悪役とは誰が決めるのか。

SHIN

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はじまりの言葉

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 「ユーリ・ブラットレイとの婚約を解消する。」




 きらびやかな夜会にそぐわぬそんな言葉が、辺りの歓談の雰囲気を静寂へと変えた。
 言葉を発したのは王弟を父親に持つ公爵子息のドラン・マイヤーだった。

 王族の血を感じさせる今の国王陛下と同じ金糸の髪とエメラルドグリーンの瞳。国王陛下と異なり少し肌が褐色なのは王弟である公爵が外交で恋に落ち隣国から迎えた公爵夫人の血筋であろう。
 エキゾチックな雰囲気を漂わせるドランの腕には、小柄な少女が居る。
 彼女はによると下町で花売りをしている、いわゆる平民の少女。
たしか、名前はアイリスと言ったか。
 普段の生活からは縁遠い場所だからか、彼女の着るパールイエローのドレスはふわふわの茶色の髪に良く合っているのだが着せられている感が満載だし、踵の高いヒールは彼女の足をプルプルさせていた。


 そんな彼らを夜会の料理に舌鼓を打ちながら、冷めた目で観察するのは私、ユーリ・ブラットレイ。

 婚約破棄をされたですわ。


 ところで皆様、前世って覚えていますか?
 私は覚えています。

 私の前世は情報社会の世界だった。そんな今の世界と違い最先端な所にいた私だが、これといって優れた能力は持ち合わせていない。
 
 魔法でチート?そんなもん無い!むしろ平均だ!
 肉体的チート?それも無いから!むしろ少し病弱じゃ!

 そんな私が唯一持っているのが、記憶。

 産まれた時からある前世の記憶は、この世界が前世で読んだWeb小説にそっくりなのを覚えていた。

『愛する花』
 
 それが小説の名前。
 主人公は花売りの少女で、ある日、公爵子息に出逢い互いに恋に落ちる。
 甘い駆け引きや、すれ違いなどがありながらも互いを愛する気持ちがどんどん膨らんで行った。しかし、公爵子息には幼少の頃からの婚約者がいた。婚約者が居るのに逢瀬を交わしている禁断な雰囲気はさらに彼らを燃え上がらせる。

 そんな関係は二人を見かけた貴族により噂になってしまう。二人は、これをきっかけとして婚約解消をしようとある夜会で婚約者に婚約解消を告げた。

 婚約者は大勢の前で恥を掻いたと怒り、婚約解消を認めず少女を罵倒した。そして、この夜会から少女を苛めだしたのだ。

 公爵子息と少女はその婚約者の苛めを二人で乗り越えてゆく。それを見ていた周囲がほだされ少しずつ二人を助けだし、最終的には婚約者も苛めを謝罪して、二人の仲を認める。
 晴れて二人は結婚へ。

 そんな甘ったるいお話しなのだが、何かの賞を取っただとかで映画になった。その際、友達に連れられて見に行ったのを覚えていた。
 私だけでは絶対見ないであろう作品だったな。

 ここまで来ると察しが付くと思うが、この話の公爵子息がドラン。少女がアイリス。婚約者が私である。

 友達いわく、婚約者わたしは悪役令嬢なのだとか。解せぬ。



「ユーリ、今まで裏切っていたことは謝ろう。だが、俺はアイリスを愛してしまったのだ。」



 何も反応を返さない私に焦れたのか、ドランがさらに言葉を重ねた。
 とりあえず、口に入っていたこの夜会料理で気に入った鴨肉を飲み込みふんわりと笑みを浮かべる。

 ぶっちゃけると内心は『あー、鴨肉のソース最高!オレンジが入ってるね。後味がさっぱりでうまー。』の笑みである。でも言わない。
 そのまま笑みを絶やさずに眉を寄せ困った笑みに変えると落ち付いた声色で返事を返す。



「婚約破棄の件、了承しましたわ。」
「本当か?」
「ええ、もちろん。ですが、こんな大勢の前で言われるなんて酷いですわ。」



 目を軽くふせ、口元に手を当て下方向に視線を向ければ、何人かの貴族の方々が同情するようにこちらを見る。
 ドランもばつが悪そうな顔をしていた。
 まあ、当然だろう。
 
 そもそも、婚約は両家で行われるもの。
 それを個人的な欲求で大勢の前で婚約破棄をした。おそらく、親にも伝えていないだろう。きっと、既成事実として印象付けたかったのだろうが、公爵子息にしてはやり方が拙い。

 こんな大勢の前で破棄された私が見せ物の様に成るなどドランは想像さえしなかったのでしょうね。ですが、その見せ物状態を利用させていただきます。


 私は淡いアメジスト色の目から一筋の涙を溢す。
 夜会に居る人達が息を飲むほどそれは美しのは知っていた。なにせ、ヒロインのライバル役ですもの容姿はそれなりに自信が有ります。この、ストレートの銀糸の髪もお気に入りですの。

 ドランも、そのいつもは気丈な婚約者が涙を溢す姿に息を飲んで固まっている。それを確認したあと、涙を拭い気にしてないよアピールをしつつ、私の本題にはいる。



「こうなっては公爵子息に棄てられたと広まり嫁の貰い手がないですわね。」
「す、済まなかった。確かにこんなことで告げる話ではなかった。詫びをしよう。」
「では、一つお願いがございます。」
「なんだ?」
「婚約破棄賠償として、百万フロワお願いできますか?」



 百万フロワは私の前世で言う百万円。えっ、賠償としては少なすぎる?
 良いのです。あまり高くても『なんて強欲だ』と悪役にされるのがおちですので。それに、このお金はのための資金。



「百万フロワで良いのか?」
「はい。噂が耳に入った時点で、もう結婚が望めない私は商売をしようと思っておりましたのでそれの軍資金です。」
「……商売。」



 私はこう見えて侯爵令嬢ですので、商売という言葉は似合わないかも知れませんが、前々から前世の記憶の商品で商売がしたかったのです。
 小説ではこの大勢の前での婚約破棄に屈辱を感じていた悪役わたしですが、前世の記憶を持っている私は『ひゃっはー!自由じゃー!』と喜んでいます。



「私は大丈夫ですのでその少女とお幸せに。」
「こんな場所での告げた事なのに受け入れてくれてありがとう。」
「今後は気をつけて下さいね。」
「百万フロワはすぐにブラットレイ家に届けよう。」



 周りから冷たい視線を送られているのに気がつかないのかドランは私の祝福の言葉に、表情を明らめ嬉しそうにしている。
 まあ、これから貴族内で色々あるでしょうから今はその幸せを噛みしめさせておきましょう。
 とりあえず私はこの微妙な空気の会場から出でいかせてもらおっと。
 出来ればもうちょっと料理を堪能したかったのに。



「会場の皆様もお騒がせしてすみません。私はこのまま退場いたしますね。」



 




 

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