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番外編 小さな夢1(本編完結後続き)
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「冬麻。説明しなさい」
今、冬麻と久我はふたり並んで実家の居酒屋の座敷に正座をして座り、父親だけでなく、呼ばれてやってきた母親とも対面している。
「あのっ、お義父さん。僕から説明させてください」
「待って、久我さん俺からっ」
「冬麻、大丈夫。俺が急に来たのがいけなかったんだ。お義父さんにきちんと説明するよ」
久我は冬麻を制した。
「突然のことで驚かせてすみません」
久我はその場で冬麻の両親に床に額がつくくらい低く頭を下げた。その様子に両親は、あ然としている。
「僕が冬麻さんを好きになってしまったんです」
久我は頭を上げ、真摯な表情で真っ直ぐ父を見た。
「社員寮にいると嘘をついて家に来いと、冬麻さんを無理に誘ったのも僕でした」
「冬麻は社員寮ではなく社長のご自宅に居たということですか……」
「はい。おふたりを騙すようなことをして本当に申し訳ありません」
「いえ……驚きはしますが、悪いこととは……うちの息子が社長に迷惑をかけてたなんて……」
「迷惑をかけていたのは僕のほうです。僕はどうしても冬麻さんと一緒にいたくて、冬麻さんに負担をかけてしまいました……」
「そんなことないっ! 久我さんは本当に俺に良くしてくれたんだ。すごく優しい人で、それで……俺は……」
久我のことを誤解してほしくない。なんとか両親にこの人と一緒にいることを許して欲しい。
「冬麻……」
久我と冬麻。ふたりは顔を合わせる。お互い目で頷き合ったあと、久我は再び両親のほうを向く。
「僕は冬麻さんとお付き合いさせていただくことになりました。冬麻さんは本当に素敵な人で、知れば知るほど惹かれてしまうんです。僕の全てをかけて冬麻さんを幸せにします。どうか、冬麻さんと一緒に暮らすことをお許しいただけないでしょうか」
久我は再び頭を下げる。この人はもう何度、父に頭を下げたのだろう。
「社長っ、頭を上げてくださいっ!」
父はオロオロしている。まさか社長からこんなに頭を下げられる事態になるなんて想像もしなかっただろうから。
「本気ですか?! うちの冬麻は平凡な子ですし、そもそも男、なんですが……」
「はい。冬麻さんが大切な一人息子だということは承知しております。それなのに付き合っている相手が男で、それは決して歓迎されないことだということも理解しているつもりです」
それは久我にこそかけたい言葉だ。久我なら引くて数多。久我さえその気になれば、もっといい人を選ぶことができるはずなのに。
「冬麻さんはまだ二十歳。まだまだこれからたくさんのことを経験するはずの年齢です。もし、この先冬麻さんが成長して、僕との交際を解消したいと言ったときは潔く身を引きます」
「えっ……」
嫌だ! なんで付き合うことになったばかりなのにそんな悲しい未来の話をするんだよ……。
「冬麻さんに愛想を尽かされないように、尽力します。僕はどうしても冬麻さんがそばにいてくれないと駄目なんです。どうかお願いします」
ああ、また頭を下げている。そこまでして……。
「父さん母さん、嘘ついてごめん。でもどうしても久我さんと一緒にいたくて、でもまさか久我さんとそういう関係だなんて言えなくて……」
悪気のあった嘘じゃない。両親を驚かせないための嘘でもあった。
「ふたりがそうしたいと思うなら、反対なんかできないな……」
父は、そっと久我の肩に触れ、頭を上げるよう促した。
「社長。正直に話してくださりありがとうございます。冬麻のことよろしくお願いします」
その言葉に久我はパッと父の顔を見た。
