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閑話3 悪の貴族
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とある地下室にて。
「……それで? ルナちゃんがいないとは、いったいどういうことかネ!?」
「ひいい! も、申し訳ございません!」
「どうか、我々の話を聞いてくださいぃ!」
奴隷商人たちが悲鳴をあげている。
ふたりとも拘束されてエレイン侯に鞭を打たれていた。
相手が貴族なので、許可をもらえるまで奴隷商人たちに弁明は許されない。
「私はネ、とっても楽しみにしてたんですヨ? ルナちゃんに会えると思って、準備を整えてたんですから」
鞭。
男たちの悲鳴。
「ホラ、これ。フリフリでかわいい服でしょう? きっとルナちゃんに似合うと思って用意してたのに無駄になってしまいましたネ……」
鞭。
男たちの懇願。
「たっぷり愛でて、希望を与えてから、一気に絶望のどん底に突き落としてあげようと思ってたのに。せっかくの趣向が台無しですヨ」
鞭。
男たちの命乞い。
「君たちは、アレですか? 子供ひとり買い付けることのできない無能なんですかネ? 言い残すことがあるなら聞きますヨ?」
ようやく弁明を許された奴隷商人たちは喜びに顔を上げたが、すぐ青ざめた。
エレイン侯が鞭を巨大なハンマーに持ち替えている。
答えを間違えれば待っているのは処刑だ。
「バ、バゾンドです! バゾンドが現れたんです!」
「………………バゾンド?」
「そうです! バゾンドが我々の邪魔を――」
グシャリ、と何かが弾けた。
隣の相棒の変わり果てた姿に、もうひとりの奴隷商人が戦慄する。
「いいことを教えよう。私は、嘘を吐かれるのが嫌いだ」
エレイン侯の巫山戯た雰囲気が一変していた。
甲高かった口調も、厳かな低音の声に変化している。
「より正確に言うと、身分を弁えない者が嫌いだ。平民が貴族を騙そうとするなど言語道断。道理と立場を理解しない愚者に生きる価値はない」
エレイン侯が仮面を外す。
右目に眼帯をした悪鬼のような形相があらわになった。
「ひいいぃッ!」
「貴族の地位が高いのは戦場に立つからだ。私が侯爵に封じられているのも、先祖からの義務を引き継いでいるためだ。だからこその特権! 命を踏みにじることを許されている!」
「お許しを! どうか御慈悲を!」
「ならば答えよ。何故だ? どうして失敗した?」
「本当なんです! 本当にバゾンドが現れて!」
エレイン侯の左目が失望の色に染まった。
「……そうか。やはり卑しい身分の者に道理を説いたところで無駄か」
エレイン侯が壁にハンマーを立てかけて、テーブルに置かれたさまざまな拷問道具の中から巨大なペンチのようなものを選んだ。
「よかろう。真実を話したくなるまでたっぷり付き合ってやる。歯は親知らずも含めて三十二本。爪は二十枚もあるからな」
「嘘じゃないんです! お願いです、どうか信じてください!」
奴隷商人の悲鳴が地下に響き渡る。
すぐに死ねた相棒を羨ましくなるまで、そう長い時間はかからなかった。
◇
「いやあ、参りましたネ。ちょっとはりきり過ぎたせいで、何も聞けなくなってしまいましたヨ」
エレイン侯が屋敷の一室で頭を悩ませている。
そばに控えていた赤いローブの人物がひざまずいた。
「エレイン侯。ルナの確保……どうか、このリシアン・ヴァイスにお任せを」
「おお、リシアン。行ってくれるのかネ?」
「はっ。ブラッディ・ムーンはもともと自分の専門分野です。奴隷商人を使ってルナを確保する案を侯に進言したのも、この私。その責任は取らせていただきたく」
「いいでしょう。吉報を待っていますヨ」
「はっ。この命に替えましても」
リシアンを送り出した後、エレイン侯は窓のそばに立って空を見上げる。
視線の先には赤き月ブラッティ・ムーン。
「バゾンド、ですか。もし本当にバゾンドがルナを連れて行ったのなら、リシアンの手にも余るでしょうネ……」
エレイン侯がピエロの仮面と眼帯を外す。
