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39.写真の謎
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準備のいい秘書・櫂堂は、冬麻にタオルを手渡してくれた。とりあえずそれで身体を拭いて、櫂堂とふたりで久我のマンションの中に入った。
それにしても櫂堂は久我から家の鍵を預かっているのか。かなり久我から信頼されている人物なのかもしれない。
「私が社長から鍵を預かったのは今日が初めてですよ」
「へっ?!」
冬麻の心を読んだかのようなことを言われてすごく驚いた。
「社長はまだ仕事中です。今日は極秘任務があって特別に社長の許可が下りたのです」
極秘任務……? なんだそれ。
「二ノ坂さん、極秘任務にも関わることで、私から折り入ってどうしてもあなた様に頼みたいことがあるのですが」
玄関先で靴を脱ぐよりも前に、櫂堂は真顔で冬麻に向かって言う。
「な、なんでしょうか……」
極秘任務に関わること……?
久我の秘書が急に改まって何を冬麻に頼みたいことがあるのだろう。
「はっきり言わせていただきます。社長の家が汚れますので、そのままシャワーを浴びて、こちらの服に着替えていただけますでしょうか? 玄関は私が掃除しておきますので」
櫂堂に言われてハッとする。たしかにこんな小汚い格好の冬麻が室内をウロウロするのは見るに耐えないのだろう。
「あっ……ハイ……ごめんなさい……」
冬麻は足元を見る。冬麻の靴のせいで、玄関のピカピカと光る白いタイルは泥で汚れてしまっている。冬麻の靴の足跡がはっきり見てとれるぐらいに酷い泥汚れだ。
冬麻は肩を縮こませて櫂堂から差し出された紙袋を受け取った。中にはリラックスウェアらしきものが入っている。
「すみません。玄関掃除も俺がやります」
「いいえ。お気になさらず。二ノ坂さんはご自身をなんとかしてください」
「ハイ……わかりました……」
なかなかに辛辣な櫂堂の言葉だったが、冬麻に言い返す言葉はあるはずがなかった。
——なんで車は汚してもよくて、家はあんなに厳しく言うんだろう……。
冬麻はシャワーを浴びながら、さっきまでの櫂堂の言動に疑念を抱いていた。
たしかにあんなナリでは久我の家に上がるには申し訳ないと思ったが、なにか腑に落ちない。
——しかもなんで都合よく着替えまで持ってたんだ……?
バスルームを出た冬麻は櫂堂から手渡された紙袋から着替えを取り出して、クリームイエローの長袖とグレーベージュの短パンを身につける。
着てみて驚いた。なぜか冬麻にぴったりのサイズだ。もしこれが久我のために用意したものだとしたら小さすぎるのではないか。
そして久しぶりにこのマンションに来てみて思ったことがある。
洗顔料やバスタオル、コップに歯ブラシなど。バスルームにある冬麻専用の物たちがあの日から変わらない場所にそのまま残っていたのだ。
歯ブラシと歯磨き粉に至っては全く同じブランドの新品が置いてある。まるで冬麻がまたここに戻って来ることを待っているかのように。
久我がわざわざ買い直したのだろうか。冬麻を離すと言っておきながら、なんでこんなことを……。
「よくお似合いです」
「ハハ……そうですかね……」
冬麻が身につけているのはごく普通のリラックスウェアだ。それなのに櫂堂は冬麻をしげしげと眺めて満足そうだ。
「あなた様の靴は洗ってランドリー室に吊り下げて干してあります。バッグも濡れていたので拭いて同じ場所で乾燥させています。そちらの濡れた服は洗濯しておきましょうか?」
櫂堂はごく自然な動きで冬麻が持っていた服を受け取ろうとする。思わず預けそうになったが、慌てて「いえ大丈夫ですっ!」と断った。
「そうですか? ではとりあえずこちらに入れますか?」
櫂堂は自身の鞄からビニール袋を取り出して手渡してきた。
「あ、ありがとうございます……」
秘書という職業の人はすごいな。気を回して靴まで洗って干してくれて、さっきはあの鞄からタオルも出てきたし、有事に備えてさまざまなものを準備しているのかもしれない。
ズボンのポケットに入れていたスマホと財布も濡れてしまっている。冬麻が濡れた財布を取り出した途端に櫂堂は「お使いになりますか?」とハンドタオルを手渡してきた。これで財布を拭いていいということだろう。櫂堂のサポートスキルはかなりのレベルのようだ。
「そういえば、以前こちらの財布を盗られたことがありましたよね? 中身は無事でしたか?」
「えっ! なんでそのことを……」
冬麻は驚いてバッと櫂堂を見る。この男はいったい何をどこまで知ってるんだ……?