「冬麻はまた嘘をついてうちから出ていくつもりだったようですから、社長がこうして事情を話してくれて、よかったです」
冬麻だって悪いとは思ったが、まだ両親に打ちあけることはどうしてもできなかった。なのに久我の覚悟と勇気はすごいと思う。
「冬麻。お前こそちゃんとわかってるのか?」
「えっ……?」
「相手は久我社長だ。お前とのことはあまり公にはしないほうがいいんだろう? もし会社の人たちにバレたら大騒ぎだ。社長の足を引っ張るようなことだけはするな」
もしバレたらどうなるんだろう。冬麻はノーマークだろうが、久我は違う。社長の元恋人が誰かの噂話など、瞬く間に広がるような注目の人だ。
「いいえ、お義父さん、僕は大丈夫です。そして冬麻さんは僕が守ります」
久我の言葉の真意を父は測りかねている。
「僕としては冬麻さんの存在を隠す必要はないと思っています。ただ冬麻さんはそれを望んではいないようで……僕の最愛の人だと周囲に知れると仕事がやりにくくなってしまうようなんです」
いや、隠せよ! 社長に男の恋人がいたなんてなったら久我は非難されるかもしれない。
「当面は秘密裏にしようと思いますが、いつどのようなことが起こるかわかりません。その時、僕は冬麻さんをお守りします。彼が辛い思いをしないように、全身全霊で守ります。冬麻さんは僕のそばにいてくれるだけでいい。それ以上は何も望みません」
この人はすごい。先々のことまで考えているんだ。行き当たりばったりの冬麻とは全然違う。
「ね? 冬麻。これ以上無理はしなくていい。会社で困ったことがあればすぐ俺に相談して。俺がなんとかするから。冬麻はただいてくれるだけで十分なんだから」
「そんな……」
たしかに久我はなんでも解決してしまうくらいの力を持っている。でも久我ばかり頼ってしまうのも悪い気がする。
「お義父さん。本日僕は冬麻さんを迎えに参りました。このまま冬麻さんを連れていくことをお許しください」
また久我は頭を下げる。
「おふたりも、よろしければいつか一度僕のマンションを訪ねてくださいませんか? 実際に見ると安心する点もあるかもしれませんし」
「あ、ありがとうございます……」
久我につられて父までかしこまっている。
「冬麻。時々は顔を見せてね。久我社長と一緒でもいいから。社長もうちに遊びに来てくださいね」
母は反対などする気はないらしい。久我がここまで誠心誠意を尽くしてくれたおかげなのかもしれない。だって男同士、普通の恋愛じゃないのに、それをひっくるめて全部、久我は冬麻のために尽くすと言い切ったのだから。
それから両親は久我と打ち解けて、色んな話をしている。昔のアルバムまで引っ張り出してきて、冬麻の幼い頃の話まで……。
最後には調子に乗った父が、久我に「今度サシで飲みに行きましょう!」とまで言い出した。それに久我は愛想よく応じている。
母も、千代田区の久我のマンションに寄るついでに久我に銀座を案内させる約束をこぎつけて喜んでいる。それまた久我は「いい店を探しておきます」などとのたまっている。
うわー、仲良くなるのはいいけど、ふたりして久我に何をさせようとしてるんだ。こっちが恥ずかしくなるわ!
「遠慮のない両親ですみません……」
白のポルシェに冬麻の荷物を載せ、冬麻の両親に見守られつつ車を発車させた直後の久我に、早速謝りを入れる。
久我が一切嫌な顔をしないのをいいことにやりたい放題の両親。「社長と親戚になれるんですか!」とか「こんな立派な息子ができるなんて!」勘違い甚だしい発言の連続だった。
「ううん。俺は嬉しかったよ。冬麻の両親と仲良くできるなんて最高だ。これからもっと気に入ってもらえるよう頑張るよ」
「そんなことしなくていいですって!」
ただでさえ忙しい人なんだから、あんな両親にまで気を遣っていたら倒れるんじゃないのか?!