「念のため、私も準備しておきましょうか」
隠されていた右の瞳は、ルナと同じく赤色だった。
「……それで? ルナちゃんがいないとは、いったいどういうことかネ!?」
「ひいい! も、申し訳ございません!」
「どうか、我々の話を聞いてくださいぃ!」
奴隷商人たちが悲鳴をあげている。
ふたりとも拘束されてエレイン侯に鞭を打たれていた。
相手が貴族なので、許可をもらえるまで奴隷商人たちに弁明は許されない。
「私はネ、とっても楽しみにしてたんですヨ? ルナちゃんに会えると思って、準備を整えてたんですから」
鞭。
男たちの悲鳴。
「ホラ、これ。フリフリでかわいい服でしょう? きっとルナちゃんに似合うと思って用意してたのに無駄になってしまいましたネ……」
鞭。
男たちの懇願。
「たっぷり愛でて、希望を与えてから、一気に絶望のどん底に突き落としてあげようと思ってたのに。せっかくの趣向が台無しですヨ」
鞭。
男たちの命乞い。
「君たちは、アレですか? 子供ひとり買い付けることのできない無能なんですかネ? 言い残すことがあるなら聞きますヨ?」
ようやく弁明を許された奴隷商人たちは喜びに顔を上げたが、すぐ青ざめた。
エレイン侯が鞭を巨大なハンマーに持ち替えている。
答えを間違えれば待っているのは処刑だ。
「バ、バゾンドです! バゾンドが現れたんです!」
「………………バゾンド?」
「そうです! バゾンドが我々の邪魔を――」
グシャリ、と何かが弾けた。
隣の相棒の変わり果てた姿に、もうひとりの奴隷商人が戦慄する。
「いいことを教えよう。私は、嘘を吐かれるのが嫌いだ」
エレイン侯の巫山戯た雰囲気が一変していた。
甲高かった口調も、厳かな低音の声に変化している。
「より正確に言うと、身分を弁えない者が嫌いだ。平民が貴族を騙そうとするなど言語道断。道理と立場を理解しない愚者に生きる価値はない」
エレイン侯が仮面を外す。
右目に眼帯をした悪鬼のような形相があらわになった。
「ひいいぃッ!」
「貴族の地位が高いのは戦場に立つからだ。私が侯爵に封じられているのも、先祖からの義務を引き継いでいるためだ。だからこその特権! 命を踏みにじることを許されている!」
「お許しを! どうか御慈悲を!」
「ならば答えよ。何故だ? どうして失敗した?」
「本当なんです! 本当にバゾンドが現れて!」
エレイン侯の左目が失望の色に染まった。
「……そうか。やはり卑しい身分の者に道理を説いたところで無駄か」
エレイン侯が壁にハンマーを立てかけて、テーブルに置かれたさまざまな拷問道具の中から巨大なペンチのようなものを選んだ。
「よかろう。真実を話したくなるまでたっぷり付き合ってやる。歯は親知らずも含めて三十二本。爪は二十枚もあるからな」
「嘘じゃないんです! お願いです、どうか信じてください!」
奴隷商人の悲鳴が地下に響き渡る。
すぐに死ねた相棒を羨ましくなるまで、そう長い時間はかからなかった。
◇
「いやあ、参りましたネ。ちょっとはりきり過ぎたせいで、何も聞けなくなってしまいましたヨ」
エレイン侯が屋敷の一室で頭を悩ませている。
そばに控えていた赤いローブの人物がひざまずいた。
「エレイン侯。ルナの確保……どうか、このリシアン・ヴァイスにお任せを」
「おお、リシアン。行ってくれるのかネ?」
「はっ。ブラッディ・ムーンはもともと自分の専門分野です。奴隷商人を使ってルナを確保する案を侯に進言したのも、この私。その責任は取らせていただきたく」
「いいでしょう。吉報を待っていますヨ」
「はっ。この命に替えましても」
リシアンを送り出した後、エレイン侯は窓のそばに立って空を見上げる。
視線の先には赤き月ブラッティ・ムーン。
「バゾンド、ですか。もし本当にバゾンドがルナを連れて行ったのなら、リシアンの手にも余るでしょうネ……」
エレイン侯がピエロの仮面と眼帯を外す。
「念のため、私も準備しておきましょうか」
隠されていた右の瞳は、ルナと同じく赤色だった。
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