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1話 奈落に堕ちた少女
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そいつと出会ったのは、牙竜退治の帰りのこと。
巨大な竜の遺骸を引きずりながら、いつものように代わり映えしない岩と塩でできた地下世界を歩いていると、相棒のフェンリスが唐突に走り出した。
「あいつ、またかよ」
孤高を気取る相棒の単独行動に思わずため息が漏れる。
狼の禍獣であるフェンリスは鼻がいいから、俺より先になんらかの異常に気付いたんだろうが。
追いつくために速度を上げると牙竜の重さが腕にズシリとくる。
戦いの余韻もまだ身体に残っているが、フェンリスが何かを見つけたとなれば無視するわけにはいかない。
「仕方ないな」
ひとまず牙竜の遺骸を岩陰に押し込んでから、フェンリスの後を追うことにする。
フェンリスが向かったのは、地上からゴミが堕ちてくる『捨て場』だ。
その光景は、うず高く積みあがった塚としか呼びようがない。
普段ならガラクタしかないが、フェンリスが何か異常を感じたのだろう。近づくにつれて俺も妙な匂いに気づいた。
血の匂い。
そして、淡い香り。
「こいつは……」
フェンリスが俺を待っていたのは塚の頂上。
視界に飛び込んできたのは、ぼろぼろの布束の上に倒れている小さな影。
地上でしか見られないような衣服を身にまとった少女だ。
漆喰のように黒く長い髪。
不健康さすら感じる白い肌。
細い手足はほんの少し力をこめれば、ぽっきりと折れてしまいそうだ。
どこか常人らしからぬ美しい容姿をしているものの、角や尾といったわかりやすい異能は見当たらない。
「まさか本当に人間なのか?」
人間に出会うとは思わなかった。
しかもこんな地の底で。
確かにここにはたまに生き物も落ちてくるが、大抵は落下の衝撃に耐えられず肉の塊になる。
運よく助かったとしても、このあたりを狩場にしているモンスターに見つかれば結末は同じだ。
もし逃げ隠れできたって、今度は厳しい自然との戦いが待っている。
なんの知識もない傷だらけの少女がたったひとりで無事に生き延びられるはずがない。
だというのに――
「しかも生きてるぞ、こいつ」
少女の胸がかすかに胸が上下している。
たまたま誰かが捨てた大量の布が下敷きとなり、少女の命を救ったのだろう。
額からわずかな血が流れているものの、他は擦り傷ばかりで大ケガはしてない。
それも俺がかけた回復魔法でみるみるうちに塞がっていく。
「やめろ。まだ死んじゃいない」
フェンリスが少女に鼻先を近づけたので慌てて払いのけると「少女が生きてるのはわかっていたし別に食べるつもりじゃなかった!」と言いたげに睨みつけてきた。
「すまん。悪かったって!」
不貞腐れたフェンリスがプイッとそっぽを向く。
確かに食べるつもりなら俺の到着を待つ必要なんてなかったはずだ。
つまり、この相棒は最初から少女を助ける気マンマンだったということになる。
それなら、俺も相棒の意志を尊重するとしようか。
「アビスランドに堕ちて助かるなんて、運がいいのか悪いのか」
少女を抱き上げ、その軽さに驚く。まるで抜け殻みたいだ。
フェンリスが不安そうに尻尾を揺らしながら塚を折り始めた俺についてくる。
今日の戦利品である牙竜に加え、意図せず拾ってしまった新たな荷物。
この底辺世界で少女がいつまで生き延びられるかどうかは分からないが、とりあえず俺たちの住処まで連れて帰るしかないだろう。
少女の体温が腕に伝わってくる。
遠い記憶が蘇りそうになった俺は、その想いをかき消すように首を振った。
「帰るぞ、フェンリス」
狼の禍獣は静かに頷くようにして、俺の歩調に合わせた。
暗い地下の道を歩く俺たちの影が酸の水たまり映る。