「冬麻のためでもあるよ。俺と冬麻の両親が不仲だったら、冬麻はきっと辛くなる。本来なら俺は歓迎されない、招かれざる客でしょ? だから仲良くなるのに少しの努力は必要だ。冬麻のための努力なら、俺は全然惜しまない」
「もう……」
相手が久我だったから、きっとこんなハチャメチャな同居生活も許してもらえたんだろう。
冬麻に対しても両親に対しても誠実だったから。
「今度の同居は、もう嘘はつけないなと俺は思ったんだ」
久我は運転の合間に冬麻に微笑みかけてきた。
「ずっと誤魔化し続けるなんて、冬麻には無理だよ。俺と暮らすことをご両親にちゃんと話さないと駄目だと思った。話して、許可をもらって、円満に家を出られたら一番いいと思って、強行策に出た」
「たしかにすごい突然で、びっくりしました。はっきり言って心臓に悪いです」
「ごめん。でも、なんとか許可はもらえた。これで冬麻も少しは肩の荷がおりた?」
また俺のためか……。
嘘をつかせるのは止めにしようと、久我はふたりの関係を両親に正直に話すことに決めたのか。
「許してもらえてほっとしたよ。今回ばかりは俺に何の策はなかった。思っていることをぶつけようって、ただそれだけの気持ちで来たんだ」
「そうですか……」
久我はあんなことを思っていたのか。
冬麻を幸せにする。冬麻を守る。冬麻はただそばにいてくれればそれでいいって。その言葉全部、冬麻の両親の前で断言してみせた。聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらいの熱烈な言葉だった。
「久我さん。ありがとうございます」
「えっ? 何が?」
「もう、なんか、いろいろです。両親を説得してくれたことも、俺のことを想ってるって言ってくれたことも、う、嬉しかった……です……」
気持ちを伝えるのはちょっと慣れないけど、久我はこう見えてかなりの心配性だから……。
「本当?!」
運転中なのに久我はよそ見をしてこっちを振り返った。
「久我さんっ! 前向いて!」
久我は「ごめん」と言いながら、少し道を外れた。スーパーマーケットの駐車場に入るようだ。
「ご両親の前で言ったのは、全部俺の本音だよ。俺、冬麻のこと幸せにしてみせる」
ああ、今だけでもう幸せだって思ってるのに、これ以上なにがあるんだよ……。
でも、久我が両親に言った言葉の中で、納得のいかないこともあった。
「久我さんは、俺が久我さんから離れたいって言ったら、潔く俺を手放しちゃうんですか」
ショックだった。冬麻が離れたら「俺は追わない」という意味なのだろうから。
「ああ。だって冬麻は俺と違ってまだ若いんだよ? これから色んな人と出会って、悲しいけど冬麻の気持ちが俺から離れて他の人に向くこともあるかもしれない」
「そんなことないですっ」
久我以上の人にはもう出会わないと思っている。自分だって二十歳の頃からずっと変わらず冬麻を想い続けていたくせに。
「一般論としてはそうだよ。だから俺は情けないけど、すごく怖い」
まったく……。そう思っているなら潔く身を引きますとか言わないで欲しい。
この人は病的なところがあるからな……。
こうなったら荒療治だ!
久我は駐車場に車を停止させ「買い物していこう。夕飯は何が食べたい?」と呑気なことをいいながら、車のエンジンを切った。
そこを見計らって、冬麻はシートベルトを外し、すぐさま久我に近づいた。
久我が驚いてこっちを向いたところで、久我の唇を奪ってやる。
何が起きたのかって顔をしているから、もう一度。今度は少しゆっくりと唇を重ねた。
「俺のことも少しは信じてください。俺のことがそんなに幼く見えますか? 俺だってちゃんと本気です。離れるつもりなんかないのに……」
不服のある顔で久我を見たのに、久我は「ありがとう」なんて言って冬麻を抱き締めてきた。
「冬麻。さっさと買い物を済ませて家に帰ろう。早く冬麻とふたりきりになりたい」
だったら早く車から出ればいいのに、久我は冬麻を抱き締める手を放さない。
仕方がないので、冬麻はもう一度だけ久我にキスをして「早く行きましょう」と久我を促した。
「今日はふたりで夕食を作りませんか?」
スーパーマーケットからの帰り道、駐車場の車に向かう間に久我に提案する。
いつも久我ひとりに任せるのは申し訳ないし、ふたりでキッチンに立つのは冬麻の小さな夢だったから。
「俺は嬉しいけど、いいの?」
「はい。俺だって料理はできます。調理師免許だって持ってるんですから」
「じゃあふたりで作ろう。冬麻がメインで俺は他のものを作ろうかな」
「はい。これでまたひとつ、俺の夢が叶いそうです」
