上 下
56 / 116

第56話 作戦会議

しおりを挟む
 イッチーたちに女性たちとカイルを保護してもらった俺たちは、下水の通路を進んでいた。
 もちろん、アドバルを討伐するためである。
 時間の制約がなくなったこともあって、その足取りは緩やかだ。

「ああ、そういえばゲモスから聞き出した情報の中に面白い内容があった」
「ふーん。どうせアドバルの話じゃないの?」

 俺が振った話題に、シエリは興味なさげに肩をすくめた。

「いや、ゲモスはアドバルのことをほとんど知らなかった。両者には仲介人がいたんだ」
「へー。どんな奴だったの?」

 ウィスリーが何も考えていなさそうな顔で首を傾げる。

「それがな……聞いて驚け。アドバルに金を投資したのは冒険者第一支部長のマニーズだった。奴が邪神官と傭兵を引き合わせたんだ」
「ほえー、そうだったんだ」
「えっ……えええええええッ!?」

 ふたりのリアクションが対照的で実に面白い。 

「だったら、裏で手を引いてる黒幕はもう……」

 ウィスリーのつぶやきに頷き返す。

「ああ。既に退治済みということになる」

 ようやく冒険者ギルドと距離を置いている王国がマニーズの捜査に動いていた理由がわかった。
 奴の投資先には彼らが捜査するような犯罪組織も多く関わっていたのだ。
 もしかしたら、マニーズはずっと前から当局にマークされていたのかもしれない。
 
「……は? ちょっと待って。退治済みって、ひょっとして……あのセクハラデブ親父が逮捕されたのって、アンタが噛んでたのっ!?」
「そういえばシエリには言ってなかったな」

 俺が頷き返すと、シエリは本当に……本当にとてつもなく驚いた顔をした後で、呆けたように呟いた。

「すごいわ、アーカンソー……今回の事件の黒幕にあらかじめ手を打っておくなんて。やっぱりアンタ只者じゃないわ」
「ふっふーん、そうだろー? あちしのご主人さまはすごいだろー?」

 ウィスリーが自慢げに胸を張る。

「そんなことはない。すべて偶然だとも」

 俺の正直な本音を聞いて、ウィスリーはいつものようにキラキラと賞賛の眼差しを向けてくる。
 それに対してシエリは、

――偶然? そんなわけないわよね。全部計算通りに決まってるわ!

 と思っていそうな深読み顔をしている。
 もちろん訂正はしない。
 労力の無駄だからだ。

「さて、対アドバルの作戦だが……」

 俺が語り出すと、ふたりが素早く拝聴はいちょうの姿勢になる。

「今回はいつものような露払いソーは送らない。奴が適切な逃げの手を打った場合に追撃が難しくなる。同様の理由から魔術師の目ウィザード・アイでの偵察も行わない。仮に『目』を透明化させておいたとしても、奴がそれを看破するような手段を持っていたら主導権イニシアティブを握られてしまうからだ。アドバルを絶対に逃がさないためには、最初の一手で流血させるか、髪を切り落とす必要がある。今更理由を説明する必要はないな?」
「あいっ! 生命発見ロケート・ライフの触媒のためだよね!」

 ウィスリーが挙手して、褒めてほしそうに見つめてきた。
 頭を撫でることで望みを叶える。

「そうだ。だが、生命発見ロケート・ライフはあくまで保険だ。基本的には、この場で倒し切ることを目指す。よって、奴にはこちらが格下だと錯覚させつつ、転移阻害や結界の展開をひそやかに行ない、さらに足を負傷させるなど、逃走手段の奪取を第一優先目標とする。もちろん一撃で仕留められる機会があれば、それに越したことはないがな。だが、奴は邪神官だ。おめおめと捕虜になるぐらいなら命と引き換えに呪いをかけてきたり、最悪の場合は自分の魂を、神格の部分召喚という自爆策を打ってくるだろう」
「『しんかくのぶぶんしょーかん』?」

 ウィスリーがぽけーっとした、言葉の意味を一切わかっていなさそうな顔をした。

「神格というのは要するに神のこと。部分召喚というのは、全部ではなく一部分だけ召喚するという意味だ。高位の神官は自分の魂を神に捧げることで、神の一部を召喚することができる。アドバルの場合は災火神ベレイドーラの一部だ。もし召喚されたら王都を包み込むような災火をもたらすだろう。だが知ってのとおり呪いなら俺が対処できるし、神格についても……まあ、大丈夫だ。俺に任せてくれればいい」
「魅了とか麻痺の状態異常バッステでの無力化は……あー、さすがに厳しそうね」

 シエリが言いかけて、自分で答えに辿り着いた。

「あのゲモスですら対策していたのだ。アドバルもマニーズからの資金援助を受けていると仮定すれば、状態異常バッドステータスの対策アイテムは潤沢と考えた方がいい。だから、基本に忠実に行く。ウィスリーが接敵し、シエリが攻撃魔法を使い、俺が臨機応変に対応する。以上だ。何か質問は?」

 そこまで言ってから「アンタはひとりで考えすぎる」というイッチーの言葉を思い出した。
 もう一言だけ付け加えておく。

「こうしたほうがいい、というアイデアや希望があるなら言ってくれ。可能な限り盛り込む」
「それなら、提案というよりお願いなんだけど」

 シエリが手を上げた。

「あたしとウィスリーだけで戦わせて」
「えっ……?」

 ウィスリーが意外そうにシエリを見る。

「何故だ?」
「アドバルがあたしの予想どおりの戦闘力なら、アンタが出張った時点で瞬殺できると思うのよね」
「さすがにアドバルの実力を低く見積もり過ぎてはいないか?」
「そんなことないわよ。現に他のディサイプル十三神官はアンタひとりで全滅させたようなもんじゃない」
「それはそうだが……」
「できればウィスリーがどれだけ戦えるのか、どういう戦い方をするのか見ておきたいの。今後のためにもね。もちろん、危ないなって思ったら手を出してくれて構わないから」
「ふむ……ウィスリーはどうだ?」

 話を振られたウィスリーは少し悩んだ素振りを見せたが、すぐに頷いた。

「えっと……うん。確かに自分がどれぐらい通用するか試してみたいかも!」
「わかった。戦闘中は危険があったときにのみ対応しよう。ただし戦闘前にはふたりに強化魔法バフをいろいろとかけさせてもらう。構わないな?」
「それでいいわ」

 シエリが満足げにうなずいた。

「ご主人さま! あちしも、ちょっと思いついたことがあるの!」

 シエリが一番手を切ったからか遠慮がちな顔をしていたウィスリーも挙手した。

「かまわないぞ。言ってみてくれ」
「う、うん! えっと、ご主人さまはアドバルって奴を油断させたいんだよね? だったら――」
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...