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32.久我の本心

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 再び小さな監禁部屋に閉じ込められ、また振り出しに戻った気分だ。

「水が飲みたかったんだよね? 遅くなってごめん。でも、冬麻ももっと俺を呼んでくれていいんだよ?」

 久我が鉄格子の小窓からスッとトレイに載せた水を差し入れてきた。

「ここに置いておく——」
「要らないっ!」

 冬麻はそれを思い切り蹴っ飛ばす。トレイは壁に激突し、水の入ったグラスが倒れてガシャンと割れ、グラスの破片がそこら中に飛び散った。
 
「今片付ける。怪我すると危ないから破片に近寄らないで」

 久我は鉄格子の鍵を解除して、水とグラスの始末をする。

 はぁ、この人はわからない。
 守りたいのか、傷つけたいのかどっちなんだ……。

「どけよ」

 扉付近にいる久我に吐き捨てた。久我は「えっ」と冬麻の不遜な態度に驚いてこっちを向いた。
 
「さっきのでもうわかったでしょう? 俺はここから逃げ出したい。こんなところで一生暮らすくらいなら死んだほうがましだ」

 もういい。本当にここで果ててもいいと思うくらいに、冬麻の精神は追い詰められている。

「冬麻、そんなこと言わないで。俺は冬麻と一緒にいたい。俺には冬麻だけしかいないんだよ?」

 懇願するような目で、愛ある言葉を与えようとしているが、もう久我の言葉なんて冬麻には届かない。

「何言ってるんだよ。『俺には冬麻だけ』なんて信じない。そんなの嘘だ!」
「嘘じゃな——」


「ヒナタ」

 冬麻がその名を口にすると、久我の表情が一変した。

「ヒナタって、誰ですか?」

 冬麻は久我の様子を見逃さないようにしっかりとした両眼で久我を見据える。

「なんで冬麻が陽向ひなたのことを知ってるの?!」

 久我は信じられないという表情だ。

「久我さんが自分で言ったくせに。寝ぼけてて覚えてないんですか? 夜中に俺を抱き締めながら『大好きだよ、陽向』って言ったんだ」

 久我は返す言葉がないようだ。それか言い訳を必死で考えている最中かもしれない。

「『俺が冬麻を囲ったら陽向がヤキモチ焼いて怒るかな』って思ってるのに、どうして俺をここに連れてきたんですか?! それって、俺は愛人ってことですか……?」
「なんでそんなことまで……」

 久我にとって想定外だったようだ。陽向のことはずっと冬麻には隠し通すつもりだったんだろう。
 晴翔から聞いた、と言いかけたが、そんなことを言えば晴翔に危害を加えられそうなので、そこは口をつぐんだ。



「冬麻。いつから陽向のこと、知ってたの?」

 久我は冬麻の前にしゃがみ込み、冬麻のことを見つめている。
 その目は何度も見たことがある。久我が冬麻を愛おしそうに見る、優しい視線だ。
 なんだか懐かしい気持ちになった。以前はなんでもないことだったのに。

「冬麻。俺に優しすぎない? 寝言で他の人の名前を呼ぶなんて最低だ。それなのにどうしてそこで俺を責めなかったの? すぐに叩き起こして俺をなじればいいのに」
「それは……」

 どうしてだろう。久我のことを信じたいと思ったからかもしれない。

「俺には陽向がいて、自分は俺の愛人かもしれないと思ったのに、それでも俺のところに帰って来てくれたの……?」

 久我の目が潤んでいる。
 この人は何があっても泣くことなんてない、強い人だと思っていたのに。

「駄目だよ、俺のところに戻ってきちゃ。冬麻は愛人なんか似合わないよ。冬麻は、冬麻が本当に好きになった人にきちんと愛されなくちゃ」

 久我の頬に涙が伝う。



「俺は冬麻に出会えて本当に良かった。すごく幸せな十年間だったよ。俺は冬麻からたくさんのものをもらった。それなのに、俺は冬麻から奪ってばかりでごめん」

 久我は自らの涙を拭いて、再び冬麻を見た。

「全部白状する。せっかく仕事が決まってた冬麻の内定を奪ったのも、わざと家に借金を背負わせたのも俺だ」

 久我の言葉を聞いて冬麻はハッとする。
 晴翔の言うとおり、久我が裏で関わっていたんだ。

「冬麻を俺のものにしたくて、借金のカタに冬麻を囲って、冬麻を振り回して、無理矢理俺のほうを向かせてキスを奪って、そのあと俺はベッドに押し倒して冬麻の初めてまで奪った。冬麻からしたら酷い話だよね」

 久我と一緒に過ごしていて、冬麻は久我から与えられるばかりだと思っていたのに。奪われた気は少しもなかったのに。

「それだけじゃない。さらに今、俺は冬麻の友達、仕事、身体の自由まで奪おうとしてる。俺は『冬麻を大切にする』って冬麻と約束したのにそれを破ったんだ。しかも俺のワガママが理由だなんて最悪だ」

 初めての夜のとき、男同士のまぐわいなんてわからずに冬麻の身体が緊張で硬くなっていたとき、久我は冬麻に優しい約束をしてくれたんだった。
『冬麻を大切にする』『冬麻を守る』って。


「ごめんね。冬麻。冬麻は俺のこと恋人として信じてくれてたんだね。ちゃんと冬麻は俺を好きでいてくれてたんだね。でも俺はそれに気付かずに冬麻を疑ってばかりで全然信じてあげられなかった」

 ああ、そうか。
 いつだってこの人は不安に思っていたんだ。

 自分が好かれているなんて思えなくて、相手の気持ちをはっきりと確認したいから、監視や束縛ばかり。
 なんでも持ってる、隙のない完璧男だから、まさかこんなに自分に自信がない人だとは思わなかった。


「冬麻。俺たち別れようね。今からもう冬麻は俺の恋人じゃないよ。こんな俺からもっと早く冬麻を離してあげなくちゃいけなかったのに、こんなに遅くなってごめんね」

 久我は泣いているけれど、優しく微笑んでいる。

「冬麻がここを出て行っても融資は継続すると約束する。だから冬麻は好きなところに行っていいよ。もう盗撮もストーカーも監禁もしない。怖い思いをさせてごめんね。俺を警察に突き出しても構わないから」

 さっきまでは久我から逃れたくて仕方なかった。たしかに久我が冬麻にしたことは犯罪まがいのことばかりだ。

 でもそれは全部、冬麻に対する愛情……?
 それがひどく歪んだ形で表れてしまっただけのもの……?
 
 好きだから、不安になる。
 好きだから、束縛する。

 そして今、久我は冬麻を離そうとしている。
 久我と恋人同士じゃなくなる。
 あんなに溺愛されて、冬麻だって久我に好意を抱いていたのに。
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