冬麻は久我にニヤッと笑顔を見せる。
「冬麻の夢?!」
久我は驚いている。あんなにストーキングしていたくせに、まだまだ冬麻について知らないこともあるみたいだ。
もっとお互いたくさん話をして、小さな好みまで知らなくちゃ。
「俺、久我さんと一緒に料理をしたいと思ってたんです。だから、よかったです」
笑われそうなくらい小さなことだけど、こんな夢だって叶わぬまま、ふたりの関係は終わってしまうんじゃないかと思っていたときもあった。
「ねぇ冬麻。俺の夢も叶えてくれないかな」
「なんですか?」
久我は買い物袋を一つずつ両手に持っていたが、全て片手に持ち替えた。
「冬麻と手を繋ぎたい」
そして空いた左手を冬麻の右手に近づけてくる。
思わず辺りを見回してしまった。周囲には誰もいないし、車まではあと20メートルといったところだろう。
「…………っ!」
冬麻が迷っているうちに久我に手を取られた。お互いの指を交互に絡ませて、これじゃ恋人繋ぎだ。
こっそり久我を見ると、それはそれは幸せそうに笑顔を向けてきた。
「冬麻。大好き」
あーもう、なんでそんなに好き好き言うんだよ。
「ありがとう、俺の夢を叶えてくれて」
そういうことを耳元で囁かないでほしい。恥ずかしくなるから。
「さ、家に帰ろうか。もう俺の家じゃない。ふたりの家だよ? ちゃんとご両親の許可ももらったからね」
久我は繋ぐ手にぎゅっと力を込めた。
今日からまた、久我との同居生活が始まる。
冬麻もすぐ隣にいる最高の恋人の手をぎゅっと握り返した。
今、冬麻と久我はふたり並んで実家の居酒屋の座敷に正座をして座り、父親だけでなく、呼ばれてやってきた母親とも対面している。
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久我は冬麻を制した。
「突然のことで驚かせてすみません」
久我はその場で冬麻の両親に床に額がつくくらい低く頭を下げた。その様子に両親は、あ然としている。
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「冬麻……」
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「社長っ、頭を上げてくださいっ!」
父はオロオロしている。まさか社長からこんなに頭を下げられる事態になるなんて想像もしなかっただろうから。
「本気ですか?! うちの冬麻は平凡な子ですし、そもそも男、なんですが……」
「はい。冬麻さんが大切な一人息子だということは承知しております。それなのに付き合っている相手が男で、それは決して歓迎されないことだということも理解しているつもりです」
それは久我にこそかけたい言葉だ。久我なら引くて数多。久我さえその気になれば、もっといい人を選ぶことができるはずなのに。
「冬麻さんはまだ二十歳。まだまだこれからたくさんのことを経験するはずの年齢です。もし、この先冬麻さんが成長して、僕との交際を解消したいと言ったときは潔く身を引きます」
「えっ……」
嫌だ! なんで付き合うことになったばかりなのにそんな悲しい未来の話をするんだよ……。
「冬麻さんに愛想を尽かされないように、尽力します。僕はどうしても冬麻さんがそばにいてくれないと駄目なんです。どうかお願いします」
ああ、また頭を下げている。そこまでして……。
「父さん母さん、嘘ついてごめん。でもどうしても久我さんと一緒にいたくて、でもまさか久我さんとそういう関係だなんて言えなくて……」
悪気のあった嘘じゃない。両親を驚かせないための嘘でもあった。
「ふたりがそうしたいと思うなら、反対なんかできないな……」
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その言葉に久我はパッと父の顔を見た。
「冬麻はまた嘘をついてうちから出ていくつもりだったようですから、社長がこうして事情を話してくれて、よかったです」
冬麻だって悪いとは思ったが、まだ両親に打ちあけることはどうしてもできなかった。なのに久我の覚悟と勇気はすごいと思う。
「冬麻。お前こそちゃんとわかってるのか?」
「えっ……?」
「相手は久我社長だ。お前とのことはあまり公にはしないほうがいいんだろう? もし会社の人たちにバレたら大騒ぎだ。社長の足を引っ張るようなことだけはするな」
もしバレたらどうなるんだろう。冬麻はノーマークだろうが、久我は違う。社長の元恋人が誰かの噂話など、瞬く間に広がるような注目の人だ。
