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38.土砂降りの雨の中

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 7月24日。
 この日だけは絶対に久我に会いに行こうと決めていた。拒絶されても構わない。用意した誕生日プレゼントを受け取ってもらえなくても構わない。とにかく会いたいと思った。
 仕事終わりに、久我のマンションに向かおうと外苑前の店を急いで出る。時刻は夜の22時30分。7月24日が終わるまであと少し。どうしても今日、この日付のうちに久我に会いたかった。


 半蔵門駅に着いたら外は土砂降りの雨だ。たしかに朝のTVでは夜の集中的豪雨の可能性を報じていたなと今になって思い出した。
 駅には雨が落ち着くまで待っている人たちの姿が見られる。だが冬麻は、はやる気持ちを抑えきれずに雨の中飛び出していった。
 まずは目の前にあるコンビニに入る。そこで傘を買って、身につけていたボディバッグを少しでも濡れないよう背中側から腹側に変え、再び叩きつけるような雨の中に飛び込んでいく。

 傘は頭部を守るくらいの意味しかなさない。強い風とともに襲ってくる横なぶりの雨で身体はあっという間に濡れていく。足元は暗く水溜まりばかりだし、すっかり靴は水に浸ってしまっている。
 
 びしょ濡れになりながらも、久我のマンションに着いた。
 きらびやかな大理石で造られたマンションのエントランス。一枚目の扉を抜けた先には重厚で高さあるオートロックつきの二枚目の扉。
 マンションの入り口からして洗練されており、平凡な見た目の上にずぶ濡れの冬麻はここにいることすら相応しくないのだろうと気が引ける。
 それでも引き返す気なんてない。
 もう鍵は持っていないから恐る恐るインターフォンを鳴らす。
 一度目の呼び出しには何の返答もない。
 もう一度呼び出してみるが、やはり何の反応もなかった。久我が不在か、家にいながら無視をしているかのどちらかだろう。

 冬麻は駐車場の車を確認しようと思い立った。久我の所有する車は全部で五台。それらがすべて駐車場に並んでいたら、久我は在宅している可能性が高い。久我は電車などの公共交通機関を利用することはない。すべて車で移動するからだ。

 久我の部屋から駐車場にアクセスするときはエレベーターで下の階に降りていたが、エレベーターはオートロックの向こう側にあり、今は使用できない。
 冬麻はもう一度傘を差し、雨の中、マンションの外側からの侵入口を探しに出た。

 このマンションのセキュリティは堅固だ。車の出入り口も基本シャッターが下りていて、予め登録された住人の車だけがETCのシステムを利用して中に侵入できるようになっており、そこにほんの少しの隙もない。人間ひとりくらい通れるかと思っていたのにそんなに甘くはなかった。

 ここまで来たのにおめおめと帰ることだけはしたくない。
 久我と別れてから一度も連絡をしていなかったが、久我に電話をかけてみようか。それで「来ないでくれ。忘れてくれと言っただろ」と拒絶されたらどうしよう。
 このまま久我が家に戻るまでここで待ち伏せしていようか。でももし久我が既に在宅していて冬麻が鳴らしたインターフォンを無視していたとしたらどうしよう。
 いきなりマンションを訪ねようとすること自体が間違っていたのかもしれない。

 どうしようかと、駐車場の入り口に突っ立っていた時に、こちらに一台の車が向かってきたので冬麻は慌てて端に避ける。

 車は駐車場の入り口の手前で停止した。運転席からスーツ姿の男が降りてきて冬麻のもとへと向かってきた。
 やばい。こんなところに立っていて不審者だと思われ注意されるのかと冬麻は身構えた。


「冬麻さま!」

 ん……? トウマサマ……?

「失礼致しました。二ノ坂冬麻さんですよね? なぜこんなところにいらっしゃるのですか?」

 スーツの男は、どうやら冬麻のことを知っているらしい。冬麻からしても見たことがあるような気がするが、どこで会った誰かまでは思い出せない。
 スーツの男の年齢は40代くらいだろうか。地味な黒髪、地味なスーツ。どこか控えめな印象の男だ。

「もしかして社長に会いにいらっしゃったのですか?」
「えっ……あのっ……」

 社長って、久我のことを指すのか……?

「申し遅れました。私は久我朔夜の秘書を務めさせていただいております、櫂堂かいどうと申します」
「櫂堂さん……?」
「こんなに濡れて……いつからここにいたんですか? とにかく車に乗ってください。すぐ中にお連れします」
「いや、俺が乗ったら車が汚れますし……」

 櫂堂は冬麻を後部座席に誘導するが、こんな身形みなりでベンツに乗るなんて申し訳ない気持ちになる。

「何言ってるんです? 冬麻さまが乗らないなら他に誰が乗るんですか! 急いでください! 私が社長に怒られます!」

 いやなんでそんなことを言う……。この人どっかの誰かに似ているな……。

 櫂堂は後部座席のドアを開けて、冬麻の傘を手に取り、代わりに冬麻の頭上に差してくれている。
 断ることなどできないようだ。申し訳ないが車に乗せてもらうことにした。
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