無骨で静かな日常に、突然現れた少女が、これからどんな波紋を広げていくのか。
その答えは、まだわからない。
巨大な竜の遺骸を引きずりながら、いつものように代わり映えしない岩と塩でできた地下世界を歩いていると、相棒のフェンリスが唐突に走り出した。
「あいつ、またかよ」
孤高を気取る相棒の単独行動に思わずため息が漏れる。
狼の禍獣であるフェンリスは鼻がいいから、俺より先になんらかの異常に気付いたんだろうが。
追いつくために速度を上げると牙竜の重さが腕にズシリとくる。
戦いの余韻もまだ身体に残っているが、フェンリスが何かを見つけたとなれば無視するわけにはいかない。
「仕方ないな」
ひとまず牙竜の遺骸を岩陰に押し込んでから、フェンリスの後を追うことにする。
フェンリスが向かったのは、地上からゴミが堕ちてくる『捨て場』だ。
その光景は、うず高く積みあがった塚としか呼びようがない。
普段ならガラクタしかないが、フェンリスが何か異常を感じたのだろう。近づくにつれて俺も妙な匂いに気づいた。
血の匂い。
そして、淡い香り。
「こいつは……」
フェンリスが俺を待っていたのは塚の頂上。
視界に飛び込んできたのは、ぼろぼろの布束の上に倒れている小さな影。
地上でしか見られないような衣服を身にまとった少女だ。
漆喰のように黒く長い髪。
不健康さすら感じる白い肌。
細い手足はほんの少し力をこめれば、ぽっきりと折れてしまいそうだ。
どこか常人らしからぬ美しい容姿をしているものの、角や尾といったわかりやすい異能は見当たらない。
「まさか本当に人間なのか?」
人間に出会うとは思わなかった。
しかもこんな地の底で。
確かにここにはたまに生き物も落ちてくるが、大抵は落下の衝撃に耐えられず肉の塊になる。
運よく助かったとしても、このあたりを狩場にしているモンスターに見つかれば結末は同じだ。
もし逃げ隠れできたって、今度は厳しい自然との戦いが待っている。
なんの知識もない傷だらけの少女がたったひとりで無事に生き延びられるはずがない。
だというのに――
「しかも生きてるぞ、こいつ」
少女の胸がかすかに胸が上下している。
たまたま誰かが捨てた大量の布が下敷きとなり、少女の命を救ったのだろう。
額からわずかな血が流れているものの、他は擦り傷ばかりで大ケガはしてない。
それも俺がかけた回復魔法でみるみるうちに塞がっていく。
「やめろ。まだ死んじゃいない」
フェンリスが少女に鼻先を近づけたので慌てて払いのけると「少女が生きてるのはわかっていたし別に食べるつもりじゃなかった!」と言いたげに睨みつけてきた。
「すまん。悪かったって!」
不貞腐れたフェンリスがプイッとそっぽを向く。
確かに食べるつもりなら俺の到着を待つ必要なんてなかったはずだ。
つまり、この相棒は最初から少女を助ける気マンマンだったということになる。
それなら、俺も相棒の意志を尊重するとしようか。
「アビスランドに堕ちて助かるなんて、運がいいのか悪いのか」
少女を抱き上げ、その軽さに驚く。まるで抜け殻みたいだ。
フェンリスが不安そうに尻尾を揺らしながら塚を折り始めた俺についてくる。
今日の戦利品である牙竜に加え、意図せず拾ってしまった新たな荷物。
この底辺世界で少女がいつまで生き延びられるかどうかは分からないが、とりあえず俺たちの住処まで連れて帰るしかないだろう。
少女の体温が腕に伝わってくる。
遠い記憶が蘇りそうになった俺は、その想いをかき消すように首を振った。
「帰るぞ、フェンリス」
狼の禍獣は静かに頷くようにして、俺の歩調に合わせた。
暗い地下の道を歩く俺たちの影が酸の水たまり映る。
無骨で静かな日常に、突然現れた少女が、これからどんな波紋を広げていくのか。
その答えは、まだわからない。
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