからだ。
——プレミアムステーキコース15000円から?!
高級ステーキ店だとわかってはいたが、店の前のメニューに書かれたその価格にびっくりする。
調査のためといえどもふらっと立ち寄るタイプの店ではない。
でも中に入らないと情報らしい情報も得られないのではないか。
冬麻がひとり店の前で立ち尽くしていると、背後から「君、もしかして久我くんの知り合いの子かな?」と声をかけられた。
振り返ると、スーツ姿の見知らぬ男がこちらに笑顔を向けている。
「えっ……と……」
誰だろう。この男は、一度会っていれば忘れないくらいのイケメンだ。
同じくイケメンの久我とはタイプの違う、茶髪で人懐っこい顔をした、目が大きくてキラキラした感じ。
「先週だったっけな。ホテルで久我くんと君が話をしているところを見かけたんだ」
先週……? RTGホテルでのパーティーのときの話だろうか。
「ねぇ。よかったら俺とこの店で食事してくれない?」
「えっ?!」
唐突に誘われて驚く冬麻に、男は名刺を差し出してきた。
「ミクリヤHD常務の梶ヶ谷です。君は久我くんとどういう知り合いなの?」
梶ヶ谷。久我とライバルの男だ。まぁ、久我のほうはそう思っていないのかもしれないが。
「俺は……」
咄嗟の返答に困る。でも、ホテルで久我と話をしているところを見られているのなら、下手な言い訳もできない。
「入社三年目の社員です。社長の秘書業務をしています」
「へぇ。久我くんの秘書か……。久我くんの秘書に抜擢されるなんてよっぽど優秀なんだな」
そうか。同じ秘書でも社内には役員秘書もいる。なのに冬麻はいきなり社長についているのだから、世間的には優秀な人材だと勘違いされてしまうのか。
「いいえ。秘書課には配属されたばかりで、俺はまだ研修中です」
「へぇ。そうなんだ。かなり面白いなぁ。やっぱり俺、君に興味ある。ねぇ、名前は?!」
どうしよう。こんな男と親しくしてもいいのだろうか……。
「俺、ここの社長と顔見知りでさ。だからいつも色々よくしてもらってる。ひとりで食べるのもさみしいからさ、付き合ってよ」
グラビティの社長と知り合い……。それならばネットにはないような個人的な情報も聞き出せるかもしれない。
「もちろん奢るから。君が好きなものを食べていい」
「本当にいいんですか? 高い店ですけど……」
「うん。別にこのくらい大した金額とは思わないし」
梶ヶ谷は若くして常務で御曹司だ。このくらいのランクの店も普段使い。高価だなんて思わないのかもしれない。
「君の名前を教えてもらうためなら、ね」
梶ヶ谷は微笑みかけてきた。
「二ノ坂さん、梶ヶ谷常務は社長のライバルです」
「ライバル……?」
「はい。現ミクリヤHDの社長の息子です。年齢は三十三歳。社長と同い年です。ミクリヤの社長は息子を跡継ぎにしたくて役員にしましたが、あまり功績を上げられずにいる。このままでは世襲に反対する社内の声で跡継ぎとしては難しいのではとまで噂されています」
梶ヶ谷は御曹司だったのか。だが今の世の中、息子ってだけで跡継ぎにするのは難しいのかもしれない。
「ある日、ミクリヤの社長と梶ヶ谷常務と話をしたときに、ミクリヤの社長が、うちの社長を息子の前でベタ褒めしたんです。『久我くんくらいうちの息子も優秀だったら誰にも文句を言われずに跡継ぎにできる』とか『久我くんに弟子入りさせたい』とか」
「たしかに久我さんはすごいですよね」
たった十三年で、ここまで会社を大きくするなんて久我はかなりの商才の持ち主だ。同じ社長として畏怖の念を抱いてもおかしくない。
「その一件以来、梶ヶ谷常務はなにかと社長を目の敵にしてくるんです」
同業者で同い年の久我の活躍は、梶ヶ谷にとっては面白くないのだろう。
「いつも社長に難癖つけたり絡んでくるので、最近、社長は面倒くさくて相手にしてません」
「え……?」
「会いたくもない相手なのに、会うことに決めたのは、二ノ坂さんのしたことをミスにしたくないからなんだと思いますよ」
「そんな……」
久我からはそんなこと聞いていない。
「会いたくない奴とのアポを勝手に決めるな」と責められてもおかしくないのに。
「俺、最悪じゃないですか……」
「まぁ、過ぎてしまったものは仕方がないです。社長も了承したのですから」
「…………」
櫂堂に励まされても、また久我の足を引っ張るようなことをしてしまった自分が許せずに、心がずーんと沈んだままだ。
「二ノ坂さん。この案件、調べてみますか?」
うなだれている冬麻の目の前に、櫂堂は何かの資料を差し出してきた。
「この仕事は極秘です」
「極秘……」
資料の表紙は真っ白だが、ページをめくると、ある飲食店についての写真や情報が記されていた。焼肉店やステーキ店など5店舗を都内で展開している『株式会社グラビティ』という名の企業のものらしい。
「この会社の情報を集めています。ここの社長には子供がいるとか些細な情報まで」
「はい……」
「社長がこの企業に興味を持っていることは誰にも知られてはなりません。知られぬように密かに情報を集めるんです」
「……わかりました。俺も調べてみます」
櫂堂の話によれば、どんな小さなことでもいいらしい。それが久我の役に立つのならば、やってみたい。
「はい。お願いします。社長がこの企業を口説き落とすために役に立つような情報を掴んでください」
久我が、口説き落とすための情報……?
