上 下
12 / 128

12.二人だけのパーティー

しおりを挟む
「おかえりなさい、冬麻」

 あれから晴翔と19時までカラオケに行って、渋谷駅で晴翔と別れた。久我のマンションに到着した今の時刻は19時38分。
 今日は記念日だと言っていた久我はたくさんの料理を作ってくれていたらしく、冬麻が帰るなりダイニングテーブルに料理を並べ始めた。

「冬麻、ずいぶん遅かったね。久しぶりに晴翔くんに会えてそんなに楽しかったの?」
「えっ、はい。まぁ……」

 あれ、晴翔と会う話はしていたかな……。

「死ぬほど心配したよ。今後はふたりきりで密室に行くのはやめてほしいな」
「み、密室って、なんのことですか?」

 まさか、の考えが冬麻の頭をよぎる。

「ふたりきりでカラオケとか、絶対によくないよね。席も近すぎるよ。なにも並んでる座ることはないんじゃないかな」
「やっぱり……」

 どういうわけがわからないが、冬麻の行動はすべて久我に把握されている。しかもGPSで見透かせる以上の内容を。

「彼に急に襲われたらどうするの?」
「久我さん……」

 はぁ……この人はまったく……。ここまでくると呆れを通り越して畏怖の念すらおぼえる。

「そんなことありえないですから。晴翔はただの友達です」
「そっか、そうだよね。俺は冬麻をこの世の誰よりも理解しているよ。さ、パーティーを始めようか。俺と冬麻、ふたりだけのパーティーを」

 久我は冬麻にいつも通りの、あの笑顔を向けてきた。




「あれからもう十年経ったんだね」

 ふたりワインで乾杯したあと、久我が語りだした。
 あれから十年、ということはやはり冬麻が十歳の時から久我はカウントしているらしい。

「記念日に冬麻に何かプレゼントしたいな。何か欲しいものはない?」
「いえ、特に……もうじゅうぶんというか……」

 冬麻の部屋の隣には大量のプレゼントが置かれている。あんなにプレゼントがあるのに、まだ何かを贈るつもりなのか……?

「そうなの? 俺は冬麻が欲しがるものならなんでもプレゼントしてあげたいな。時計でも車でもなんでも言ってね。そんなもので冬麻を縛れるなら安すぎるくらいだよ」
「はぁ……」

 金持ちの思考はまったくもって理解できない。



「さ、食べて食べて。冬麻の好きなものばかり用意したよ」

 たしかにテーブルには冬麻の好物ばかりが並んでいるが、冬麻の食べ物の好みを久我はいつどうやって知ったのだろう。久我とそのような話をした憶えはない。

「幸せだなぁ。毎年、冬麻の写真を眺めながらひとりでお祝いしていたから、こうやって冬麻と一緒に祝えることが嬉しくて仕方ないよ」

 毎年、写真と……?!

「ねぇ、これからは死ぬまでずっとこの日を冬麻と祝いたい。そんな約束を、俺と交わしてくれないか?」
「えっ?! どういうことですか?!」




「プロポーズしたい」

 プ、プロ……? いま、久我はなんて……?

「冬麻。俺は冬麻のことが大好きだ。冬麻とずっと一緒に生きていきたい……というより、冬麻がいないと俺は生きていけないんだ」
「ま、待って、久我さんっ!」

 やばい、久我の様子がおかしい。
 久我は椅子から立ち上がり、ゆっくりと冬麻に近づいてくる。冬麻も席を立ち、久我を見据えながら後ずさる。

「ねぇ、冬麻。これは愛の告白だ。お願いだよ、冬麻。俺を受け入れてほしい」

 久我が迫ってくる。後ずさる冬麻の背後にはもう壁が迫っていてもうこれ以上は逃げられない。

「俺、男ですよ? じょ、冗談ですよね……?」
「男とか女とかそんなに大事? 俺が好きになった冬麻が男だった。ただそれだけのことじゃないか」

 いやいや、結構な違いだと思う。

「男同士だって、キスはできるよね?」

 久我は唇を冬麻の唇に近づけてきた。その距離僅か5センチ。

 こ、これってもしかして、もしかしなくても久我は——。

「冬麻は、俺のことどう思ってる?」

 久我に至近距離で囁かれる。

「俺のことが好きなら、俺を受け入れて」

 冬麻が抗おうかどうしようかと頭が混乱しているうちに、久我に顎をクイッと持ち上げられ、上向きの姿勢にさせられる。
 逃げようと思えば今すぐ久我を突きとばすくらいの力は持っている。それなのにどうして——。