「いいえ、お義父さん、僕は大丈夫です。そして冬麻さんは僕が守ります」
久我の言葉の真意を父は測りかねている。
「僕としては冬麻さんの存在を隠す必要はないと思っています。ただ冬麻さんはそれを望んではいないようで……僕の最愛の人だと周囲に知れると仕事がやりにくくなってしまうようなんです」
いや、隠せよ! 社長に男の恋人がいたなんてなったら久我は非難されるかもしれない。
「当面は秘密裏にしようと思いますが、いつどのようなことが起こるかわかりません。その時、僕は冬麻さんをお守りします。彼が辛い思いをしないように、全身全霊で守ります。冬麻さんは僕のそばにいてくれるだけでいい。それ以上は何も望みません」
この人はすごい。先々のことまで考えているんだ。行き当たりばったりの冬麻とは全然違う。
「ね? 冬麻。これ以上無理はしなくていい。会社で困ったことがあればすぐ俺に相談して。俺がなんとかするから。冬麻はただいてくれるだけで十分なんだから」
「そんな……」
たしかに久我はなんでも解決してしまうくらいの力を持っている。でも久我ばかり頼ってしまうのも悪い気がする。
「お義父さん。本日僕は冬麻さんを迎えに参りました。このまま冬麻さんを連れていくことをお許しください」
また久我は頭を下げる。
「おふたりも、よろしければいつか一度僕のマンションを訪ねてくださいませんか? 実際に見ると安心する点もあるかもしれませんし」
「あ、ありがとうございます……」
久我につられて父までかしこまっている。
「冬麻。時々は顔を見せてね。久我社長と一緒でもいいから。社長もうちに遊びに来てくださいね」
母は反対などする気はないらしい。久我がここまで誠心誠意を尽くしてくれたおかげなのかもしれない。だって男同士、普通の恋愛じゃないのに、それをひっくるめて全部、久我は冬麻のために尽くすと言い切ったのだから。
それから両親は久我と打ち解けて、色んな話をしている。昔のアルバムまで引っ張り出してきて、冬麻の幼い頃の話まで……。
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母も、千代田区の久我のマンションに寄るついでに久我に銀座を案内させる約束をこぎつけて喜んでいる。それまた久我は「いい店を探しておきます」などとのたまっている。
うわー、仲良くなるのはいいけど、ふたりして久我に何をさせようとしてるんだ。こっちが恥ずかしくなるわ!
「遠慮のない両親ですみません……」
白のポルシェに冬麻の荷物を載せ、冬麻の両親に見守られつつ車を発車させた直後の久我に、早速謝りを入れる。
久我が一切嫌な顔をしないのをいいことにやりたい放題の両親。「社長と親戚になれるんですか!」とか「こんな立派な息子ができるなんて!」勘違い甚だしい発言の連続だった。
「ううん。俺は嬉しかったよ。冬麻の両親と仲良くできるなんて最高だ。これからもっと気に入ってもらえるよう頑張るよ」
「そんなことしなくていいですって!」
ただでさえ忙しい人なんだから、あんな両親にまで気を遣っていたら倒れるんじゃないのか?!
「冬麻のためでもあるよ。俺と冬麻の両親が不仲だったら、冬麻はきっと辛くなる。本来なら俺は歓迎されない、招かれざる客でしょ? だから仲良くなるのに少しの努力は必要だ。冬麻のための努力なら、俺は全然惜しまない」
「もう……」
相手が久我だったから、きっとこんなハチャメチャな同居生活も許してもらえたんだろう。
冬麻に対しても両親に対しても誠実だったから。
「今度の同居は、もう嘘はつけないなと俺は思ったんだ」
久我は運転の合間に冬麻に微笑みかけてきた。
「ずっと誤魔化し続けるなんて、冬麻には無理だよ。俺と暮らすことをご両親にちゃんと話さないと駄目だと思った。話して、許可をもらって、円満に家を出られたら一番いいと思って、強行策に出た」
「たしかにすごい突然で、びっくりしました。はっきり言って心臓に悪いです」
「ごめん。でも、なんとか許可はもらえた。これで冬麻も少しは肩の荷がおりた?」
また俺のためか……。
嘘をつかせるのは止めにしようと、久我はふたりの関係を両親に正直に話すことに決めたのか。
「許してもらえてほっとしたよ。今回ばかりは俺に何の策はなかった。思っていることをぶつけようって、ただそれだけの気持ちで来たんだ」
「そうですか……」
久我はあんなことを思っていたのか。
冬麻を幸せにする。冬麻を守る。冬麻はただそばにいてくれればそれでいいって。その言葉全部、冬麻の両親の前で断言してみせた。聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらいの熱烈な言葉だった。