そんなもの、上手く見つけられるだろうか。
櫂堂に言われてから一週間ほど他の業務の合間にネットで情報収集してみたものの、なかなか思ったような情報は得られない。
それならば現地に足を運んでみようと冬麻は退社後『ルーデイズステーキハウス』という名の店の前にやってきた。ここにグラビティの社長がしょっちゅう顔を出すとネットに書き込みがあったからだ。
——プレミアムステーキコース15000円から?!
高級ステーキ店だとわかってはいたが、店の前のメニューに書かれたその価格にびっくりする。
調査のためといえどもふらっと立ち寄るタイプの店ではない。
でも中に入らないと情報らしい情報も得られないのではないか。
冬麻がひとり店の前で立ち尽くしていると、背後から「君、もしかして久我くんの知り合いの子かな?」と声をかけられた。
振り返ると、スーツ姿の見知らぬ男がこちらに笑顔を向けている。
「えっ……と……」
誰だろう。この男は、一度会っていれば忘れないくらいのイケメンだ。
同じくイケメンの久我とはタイプの違う、茶髪で人懐っこい顔をした、目が大きくてキラキラした感じ。
「先週だったっけな。ホテルで久我くんと君が話をしているところを見かけたんだ」
先週……? RTGホテルでのパーティーのときの話だろうか。
「ねぇ。よかったら俺とこの店で食事してくれない?」
「えっ?!」
唐突に誘われて驚く冬麻に、男は名刺を差し出してきた。
「ミクリヤHD常務の梶ヶ谷です。君は久我くんとどういう知り合いなの?」
梶ヶ谷。久我とライバルの男だ。まぁ、久我のほうはそう思っていないのかもしれないが。
「俺は……」
咄嗟の返答に困る。でも、ホテルで久我と話をしているところを見られているのなら、下手な言い訳もできない。
「入社三年目の社員です。社長の秘書業務をしています」
「へぇ。久我くんの秘書か……。久我くんの秘書に抜擢されるなんてよっぽど優秀なんだな」
そうか。同じ秘書でも社内には役員秘書もいる。なのに冬麻はいきなり社長についているのだから、世間的には優秀な人材だと勘違いされてしまうのか。
「いいえ。秘書課には配属されたばかりで、俺はまだ研修中です」
「へぇ。そうなんだ。かなり面白いなぁ。やっぱり俺、君に興味ある。ねぇ、名前は?!」
どうしよう。こんな男と親しくしてもいいのだろうか……。
「俺、ここの社長と顔見知りでさ。だからいつも色々よくしてもらってる。ひとりで食べるのもさみしいからさ、付き合ってよ」
グラビティの社長と知り合い……。それならばネットにはないような個人的な情報も聞き出せるかもしれない。
「もちろん奢るから。君が好きなものを食べていい」
「本当にいいんですか? 高い店ですけど……」
「うん。別にこのくらい大した金額とは思わないし」
梶ヶ谷は若くして常務で御曹司だ。このくらいのランクの店も普段使い。高価だなんて思わないのかもしれない。
「君の名前を教えてもらうためなら、ね」
梶ヶ谷は微笑みかけてきた。
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