「冬麻」

 愛おしそうに名前を呼ばれ、そのまま唇にキスをされる。
 久我にキスをされて気がついた。
 思っていたよりも、嫌じゃない——。



「ああ。冬麻。可愛い可愛い冬麻……」

 久我が冬麻の身体を抱き締めてきた。
 こんなのおかしい、どこか間違ってると冬麻の心はザワついているのに、なぜか抵抗せずにいる自分自身に驚いた。

「冬麻も俺のこと好きでいてくれるんだね。これからは互いの愛で縛り合おう。決して離れないように」

 久我は再び冬麻の唇にキスをする。

「これからは、冬麻は俺の恋人だよ? もう決まりだからね? これは決定事項。変更解約は許されない。冬麻はもう俺のことしか好きになっちゃいけないの」

 久我に両手で頭を抑えつけられ、強い視線で見つめられ、諭されるように言葉をたたみかけられる。

「俺は冬麻のことが欲しくてたまらない。そして俺が冬麻を諦める日なんて絶対に来ないんだよ。冬麻が逃げても俺はあらゆる手段を使って冬麻を迎えにいって、俺のそばに置く。その意味わかる? 裏切りは許されないってことだよ? まぁ、そうなる前に俺は全力で冬麻を縛って逃がさないけどね」

 久我から逃げるなら、今が最後のチャンスだ。ここでとらわれたら一生抜け出せない予感がする。

「俺は心から冬麻を愛してる。冬麻のためならなんでもする。だから冬麻も俺を愛して。だって、俺だけがこんなにも好きだなんて不公平だと思わない?」

 ああ、やめろ。そんな目で俺を見るな。

「冬麻。俺と結婚しよう。俺は冬麻を離す気はないんだから、冬麻が幸せになるには俺を好きになるしかないんだよ?」



「お、俺に選択肢なんてないじゃないですか……」

 久我を選んではいけない。この人は危険だとわかっているのに。
 こんなに大切にされて、愛されて、心を掻き乱されて、縛られて——。
 引き返さなければならない。これは罠だ。縦横無尽に仕掛けられた久我の罠。
 でも久我は冬麻だけを想ってくれて、こんなにも強く冬麻を望んでくれている。全てが嘘で塗り固められているような男なのに、それだけはきっと久我の本心ではないか。

「ずるいです。こんなのって……。俺に、久我さん以外の誰を好きになれって言うんです?! こんなの間違ってる、なにかおかしいってわかってるのに……俺は……もう……」

 なぜか涙が溢れ出す。悔しいのか、悦んでいるのか、どうして自分が泣いているのかすらわからない。
 久我が、冬麻の零れる涙に口づけた。冬麻を慰めてくれているのか、ただ涙を味わいたくてキスを何度も繰り返しているのか。でももうどっちでもいい。すべての思考を停止して、ただただこの人の罠に堕ちてしまえはいいんだ——。

「好きだよ冬麻——」

 ああ、また唇を奪われる。

「冬麻も俺にキスして——」

 久我に両方の手首を掴まれる。冬麻の腕は、そのまま久我の首のうしろに回すように誘導される。そんな格好にさせられたせいで、必然的に久我との距離がさらに縮まってしまう。
 どうしたんだ……? 自分が自分でなくなっていくような感覚だ。
 冬麻は、久我の唇にキスをする——。
しおりを挟む
感想 48

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

隠れヤンデレは自制しながら、鈍感幼なじみを溺愛する

知世
BL
大輝は悩んでいた。 完璧な幼なじみ―聖にとって、自分の存在は負担なんじゃないか。 自分に優しい…むしろ甘い聖は、俺のせいで、色んなことを我慢しているのでは? 自分は聖の邪魔なのでは? ネガティブな思考に陥った大輝は、ある日、決断する。 幼なじみ離れをしよう、と。 一方で、聖もまた、悩んでいた。 彼は狂おしいまでの愛情を抑え込み、大輝の隣にいる。 自制しがたい恋情を、暴走してしまいそうな心身を、理性でひたすら耐えていた。 心から愛する人を、大切にしたい、慈しみたい、その一心で。 大輝が望むなら、ずっと親友でいるよ。頼りになって、甘えられる、そんな幼なじみのままでいい。 だから、せめて、隣にいたい。一生。死ぬまで共にいよう、大輝。 それが叶わないなら、俺は…。俺は、大輝の望む、幼なじみで親友の聖、ではいられなくなるかもしれない。 小説未満、小ネタ以上、な短編です(スランプの時、思い付いたので書きました) 受けと攻め、交互に視点が変わります。 受けは現在、攻めは過去から現在の話です。 拙い文章ですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。 宜しくお願い致します。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 時々おまけのお話を更新しています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます

猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」 「いや、するわけないだろ!」 相川優也(25) 主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。 碧スバル(21) 指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。 「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」 「スバル、お前なにいってんの……?」 冗談? 本気? 二人の結末は? 美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。

処理中です...