「そちらの財布を社長が取り返したときに、私もその場に居合わせておりましたから」
「どういうことですか……?」
冬麻には意味がわからない。あの時、財布を取り返してくれたのは晴翔だ。
「ご存じありませんでしたか? あなた様の財布を盗んだ男を捕まえたのは社長ですよ?」
「晴翔……俺の友達じゃないんですか?」
「ええ。社長が取り返したあと、あなた様のご友人に財布を託されていらっしゃいました」
晴翔からはそんな話は聞いていない。なんで黙っていたんだろう。でも、晴翔はあの場に久我がいたことを知っていたとしたら、帰り道に白のポルシェを見かけただけで久我がそこにいると勘づいたことに納得がいく。
「そうだったんですか……」
あの日、やっぱり久我はあの場にいて冬麻のことを見ていたのだ。
財布のことは久我に礼を言えたら伝えよう。でも、帰り道に晴翔とふたりでくだらない画策をして久我を試すようなことをしたことはなんて言ったらいいだろう……。
「私はもう少ししたら社長を迎えに行きますが、それまでの間、私と話をしませんか?」
「はい、いいですけど……」
櫂堂の提案は冬麻も願っていたことだ。どうやら櫂堂はさまざまなことを知っているようだから。
「でも、ここは久我さ、社長の家ですよね? こんなに勝手に居座って怒られませんか……?」
いくら久我が秘書に家の鍵を預けたとはいえ、こんなに自由に家を使われたら嫌なんじゃないだろうか。
「大丈夫です。私から社長に事情を話してあとで謝っておきますから」
櫂堂は穏やかに言うが、内心面倒なことになったと思っているのではないか。きっと櫂堂にとって、突然やってきた冬麻は招かざる客だったに違いない。
「あの、櫂堂さんはどうして俺のことを知ってるんですか? 久我さ……社長から何か聞いたんですか?」
同じ会社の人間とはいえ、冬麻は下っ端の新入社員だ。普通に考えて社長秘書が冬麻のことを知っているはずがない。
「はい、そうですよ。二ノ坂冬麻さまの話はいつも社長から聞いております」
久我が誰かに冬麻の話をしていたなんて意外だ。そして櫂堂はいったいどこまで久我と冬麻のことを知っているのだろう。
「私はもともと社長の隣人だったんです」
櫂堂はダイニングの椅子に座るよう冬麻を促し、自分は冬麻の向かいに座って話しを始めた。
「当時の社長は十二歳。弟の陽向は三歳でしたね。何か妙な家庭だと思いました。いつも兄弟ふたりだけ。親の顔を見ることがほとんどないのですから」
「陽向くんのことも知ってるんですか?!」
「はい。見兼ねてふたりの面倒をみていましたから」
そうだ。久我は自分たち兄弟を助けてくれた隣人がいたと話していた。それが櫂堂だったのか。
「社長はああ見えて苦労人なんです。ご家庭の問題もありましたし、起業してからも辛い目に遭っていました。それでも耐えていらっしゃいましたが、社長はあの容姿ですから、異性に好かれてしまうんです。仕事の見返りにそういったことまで求められることも多かったので、精神的に追い詰められてしまったようです」
昔から久我は相当にモテていたに違いない。まさか仕事の見返りに身体の関係まで……とか考えただけでも辛い気持ちになる。
「ですから私はあなた様に感謝しています。社長の救世主ですから」
「いえ……俺はただ陽向くんの代わりです……。俺じゃなくても誰でもよかったんですよ」
救世主なんてとんでもない。陽向くらいの背格好なら冬麻でなくても誰でも代わりになり得たはずだ。
「そんなことあり得ませんね」
櫂堂は断言した。
「なんでですか? 久我さんだってそう俺に言ってましたよ。俺は陽向くんの代わりだったって。俺を見ていつも弟を思い出してたって」
忘れもしない。久我と別れる前、その話をされてかなりのショックを受けたのだから。
「社長はそんなことを言ったんですか? 陽向とあなた様はまるで正反対ですよ」
「えっ……?」
正反対……?
