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第11話 はじまりの旅団(カルン視点)

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 俺は戦士カルン。
『はじまりの旅団』のリーダーだ。
 第一支部きってのエリート冒険者として名を馳せている。

 いや……馳せていた、と過去形で言うべきかもしれない。

「本当にこれで良かったのか……?」

 冒険者ギルド第一支部の酒場で、俺はジョッキに口もつけずにぼやいていた。

「シエリのことを考えれば、これが最善手です」

 神官のセイエレムが厳しい顔つきで頷いている。
 話題にのぼった魔法使いシエリは、この場にいない。
 今も宿の自室でベッドを濡らしているのだろう。

「そう、だな……俺たちにはこれしか選択肢がなかった」

 今朝、俺たちは仲間をひとり追放した。
 賢者アーカンソー……実力だけは確かだけど、何を企んでいるかわからない理解不能の男。
 黒衣に身を包み、口数も少なく、時折見せる笑みは不吉そのもの。
 その姿、立ちふるまいは……賢者というより暗黒魔導士と呼ぶに相応しい。

「だけど、戦力ダウンばかりはいかんともしがたい。今までと同じような活躍は難しくなるだろう」
「……ええ、そうでしょうね」

 俺の懸念にセイエレムが沈痛な面持ちで頷いた後、嫌悪感もあらわに毒づいた。

「あの男は化け物でしたから」
「おい、いくらなんでも言いすぎだろ」
「僕は訂正しませんよ。彼が最後に言い残したセリフを忘れたんですか?」
「それは――」

 忘れられるわけがない。
 言うに事欠いて、あの男はこう口走ったのだ。
「手を抜いていて申し訳ない」と。
 今まで、これっぽっちも本気を出していなかったと……。

「彼は、あの言葉が僕たちへの侮辱になると理解すらしていませんでした」

 セイエレムの表情から読み取れたのは、怒りというより無力感だった。
 神殿の秘蔵っ子として育てられ、持てはやされた自信満々の神童が見るかげもない。

「賭けてもいいです。アーカンソーなら、きっとあの竜人族の呪いも解けますよ」
「アレか? お前が奴隷商人に依頼されたけど手も足も出なかったっていう……」
「……僕は最低です。アーカンソーなら呪いを解けると予感していながら彼に伝えず、竜人族の子供を見捨てたんですから」

 俺にはセイエレムを責められなかった。
 もし自分に解けなかった呪いをアーカンソーが解けてしまったら……。

 いや、既に答えは出ているんだった。
 セイエレムには癒やせなかった呪いの負傷を、アーカンソーは治せた。
 しかも初級魔法の治癒ヒールで。

 アーカンソーは信仰魔法を詠唱せず、呪文名すら口にしなかった。
 だから、てっきりセイエレムがまだ覚えていない魔法を使ったと思ってたけど……。

「それに僕はずっと見てきました。シエリが、どれだけ必死にアーカンソーの才能に食らいつこうとしていたかを」

 シエリは魔法学院を首席で卒業している。
 絵本の中に登場する魔法使いに憧れていた、と酒に酔ったときに口走っていたっけ。

 常に負けなしだったからだろう。
 高飛車で勝気な女の子だった。
 俺やセイエレムともよく喧嘩して、問題もたくさん起こしていたけど、それでもどこか憎めないムードメーカーで……。

 そんなシエリは、もういない。
 今ではすっかり自信を喪失して、塞ぎこんでしまった。

「賢者が特別なのか。あるいは、アーカンソーがおかしいのか……」

 俺は魔法については素人だけど、あいつが抜きん出ているのは嫌でもわかった。
 なにしろアーカンソーは、指を鳴らすか、呪文名を口にするだけで様々な魔法を詠唱もなしに行使できる。
 詠唱、動作、呪文名。本来ならひとつでも省いたら、魔法は発動しないのに。
 それでもシエリは大魔法の腕だけは負けないと息巻いていたのだが……。

「カルン。あなたは本当に悔しくなかったんですか?」

 セイエレムが疑問を投げかけてくる。
 俺たちとアーカンソーを語る上での、本質的な問いかけを。

「俺は……」

 魔法抜きの剣同士の模擬戦闘で、アーカンソーに一度も勝てなかった。
 剣に熟達し、これだけは誰にも負けないぐらいってぐらい訓練してきたはずなのに。

 だから俺は――
 
「もう、そういうモンだと思ってたからな」

 自分の才能を過大評価はしてない。
 天才肌じゃないのはわかってるし、人の何倍も努力しないと強くなれないのも自覚してる。
 だから天に二物も三物も与えられたアーカンソーを心底羨ましく思っていた。

「確かにそうかもしれませんね。何千年にひとりの天才が相手なんですから、比べるのも馬鹿馬鹿しい」
「同じ時代に生まれたことを呪うしかないってわけか」
「ええ、仮にも神官の僕が文字通り呪うしかないわけです」

 セイエレムが珍しく冗談を言った。
 相変わらず笑えないな、などと茶化しつつも笑みが浮かんでしまう。

「とはいえ、あの発言だけは確かに『ナシ』だ。あいつがどんなに強くて『はじまりの旅団』に欠かせない戦力だったとしても……もう一緒にはやっていけない」
「そういうことです。だから、あなたの決断は正しい」

 ……セイエレムの言うとおりだ。
 アーカンソーが抜けた穴は考えるまでもなく大きい。

 だけど、俺たちに後悔はなかった。
 シエリもいつまでも落ち込んでいるタイプではないし、彼女が復帰したら『はじまりの旅団』を再出発させる。

 新しいパーティメンバーを加えて……そうだな、盗賊がいい。
 今いるメンバーと役割が被ることもないし、ダンジョンで罠の対処を一手に引き受けていたアーカンソーが抜けた穴を塞ぐ意味でも。

「やっぱり全部あいつひとりでいいよな」

 戦士、魔法使い、僧侶、盗賊。
 ひとりですべてを担当できるなら、仲間なんていらないじゃないか。
 やっぱり“全能賢者”の通り名は伊達じゃないってことだな……。

「すいません。よろしいでしょうか?」

 ギルド職員のひとりが声をかけてきた。

「なんだ?」
「支部長がお呼びです。至急、支部長室へお願いします」
「マニーズ支部長が?」

 冒険者ギルド第一支部長マニーズ・ガッポリーノは金の亡者で有名だ。
 また俺たちの報酬が高すぎるとかいうクレームだろうか?

「このタイミングです。ロクな話ではないでしょうね」

 セイエレムの意見には全面的に同意だ。

「なんだか嫌な予感がするな……」

 胃が痛くなるのを感じながら、俺たちは支部長室へ向かった。
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