「久我さん。ありがとうございます」
「えっ? 何が?」
「もう、なんか、いろいろです。両親を説得してくれたことも、俺のことを想ってるって言ってくれたことも、う、嬉しかった……です……」
気持ちを伝えるのはちょっと慣れないけど、久我はこう見えてかなりの心配性だから……。
「本当?!」
運転中なのに久我はよそ見をしてこっちを振り返った。
「久我さんっ! 前向いて!」
久我は「ごめん」と言いながら、少し道を外れた。スーパーマーケットの駐車場に入るようだ。
「ご両親の前で言ったのは、全部俺の本音だよ。俺、冬麻のこと幸せにしてみせる」
ああ、今だけでもう幸せだって思ってるのに、これ以上なにがあるんだよ……。
でも、久我が両親に言った言葉の中で、納得のいかないこともあった。
「久我さんは、俺が久我さんから離れたいって言ったら、潔く俺を手放しちゃうんですか」
ショックだった。冬麻が離れたら「俺は追わない」という意味なのだろうから。
「ああ。だって冬麻は俺と違ってまだ若いんだよ? これから色んな人と出会って、悲しいけど冬麻の気持ちが俺から離れて他の人に向くこともあるかもしれない」
「そんなことないですっ」
久我以上の人にはもう出会わないと思っている。自分だって二十歳の頃からずっと変わらず冬麻を想い続けていたくせに。
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まったく……。そう思っているなら潔く身を引きますとか言わないで欲しい。
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そこを見計らって、冬麻はシートベルトを外し、すぐさま久我に近づいた。
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何が起きたのかって顔をしているから、もう一度。今度は少しゆっくりと唇を重ねた。
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不服のある顔で久我を見たのに、久我は「ありがとう」なんて言って冬麻を抱き締めてきた。
「冬麻。さっさと買い物を済ませて家に帰ろう。早く冬麻とふたりきりになりたい」
だったら早く車から出ればいいのに、久我は冬麻を抱き締める手を放さない。
仕方がないので、冬麻はもう一度だけ久我にキスをして「早く行きましょう」と久我を促した。
「今日はふたりで夕食を作りませんか?」
スーパーマーケットからの帰り道、駐車場の車に向かう間に久我に提案する。
いつも久我ひとりに任せるのは申し訳ないし、ふたりでキッチンに立つのは冬麻の小さな夢だったから。
「俺は嬉しいけど、いいの?」
「はい。俺だって料理はできます。調理師免許だって持ってるんですから」
「じゃあふたりで作ろう。冬麻がメインで俺は他のものを作ろうかな」
「はい。これでまたひとつ、俺の夢が叶いそうです」
冬麻は久我にニヤッと笑顔を見せる。
「冬麻の夢?!」
久我は驚いている。あんなにストーキングしていたくせに、まだまだ冬麻について知らないこともあるみたいだ。
もっとお互いたくさん話をして、小さな好みまで知らなくちゃ。
「俺、久我さんと一緒に料理をしたいと思ってたんです。だから、よかったです」
笑われそうなくらい小さなことだけど、こんな夢だって叶わぬまま、ふたりの関係は終わってしまうんじゃないかと思っていたときもあった。
「ねぇ冬麻。俺の夢も叶えてくれないかな」
「なんですか?」
久我は買い物袋を一つずつ両手に持っていたが、全て片手に持ち替えた。
「冬麻と手を繋ぎたい」
そして空いた左手を冬麻の右手に近づけてくる。
思わず辺りを見回してしまった。周囲には誰もいないし、車まではあと20メートルといったところだろう。
「…………っ!」
冬麻が迷っているうちに久我に手を取られた。お互いの指を交互に絡ませて、これじゃ恋人繋ぎだ。
こっそり久我を見ると、それはそれは幸せそうに笑顔を向けてきた。
「冬麻。大好き」
あーもう、なんでそんなに好き好き言うんだよ。
「ありがとう、俺の夢を叶えてくれて」
そういうことを耳元で囁かないでほしい。恥ずかしくなるから。
「さ、家に帰ろうか。もう俺の家じゃない。ふたりの家だよ? ちゃんとご両親の許可ももらったからね」
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