「陽向はかけっこは常に一番でしたが、あなた様はいつも全然ダメダメでしたね」
なんでそんなことを知ってるんだ……?
「陽向はテストはすべて100点でしたが、あなた様は勉強に苦労なさってたご様子でしたね。ひどい通知表でした」
待て。なんで俺の通知表の内容を知ってるんだよ……。
「陽向は保育園の頃からバレンタインデーにはいくつもチョコレートをもらいましたが、あなた様は一度ももらったことはないですよね」
「はい……」
櫂堂の言うことはすべてその通りだ。でもちょっと言い方がひどくないか……?
「社長はあなた様のことを陽向の代わりだなんて思ったことは一度もないと思いますが」
櫂堂はそう言い切るが、こっちにもちゃんと言い分がある。
「そんなことないです。それじゃあ説明がつかない写真が久我さんの部屋にあるんです」
冬麻が陽向の代わりにされていたと思ったきっかけの写真。
夏に撮ったと思われる冬麻の写真に「Happy birthday」の文字が手書きで書き加えられていたものが何枚も見つかった。冬麻は冬生まれなのに。
「櫂堂さん、久我さんの部屋に一緒に来てくれませんか」
あれから小さな部屋はどうなったんだろう。今も写真は残っているだろうか。
本人不在で申し訳ないと思うが、冬麻は久我の部屋に入った。
ベッドもデスクも変わりはないが、大きく変わっているのは冬麻を閉じ込めていたあの小さな部屋だ。
以前シェルフのうしろに隠されていた扉はなく、二重扉になっていた鉄格子もない。小さな部屋への入り口はオープンになっており、もうそこに人を閉じ込めることはできない。
小さな部屋の中を覗いてみる。
そこには以前この部屋を隠していたシェルフが設置されており、壁一面に貼られていた写真はすべて取り除かれていた。
「写真がない……」
冬麻がこのマンションを去ってから、久我はここにあった監禁部屋の扉を取っ払い、開放した。その時に壁一面に貼られていた写真も片付けたようだ。
「アルバムなら、ここにありますが……」
櫂堂に言われて久我のベッドの横のサイドテーブルの上を見る。そこには分厚いアルバムが置いてある。
冬麻は遠慮なしにアルバムをめくる。そこには以前壁に貼ってあった写真たちがきちんと収められていた。
「あった!」
その中に例の写真を見つけた。
「櫂堂さん、これですっ!」
「この写真が何か……?」
写真をぱっと見ただけの櫂堂にはその意味が伝わらない。
「これ、夏の写真に『Happy birthday』って書いてありますけど、俺の誕生日は冬なんです」
冬麻は櫂堂に、陽向の誕生日と自分の誕生日の話をして、久我は冬麻に弟の陽向の姿を重ねていたということを伝えた。
その事実を久我に突きつけたら、久我も冬麻を弟の代わりとして見ていたと認めた話まで。
「冬麻さま。社長はあなたに大嘘をつきましたね」
櫂堂は寂しげな目でこちらを見た。
「これを書いたのは私です。7月24日、社長の誕生日に、私が冬麻さまの写真を社長にプレゼントしたんです」
「え?」
どういうことだ……?
