突然現れたアイドルを家に匿うことになりました

雨宮里玖

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3.アイドル職場に現る!

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 仕事終わり、工場の従業員出入り口の前に周りの風景に似つかわしくない車が止まっている。白のポルシェ911。それは俺の憧れの車だ。黒ならもっと良かったが。

 その車から黒いキャップとマスク姿の男が降りてくる。その二つで顔は隠せても背の高さとスタイルの良さは隠しきれないため、俺にはすぐに誰だかわかった。

 俺に近づいてくるその男に「おいっ! お前どういうつもりだよ!」とすぐさま詰め寄る。

「この後一緒に食事でもどうかなと思ってさ」

 言いながらキャップとマスクを外そうとするので「おいやめろ」とそれを制する。

「なんで? 俺は別に隠そうなんて思わないんだけどな。友達を迎えに来て、一緒にメシ食うことの何が悪い事なんだ?」

 いや、お前、ちょっと前までこの工場で作られた商品のCMに出てただろ。今でも工場内にポスターあるぞと言いたい。

「あれ! そいつ、日向の友達?」

 タイミング悪く声をかけてきたのは職場の同僚で工場のラインも一緒の高埜たかのだ。

「あ、そうそうっ、なんか知り合いになったんだよ」

 慌ててその場を取り繕うが、上手い言葉が見つからない。

「へぇ。日向にこんな金持ちっぽい知り合いがいるなんて知らなかったな」

 高埜はポルシェをちらっと一瞥してから凪沢を何者かと探るような目つきで見ている。

「日向。職場の同僚か?」

 凪沢も高埜のことを聞いてきた。

「そうだ。同僚の高埜だ。職場では一番世話になってる奴……かな」

 高埜とは仕事の内容が重なりがちで、同僚の中では最も気のおけない奴だ。

「日向、俺のことそんな風に思ってくれてたのか、マジ嬉しいな!」

 高埜は俺と肩を組み、バンバンとその手で俺の肩を叩く。

「お前さぁ、金をチラつかせて、軽い気持ちで日向に近づいたんなら、さっさと消えてくんねぇかな?」

 高埜は初対面の凪沢に対してなぜか喧嘩腰だ。いつもはそんな事はない、明るくて穏やかな奴なのに。

「俺は金をチラつかせたつもりはない。あの車だって日向が乗ってみたいって言ってたから人から借りてるだけだ。……黒じゃないが。とりあえず、さっきから見てて苛々するからその手を離せよっ!」

 凪沢は高埜が俺の肩に回している手を振り払った。

「行くぞ、日向。俺はお前を迎えに来たんだ。そしてお前はこれから俺に付き合え!」

 なぜか怒った様子の凪沢は、日向の手を引いたままズンズンと車へと向かい、そのまま俺をポルシェ911に乗せて連行した。




「なぁ、凪沢。何で怒ってんだよ……」

 凪沢の感情が表れているのか、さっきから運転が荒い。でも代わってやりたくても俺は運転免許を未だ所持していない。

「日向。今後一切、高埜に身体を触らせるな! あいつ絶対お前に気があるぞ!」

 はぁ……。と溜め息が出る。

「そりゃお前の周りはみんなお前のことを好きになるだろうな。でも俺は違う。平凡な、何の取り柄もない男なんだよ。人に好かれたことなんて一度もないんだ。それに高埜は俺の友達だよ。俺に気があるわけがない」

 凪沢はさぞかしモテまくりの人生を送ってきたことだろう。平凡な人間の感覚をきっと知らないのだ。

「何言ってんだよ、お前」
「……は? どーしたそんな怖い顔して」

 ギロッと睨みつけてくる顔まで男らしくてかっこいいと思ってしまう。ファンは盲目だ。

「お前は鈍すぎて周りの好意に気がつかないだけだ。もっと自覚しろ! そのうち襲われるぞ!」
「わかった、わかった」
「その返事! わかってないだろ!」
「はいはい。わかったよ。ありがとな、そんなに俺のことを褒めてくれて。俺はモテ男だったんだな。知らなかった」

 凪沢は遠回しに、お前はモテると言ってくれている。そのお世辞を素直に受け取ってこの話を終わりにしよう。


「なぁ、ところでお前、どこに向かってるんだ?」
「昔、お前が行きたがってたところだよ」

 ——昔?

 俺と凪沢は出会ってまだ日が浅い。二週間前を、昔と言うなんて大袈裟な奴だなと思った。


 ◆◆◆


「ここだ」と凪沢が案内してくれたのは、懐かしい風景だ。
 昔暮らした場所の近辺。その最寄りのパーキングに凪沢は車を停めた。

「そろそろ何か思い出さないか?」
「うーん……何を?」

 確かに見覚えのある景色だ。でも、ここにアイドル凪沢優貴との思い出などあるはずもない。

「思い出さないならそれでいい。行こう。俺がお前を連れて行きたい店はすぐそこだ」

 そう言う凪沢に連れてこられた店は、俺の見覚えのある店だった。児童養護施設にいた頃、小学校からの行き帰りにいつも見ていた風景の一部。
 そういえば、あの時一緒に登校していた奴の本名は何だった……?
 でもそいつと一緒に登校していたのも僅かな時期だけだ。俺はいつも孤独な少年だった。


「予約してある。入ろう」

 凪沢は俺をエスコートしてから店に入った。

 それから普通に街の小さなレストランでそこそこの味のフレンチ料理を凪沢と食べて、「この辺り、実は俺が昔いた施設の近くで通学路だったんだ」と凪沢に言い、懐かしくて二人で少し散歩をしてから家に帰った。

 凪沢は「借りた車を返して来る」と言って俺を一人アパートに残して去っていった。
 その背中を俺は「はーい」と軽々しく見送ってしまった。

 そしてそれっきり凪沢は、俺のアパート戻って来なかった。
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