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第34話 決意

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「……あん? 俺たち、寝てたか?」
「あれは夢だったんかの」
「なんだか頭がぼやっとしてるんだぜ」

 三人組がボーッとしている。
 他の十三支部のみんなも同じようなものだ。

「まだ寝ぼけているのか?」
「ア、アーカンソーさん!」

 俺の存在に気づいたイッチーが立ち上がった。

「まったく。俺が来たときは酷い有様だったぞ? お前たちは真昼間っから全員でぶっ倒れていたんだ。店の設備もボロボロに破壊されていたしな」
「あれっ、そういえば店が! どうして……!」

 先ほどまでの惨状は見るかげもなく、すべて元通りになっている。
 これにはイッチーだけでなく、十三支部の全員が驚いていた。

「店の主人に頼まれたから俺が魔法で修繕したんだ。今後は喧嘩もほどほどにするんだぞ」
「ア、アーカンソーさん! ここに俺たち以外に誰かいたか!?」

 ようやくカーネルの一件が夢じゃないと思い出したらしく、イッチーが慌てた様子で確認してきた。
 十三支部のみんなが固唾を飲んで見守る中、俺は首を横に振る。

「いや? ここにいたのはだった」
「そ、そっか!」

 一同がホッと胸を撫で下ろす。

「誰かいなければおかしかったか?」
「いや! ぜーんぜんおかしくなんてねぇぜ! なぁ?」
「うむうむ! ワシらはいつもどおりに身内でやりあっただけだの!」
「これからは店を壊し過ぎないように気を付けるんだぜ!」

 イッチーたち三人組だけではない。
 十三支部の全員が口裏を合わせて「ここには自分たちだけだった」と連呼する。
 第三支部の格上冒険者を追い返したことを誇るでもなく、だ。

「フッ……そうか」

 なんだか嬉しさとおかしさが同時にこみあげてきて、思わず微笑んでしまった。
 もはや礼を告げるのすら無粋と思い、ウィスリーの待つテーブル席へと向かう。

「おかえり、ご主人さま」
「ただいま」

 しばらくふたりで牡蠣かきとニンニクのオリーブオイル煮込みを無言でつまんでいく。
 美味い。かつて仲間たちと食べた豪華な飯でも、こんな味はしなかった。
 やがてウィスリーが口を開く。

「みんな、結局カーネルのこと言わなかったんだ。すごいね」
「ああ、すごいな」
「あちしだったら、絶対言っちゃうと思う。最後までご主人さまのこと言わなかったって自慢したいし、褒めてもらいたいもん」
「そうだな。俺も同じ状況に陥ったとき、同様の選択が果たしてできるかどうか……」

 謙虚さとは違う気がする。
 矜持きょうじとでも呼ぶべきものだろう。
 底辺冒険者とののしられても……いや、だからこそ同類なかまだけは売らない。
 十三支部の底力のような何かを感じた。

「お待たせしました。こちら、マスターからのサービスです」

 メルルが新しい料理を運んできた。

「協力に感謝すると伝えておいてくれ」
「そこはお店の修繕と取引でしたので」

 店の主人にはカーネルがみんなに根負けして去ったことにしてもらった。
 その口止め料として店を元通りにした、というわけである。

「アーカンソー様。申し訳ありません」
「ねーちゃ?」

 ここでメルルがいきなり頭を下げてきた。
 ウィスリーも突然のことにびっくりしている。

「どうした、メルル。改まって」
「私が、あの男を止めるべきでした」
「ああ……」

 メルルも気に病んでいたか。

「冒険者同士の喧嘩に手を出すなと言われたのだろう?」
「は、はい。イッチー様がそうおっしゃられて……ですが、どうしてそれを?」
「そんな気がしただけだ」

 メルルの性格的に喧嘩を止めないはずがない。実力も足りている。
 だが、そうしなかった。
 なら、みんながメルルを巻き込まないように気遣ったと考えるのが自然だ。
 
「君も苦しかったろう。よく耐えてくれた」
「アーカンソー様……」
「ねーちゃ、元気出して。誰も悪くなんてないんだから」

 ウィスリーの言うとおりだ。
 誰も悪くなんてない。

 イッチーたちは意地を張り通した。
 メルルはみんなを尊重して手を出さなかった。
 それでいいじゃないか。

「だが、そうだな。このまま我々がモヤモヤを抱えたままというのもなんだし。ちょうど今、全員が幸せになれるいい考えが浮かんだ」
「と、おっしゃいますと……?」
「イッチー。ニーレン。サンゲル。そしてみんな!」

 怪訝な顔をするメルルに笑い返してから、俺は十三支部の全員に聞こえるように声を張り上げた。

「今日は俺の奢りだ! 好きなだけ飲み食いしてくれ!」

 みんなの反応は案の定――

「ヒャッハァ! なんか知らねぇけど、やったぜぇー!」
「アーカンソー殿は太っ腹だの!」
「メニューを全部、ここからここまでお願いするんだぜ!」

 三人組以外の他の全員も、やんややんやと騒ぎだす。

「これが、いい考え……?」

 ぽかんとするメルルに頷き返した。

「ああ。みんな喜ぶし、俺もこっそり礼ができるだろう? メルルも忙しくなるから悩みなんて考えてられなくなるぞ」
「メルルさん、こっちの注文お願いしまーす!」
「は、はい。ただいまー!」

 早速呼ばれたメルルが駆け出していく。

「ご主人さま! こういうの、なんかいいね!」
「ああ。やはり、十三支部はこうでなくてはな」

 十三支部のみんながドンチャン騒いでいるのを見ているのが好きだ。
 ウィスリーがレダとすぐ喧嘩になるのも面白い。
 普段は真面目ぶっているメルルが楽しそうに仕事をしているのも最高だ。

「ウィスリー。俺は決めたよ」
「んえ?」

 ウィスリーが大盛のパスタを口いっぱいに含んだまま顔を上げる。

「ここを拠点ホームにする」

 これだけ通い詰めて何を今更、と思われるかもしれないが。
 十三支部に来るようになったのは、本当にたまたまだ。
 ウィスリーと契約して、奴隷市場から一番近いギルドがここだったという、ただそれだけの話。

 それからいろんなことがあって、イッチーたちとも仲良くなって。
 こんな俺を慕ってくれたり、身を挺して守ってくれたり。
 みんないい奴らだ。
 ここに来て本当によかった。

「うん! あちしもそれがいいと思う!」

 パスタをごっくんと飲み込んだ後、ウィスリーも笑顔で賛成してくれた。

「なら決まりだ」

 ……ああ、そうとも。
 ここが俺の新しい居場所だ。
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