それにしても櫂堂は久我から家の鍵を預かっているのか。かなり久我から信頼されている人物なのかもしれない。
「私が社長から鍵を預かったのは今日が初めてですよ」
「へっ?!」
冬麻の心を読んだかのようなことを言われてすごく驚いた。
「社長はまだ仕事中です。今日は極秘任務があって特別に社長の許可が下りたのです」
極秘任務……? なんだそれ。
「二ノ坂さん、極秘任務にも関わることで、私から折り入ってどうしてもあなた様に頼みたいことがあるのですが」
玄関先で靴を脱ぐよりも前に、櫂堂は真顔で冬麻に向かって言う。
「な、なんでしょうか……」
極秘任務に関わること……?
久我の秘書が急に改まって何を冬麻に頼みたいことがあるのだろう。
「はっきり言わせていただきます。社長の家が汚れますので、そのままシャワーを浴びて、こちらの服に着替えていただけますでしょうか? 玄関は私が掃除しておきますので」
櫂堂に言われてハッとする。たしかにこんな小汚い格好の冬麻が室内をウロウロするのは見るに耐えないのだろう。
「あっ……ハイ……ごめんなさい……」
冬麻は足元を見る。冬麻の靴のせいで、玄関のピカピカと光る白いタイルは泥で汚れてしまっている。冬麻の靴の足跡がはっきり見てとれるぐらいに酷い泥汚れだ。
冬麻は肩を縮こませて櫂堂から差し出された紙袋を受け取った。中にはリラックスウェアらしきものが入っている。
「すみません。玄関掃除も俺がやります」
「いいえ。お気になさらず。二ノ坂さんはご自身をなんとかしてください」
「ハイ……わかりました……」
なかなかに辛辣な櫂堂の言葉だったが、冬麻に言い返す言葉はあるはずがなかった。
——なんで車は汚してもよくて、家はあんなに厳しく言うんだろう……。
冬麻はシャワーを浴びながら、さっきまでの櫂堂の言動に疑念を抱いていた。
たしかにあんなナリでは久我の家に上がるには申し訳ないと思ったが、なにか腑に落ちない。
——しかもなんで都合よく着替えまで持ってたんだ……?
バスルームを出た冬麻は櫂堂から手渡された紙袋から着替えを取り出して、クリームイエローの長袖とグレーベージュの短パンを身につける。
着てみて驚いた。なぜか冬麻にぴったりのサイズだ。もしこれが久我のために用意したものだとしたら小さすぎるのではないか。
そして久しぶりにこのマンションに来てみて思ったことがある。
洗顔料やバスタオル、コップに歯ブラシなど。バスルームにある冬麻専用の物たちがあの日から変わらない場所にそのまま残っていたのだ。
歯ブラシと歯磨き粉に至っては全く同じブランドの新品が置いてある。まるで冬麻がまたここに戻って来ることを待っているかのように。
久我がわざわざ買い直したのだろうか。冬麻を離すと言っておきながら、なんでこんなことを……。
「よくお似合いです」
「ハハ……そうですかね……」
冬麻が身につけているのはごく普通のリラックスウェアだ。それなのに櫂堂は冬麻をしげしげと眺めて満足そうだ。
「あなた様の靴は洗ってランドリー室に吊り下げて干してあります。バッグも濡れていたので拭いて同じ場所で乾燥させています。そちらの濡れた服は洗濯しておきましょうか?」
櫂堂はごく自然な動きで冬麻が持っていた服を受け取ろうとする。思わず預けそうになったが、慌てて「いえ大丈夫ですっ!」と断った。
「そうですか? ではとりあえずこちらに入れますか?」
櫂堂は自身の鞄からビニール袋を取り出して手渡してきた。
「あ、ありがとうございます……」
秘書という職業の人はすごいな。気を回して靴まで洗って干してくれて、さっきはあの鞄からタオルも出てきたし、有事に備えてさまざまなものを準備しているのかもしれない。
ズボンのポケットに入れていたスマホと財布も濡れてしまっている。冬麻が濡れた財布を取り出した途端に櫂堂は「お使いになりますか?」とハンドタオルを手渡してきた。これで財布を拭いていいということだろう。櫂堂のサポートスキルはかなりのレベルのようだ。
「そういえば、以前こちらの財布を盗られたことがありましたよね? 中身は無事でしたか?」
「えっ! なんでそのことを……」
冬麻は驚いてバッと櫂堂を見る。この男はいったい何をどこまで知ってるんだ……?
「そちらの財布を社長が取り返したときに、私もその場に居合わせておりましたから」
「どういうことですか……?」
冬麻には意味がわからない。あの時、財布を取り返してくれたのは晴翔だ。
「ご存じありませんでしたか? あなた様の財布を盗んだ男を捕まえたのは社長ですよ?」
「晴翔……俺の友達じゃないんですか?」
「ええ。社長が取り返したあと、あなた様のご友人に財布を託されていらっしゃいました」
晴翔からはそんな話は聞いていない。なんで黙っていたんだろう。でも、晴翔はあの場に久我がいたことを知っていたとしたら、帰り道に白のポルシェを見かけただけで久我がそこにいると勘づいたことに納得がいく。
「そうだったんですか……」
あの日、やっぱり久我はあの場にいて冬麻のことを見ていたのだ。
財布のことは久我に礼を言えたら伝えよう。でも、帰り道に晴翔とふたりでくだらない画策をして久我を試すようなことをしたことはなんて言ったらいいだろう……。
「私はもう少ししたら社長を迎えに行きますが、それまでの間、私と話をしませんか?」
「はい、いいですけど……」
櫂堂の提案は冬麻も願っていたことだ。どうやら櫂堂はさまざまなことを知っているようだから。
「でも、ここは久我さ、社長の家ですよね? こんなに勝手に居座って怒られませんか……?」
いくら久我が秘書に家の鍵を預けたとはいえ、こんなに自由に家を使われたら嫌なんじゃないだろうか。
「大丈夫です。私から社長に事情を話してあとで謝っておきますから」
櫂堂は穏やかに言うが、内心面倒なことになったと思っているのではないか。きっと櫂堂にとって、突然やってきた冬麻は招かざる客だったに違いない。
「あの、櫂堂さんはどうして俺のことを知ってるんですか? 久我さ……社長から何か聞いたんですか?」
同じ会社の人間とはいえ、冬麻は下っ端の新入社員だ。普通に考えて社長秘書が冬麻のことを知っているはずがない。
「はい、そうですよ。二ノ坂冬麻さまの話はいつも社長から聞いております」
久我が誰かに冬麻の話をしていたなんて意外だ。そして櫂堂はいったいどこまで久我と冬麻のことを知っているのだろう。
「私はもともと社長の隣人だったんです」
櫂堂はダイニングの椅子に座るよう冬麻を促し、自分は冬麻の向かいに座って話しを始めた。
「当時の社長は十二歳。弟の陽向は三歳でしたね。何か妙な家庭だと思いました。いつも兄弟ふたりだけ。親の顔を見ることがほとんどないのですから」
「陽向くんのことも知ってるんですか?!」
「はい。見兼ねてふたりの面倒をみていましたから」
そうだ。久我は自分たち兄弟を助けてくれた隣人がいたと話していた。それが櫂堂だったのか。
「社長はああ見えて苦労人なんです。ご家庭の問題もありましたし、起業してからも辛い目に遭っていました。それでも耐えていらっしゃいましたが、社長はあの容姿ですから、異性に好かれてしまうんです。仕事の見返りにそういったことまで求められることも多かったので、精神的に追い詰められてしまったようです」
昔から久我は相当にモテていたに違いない。まさか仕事の見返りに身体の関係まで……とか考えただけでも辛い気持ちになる。
「ですから私はあなた様に感謝しています。社長の救世主ですから」
「いえ……俺はただ陽向くんの代わりです……。俺じゃなくても誰でもよかったんですよ」
救世主なんてとんでもない。陽向くらいの背格好なら冬麻でなくても誰でも代わりになり得たはずだ。
「そんなことあり得ませんね」
櫂堂は断言した。
「なんでですか? 久我さんだってそう俺に言ってましたよ。俺は陽向くんの代わりだったって。俺を見ていつも弟を思い出してたって」
忘れもしない。久我と別れる前、その話をされてかなりのショックを受けたのだから。
「社長はそんなことを言ったんですか? 陽向とあなた様はまるで正反対ですよ」
「えっ……?」
正反対……?
「陽向はかけっこは常に一番でしたが、あなた様はいつも全然ダメダメでしたね」
なんでそんなことを知ってるんだ……?
「陽向はテストはすべて100点でしたが、あなた様は勉強に苦労なさってたご様子でしたね。ひどい通知表でした」
待て。なんで俺の通知表の内容を知ってるんだよ……。
「陽向は保育園の頃からバレンタインデーにはいくつもチョコレートをもらいましたが、あなた様は一度ももらったことはないですよね」
「はい……」
櫂堂の言うことはすべてその通りだ。でもちょっと言い方がひどくないか……?
「社長はあなた様のことを陽向の代わりだなんて思ったことは一度もないと思いますが」
櫂堂はそう言い切るが、こっちにもちゃんと言い分がある。
「そんなことないです。それじゃあ説明がつかない写真が久我さんの部屋にあるんです」
冬麻が陽向の代わりにされていたと思ったきっかけの写真。
夏に撮ったと思われる冬麻の写真に「Happy birthday」の文字が手書きで書き加えられていたものが何枚も見つかった。冬麻は冬生まれなのに。
「櫂堂さん、久我さんの部屋に一緒に来てくれませんか」
あれから小さな部屋はどうなったんだろう。今も写真は残っているだろうか。
本人不在で申し訳ないと思うが、冬麻は久我の部屋に入った。
ベッドもデスクも変わりはないが、大きく変わっているのは冬麻を閉じ込めていたあの小さな部屋だ。
以前シェルフのうしろに隠されていた扉はなく、二重扉になっていた鉄格子もない。小さな部屋への入り口はオープンになっており、もうそこに人を閉じ込めることはできない。
小さな部屋の中を覗いてみる。
そこには以前この部屋を隠していたシェルフが設置されており、壁一面に貼られていた写真はすべて取り除かれていた。
「写真がない……」
冬麻がこのマンションを去ってから、久我はここにあった監禁部屋の扉を取っ払い、開放した。その時に壁一面に貼られていた写真も片付けたようだ。
「アルバムなら、ここにありますが……」
櫂堂に言われて久我のベッドの横のサイドテーブルの上を見る。そこには分厚いアルバムが置いてある。
冬麻は遠慮なしにアルバムをめくる。そこには以前壁に貼ってあった写真たちがきちんと収められていた。
「あった!」
その中に例の写真を見つけた。
「櫂堂さん、これですっ!」
「この写真が何か……?」
写真をぱっと見ただけの櫂堂にはその意味が伝わらない。
「これ、夏の写真に『Happy birthday』って書いてありますけど、俺の誕生日は冬なんです」
冬麻は櫂堂に、陽向の誕生日と自分の誕生日の話をして、久我は冬麻に弟の陽向の姿を重ねていたということを伝えた。
その事実を久我に突きつけたら、久我も冬麻を弟の代わりとして見ていたと認めた話まで。
「冬麻さま。社長はあなたに大嘘をつきましたね」
櫂堂は寂しげな目でこちらを見た。
「これを書いたのは私です。7月24日、社長の誕生日に、私が冬麻さまの写真を社長にプレゼントしたんです」
「え?」
どういうことだ……?
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